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12 遠い過去の思い出

1 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時07分07秒
      遠い過去の思い出
2 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時08分06秒
 こんな田舎の町ではあったが、今年も暑い夏がやってきた。
この季節になると、娘夫婦が孫をつれて帰省してくる。
孫の大好きな料理を作ったり、蚊帳を出したり、私は朝から大忙しだ。
そんな私の忙しさなど、若い人には関係ないのだろう。
娘たちがやってきたのは、西の空がきれいに染まるころだった。

「おばあちゃーん」

孫娘の希美は、もう高校生だというのに、まだまだ幼い。
それでも私を慕ってくれるので、ついつい甘やかしてしまう。
童顔で人見知りしない希美は、私の若いころによく似ていた。
舌足らずで甘えん坊なところなどは、幼いころの私とそっくりだ。

「のんちゃん。よく来たね」

「花火大会なのれす! ののはお風呂に入ろうかな」

今日は河川敷で花火大会があった。
地元の有力者が見栄をはり、1000発も打ち上げるのだという。
娘夫婦はこの花火大会に合わせ、休みをとって来たのだった。
築60年。古くて雨漏りがするような家だったが、
娘たちは2階の部屋から花火がよく見えるのを知っていた。
3 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時09分11秒
「うん、入っておいで。おいしいご飯を作ってあるよ」

娘夫婦が仏壇に手を合わせている間に、
希美は下着姿になって風呂場へ飛びこんでいった。
若い希美は、私に元気をくれる。
私は普段よりも、いくらか若返った気がした。

「わーい、木のお風呂ー! 」

東京で木の風呂桶は珍しいのだろう。
希美は毎年、私の家の風呂に入って喜んでいる。
一気に3人も人が増えるわけだから、
私は料理やしたくなど、目がまわるほど忙しい。
でもそれは、とれも嬉しい慌ただしさだった。
夫に死なれて、もう10年になる。
長いようで、あっと言う間の10年だった。
4 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時09分48秒
 楽しい夕食が終わると、みんなで浴衣を着て、
2階の窓から花火を見物することにした。
ここからは、スイカを食べながら見物できる。
眠くなったなら、寝てしまってもかまわない。

「部屋を暗くするのれす」

希美は部屋の電気を消し、暗い中で花火を見物した。
打ち上げる音のあとに、大きな太鼓を打つような音。
私は希美を団扇で扇ぎながら、夏の風物詩を楽しんでいた。
希美の名前は、私の名前「ノゾミ」からつけたらしい。
苗字がちがうので、希美も混乱しなかったが、
私が同じ名前だと知ると、おかしそうに笑っていた。

「きれいなのれす」

腹に響く花火の爆発音と、夜空が明るくなるのは、
まるで、あのときと同じだった。
5 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時10分27秒
 空いっぱいに黒い鳥が飛び、激しい雨が降りつづいていた。
打ち上げ花火が闇夜の空を照らすとき、悪魔の鳥は正体を現す。
そして、激しい雨が悪魔であることを、あばいていたのだった。

「のんちゃん! 逃げるのよ! 」

遠くでは打ち上げ花火が鳴っている。
しかし、打ち上げ花火は、悪魔の鳥を脅かすだけだ。
悪魔の鳥は、胎内の悪魔を産みおとしてゆく。
産みおとされた悪魔は、笛のような音を発し、
地上に到達すると、平和な町を蹂躙していった。

「圭織ねえちゃん。お母さんが帰ってこないの」

「いいから早く! 」

悪魔から身を守るには、お宮さんにゆくしかない。
近所に掘られた巣穴には、恐ろしい悪魔が直撃していた。
私たちは、いったい、どんな悪いことをしたのだろう。
なぜ、悪魔に家を追われなくてはいけないのだ。
6 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時12分03秒
 私と隣に住む圭織ねえちゃんは、お宮さんへつづく天国への階段をのぼった。
どんなに邪悪な悪魔でも、ここに私たちがいるとは思わないだろう。
私たちが息をきらせて石段をのぼり終えると、
お宮さんの境内にはいたのは、顔見知りの子供ばかりだった。

「―――ひどい」

暴れまわる悪魔に破壊された町を見て、
圭織ねえちゃんは悲しそうにつぶやいた。
町の中心には打ち上げ花火の砲台があった。
悪魔の鳥は、そこを狙って悪魔を産みおとす。

「うわっ! 」

悪魔が花火と同化し、すごい仕掛け花火となった。
私が好きな仕掛け花火と違っていたのは、音が大きすぎることだ。
いくら花火であっても、悪魔と同化すれば悪魔になってしまう。
それは幼い私にも分かっていた。
7 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時12分45秒
 空が白みだしてくると、悪魔の鳥たちは胎内の悪魔を排出し終え、
やがて、なにごともなかったように、南の空へと去っていった。
私たちは肌寒い境内の中で、互いに身をよせ合って震えていた。
夏の朝だというのに、空は煙で真っ黒に染まっている。
悪魔が暴れたあとには、もう町と呼べるものがなかった。

「圭織ねえちゃん、どうするの? 」

「もうちょっと、ここにいようね」

圭織ねえちゃんの悲しそうな顔で、私には全てが分かった。
ほとんどの大人が、悪魔と戦って死んだのである。
それほど、悪魔は縦横無尽に暴れまわったのだった。
きっと、私のおかあさんも、悪魔のえじきになったと思う。
打ち上げ花火では悪魔の鳥を、追いかえすことができなかった。
8 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時13分16秒
 私たちが身を寄せあっていると、悪魔の鳥の咆哮が聞こえてきた。
きっと、昨夜に産み落した悪魔の傷跡を見にきたのだろう。
私たちは煤に染まった顔で、黒煙の合間から見える悪魔の鳥を見ていた。

「―――見つかったわ! 隠れて! 」

圭織ねえちゃんは、子供たちを社の下へ誘導した。
悪魔の鳥は一直線にやってきて、逃げ遅れた子供に爪痕を残してゆく。
悪魔の鳥に爪をたてられた子供は、倒れたまま動かなくなってしまう。

「のんちゃん! 早く! 」

私は怖かった。怖くて仕方なかった。
そのせいか、足がもつれて転んでしまう。
悪魔の鳥は、そんな子供を見逃さない。
9 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時13分47秒
「のんちゃーん! 」

圭織ねえちゃんは、私を抱きあげて走った。
しかし、悪魔の鳥の爪は、背後から圭織ねえちゃんを襲った。
私は投げだされ、運よく社の下まで転がっていった。

「の―――のん―――ちゃ」

それが大好きだった圭織ねえちゃんの最期だった。
私たちは生き残った大人がやってくるまで、
捨てられた子犬のように、社の下で泣いていた。
10 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時14分22秒
 私が当時のことを思いだしていたからだろうか。
希美は私の顔を、心配そうに覗きこんでいた。
私は我にかえり、希美を見て微笑んでみる。

「おばあちゃん、どうしたの? 」

「何でもないよ。疲れちゃったのかな」

「こんどは、ののが扇いであげるのれす」

私は最愛の孫娘に扇いでもらい、とても幸せだった。
今の日本は平和だ。誰もが平和を満喫している。
希美のためにも悪魔など、二度と呼んではいけない。
座布団を枕に横になると、花火の音を聞きながら、
私はいつの間にか、眠ってしまったのだった。


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11 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時14分56秒
12 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時15分47秒
13 名前:12 遠い過去の思い出 投稿日:2003年06月23日(月)20時17分47秒
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