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19 風が吹く時

1 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)20時00分30秒
19 風が吹く時
2 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時01分29秒
暗い空に一筋の白い閃光がすっと昇り行く。
空気を振るわせる大轟音の後に飛散して行く数々の色の光の束。
風に乗って鼻につんとする火薬の燃え尽きた匂いが届く。
光の色や形を変えて、あるいは数を変えて。
それらが何度も目の前で繰り返されていた。

はかない物だった。
一瞬だけ空を煌々と照らし出し、次の瞬間には息絶える。

あっけない最後だった。
まるで、自分の恋が終りを告げた時の様に。

誰にも邪魔されずにそれを見たかったから。
海を臨む人の居ない、立ち入り禁止のこの岩場に座り込んで。
ただ漠然と空を見上げて、一瞬の命達を見つめていた。

3 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時02分28秒
「うちな、やっぱあいつしかおらんねん。・・・ごめんな。」
「・・・謝んないでよ。あたしは、伝えたかっただけなんだからさ。」

簡単だった。
何年も想って悩んで、ついに口にした。
そして、数十秒、たったの一言で、あっという間にそれは終わりを告げた。
こうなる事なんて大体予想はしていた。

彼女が、あたしのかけがえの無い同期に夢中だなんて。
何年も見ていたんだからわからない筈は無い。

片想いって結構しんどいもので。
何年も立つと、この気持ちが情熱なのか、それとも惰性の産物なのか。
自分でも良くわからなくなってしまう。
あたしは、想い人に決定的な言葉を貰う事でそれを終りにしたかった。

だから、告白した事を後悔はしていない。
意外にも、泣いたり、喚いたりなんてパニックも起こさない。
ショックと言うほどの何かを感じた訳でもなかった。

でも、ぽっかりと空いた心の空洞をどうしようか。
想い続ける為にだけに使われていた心の一部は、すっぽりと抜け落ちた様に。
そこを一体何で埋めたら良いんだろう。
4 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時03分12秒
花火大会があるらしい。とても小さい規模の、なんて事無い花火大会。
そんな話を友人づてで聞いていたのを思い出した。

あたしは、なんとなくここへ来た。
夏には海が見たかったし、花火も見たかった。
気分を盛り上げたいとか、癒したいとか。
花火を見て、心の空洞をどうこうしようとか。
そう言う事を期待したわけではなく、ただなんとなくここへ。

光の華が咲き誇った後、それらの残像のように残る煙が、空に浮き上がって。
それが風に流されては、消えていった。

あたしの心にも、そんな残像が残っているのかもしれないなと思う。
何年も想い続けていたその形が。
心の空洞になって、まだ心に形を残しているのだと。

いつか風が吹いて。
その恋心の残像を吹き飛ばしてくれるのだろうか。

少しばかり鼻先に火薬の余韻だけを残して花火は終わった。
あたりは、なんの変哲も無い闇夜に戻る。

花火が終われば、ここに留まる理由も無い。
でも、戻りたくなかった。
何も考えずにそこに留まっていたかった。

わたしは、目を瞑って岩場に寝転んで。
ごつごつした岩が背中を刺して痛かった。
でもどうしてか起きたくは無くて、しばらくそのまま寝転んでいた。
5 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時04分12秒
頬が冷たかった。
急に雨が降ってきた。

雨粒だと思って手のひらで拭うとそれは自分の目から零れ落ちる何かで。
目を開いて身体を起こすと、あたしは濡れた手のひらを見つめた。

・・・全然、気がつかなかった。
案外ショックだったのかもしれない無いなんて、今更に。


ふと、背後で人の気配がした。

一瞬の恐怖が背中を走った。
暗闇で自分以外の気配と遭遇するのだから当たり前の事で。

「・・誰っ!?」

あたしは、反射的に叫んだ。

「けーちゃん? やっとみつけたよぉー。なんでこんな変なとこにいるのぉー?」

返された、不満一杯の聞きなれた声に。
恐怖は、あっという間に安堵に変わる。

よいしょと言う呟きと共に岩場の影から姿を見せたのは。
今日久々に仕事が一緒だった後藤で。
6 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時05分04秒
「・・・あんた、何でここにいるの?」
「んあ? なんでって・・・花火見にきたんだよ。だからいるの。」
「いや・・・そうじゃなくて。」
「梨華ちゃんがねぇ、けーちゃんも花火見に行ったって言うからさぁ。折角だからけーちゃん探そーって思ったんじゃん?」

そう言われれば、今日の仕事終りに花火を見に行く話を石川には、した気がする。
予定を聞かれて何気なく、花火見に行くとは・・言ったけど。

「あー。見つけられて良かったぁ。けーちゃんの泣き顔見れたしねぇ。」

隣にやってきて座りながらそう言うと、ニヤニヤとあたしの顔を覗き込んできた。
あたしは、目尻を軽く指で抑えながら顔を背けて。

「違う! これは・・・眠くて、あくびしただけ。」
「・・・・ふーん。それはまぁ、どうでも良いんだけどねぇー。」

もっと追求されるかと思っていたけど、案外あっさりと引かれて拍子ぬけした。
追求されても困るから、その方が良いのだけども。

代わりに後藤の悪戯っぽい瞳が、じーっとあたしを見つめて。
7 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時05分45秒
「けーちゃん、ごとーと花火しよ?」
「・・・なんで?」
「ごとーねぇ。けーちゃん探してたせいで見らんなかったんだよ? 花火。」
「・・・それ、あたしのせいなんだ。」
「そうじゃん? だって、こんな立ち入り禁止の場所にけーちゃん居ると思わないもん。かなり、いろんな所探したんだよぉー? ごとーさんは。」

後藤の手にはコンビニのビニール袋。
中身は、買ったらしい花火セットとライター。

あたしは、いわれの無い罪の為に、後藤と二人で花火をする事になった。
8 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時06分38秒
浜辺へ降りると、案外月の光で周囲が見渡せた。
遠くから同じ様に花火をしている人達の声が聴こえてくる。賑やかだ。
さっきまで居た岩場とそう距離は離れていないのに、全く別の場所に居る様で。
自然、沈みがちだった気分もいくらか浮上した。

後藤は、火のついた花火を振り回して追っかけてきたり。
あたしが、報復とばかりに、同じ事を繰り返したりして。
小さな花火セットはあっという間に消えていく。

最後に残った線香花火に火をつけて、さすがにそれは二人とも大人しく座って。
チリチリと細い火花を散らすそれを見つめていた。

「しっかし、あんた良く見つけたよね。」
「うん。ごとーもね、ほんとに見つけられるとは思わなかったよぉ。」
「あれだ、海が近いから、野生のカンが働いたんじゃない?」

不思議そうな顔であたしを見た後藤に。

「・・・いや魚に似てるからさ?」
「なんか、けーちゃんさりげに酷いよねぇ。」

むーっとした後藤が視線を線香花火に落として呟く。

「これ・・・野生のカンってよりは、女のカンじゃないのかなぁ・・?」
「・・・なんだよ。それ?」
「なんだろねぇ。けーちゃんは鈍いから、説明してもきっとわかんないよ。」
9 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時07分21秒
すーっと吹き抜けた海風に。
二人が持つ最後の線香花火の火種が、同時に落ちた。

「あーぁ。けーちゃんの終わっちゃったね。」
「・・・あんたのもね。」

花火の残骸を集めてビニール袋へ入れて片付ける。
さて帰ろうかと二人で歩き始めると、後藤が腕に絡まってきて一言。

「けーちゃん、もう大丈夫?」

初めは何を言われているのかわからなかった。
だから、あたしはそんな事を言った後藤の顔をじっと見つめていた。

「けーちゃん、もう泣かない?」

あぁ・・・そう言えば、あたしは泣いていた。
自分でも、どうして泣くのかわからないままに、泣こうとしていた。

気がついたら、泣く事を忘れていた。
後藤が突然やってきて、あたしに文句を言うから。

「あたしは・・・泣いてないって言ったでしょ。」

あたしは口元を緩めて、後藤の頭を撫でた。
10 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時08分12秒
失恋しても泣かない事が、正解か否かはしらないけれど。
あたしが泣くと言う事を、後藤が嫌だと思っているなら、これでよかったんだろう。

「なら、いいや。ごとー、ちょっとゴミ捨てくるねぇー。」

にっと笑いながら、後藤はそう言ってあたしから手を離すと。
花火の残骸の入ったビニール袋を振り回してあたしの先を走った。

海風に吹かれて、あたしは後藤の後姿を見つめる。

光の華が咲き誇った後、それらの残像のように残る煙が、空に浮き上がって。
それが風に流されては、消えていった。

あたしの心にも、そんな残像が残っているのかもしれないなと思う。

それを吹き飛ばす一陣の風が。
意外と傍に、存在しているのかもしれない。

あたしは、とりあえず。
その風の端を捕まえようと、見つめる後姿に向かって砂浜を走り出した。

11 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時09分47秒


−END−
12 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時10分44秒


13 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時11分45秒



14 名前:19 風が吹く時 投稿日:2003年06月24日(火)20時12分21秒
   

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