インデックス / 過去ログ倉庫
03 最後のせんこう花火
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時51分37秒
- 03 最後のせんこう花火
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時52分24秒
- 亜依は、この街でも有名な社長令嬢だった。
大きな家に住み、いつも御馳走を食べている。
幼稚園から仲良しの希美は、そんな風に思っていた。
それにひきかえ希美の家は、決して裕福な家では無い。
母親がパートに出なければ、家のローンを払って行けなかった。
「もっと美味しいものが食べたいのれす!」
そんな我侭を言う希美を、母親は珍しく叱った。
この不景気の中、希美の両親は必死に働いている。
それでも、給料は減る一方だった。
「ののはお肉が食べたいのれす!」
若い希美は、身体が肉類を要求している。
両親にしても、お腹いっぱい美味しいものを食べさせてやりたい。
しかし、この御時世では、贅沢にも限度があった。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時52分56秒
- 「ごめんな。美味しいものを食べさせてやれなくて」
父親が済まなそうに言うと、希美は何も言えなくなってしまう。
同時に彼女は、酷い我侭を言った自己嫌悪に支配されてしまった。
希美は両親に感謝しているが、裕福な亜依の事を思うと、
やはり、羨ましくて仕方なかったのである。
「・・・・・・ごめんなさい」
希美のいいところは、とにかく素直なところだ。
済まなそうに謝る仕草を見ると、誰もが思わず微笑んでしまう。
たまに、シャレにならないほど凄まじいイタズラをする事もあったが、
そんな希美を両親は、眼の中に入れても痛くないほど可愛がっている。
希美も両親が大好きで、本当は一緒にいるだけで幸せだった。
「そういえば、このごろ、あいぼん元気が無いのれす」
亜依は明るい子だったものの、ここ最近、妙に塞ぎ込んでいた。
希美は心配して理由を聞こうとしたが、亜依は多くを語ろうとしない。
学校でも深刻な顔をしていて、先生や友達は、とても心配していた。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時53分23秒
- 「ののもお友達だったら、何かしてあげれば?」
母親は困っていた希美に、的確なアドバイスをした。
友達が元気をなくせば、誰だって心配してしまう。
何か悩んでいる事があれば、相談して欲しかった。
相談出来ない事であれば、友達として元気にしてあげたい。
「そうなのらー!明日の夜、花火をやるのれす」
希美の家の狭い庭では、打ち上げ花火など出来ない。
だが、手持ちの花火であれば、充分に楽しむ事が出来る。
幼稚園の頃から一緒だった亜依を喜ばそうと、
希美は花火をやる事に決めたのだった。
「よし、お父さんがお小遣いをやろう。でも、その前に、ご飯を食べちゃおうな」
笑顔で頷く希美は、一気にドンブリメシを掻き込んだ。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時53分50秒
- 翌日、いつもより早く登校した希美は、
校門の前で亜依を待っていた。
夏の太陽が降り注ぎ、気持ちのいい朝である。
そんな清々しい空気を満喫していると、
表情を曇らせた亜依がやって来た。
「あいぼーん、今晩、花火をやろうよ」
「・・・・・・花火?」
亜依は一瞬だけ、黒目がちな瞳を輝かせたが、
俯きながら悲しそうに笑って首を傾げる。
何か用事があるのなら延期してもよかった。
「来れるれしょう?」
「行きたいけど、行けないかもしれない」
「それじゃ、来れたら来てね」
希美は無理には誘わない。
亜依にも何か事情があるのだろう。
亜依は涙を溜めた眼で希美を見ると、
寂しそうに「うん」と頷いた。
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時54分19秒
- 希美は家に帰ると、父親から貰った二千円を持って、
近くのスーパーマーケットへ花火を買いに行った。
百円均一の小さな花火セットを、希美は五種類も買う。
そして、仲良しの亜依と一緒に花火をやるため、
千円を払って、大きな花火セットを買ったのだった。
「あいぼん、来れるといいな」
希美がレジで支払いを済ませて花火を袋に入れていると、
隣にいた主婦達が、亜依の父親の話をしていた。
希美はあまり気にしていなかったが、ついつい聞き入ってしまう。
しかし、その内容は、希美が仰天するようなものだった。
「加護建設、とうとう倒産ですってね」
「ああ、あの巨額の負債を抱えたゼネコンでしょう?」
亜依は加護建設社長令嬢のはずだ。
希美は亜依が元気ない理由を、
何となく悟ってしまったのだった。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時54分48秒
- 「お母さん、たいへんなのれす!」
希美はパートから帰って来たばかりの母親に、
たった今、スーパーで聞いた事を話してみた。
母親は食事の支度をしながら、希美の話を聞いて眉を顰める。
幼稚園の頃から、希美と亜依は仲良しだった。
その亜依の家族達が、大変な思いをしている。
そう思うと、気の毒でならなかった。
「力になってあげないさいよ」
「ののにはお金が無いのれす」
個人レベルでは、返済出来る金額では無い。
大手ゼネコンである加護建設の倒産によって、
従業員や関連会社など、数万人に影響が出ると言われていた。
亜依の父親は、労組や会社幹部、株主、メインバンク、
更には役人にまで経営責任を追求されている。
亜依に元気が無いのも仕方なかった。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時55分10秒
- 希美は夕飯を食べ、七時になると花火の用意を始めた。
梅雨の中休みなのか、西の空はアンバーに染まっている。
希美は初物の西瓜を食べながら、亜依が来るのを待っていた。
「もう八時になるもんな。亜依ちゃん、今日は来ないよ」
「うん・・・・・・もう少し待つのれす」
希美は西瓜の種を飛ばしながら、亜依を待っていた。
八時半を回ると、さすがに希美も諦めたのか、
せんこう花火を一本だけやって終わる事にする。
庭にしゃがんだ希美が、せんこう花火に火を点けた時、
横に誰かがいるのに気が付いた。
「あいぼん?」
「ごめんね。遅くなって」
いつの間にか、亜依が横にいるではないか。
希美には、彼女がやって来たのが判らなかった。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時55分43秒
- 「それじゃ、花火をやるのれす」
二人は楽しく花火を始めた。
亜依は嬉しそうに微笑んでいる。
希美は久し振りに亜依の笑顔を見たのだった。
「きれいだね、あいぼん」
「うん」
二人は幼い頃から、いつも一緒だった。
友達というより、姉妹のように育って来たのである。
花火を楽しんでいる間、亜依に悲しげな表情は無かった。
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時56分22秒
- 「これが最後なのれす」
希美がせんこう花火に火を点けようとすると、
亜依は寂しそうに話を始めたのだった。
「ののちゃん。今までありがとう。あたしね。遠いところへ行くの」
「ええっ?引越しちゃうのれすか?」
希美は大きな眼を見開いた。
濡縁に腰掛けた亜依は小さく頷くと、
その黒目がちな眼で星空を見つめる。
仲良しだった希美と別れるのは、
亜依にとって辛いのだろう。
その目尻から大粒の涙が零れて来た。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時57分04秒
- 「あいぼん、お父さんの会社の事、本当だったのれすね」
「うん・・・・・・こんな風に別れるとは思わなかったよ」
亜依は希美に抱き付いて、泣き出してしまった。
希美も泣きたかったが、必死に笑顔を作っている。
こんな時だからこそ、笑顔で別れたいと思ったのだ。
「一緒にやるのれす」
希美は亜依にせんこう花火を持たせると、
一緒になって火を点けてみた。
きれいな玉が出来て、火花が散り始める。
希美は亜依と離れるのが辛かった。
ずっと、こうしていたかった。
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時57分39秒
- 「ののちゃん、本当にありがとう。これで思い残す事は無い」
「あいぼん!」
せんこう花火の玉が小さくなって行くと、
亜依の身体も透け始めてしまう。
希美が手を握ろうにも、亜依は実体を亡くしていた。
「ごめんね。先に逝って」
亜依は小さく手を振りながら、次第に闇と同化して行く。
希美には判っていた。亜依はもう死んでいるのだ。
どうしても希美に会いたくて、天国へ行く前にやって来たのである。
希美は大粒の涙を零しながら、仲良しの亜依を見送った。
「あいぼん」
亜依が消えると同時に、一陣の風が吹いて行った。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時58分12秒
- 翌日、秩父の林道で、クルマの中から男女三人の遺体が発見された。
排気ガスを車内に引き込み、状況的に一家心中とみられている。
決して裕福ではない希美の両親にしてみれば、考えられない事だった。
娘の成長だけを願い、なりふり構わず生きてきたのである。
自ら死を選んだ亜依の両親を責める気は無かったが、
希美と彼女の両親にしてみれば、残念でならなかった。
「あいぼん、一緒に花火をやろうね」
それからというもの、亜依の命日になると、希美は花火をやった。
そして、最後には必ず、せんこう花火をやったのである。
二人でやったせんこう花火を思い出しながら。
――― 終 ―――
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時58分51秒
- ム
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)00時59分39秒
- ス
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)01時00分31秒
- メ
Converted by dat2html.pl 1.0