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16 打ち上げ花火、下から横から?
- 1 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時36分18秒
- 16 打ち上げ花火、下から横から?
- 2 名前:打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時37分09秒
「ねぇカオリ」
矢口が突然部屋に入って来た。で言った。
「打ち上げ花火ってあるじゃん」
「あるね」
「あれってさ横から見ると平べったく見えるの?」
私は困った。言われてみればそんな気もした。
「それとも丸く見えるの、どっち、ねぇどっちなの」
そう言う目が濁っている。矢口は完全に酔っ払っていた。私は仕方なく答えた。
「じゃあ見てみようか」
- 3 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時38分27秒
- 自慢じゃないが金ならあった。矢口もたくさん貯め込んでいた。私達は一流の
職人をやとい、打ち上げ花火を作らせた。それと並行して過疎地のちいさな山を
ひとつ買い取り、打ち上げ場所を整地させ、離れた場所に花火の高さと合うような
やぐらも作らせた。
一ヶ月くらい経った。ほぼ終わりかけの工事の様子を、私達はビール片手に
見学していた。
「ねぇカオリ」
酒もいい加減まわったころ、ふいに矢口がぼそっと呟いた。
「よく考えたらさ、ちょー真下からも見たいよね」
- 4 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時41分36秒
- 私達は朝イチで職人を呼び出して、花火の追加を告げた。
「えぇっ頭上から打ち上げるんですか」と言って職人はへらへら笑った。冗談だと
思ったらしい。そしてすぐに冗談ではないと気づいたらしい。消え入りそうな声で
こうつけくわえた。
「危険ですよ…ロケット花火じゃないんだから」
確かに、真下にいるのは危険な感じがした。考えたあげく私達は、打ち上げ
場所に穴を掘らせた。崩れないようにコンクリートで固めて、さらに強化ガラスで
蓋をする。その上から打ち上げるのだ。簡単なシェルターのようなものだった。
だいぶ時間はかかるようだが、安全のためには仕方ない。
「そんなもの作らなくても、カメラで撮ればイイじゃない」
どこからか噂を聞きつけたらしいなっちが、そんなメールを入れてきた。その時
工事は半分終わったあたりだった。削除した。
- 5 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時42分41秒
- やがて工事もどうやら一段落を迎え、花火はふたつとも完成した。あとは梅雨が
明けるのを待つだけだった。
「ねぇカオリ」
そんなある日、ふと矢口が言い出した。
「あそこで飲もうよ」
真夜中に車を飛ばし、私達はシェルターに向かった。
梅雨どきなのに夜空はめずらしく晴れていた。強化ガラス越しには星空しか
見えないし、星も月もすごく明るい。床も壁もコンクリートはひんやりとして
それはなかなか気持ちのいい夜だった。
私達はなんとなく感傷的な気もちで、持参してきたビールをかぱかぱ飲った。
- 6 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時43分25秒
- 「ねぇカオリ」
熱い肌にコンクリートが気持ちいい。田舎の空気か山奥の開放感か、いつになく
ペースは早かった。目の前で矢口がぐるぐると回っている。そして言う。
「打ち上げ花火ってさぁーもし打ち上がんなかったらー、…どうなんの」
私は首をかしげた。しかし寝っ転がっていたから、うまくかしげられなかった。
「打ち上がらない花火になっちゃうんじゃないの?」
「打ち上がらない花火?」
「だからさー『打ち上げ花火』じゃなくて、『打ち上がらない花火』」
「ふぅん」
矢口はしばらくの間黙った。ころころあちこち転げまわってから、ふと何かに
気づいたようにがばっと顔をあげた。
「それってもしかして、世界初じゃない」
- 7 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時44分06秒
- 私達は朝イチで職人を呼び出し、打ち上げ場所の変更を伝えた。
「えぇっシェルターの中で打ち上げるんですか」と職人は言った。そして私達が
力強く頷けば頷くほど、力なくうなだれた。
「爆発しますよ」
私達はインターネットで色んなサイトを巡った(圭ちゃんが驚くほど詳しかった)。
そして着火してくれる人間を探しまわった。
「あぁいいですよ」
「わかりました死に場所を探していました」
そんな書き込みは山ほどあったが、実際にメールや電話をやりとりして話を
つめていくごとに一人ふたりと志願者は減っていった。
- 8 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時44分58秒
- それでもやっとのことで一人は残った。三重県の24歳というその人はなんと
女性だった。
「やらしてもらいます。。」
そう力強く約束する声に聞き覚えがある気がした。もっとも私達は圭ちゃんも
含め全員酔っ払っていたので深くは考えなかった。
「でもさぁ」
決定して、解散する段になって、圭ちゃんがふと呟いた。
「こんな大変なことしなくても、リモコンとかで着火すればいいんじゃないの」
- 9 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時45分45秒
さてそうこうしているうちに、ついに私達の動きが一部のマスコミにばれた。
「国民的アイドル、今度は花火に挑戦か??ある花火職人の激白!」
「モーニング娘。の壮絶な“ムダづかい”目的ははたして?」
「××県、謎の山奥土地買い取り。裏にあのアイドルの影!?」
全てC級ゴシップ誌だったため、世間的にめだった影響は見られなかった。
それとは別にこの頃から、打ち上げ場所付近に侵入者が出るようになった。地元の
若者がいい溜まり場を見つけてしまったらしい。時にはシェルター内まで侵入され
あろうことか不埒な行為に及ばれたりもした。
私達は付近に鉄条網を張り、警備員を24時間巡回させた。とくに夜間は強化した。
- 10 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時47分16秒
- そんなある日、私達は事務所に呼び出された。ヒゲの生えたエライ人が、私と
矢口を交互に睨みつけながら、れいのC級雑誌を手にやたら厳めしい口調で
「君達は何をしてるんだね」と言った。
「花火ですけど?」
私が口を開く間もなく矢口が即答した。そして1時間後、私達の謹慎が決まった。
謹慎と言ってもそれは言わば事務所てきな謹慎、つまり仕事以外の時間を
縛られるもので、端的に言えば自由行動禁止だ。期間はおよそ一ヶ月。
どうせ梅雨が明けるまではと、私達はそれを楽観的に受けとめた。すこしヘラヘラ
していたかもしれない。
「ねぇカオリ」
帰り際に、矢口がぼそっと呟いた。
「別にいいけどさ、なんかさ、ちょっとだけ苛々するよねこういうのって」
- 11 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時51分17秒
- マスメディアの対応は案外早かった。
ある朝テレビをつけるとあの山が映っていた。私は歯を磨きながら携帯に手を
伸ばした。
「もひもひ、やぐひ?」
もっともそれは決して確証のある取材ではなかったらしく、レポーターによる
周辺の散歩と、付近住人へのインタビューでお茶を濁しただけに終わった。
事務所からもなんらかの働きかけがあったのだろう。モーニング娘。のモの字も
出ることがなかった。結論は、謎の山ですよね、というところだった。
- 12 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時52分28秒
- しかし鉄条網で区切られ、警備員をまわしているあの山は、どうやら世間に
強烈な印象を与えてしまったらしい。それもゴシップ雑誌の類いにすみずみまで
目を通し、さまざまな噂を知る類いの一部の層には、とくに。
とにかく私達はしばらくの間、仕事だけに打ち込んでいたからわからなかったの
だけれど、噂は確実に広まって行った。口コミによって、またはインターネットを
通じて、そしてC級ゴシップ誌によって。
「どうやら、モー娘。が時々、あの山に集まってるらしい」
「なんでも飯田の別荘があるらしい」
「矢口が時々男を連れ込んでるらしい…」
噂が噂を呼んだ。結果、周辺をうろつく人影は日に日に増して行った。気づけば
うかつには近寄れる状況ではなくなっていて、謹慎はとうに明けたのに私達は
なかなか計画を実行に移すことが出来ないでいた。
- 13 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時54分46秒
- 「はい、はい…すいません、とりあえず今回も延期で…はい、ではまた」
電話を切って息をついた。着火係のひとからだった。矢口が言う。
「なんだって?」
「んーなんか、早くしてくれだって…早くしてくれって、別にカオリのせいとかじゃ
ないのにさぁ…まったく」
思わず愚痴っぽくなってしまう。矢口はビール片手に笑っている。
「めんどくさいよ、ただの花火に大袈裟だよ、みんなさぁ…テレビとか、事務所とか
…ほんと、めんどくさいし、大袈裟」
私は言葉を切ると、はぁ、とため息をついた。泣き声になりそうだった。
「ねぇカオリ」
ビールを飲み干して、矢口がぼそっと呟いた。
「もうあの山いらなくない?」
私はあぜんとした。矢口は笑っていて、言いなおす素振りもみせない。
「何それ…?じゃあ、花火は諦めるってこと?カオリ絶対やだよそんなの」
「あ、ちがうちがうそういう意味じゃなくて」
私は首をかしげた。矢口はその笑顔をさらに濃くする。多少のもったいぶった間を
おいてから、矢口はゆっくりと口を開いた。
「あの山ごと打ち上げちゃおうよ、めんどいからさ」
笑顔の奥で矢口の目はぎらぎらと光っている。私はビールをぐいっとあおった。
- 14 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時55分32秒
気づけば世間はとうに夏休みに入り、戸外ではセミが鳴いている。私達は
クーラーの効いた部屋で、ぼんやりテレビを見ていた。
「ねぇカオリ」
矢口が、テレビから視線を外さずに呟いた。
「今夜、山イっちゃうんじゃなかったの?急ごうよ」
私は答えずにテレビを見つめる。丁度ワイドショーでは、あの山の中継映像が
流れていた。
テロップはもはや「謎の山」ではなかった。取材の対象はすでに鉄条網の外側に
あった。
- 15 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時56分14秒
- 張り巡らされた鉄条網の手前には、真っ昼間からすでに浮塵子の様な人だかり。
そしてこの上なく太った男が、寝袋にくるまったままインタビューに答えている。
もう何泊もしているという、その脂ぎった髪の毛。隣りではバンダナを巻いた男が
下品な笑顔のVサイン…。だくだくの汗。そして特攻服…ウチワ…そして………
「それとも、まだ準備出来てないの?」
矢口が苛々したように言う。
「…いや、準備は出来た。地元の有力者に根回しもしたし、ダイナマイトも全部
夜中のうちにセットした。周辺工事も終わった。マスコミにもそれとなく話通して
あるしね。危ないから近付くなって、言い訳用の看板も出しといた。圭ちゃんが
ネットでてきとうに噂流してくれたおかげで、ひとの集まりも充分だし、あとは…」
私は口篭もった。そう、だいじな問題がひとつだけ残っている。
「あとは?」
矢口が言う。私は黙ったまま天井を指差し、それから壁を指差した。
- 16 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時57分00秒
- 矢口は「ああ」と言うと立ち上がった。すぐに戻ってきた。手にはビールの缶が二本。
「ちょうだい、それ」
「うん」
受け取った缶はキンキンに冷えていた。プシュっというハデな音が二回つづく。
「かんぱーい」
真夏だ。
クーラーがぶぅんという低い音を気だるく流す。セミは絶え間なく鳴きつづけ、
窓からはハデな陽射しがさしこんでいる。私はテレビの音量をあげる。そこでは
「モーニング娘。主催の花火大会」という噂に踊らされた人々が、画面に向かい
歓声をあげている…。
まぁ、あながち間違いではないのだけれど。そんなことを考えておかしくなった。
「ねぇカオリ」
「ねぇ矢口」
声が揃った。私達は顔をみあわせてくすくす笑った。
「どっちにしよっか、横から見るか、それとも下からか」
- 17 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時57分42秒
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- 18 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時58分16秒
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- 19 名前:16 打ち上げ花火、下から横から? 投稿日:2003年06月24日(火)01時58分54秒
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