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いつかどこかであいましょう
- 1 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時16分20秒
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- 2 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時17分25秒
- 彼女を初めて見たのは、確かこんな季節だった。
たまたま誘われて行った神社の石段の上の方に座り込んで、割と使い込まれた風の
アコースティックギターのチューニングを合わせていたその姿に
何となく興味を魅かれたのは、きっとそれがとても周りの風景に
馴染んでいたからだろうと思う。
思う、というのは、その瞬間を思い返すたびに私の中の常識や理性が、
これでもかとばかりに邪魔をするからだ。
金魚すくいやカキ氷屋や、ありとあらゆるテキ屋さんたちが
これでもかとばかりに声を張り上げ、浴衣のカップルや親子連れが行き交う
真夏の夕刻。
それでもやっぱり、彼女の姿はこの祭の風景にそれ以上なく溶け込んでいた気がする。
喧騒から離れて、一人でいることを選んでいたその姿が。
- 3 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時18分09秒
- その不思議な佇まいの彼女は、ギターのチューニングを合わせた後、
二、三度それをかき鳴らしてから特に何をするわけでもなく、石段の上から
足元を行き交う人たちを眺めていた。
ヘンなヒト。
「おいちゃーん、これ当たりクジないんじゃないのー?」
「バカ言っちゃいけねえよ」
客とテキ屋のありがちな会話を横で聞きながら、そんなことを思っていた私が、
ふとその彼女に声をかけてみようと思ったのは、これから先、見知らぬ人に
声をかけるなんてことが出来なくなると心の隅でわかっていたからかもしれない。
どこかの公園の段ボールハウス以上に密集した屋台と屋台の間をすり抜けて、
石段を一段飛ばしで駆け上っていく私を、彼女はまるで興味ない視線で眺めていたことを
覚えている。
「・・・・・・ね、何してんの?」
「何かしてるように見える?」
- 4 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時19分23秒
- 彼女の返事は本当に面倒くさそうだった。
あたしのテリトリーに入ってくんなよ。
まるでそう言われているようで、でもその態度は勝手に部屋に入ったときの
弟にすごく似ていて少し笑えたから、私はあまり気にせずに彼女の隣に腰をおろした。
「どこかへ行け」とは言われなかったし、話にもつきあってくれたから
たぶん許してくれたんだと思う。
「んー、下で見てたんだけど、何となく気になったからさ」
「・・・・・・変わってるね」
彼女はそう言っただけで、また足元の人の流れをボンヤリと追いかけていた。
上に上がってわかったことは、境内に植えられた木のおかげで、そこから見えるのは
私がいた屋台のあたりと、だいぶ濃紺に染まってきている空がその全てだということだった。
たった五十段やそこら上っただけで、目に見えるものが限られる非日常の世界。
意外なほどの静けさと限られた視界が、今思えば私の進む道をなんとなく
暗示していたように思えたけれど、それに気づくのはもっと後のことで。
- 5 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時20分08秒
- 「・・・・・・何でココにいるの?」
沈黙に耐え切れなくなった私が口を開くと、彼女は少し戸惑ったような微笑を浮かべた。
後から考えれば、その微笑の意味に気づくのは容易いことだったけれど、その頃の私はといえば
世間知らずのワガママ娘で通っていた上に、今とは比べ物にならないくらいに
オコサマだったから、そのときの彼女の感情の動きにはまるで無頓着だった。
「何で、か・・・・・・何でだろうね」
彼女は少し考えてから、ちょっとだけ哀しげな微笑を浮かべたまま遠くを眺めていた。
その横顔は幼げに見えて、だけどとても大人の瞳をしていたような気がする。
「お祭騒ぎに飽きたから、かな」
「へんなのー、夏祭りに来といてそういうコト言うんだあ。あ、人ごみに疲れちゃったとか?」
「ちょっと違うけど・・・・・・ま、オコサマにはわかんないよ」
「コドモじゃないよーだ」
「そいつは失礼」
そう言って彼女は無邪気に笑った。
- 6 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時20分49秒
- またしばらく沈黙が流れて、でもそれはさっきほど苦痛じゃなかった。
会ったばかりの彼女が、少しだけ心の内側を見せてくれたおかげなのかもしれないし、
歳相応な笑顔を見せてくれたおかげかもしれない。
ポツポツとしか交わされない会話は、それでも私にとってとても楽しい時間だった。
「歳、いくつ?」
「14」
「あ、センパイなんだー。あたし13」
「・・・・・・最近の若者は敬語を知らないなー」
「カタいコトは言いっこなし」
「この辺住んでるの?」
「ちょっと遠い」
「やっぱお祭だから来たの?」
「祭やってるっていうの忘れてて。久しぶりにギターの練習しに来たら
知らないうちにすごい人出でさ。やんなっちゃうよ」
「あはっ、結構お間抜けさんだねー」
「・・・・・・たぶんあんたよりは賢いと思うよ」
- 7 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時21分48秒
- 気がつけば陽もすっかり沈み、石段の下、屋台の提灯と照明が目に眩しい時間になっていた。
「ね、そのギター弾いてよ」
何度目かの沈黙の後、照明に群がる蛾や蝉を眺めながら私はボソリと呟いた。
別に何か意味があったわけではなくて、ただ純粋な好奇心だけで。
でも彼女は、静かに首を横に振って、優しくそれを断った。
「・・・・・・人に聴かせられるもんじゃないから」
「えー、何でえ?別にいいじゃん」
「うーん・・・・・・うまく言えないけどさ、あたしはまだ人前じゃ歌っちゃいけないんだ」
「何ソレ?歌っちゃいけないって」
「・・・・・・いろいろあるんだ。裏切ったりした人もいるし、あたしが歌ったら、
その人たちをまた裏切ることになっちゃう気がするから ――― たとえ一人きりの客でもさ」
「・・・・・・難しくてわかんないよ。何か大げさに考え過ぎなんじゃない?」
「コドモにはわかりません」
「コドモじゃないって言ってるだろー」
- 8 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時22分50秒
- ちょっと怒ってみせて拳を振り上げるフリをした瞬間、おなかの奥にドン、と低い音が
響いて、甲高い音の後にピンク色の花が夜空に咲いた。
そして立て続けの重低音の後に、色とりどりの炎の華が咲き誇る。
私は怒っていたことも忘れて、ポカンと口を開けたままその花火を眺めていた。
「・・・・・・すっごーい」
「ココ、特等席なんだ。地元の人も近すぎて気づいてない穴場」
そんな得意げな口調も右から左へ通りすぎていって、私はしばらくの間そこに
立ちつくしていたけれど、やがてふと目に入った彼女の横顔が、さっき聞こえた声とは
裏腹にとても憂鬱そうなのに気がついて、また彼女の隣に腰をおろした。
「どしたん?気分でも悪くなった?」
「別に・・・・・・何でもないよ。せっかくの特等席なんだからさ、ちゃんと見てなって」
ポンポンと自分の隣の石畳を叩く、そんな彼女の優しさに甘えながら
私は次々と打ち上がる花火を見ていた。
彼女が何を考えているかなんて、そんなことには一切思いを馳せることなく。
- 9 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時23分28秒
- 「キレイだねえ・・・・・・」
「そうだね・・・・・・」
ただそれだけの言葉が、打ちあがっているうちに交わされた唯一の会話。
胸の奥を行き交う想いは、きっと天と地ほどに離れていただろうに。
石段の下のざわめきも、蝉が鳴く音も聞こえなくなって、ただ花火が打ちあがる爆発音だけが
耳に届く。
やがてひときわ大きな重低音の後に、特大の華が真夏の夜空の星を消すくらいの
明るさで咲くと、それは夢の時間の終わりを告げるように静かに静かに散っていき、
残り火が消えるのを合図にしたように神社のなかにざわめきが戻ってきた。
私たちはそれに気づかないフリをしながら、何となく何も言えないまま石段に座り込んで、
静寂が戻った空を二人で眺めていた。彼女がその沈黙を破るまで。
「・・・・・・花火って、哀しいね」
- 10 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時26分12秒
- 「そお?好きだけどなー、パッと咲いて散るのって」
私は深く考えることもせず条件反射みたいに答えたあとで、ふとそこに違う意味が
――― 今までの彼女の言葉全部に ―――こめられていたんじゃないかって
足りないアタマで反省したけれど、それが何なのかはやっぱりアタマが足りないせいで
それからの彼女の言葉を聞いても、あまり理解できなかった。
「散るためだけの消耗品じゃん?花火なんてなくたって暮らしてけるじゃん?
花火一発一発を覚えている人なんてそうそういないでしょ?
打ちあがり終わったら見てる人はみんな普通に戻るけどさ、散り終わった花火って
もう元の花火には戻れないよね?」
その口調は心なしか自分を責めているようで、「ギター弾いて」って頼んだときの
哀しげな笑顔と重なって見えた。
「散った後の花火ってどうなるのかな・・・・・・」
そう呟いた彼女は、とても一つ違いとは思えないくらい大人びていて、何かに突き動かされるように
私は口を開いていた。
- 11 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時28分15秒
- 「ん・・・・・・とさ、よくわかんないけど、誰かが花火見て『ああキレイだったなあ』って
思ってさ、その日が例えば彼氏と初デートとかの日でさ、そしたらその人にとっては
一生ものの思い出じゃん?消耗品とかじゃなくてさ・・・・・・あーもう、とにかくよく
わかんないけど、こう・・・・・・カタチに残るモノが全てじゃなくて、花火を見るたびにそれを
思い出すってことはさ、消えちゃったわけじゃなくて・・・・・・」
なんでついさっき会ったような人に力説しているんだろうなんて思いながら、それでも
とりつかれたように私はしゃべり倒していた。
自分のボキャブラリーの少なさを呪いながら。
今思い返せばそれはとても恥ずかしい行為で、たぶん彼女の言葉に自分の未来を無意識に
重ねあわせていたんだろうと思う。
いろいろな虫や人が集まってくる石段の下の照明よりは、パッと咲いて散っていく
綺麗な花火でありたいという理想論。
それを何もかもを体験してきただろう彼女に向けて。
- 12 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時29分07秒
- 「・・・・・・若いなー」
案の定彼女はそう言って笑ったけれど、それはさっきよりもとても柔らかい微笑だった。
その笑顔を見て私は少し安心して、だけどそれを気取られたくなかったからわざと不機嫌な顔で、
でも冗談交じりに応えてやった。
「またオコサマ扱いしやがってー」
「オコサマには変わりないだろー」
我慢しきれずに二人して笑った。
きっとこのヒトとはトモダチになれる。そんな感じがした。
そして私は大事なことを聞いていなかったことに気づく。
「そういや、名前聞いてなかったね」
「・・・・・・もう今さらな感じするけど」
「あー、そんなこと言うかなー。一年後には大スターになってるかもしれないよ?」
「かもねー」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「一応テレビは見てるからさ。知ってるよ、あんたのこと」
- 13 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時30分27秒
- 「うっそ、まだデビュー前なのにー」
本気で慌てた私をからかうように笑いながら、彼女はギターを担ぎあげて
私が上ってきたときと同じように一段飛ばしで石段を降り始めた。
「縁があったらまた会えるよ、そんときは立場逆だろうけど」
「逆って?」
「あんたが歌って、あたしが聴かせてもらう立場だってこと。
あ、そうそう、みんなによろしく言っといてよ。アスカは元気でやってます、ってさ」
彼女はそれだけ言い残すと、石段の真ん中についてた鉄の手すりに腰をのっけて
小学生がするみたいにスルスルと滑り降りていってしまって、私は叫ぶことさえ忘れて
彼女の言葉に戸惑いながらポカンとその後ろ姿を眺めているだけしかできなかったけれど、
その夏の思い出として彼女の姿はずっとずっと心の中に残っていた。
いつかどこかでまた会えるって、根拠のない想いだけを信じて。
でもその予感はきっと外れないって、心のどこかでわかっていたような気がする。
- 14 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時33分10秒
- 何の戸惑いも驚きもない出会いは、それからしばらくたってから。
ただ懐かしさと、二人だけの秘密を押し隠すように目と目で笑いあって。
周りの不思議顔がちょっとだけ心地よい共犯者意識。
「はじめまして、ゴトウマキでっす。そろそろ歌ってもらえませんか?」
「あんたのオコサマ風味が消えたらね。あたしみたいにギョーカイから消えてくなよっ」
こんな出会いがあったって、いい。
- 15 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時33分44秒
- fin
- 16 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時34分14秒
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- 17 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時34分45秒
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- 18 名前:21 いつかどこかであいましょう 投稿日:2003年06月24日(火)22時35分28秒
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