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07 仮面舞踏会

1 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時26分27秒
07 仮面舞踏会
2 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時27分28秒
辻さんはテーブルに広げた情報誌をばんばん叩きながら、人差し指をぴんと立てた。

「やっぱさー、ミュージカル着物だったじゃん? 今年は浴衣着たいって感じだよねー」
「あー、そうですねー。今簡単なのあるし。辻さん水色のとか似合いそうですよ」

まこっちゃんの言葉に、辻さんは照れたように身を捩り、エヘヘとキュートな八重歯を見せる。

「けど、やっぱそんな休みもらえないよねー。花火大会、行きたかったな」

今度は机にひれ伏した。辻さんは、本当に片時もじっとしていることがない。
まこっちゃんはそんな辻さんを優しい目で見守って、それからあたしにも話を振った。

「あさ美ちゃんは白って感じだね」
「え、そうかなあ……」

心配ごとがあったせいで、あたしの声は思いがけず否定の響きを持っていた。
けど、まこっちゃんは気にしたふうもなく、そうだよ、と辻さんと声を合わせて笑った。
天邪鬼なあたしの心が少し曇る。
3 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時28分43秒
それからしばらく三人で、プールには絶対行こうという話をして、
いつものようにマネージャーさんが辻さんを連れていくと、
楽屋にはあたしとまこっちゃんの二人だけになった。
途端に生まれるぎこちない空気。

「花火かぁ……最近見てないなぁ」

静かさを持て余したみたいに、まこっちゃんがしみじみ呟いて寝そべった。
言うなら今しかない。
あたしは、ほとんど早口言葉みたいに、上擦った声で一息に言った。

「……ねえ、私、友達に穴場の花火大会教えてもらったんだけど、
ちょうど私達二人その日オフだし、一緒に行かない?」
4 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時29分13秒
あれだけ残念がっていた辻さんのことを思うと胸がちくりとしたけど、
どうしても二人で行きたかった、というよりは、二人でないと意味がなかった。
その日は午後からティンティンタウンの収録だから、辻さんと加護さん、
それに五期のあとの二人は誘えない。そこまで見越しての言葉だった。

二人だけでどこかに行くことは久し振りだった。どちらから誘うにしても、
いつもあたしは、必ず誰か他の人も一緒になるように気をつけていたから。
当然、まこっちゃんもそのことに気付いていたのだろうと思う。
起き上がり小法師みたいに飛び起きたのは、よほど驚いたらしかった。

もし、まこっちゃんが誰か大人の人も一緒に来てもらおう、なんて言い出したら
どうしようって思ってたけど、そうはならなかった。
それどころか、まこっちゃんは嬉しそうにふざけて、
みんなには内緒にしようね、なんて約束までしてくれた。
そう言われた時に私がどんな気持ちだったかなんて、
まこっちゃんには想像もつかないよ、きっと。
5 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時29分49秒
当日、あたしはピンクがかった白地に金魚柄の浴衣を赤い帯で締め、
まこっちゃんは、緑地に花模様の浴衣と、黄色の帯を合わせた格好だった。

「あぅ……また逃げられちった」
「へたっぴー」
「うるさいなあ、あさ美ちゃんは見てるだけだからそんなこと言えるんだよ」

花火が始まるまでには、まだかなり時間があった。空は薄いブルーで、
爪の先みたいな白い月が浮いている。だけど振り向くと、太陽のてっぺんが
まだ覗いているような時間帯。

あたし達は、あまり多くはないけれど、お祭りらしいものはそれなりに何でも揃っている、
屋台の店先を冷やかして歩くことにした。

まこっちゃんは、花火よりもむしろそっちの方を楽しみにしていたらしく、
まったく落ち着きないったらなかった。すっかり興奮しちゃってあっちへ行きこっちへ行き、
今も金魚掬いに夢中で、あたしはわたあめ片手に隣に屈み込んで、
五回目もやっぱり失敗したまこっちゃんをからかっていたところだった。
6 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時30分19秒
「あーもうだめ。諦めます」
「はは。じゃ、これ残念賞」
「ありがとうございます」

まこっちゃんは、全然屈託のないすごくいい笑顔でおじさんにお礼を言うと、
一匹の金魚が入った袋を大事そうに受け取った。

あたし達は、またぶらぶらと屋台の並びを歩き始めた。
人が増えて来ていて、少し歩き難かった。けど手は繋げなくて、
あたしはまこっちゃんの浴衣の袖を掴んだ。まこっちゃんはちょっとだけ顔を動かして、
何も言わずにまた前を向いた。

広場の中央では、そろそろやぐらに灯がともり始めた。もうすぐ盆踊りと、
そして待ちに待った花火が始まる。カップルも家族連れも、もちろん友達同士のグループも、
みんなそわそわ浮き足だって見える。ここには五感を刺激するものばっかりだから、
ただ歩いているだけなのに、こんなに楽しい。
7 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時30分55秒
――でも。

海が近いらしく、気持ちのいい夜風の中に、仄かに塩の香りがした。
あたしはこっそり隣の横顔を盗み見た。

――あたしの場合、まこっちゃんがいるからかもね。

気付いてしまったのは、もうずっと前のこと。
その時からあたしは、まこっちゃんとの距離の取り方が分からなくなってしまった。
寄りかかっていた背中が急に外れて、まこっちゃんが戸惑っているのが分かる。

だから今日はそういうこと全部やり直したかった。前みたいに、
まこっちゃんと二人で子供っぽい気分に浸っていたかった。出来れば、
もう背もたれにはなってあげられないけど、あたしはまだ、もっとこれからも、
ちゃんとまこっちゃんの友達なんだよって、分かって欲しかった。
なのにさっきからずっとあたしの胸にあるものは、どうしようもない恋心。
8 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時31分26秒
「――おっか、って……あさ美ちゃん、どうかした?」
「……え?」

考えに耽っていたあたしは、慌てて顔を上げた。
まこっちゃんが怪訝そうにあたしを見つめている。
思わず息を吸って、あたしは、何でもないふりをして聞き返した。

「どうしたの?」
「や、ほら、ライト点いたからさあ、人も増えてきたし……顔隠すのに
あれなんかちょうどいいねって言ったんだけど……」

最近見慣れてしまった、困ったような笑顔のまこっちゃんの指の先には、
古今東西アニメや特撮ものの、人気者達の顔がずらりと並んでいた。
きっと、本当はもっと冗談ぽく伝えたかったんだろうと思って、
あたしは精一杯の笑顔を浮かべた。
9 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時32分04秒
「……お面?」
「そう。ほら――」

まこっちゃんは先に立って歩いて、お面の一つを手に取った。
あたしの気持ちが無意味になってしまわないように、
少し無理してるのが分かる、わざとらしい動き。

「これ、あさ美ちゃんがしてさ」
「ええっ、これぇ?」

あたしは吹き出してしまった。
まこっちゃんはやっとほっとしたような優しい笑顔になって、
ちょっと調子づいて、もう一つを選び取った。
10 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時32分45秒
「よし、これでオッケー」

まこっちゃんが手を離したところから、セーラームーンが現れた。

「あはははは」
「ほら、あさ美ちゃんも」
「うん」

あたしのは、ドラゴンボールの孫悟空だった。
傍目から見たら、あたし達が並んで歩く姿は、東映まんが祭りといった感じだろうか。

その時、スピーカーからハウリングの音がして、いきなり炭坑節が始まった。

「お、始まったねえ。つぅきぃがぁー、でぇたでぇたー」

まこっちゃんは、突然ハロモニの六郎さんになって、レコードに合わせて歌い出した。
11 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時33分16秒
セーラームーンのくせに、とあたしはお腹を抱えて笑ってしまった。
そしたら、その手をまこっちゃんがいきなり掴んで歩き出した。
あたしは一瞬心臓が高鳴って、顔が火照るのを感じた。けど、今のあたしは孫悟空だし、
まこっちゃんはあたしよりも、顔の前に持ち上げている金魚の方に気を取られていたので、
気付かれる心配はなかった。

あたしはまこっちゃんの手をしっかり握り返して、
隠しきれない耳まで堂々と熱くしながら、人込みの中をはぐれないように歩いた。
12 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時34分07秒
「うん。このへんだね。きっと」

広場を抜け、身長の高さまである生け垣を過ぎると、芝生になっている下り坂の向こう、
すぐ目の前に黒い海が広がっていた。

まこっちゃんは足を止めると、暑かった、なんて言いながらお面を頭の上に押しやった。
彼女の顔も上気していたので、安心して私もそれにならう。

「さっきさ、どっかのカップルが花火見やすいとこ行こうって言いながら
こっちの方に来たみたいだったから、真似してついてってみようかなって」

確かに、ここは発射台の様子まで見えそうなほど近かった。
ちらほらと地元の人達らしき人影があり、そばにいた親切な家族が新聞紙を分けてくれたので、
あたしたちはそれをお尻の下に敷いて座った。

花火が上がるまであと三十分。隣にいるまこっちゃんと浴衣の袖が擦り合うたび、
あたしは落ち着かなくなって、意味もなくあれこれ口にした。
13 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時34分37秒
「飲み物買って来ようかな」
「あたしお茶のペット持ってるから喉乾いたならあげるよ。
さっきラムネ飲んだばっかだし、あんまり飲むとトイレ行きたくなっちゃうよ」
「……うん。やっぱ、いいや。喉乾いた訳じゃないから」
「そう?」

それから、まこっちゃんが金魚の袋をあたしのおでこに乗せたり、
二人で、お母さんにだっこされてる赤ちゃんにべろべろばあをしたりしているうち、
気付いたら、あたしはいつのまにか寛いでいた。

ひととおり遊び終えると、まこっちゃんはやおら空を見上げた。
14 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時35分07秒
「なんか、いいね。こういうの」
「うん」
「来年も来たいなあ」
「そうだね」

その頃、あたし達はどうなっているんだろう。あたしはふと思った。
時々、同期のみんなで将来の夢を仄めかす。そのくせ、来年とか、
再来年くらいの話はしない。出来ない。
けど、また来年、きっとまこっちゃんとここに来よう。
そして、少しだけ大人になったあたしがここに座る。
その時には、もしかしたら何かが変わっているのかもしれない。
あたしは、その時を待つ。

おわり
15 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時35分45秒

16 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時36分32秒

17 名前:07 仮面舞踏会 投稿日:2003年06月23日(月)11時37分21秒


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