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2 八月の降霊会
- 1 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時47分14秒
- 八月の降霊会
- 2 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時48分13秒
- 夏休みを利用し帰省して、丁度一週間が経ったある日。
私が電話を切ると、丁度天気について、テレビが話しだした。
その日の前日まで、辺り一帯には、
たらいをひっくり返したような強い雨が、昼夜を問わず降り続いていた。
川の氾濫がまるで些細な日常の一幕であると錯覚しそうなほどに、
テレビは似たようなニュースを繰り返し報道していた。
それほどの豪雨が、当日になるとぴたりと止むのだから、
やはりカオリの力は偉大なのだと感じざるを得ない。
「今日一日、お天気は上々となる見込みです」
見慣れた顔のアナウンサーが、
天気のニュースから株価のニュースに話題を切り替えたところでテレビを消した。
- 3 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時48分53秒
- あらかじめ問屋から直接買い付けておいた大量の手持ち花火を抱えて家を出た。
八月らしく、もうすっかりあたりは暗く闇を落としているのに、
ねっとりと首筋から絡み付いてくる暑さは収まる気配を見せない。
おまけに余計な水分が空気中で留まっているせいで、その暑さは不快なものでもある。
ふと、これだけ湿気が強いと火が点かないんじゃないかという心配が頭をよぎり、
ポケットを弄って、エメラルドグリーンに光るライターを取り出した。
石が擦れる音がして、小さな炎が揺らめいた。
──ライターは左でつけるんだね?
ふいに、カオリの声が甦ってきて、私は火を消した。
「たまたまだよ」
その声は何処にも届かず、ふらふらと中空を彷徨った。
- 4 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時49分25秒
- 降霊会と呼ばれる儀式を始めたのは、もう四年も前の事になる。
尤もその名前は後付で、
当時は特に何かしらの強い意識を持っていたわけではなかった。
何故そんなことをしようと思い当たったのか、私には当時の思考が既に理解できないけれど、
ロケット花火を瓶から射出するのを模倣して、
手持ち花火を円形に芝生に突き刺し、順々に火を吹き上げていただけだ。
十数本は突き刺していたのだろう。
少し腰が痛いなと思い始めた頃、一本目の花火の命が尽きた。
それと同時に、カオリの声が聞こえてきた。
- 5 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時50分00秒
- カオリは、私の家の隣に住んでいた、四歳年上のお姉さんだ。
私が高校を出て家を離れるまで、よく付き合いがあった。
寡黙な性格で、少し近づきがたい雰囲気を纏っていたせいか、友達は多くなかったらしい。
私もしっかりと顔を覚えているのはせいぜい二、三人で、
その代わりというのか、カオリはよく私の相手をしてくれた。
夏には海にも行き花火もしたし、冬には一緒にクリスマスを祝ったりもした。
私もカオリにはなついており、カオリと過ごす時間は楽しかったから、
大学のために家を離れることが決まった時には、カオリの目の前で涙を流してしまうほどだった。
そんなカオリが事故に逢ったと聞いたのは、私が家を出て一年ほど経った頃のことだった。
- 6 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時50分52秒
- 色とりどりの炎と煙の中で、カオリはいった。
あれは不幸な事故だった、寿命だった、と。
老若の基準は個々によって違う、だとか、哲学的なことをいっていたけれど、
彼女自身がその死を割り切れていないことは明白すぎるほどに明白だった。
私はその顔から目を背ける意味も込めて、着火を再開した。
しゅわっと心地いい音がして、眼前を青い炎が駆けていった。
- 7 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時51分27秒
- 事故の顛末を詳しく知らない部外者の私に、カオリは丁寧に説明してくれた。
数日間降り続いた雨がようやく止んだその日。
友人を連れて旅行に向かう途中の高速道路で、カオリの運転していた車に向かって、
反対車線から狂ったような蛇行をしながら車が突っ込んできたらしい。
運転なんて滅多なことするもんじゃないね、
車は半壊、高かったろうに、親父のBMW潰して悪いことしたよ、軽に乗れば良かった、
とカオリは空を見上げながらいっていた。
奇しくも降霊会当日は、毎年似たような天気になっている。
- 8 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時52分01秒
- 降霊会場になっている、土地開発の置き忘れのような場末の公園に着いた時には、
時計の針が九を回っていた。
街灯が一本にベンチが一台と小さな砂場と僅かな芝生スペースだけという公園には、
穏やかな陽気の昼下がりにも人の姿を見ることが出来ない。
ましてや夜、しかも洪水のような雨の後の見るも無残に砂が流れているような状況では、
余計に人影など見えるわけもない。
ずかずかと公園に入り込み、湿り気を確認して花火を刺してゆく。
決行時刻は九時半だから、少し急がなければならない。
- 9 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時52分26秒
- 花火をセットし終わり、私はポケットからライターを取り出した。
バースデーケーキのロウソクさながら、十五本の花火が上を向いて待っている。
私は腰をかがめ、着火を始めた。
流れていくような音についで、明るい光と少しの熱が噴出してくる。
すべての花火に火をつけると、吹き上げる炎に囚われた気分になる。
数秒間、炎の檻の中に、私は拘束されていた。
- 10 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時53分00秒
- 来年も会えるよね。
去年、カオリはそう呟いた。
大きな瞳にはうっすらと涙を湛えて。
だから私は、降霊会を開く。
- 11 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時53分29秒
- 最後の花火が消え、一巡目が終わった。
儀式は、これを三度繰り返すことになる。
私は燃えカスを束ね、二巡目の花火を刺し始めた。
同じように並べ、同じように着火していく。
同じように、火が噴出してくる。
同じように、火が消えていく。
- 12 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時53分57秒
- 三巡目を並べ終えた頃、公園の外で足音がした。
私は構わず着火作業に入る。
時計に目を落とすと、九時半まで後一分半というところだった。
二本目に火をつけた時、足音は公園に入ってきた。
四本目に火をつけた時、足音は声を出した。
- 13 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時54分33秒
- ──「カオリが事故ったって?」
──「そう、今病院よ」
──「容態は?」
──「昏睡状態ですって」
──「昏睡…」
──「ただね、助かるかもしれないって」
──「なんで?」
──「反対車線から正面衝突されたらしいんだけど、現場が高速道路だったのよ。
それで、被害が大きかったのは車体の右半分。
でも、運転していた車は左ハンドルだったのよ」
- 14 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時54分56秒
- 「電話ありがとう、後藤。
今年も、なっちを呼んでくれるんだね」
私は頷かなかった。
- 15 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時55分09秒
- オ
- 16 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時55分17秒
- ハ
- 17 名前:2 八月の降霊会 投稿日:2003年06月23日(月)00時55分35秒
- リ
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