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11 逆さま花火

1 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)19時58分13秒
逆さま花火
2 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時06分14秒
「今日は、タノシイ花火大会……」

視界には紫がかったオレンジ色の空。
昼間照りつけていた太陽がぼんやり赤く向こうに見える。
目の前にある海も夕方の色を映し、穏やかに波音を響かせている。
まだ一月ほど先に夏本番を控えた海。ここが今年の花火大会の会場だ。

メンバー全員で花火をする。これは『モーニング娘。』毎年恒例のこと。
夏の思い出をメンバーで作りたい、そんな思いから始まった花火大会。
年月を経てそれは半ば義務的に行われる「交流行事」に変わってしまった。
最も、その変化を感じているメンバーなんてほとんどいないのだけれど。

全員参加というのはちょっと厄介な制限だ。
私たちは個人でスケジュールが違うため、コンサート後だったり、番組収録の後だったりと
主にグループ単位での仕事後にその時間を充てる必要がある。
今年は雑誌の取材だ。夏の特集ということで丁度静かな海が貸切状態にすることができたのだ。
15人の『モーニング娘。』が勢ぞろいで海辺を彩る。
取材が終わればその手に花火を持った15人が現れるだけ。
3 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時07分11秒
『この間メンバー全員で花火をしたんですね。そしたら……』

結局このプライベートを装ったイベントはテレビで話すネタになるだけだ。
スタッフさんもあちこちで花火を楽しむメンバーをデジカメで写して回っている。
私だけが楽しい雰囲気から外れ、一人、波打ち際から離れた所で座り込んでいた。
同じイベントを何度もこなしたせいか、この花火大会が退屈に思えてならなかった。
揺れる光と煙を遠くから辿るだけの傍観者。それで、十分だ。

「なっち、一人でバケツのお守りしてんのぉ?」

圭織がおどけた口調で近づいてきた。
メンバーに花火を配って歩いていたのか、あと少しで空になりそうな袋を持っている。
座っている私の左側には水の入ったバケツ。申し訳程度の参加の証。

「まあね」

それだけ答えて私は曖昧な笑みを浮かべる。
圭織はそのまま私の隣りに腰を下ろした。
ばさばさっと手に持っていた袋も同じように砂の上に腰を落ち着ける。
まだ開けていない花火パックもあるようだ。
まっすぐ前を向いてメンバーの様子を眺める圭織。
4 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時08分25秒
私は場をやり過ごすように足元にあるロウソクの火に見入った。
未成年のメンバーが多いため、ロウソクから花火に火を点けるようにと、マネージャーさんが用意したのだ。
足元でずっと火を揺らめかせているしっかりと太いロウソク。
熱で溶けたロウが垂れたそのままの形で固まる。
そしてまた、新しく溶け出したロウがその形を変えていく。
ロウソク自体はどんどん短くなっていくのに、いつまでも不恰好に留まってる溶けたロウ。
私はそれをただじぃと見つめていた。ひゅうっと一度、圭織がいる側から風が吹き付ける。
消されないよう手でロウソクを覆い、揺らいだ火がまた元の形になるのを待った。

「みんな、花火に夢中だねー。 矢口なんか『打ち上げ花火ないの?』ってブー垂れてたし」

髪を潮風に揺らしながら笑う圭織。
私との沈黙にも慣れているからか、自分のペースで会話する。
次に話す番が私に回ってきて、自然に口が開く。

「呑気だよねぇ。来年はこんなことできないかもしれないっていうのに」

なんでこんなこと言っちゃったんだろう。
圭織と話す時はいつもこうだ。普通に『花火楽しいね』って言えばいいのに。
5 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時09分08秒
「そんなこと考えてたんだ」

圭織は眉をしかめながら笑った。嫌な奴って思ってるのかな。
もう何年も一緒にいるのに圭織のこの表情の意図だけはよくわからない。

「なーんか最近考えちゃうんだよね。もう終わっちゃうのかな、とかさ」

手に持っていた花火で砂をいじる仕草をした。
隣りに座った圭織の影に掘った砂がまた新たな陰影を加える。

「その花火、まだ火つけてないの?」

私の言葉を深く追求せずに自分の疑問をぶつける圭織。
マイペースな圭織の瞳はまっすぐ私の手元に向けられていた。

「うん、まだだよ」

唇の端を引き上げ、頬も一緒に持ち上げる。目も細めて苦笑いの表情。
誰に向けて私は表情を作っているんだろう。
下を向いて手に持っていた花火をぷらぷらと振った。

「あれ、美貴一人だぁ……」

少しの沈黙の後、探し当てたように圭織が言った。
見ると確かに藤本は一人でぼんやりと何をするでもなく佇んでいた。
いかにも仕方が無いからここにいる、といった感じがする。

「一人だね」

返事を考えるのがめんどくさいときはそのまま相手の言ったことを繰り返せばいい。
とりあえずでも相槌を打てば「聞き上手」になれるから。
6 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時09分59秒
藤本は腕組みをして海に見入っている。白のワンピースに似合わないふてぶてしい佇まい。
一体、何を考えてるんだろう。

「あ、ちょっと見て見て」

しゅるしゅるしゅるしゅる……。
圭織が指差しした先には藤本の足元へと近づくねずみ花火があった。
煙と火花を撒き散らして、サンダルを履いた足に向かっていく。
気付いた藤本は慌てて逃げた。そのびっくりした顔と言ったら。
いつもの澄ました顔じゃない、本当に驚いてる顔。
きゃーきゃー声上げて、不可思議な動きをしているねずみ花火から逃げ回ってる。
そんな藤本をけらけら笑い立てたのは紺野と新垣だった。二人は手まで叩いて喜んでる。

「紺野と新垣が犯人か。それにしても美貴の顔! あは、最高だったよね」
「うん、なんか本当にびっくりしてたよね。でも藤本、怒りそうじゃない? ああいうイタズラ嫌がりそう」
「そうかな」

圭織はそっけなく返し、また視線を元に戻した。私もそれに習い前を向く。

「もう本当っに驚いたんだから!」

ねずみ花火の軌道から逃れた藤本は、乱れた髪を直しながら声を上げた。
イタズラを仕掛けた二人に向けて頬を膨らませてみせる。
その顔はどこか楽しそうだ。
7 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時10分39秒
さっきの藤本を真似て、慌てた様子を新垣が大袈裟に再現し、それを見て紺野が笑う。
置いてけぼりにされたねずみ花火もその輪に入りたかったのか。
じゃれつくようにまた軌道を変えて三人の元へ勢いよく近づいていった。
怒っていた藤本の方へと慌てて抱きつく二人。
笑い声が三人分になり、花火が鬼の追いかけっこが始まる。

……なんだ、つまんないの。
自分の楽しみのために仕掛ける子供のイタズラじゃなかった。
あれは同級生が友達を誘い出すイタズラだ。

「はははっ、元気だねー」

圭織は笑う。その横顔は大人びていて穏やかだった。
やっぱり圭織はリーダーになっていた。

「それでさぁ、何でなっちはその花火ずっと手に持ってるの?」

絵のついた紙の花火。
うさぎのチープなイラストが入った紙の板に、火をつける短いストロー状の先っぽ。

「うん。これね、好きなの」
「これってさ、取り出すとき必ず最後にならない?」
「なるなる」

パックに入っている台紙の一部としてこの花火が入っていることが多い。
全ての花火を取り出した後に土台となっていた紙の部分を切り離してようやくできあがる花火。
私はこれが好きだった。
8 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時15分30秒
「何か特別って感じしない? 子供の頃はさ、こういう絵のついたのって人気あるんだよね」

うんうん、と頷く圭織。話はスムーズに流れていく。

「圭織のうちさ、妹いるでしょ。取り合いになったりしたなぁ。大抵、妹のものになっちゃうんだけどさ」
「でも人気があるのは子供のうちだけなんだよね。その内、気付いちゃうの。この花火つまんないって」
「つまんないの?」
「ほら、最後に残る特別な絵のついた花火だー、って思ってやるからかな。期待した程じゃないなって」
「ああ、それ分かる気がする。クリスマスケーキの上に乗っかってる砂糖菓子のサンタクロースもそんな感じだよね」
「おいしくないよねー、あれ。ただ甘いだけなの。本当に砂糖なの」
「チョコレートで出来た家の方に人気集中しない?」
「それで2番人気が『メリークリスマス』って書いてあるプレートなんだよね」

そうそう、と笑い合う圭織と私。
共有している経験の多さは他の誰でもなく圭織が一番だ。
昔話を語るのは楽しい。もう変わることがないから。

「それでも、なっちはこれが好きなんだね」

笑っていた声のトーンが優しくなった。私の手にある花火を指先で少し触れてみせる圭織。
9 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時16分01秒
「うん。先のさぁ、火つけるところがストローみたいになってて。ちょっと花火になるまで時間が掛かるんだよね。
 だからびっくり花火って呼んでたんだ、ちっちゃい頃」
「なんかさ、ちっちゃい頃って何でも新鮮だよね。すぐに面白いって思っちゃうの」
「まだ、知らないことが多いからねえ」

私の言葉に少し困ったように圭織は微笑んだ。何か、変なこと言ったかな。
自然に会話ができている、と思ってたのに。

「圭織はさ、線香花火あるっしょ? あれね、火をつけるの、逆さまだと思ってたの」

間を空けて再開される会話。
眉間のしわを解いて圭織はそんなことを口にし出した。
あ、もしかしてあれは思い出していた表情だったのかな。

「ほら」

そういって新しい袋を開けて線香花火を取り出した。
一本だけ器用に抜いて、丸い方の先端を親指と人差し指で摘み上げてみせる。

「こっちのひらひらっとした方に火をつけちゃったんだよね」
「それ、やったことあるかも」

顔を見合わせて笑みを交わした。圭織が揺らした線香花火。
その下端にあるひらひらとした紙は本当は持つ側だ。
10 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時16分41秒
初めて線香花火を手にする子供にはどちらが火をつける場所なのかが分からない。
少し考え、他の花火はどれも持つ場所が棒状で、ひらひらのところから花火が出ていた、と思い出す。
期待のもとにロウソクの火に触れるひらひら。
けれど線香花火の逆に火をつけても、何もおこらない。ただ、じわじわ燃えていくだけ。
見守る子供はその先から勢いのよい光線が飛び出るのを楽しみにしているというのに。
それがどうだろう。正しいやり方でつけた線香花火はチリチリとした退屈な輝きしか放たない。
その時の、「えー、こんなのだったんだぁ」という落胆。

圭織と私はきっと同じ意図で笑ってる。
期待外れのがっかりも、線香花火ならではの楽しみ方も今ではみんな分かってしまっているから。
だからこそ、子供だったときの自分の落胆が愛しくてたまらないんだ。


「火、つけてみよっか」
「え?」

ずっと握り締めていた絵紙の花火。
本来火をつけなければならないストロー状の先を握り、わざと逆さまに火をつけた。
火がゆらゆらこちらへ近づいてくる。
紙が、燃えていく。
11 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時17分42秒
「なっち!」

ばしゃん。
圭織が私の手を掴み、花火ごとバケツに突っ込んだ。
水の冷たさに驚いた手が、燃えカスになった花火を手放す。

「何やってるの?そのままいったら手、火傷してたよ!
 ううん、もしかしたら火薬にも火がついて顔にだって……」

大きく目を見開いて叱り付ける圭織。その手は私と同じに濡れていた。

「それはないよ。だって、圭織が止めてくれるって分かってたから」

冗談めかした口調で言ってみせるが、圭織はまた眉をしかめ口を突き出した。
私はそれに笑顔で応える。
変なの、と圭織は首を傾げながらも私につられて笑った。
ぷるぷると濡れた手の水滴を震わせて落とす圭織。
馬鹿げた確認作業に付き合わせたことに心の中でだけ小さく謝った。


「なっち。ね、あれあれ」
「ん? 何、そんなひそひそ声で」

濡れた手もどうにか乾いてきた頃、ぼんやり向こうを見ていた圭織が口を開いた。
また何か楽しいことでも見つけたんだろうか。

「いい? さりげなくだよ。さりげなーく、あっち見てみて」

肘をくいっと突き出した方向がどうやら「あっち」らしい。
ちらりとその方向へ目だけを向けた。
12 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時18分39秒
見ると、辻と加護と一緒に新メンバーの三人がいた。
辻がこちらを指差して、加護がそれを叱る。
そのやりとりに笑い声を上げた田中。亀井がしーっ、静かにと唇に指を当てた。
一人、道重が困ったような顔をしてこちらを伺いながら、手に持ったねずみ花火を地面に置いてはまた拾ったりしている。

「なるほどね」

圭織と顔を見合わせてにやりと笑った。


「ね、すんごくさ、真面目な話してるっぽいようにしようよ」
「あはは、いいね、それ」
「笑っちゃだめだって。はい、こっから真面目タイムだからね!」

人差し指を突き出して、圭織がその『真面目タイム』のスタートの合図をした。
思わず笑いそうになった震える唇をどうにか一文字に据える。
13 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時19分32秒

「きっと今、無茶苦茶ドキドキしてるよね」
「うん、してるしてる」

必死にぎこちない無表情を保ちながら私たちは、花火に火がつけられる瞬間を待った。
初期メンバー二人が『真面目タイム』を実行しているのだ。
仕掛けられるイタズラのハードルとしては十分だろう。

圭織はじいっと海を見つめている。
どこかわくわくしてると、隣りにる私だけが分かった。
すっかり闇が濃くなった海は、花火がもっと光る夜を迎えようとしている。

私はそんな圭織を横目に入れながら、足元のロウソクに見入っていた。
小さな炎に溶けたロウが白い胴体を伝い流れていく。
そうして垂れ下がり固まったロウが作り出す歪な円筒形。

短くなったロウソクが、それでもなお闇の中で暖かくその火を揺らめかせていた。


―― おわり ―― 
14 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時20分33秒
15 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時21分16秒
16 名前:11 逆さま花火 投稿日:2003年06月23日(月)20時21分54秒

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