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あなたの雨に包まれて。
- 1 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月15日(日)23時56分45秒
- 私の名前は後藤真希。私に残された時間はあと少し―――
それは高校に入った頃から分かってた事。私の体は病魔に侵されてる。
半年ぐらい前から段々体が思うように動かなくなってきて、今は病院のベッドの上。
ただ毎日ゴロゴロ寝てるだけ。
当然お見舞いなんて誰も来ない。つーか、そんなモンいらないし…。
もともと学校だってロクに行ってなかったし、体の調子が悪くなってからは行けるはずもない。だからそんな友達なんていない。
別に寂しいとも思わないし。
私に残された時間をこの病院で静かに過ごすだけ。そう静かに…。
- 2 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月15日(日)23時57分36秒
- 「失礼しま〜す!」
来た来た…。
「後藤さん、調子はどう?」
「……」
「後藤さん?」
このウルサイのは一週間ぐらい前、新しく担当になった新米看護婦。
名前は…矢口真里。
そう名札に書いてある。
今までの看護婦と違って、妙に馴れ馴れしい。
はっきりいってこういうタイプは嫌い。
「あの、熱測るんで〜、ちょっといい?」
「いいよ。自分でやるから」
「そっか。はい、じゃ…」
私は最後まで言葉を待たずに、体温計を奪った。
「もう…。」
彼女は呆れた様に腕組みしていた。
私は無視して熱を計り始める。
でも今に始まった事じゃない。
私はいつもこうしていた。
- 3 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月15日(日)23時58分26秒
- すると彼女もいつものように無駄話を始める。
「今日も婦長に怒鳴られたよ。まったく一回言えば分かるっての!」
『一回言われても分からないから、何度も怒鳴られるんだろ?』
そう思ったけど、口には出さなかった。
「どう思う?婦長って頭かたすぎると思わない?なんでもかんでもマニュアル通り…。そりゃさ〜、そういうのは大事だと思うけど〜」
あぁ、もう。鬱陶しい…。
「オイラはさ、人の心はマニュアル通りにはいかないと思うんだよね〜」
それでも私は無視。
そして測り終わった体温計を渡す。
「あっ、終わった?はいはい。え〜と…」
私は彼女と目を合わせないように窓の外を眺める。
「まったく、こう毎日雨だと気が滅入るよね〜」
滅入ってる様には聞こえないし。終わったなら早く出てってよ…。
「いつになったら晴れるんだろうね〜」
彼女はそう言って私の顔を覗きこんでいた。
それでも私が返事をしようとしないのを見ると、彼女は「ふぅ…」と一息ついて立ち上がった。
そして「また来るね〜。失礼しました〜!」と必要以上に大きな声を出して部屋を出ていった。
- 4 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月15日(日)23時59分00秒
- まったく何なんだろう…?
たかが看護婦でしょ?どうせ私はもうすぐ死ぬんだから、私なんて放っておいて他の患者の事診てればいいじゃん。
なんなのあの人…。
私は気が立っていた。
親でさえ私の事放っておいてくれるのに、「年が近い子がいて嬉しい」とか何とか言って、私と親しくしようとする。
所詮私は病人で、看護婦なんかとは立場が違うのに。
ほんと頭にくる…。
でも次の日も、そのまた次の日も、同じ様に彼女は私に馴れ馴れしくしてきた。
私がどんなに無視しても、彼女は懲りる事がなかった。
そしてその日は久々に雨があがって、私の嫌いな晴れの日だった。
彼女は入ってくるなり、「いやぁ〜、やっと晴れたね〜。おいおい、せっかく晴れてるのにカーテン閉めっきりじゃ体に良くないぞう!」
とか言いながらカーテンを開けた。
目に刺さるような明るい陽射しが飛びこんでくる。
私はさすがに堪え切れずに言った。
「閉めてよ…」
「ん?」
「カーテン閉めて」
「なんでよ?いつもいつも雨空ばかり見てないで、たまにはお日様でも眺めたら?」
「いいから閉めて!」
「分かったよ…。」
彼女は渋々カーテンを閉めた。
- 5 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月15日(日)23時59分35秒
- そして私に聞いてきた。
「でもさ〜、どうして雨の日は外ばっかり見てるのに、今日はカーテン閉めたまま窓の方を向こうともしないの?」
「そんなの私の勝手でしょ」
「そりゃあそうだけど…。雨なんかより、晴れてた方が心も晴れるじゃん?」
「……」
「まただんまりか…。後藤さんの心はまだ雨だねぇ」
その後も彼女は、作業しながら相変わらずの無駄話をしていた。
看護学校の頃の思い出とか言って、私にはどうでもいい事ばかり話していた。
「でさ〜、その子が"注射なんてできないべさ"とか言ってるから〜」
あぁ〜、もうウルサイ!ウルサイ!ウルサイ!
「オイラが無理矢理腕を掴んで…」
私もいい加減我慢できなくなって叫んだ。
「もう、うるさい!なんなの?私のことは放っておいてよ!」
「え…?」
「いつもいつも何なの?年が近いだか何だか知らないけど、私はあなたの友達でもなんでもないんだよ!」
「後藤さん…。」
「そんな事友達にでも話せばいいじゃん!私にそんな事話さないでよ!」
すると彼女は、少し間を置いてから呟いた。
「だ、だからオイラは友達になろうと…」
- 6 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時00分14秒
- 「はぁ?」
それが私の素直な返事だった。
この人何言ってるの?人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
しかし彼女は続けた。
「だって後藤さん、いつも寂しそうに雨空ばかり眺めてるし…。後藤さんの笑った顔見た事ないんだもん」
「ばっかじゃないの?別に寂しくなんかないよ?雨が好きだから見てるだけ。それになんで笑わないといけないの?第一、私は友達なんていらない。面倒臭いだけだから。煩わしいだけでしょ?」
「そ、そんな…。そんな事ないよ?友達ってそんなに悪いもんじゃないよ?」
「もういいから出てって!出てってよ!」
私がそう叫んでいると、婦長さんが飛び込んできた。
「ちょっと何騒いでいるの?矢口さんあなたって人は…。まったく何度いえば…。ちょっとこっち来なさい!」
そしてそのまま二人は部屋を出ていった。
- 7 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時00分46秒
- ドアの外で婦長さんの怒鳴り声が聞こえる。
『またあなたは患者さんに対して失礼な事したの?友達がどうとか言ってたけど…。いつも言ってるでしょ!患者さんに対しては個人的な感情を持たずに、看護婦として…』
するとあの矢口という看護婦も言い返す。
『で、でも、看護婦だって患者さんだって同じ一人の人間だし、そんな区別して考えるのは…』
『何を言ってるの!そんな事じゃダメなのよ。区別しなきゃだめなの!いちいち看護婦が患者さんに感情移入してたら仕事にならないのよ!』
『どうしてですか?看護婦も患者さんと一緒に病気と闘うんじゃないですか!患者さんの家族や友達のように、苦しみや喜びを分かち合っちゃいけないんですか?』
『そんなドラマみたいな事言ってられないのよ!』
まったく…、婦長さんの言う通りだよ…。
看護婦と患者は違うの。
『家族や友達のように』って…。
ホント、バカみたい…。
- 8 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時01分21秒
- その日の事でさすがに懲りたのか、次の日の矢口って看護婦は大人しかった。
私にかける言葉も一言二言…。
だけどその日は私の方から聞いてみた。
「あのさ〜、昨日言ってた"家族や友達のように"ってどういう事?」
それは矢口って看護婦を追い詰めようと思って言った言葉だった。
でも、本当は気になっていたのかもしれない。
私には苦しみや喜びを分かち合えるような、家族も友達もいなかったから…。
それと同じ様に…、って意味が分からなかった。
それに病気と闘うのだって私一人。
お医者さんや看護婦さんは所詮仕事なだけ。
私にはこの矢口って人の言ってた事は、すべて人情ドラマのように嘘臭い話に聞こえた。
「聞こえちゃったか…。どういう事?ってそのままの意味だよ」
「そのままの意味?よくわかんないよ。私達なんて所詮ただの患者と看護婦じゃん。それ以上の関係なんてバカみたい」
「婦長さんみたいな事言うんだね。でもオイラは何と言われようと、そう思ってるから」
「でも看護婦さんが私達にしてくれる事なんて仕事だからでしょ?それでお金もらって暮らしていくためでしょ?」
- 9 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時01分54秒
- 「そうだけど…。確かに仕事だけど、それだけじゃないと思う…。オイラはそんなつもりで看護婦になったわけじゃないから」
「どういう事?」
「オイラが看護婦になろうと思ったのは、妹が病気で死んだ時…。まぁ良くある話だよね。でも違うんだ。その時に一人だけ…、淡々と他の看護婦は作業のように仕事をこなしているのに、一人だけ私達と同じ様に大泣きしてた…。」
そこまで言って、矢口って人は私から体温計を受け取ると、それをチェックしながら続けた。
「その人ね、妹の担当の看護婦だった。他の看護婦が"この度は〜"とか、"力不足で〜"、はたまた"私達も〜"なんてマニュアル通りの言葉をかけてきたって、なんとも思わなかった。何よりもその担当の人の涙が嬉しかった…。妹がいなくなったっていう状況なのに、すごく嬉しかった…。この人はオイラ達と同じ様に悲しんでくれてる。そう思ったら、すごく救われた気がした。きっと妹も嬉しかったと思う…」
- 10 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時02分29秒
- そして作業を終わらせると、矢口って人はベッドの横の椅子に腰掛けた。
「素敵な人だったよ。お葬式にもお墓参りにも来てくれた。オイラはそれで看護婦になろうと思ったんだ。だから婦長さんや後藤さんになんて言われようと、オイラは変わらない…」
「ふ〜ん…」
私が気のない返事をすると、矢口って人は「じゃ」と言って立ち上がった。
私は聞いてみた。
今の話を聞いていて一番気になった事を…。
「あのさ〜、ってことはもう少しで泣くんだ?」
矢口って人は答えなかった。
でも私は彼女の背中越しに続けた。
「私もう少しで死ぬんでしょ?そしたら泣いてくれるの?」
矢口って人は一呼吸置くと静かに言った。
「別に泣きたくて看護婦してるんじゃないよ?オイラだって泣きたくなるような悲しい事はゴメンだよ。だから…」
「だから?」
そして振りかえり、握りこぶしを見せると彼女は言った。
「頑張って!オイラも頑張るからさ!」
そして手を振って出て行った。
どういう事…?
私が死んだら悲しい…って事?
どうして?
あかの他人じゃん…。
私には彼女の気持ちは理解できなかった。
- 11 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時03分02秒
- 次の日…。
その日も雨だった。
彼女はいつもと同じ時間に来た。
「失礼しまーす。」
そして私に体温計を渡すと、彼女は窓の外を眺めて聞いてきた。
「ねぇ…、どうして雨が好きなの?」
私はすぐに答えなかった。
すると彼女は「言いたくなければいいよ。」と言ってきた。
だから答えた。
「雨が好きじゃいけない?私はむしろ晴れの方が嫌い。心が晴れるってそんな簡単に晴れたら苦労しないよ…。すがすがしいとかバカみたい。私にはどんより雲った雨の方がお似合いだから。だから雨が好きなの」
彼女は返事に困った様だった。
「そっか…」
そう言ったきり、他には何も言わなかった。
- 12 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時03分36秒
- 次の日から私は急に具合が悪くなった。
体の自由はきかないし、食欲もない。
あるのは吐き気と頭痛だけだった。
そんな時よく夢を見た。
暗い部屋の中で一人、ひざを抱えて震えていた。
先なんて見えなくて、どこまでも続いていそうなのに…、すごく狭くて窮屈な空間だった。
あと少しで死ぬんだろうな…。
そう思っていた。
ある時目を覚ますと、そこにはあの矢口という看護婦がいた。
意識が朦朧とする中、彼女が「頑張れ!」と言って、手を握ってくれているような気がした。
不思議と安らかな気持ちになれた。
その後はなんか…、安心して眠った気がする。
その日に見た夢はいつもとは違っていた。
そこでは楽しそうに誰かと手をつないで歩いていた。
相手は誰だか分からなかったけど、すごく暖かくて優しい手だった。
- 13 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時04分09秒
- そして目が覚めると、少しだけ具合も良くなり、吐き気と頭痛はマシになっていた。
元気になったとまではいかないけど、少しは動く事もできた。
でも以前より自分の体が弱っている事に変わりはなかった。
しばらくすると、矢口って人がやってきた。
「失礼しまーす。」
私はいつも通り何も言わず、体温計を受け取ろうと手を出す。
「おっ、良かった。やっと元気でたみたいだね。でもまだ無理しない方がいいよ」
そう言って私に手渡すことなく、熱を測ろうとする。
私は何故か抵抗はしなかった。
でも聞いた。
「最近いつも勝手に計ってたの?」
「まぁね。仕事だから」
「そういう時は仕事って言うんだ?」
「そういうイジワル言うなよ〜」
そして昨日の事を聞いてみた。
「手…、握った?」
彼女は少し間を置いてから答えた。
「まぁね…。友達だから」
「友達?どういうつもり?私は友達なんかになった覚えは…」
「はいはい!そう言うと思ったよ。でも頑張って欲しかったから。力になりたかったから。なんと言われようと、オイラにとって大切な人だからさ…。だから…」
- 14 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時04分33秒
- どうして?
私には分からないよ…。
どうしてそんな風に思えるの?
私は――
「私は…、もう少しで死ぬんだよ?そんな人と友達になって嬉しいの?辛いだけじゃない?」
そう言うと急に彼女は真剣な顔をして、強い口調で言ってきた。
「死ぬとか言うなよ!なんでそんな事言うんだよ!人間誰だっていつかは死ぬんだよ!そんな事考えててどうするの?そんなの関係ないでしょ!死んだからって友情は死ぬようなモンじゃないよ。その後も生き続けていくの!後藤さんはオイラにとって大切な人!だから友達!それじゃいけない?」
彼女は怒ってるみたいだった。
だから私はそれ以上文句は言わなかった。
別に気圧されたわけじゃない。
きっと嬉しかったんだと思う。
でも、嬉しかった以上に辛かった。
だから珍しく弱音を吐いた。
「私だって…、私だって本当は友達が欲しいよ!でも…、でも、大切な人ができると死ぬのが恐くなるんだよ…。生きたくても生きられないのに、"生きたい"って思っちゃうんだよ…。だったらそんな人…、私、いらない…」
そう言って私はこの病院に来て初めて涙を流した。
- 15 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時05分07秒
- すると彼女は私の手を握った。
私が振りほどこうとしても、彼女は離してくれなかった。
そして言った。
「それの何がいけないの?"死ぬのが恐い"って思って何がいけないの?"生きたい"って思う事のどこがいけないの?それは普通の事だよ?」
「でも私はイヤなの!どんなに"生きたい"と思っても、私はもう少しで死ぬんだよ?生きられないの…。だったら"生きたい"なんて思いたくない。そんなの苦しいだけじゃん!無駄な事じゃん!」
「なんで?"生きたい"って思ってて生きられなくたって、それは無駄な事じゃないと思う。だって妹は幸せだったと思うよ。たくさんの人に"生きて欲しい"って思ってもらえて、自分も"生きたい"って思ってみんなで支えあって頑張って…。それで結局妹は生きられなかったけど、それでもそのたくさんの人達が妹のために涙を流してくれて…。とっても幸せだったと思うよ。決して無駄じゃなかったと思う。」
「でも結局"生きて欲しい"って思いには応えられなかったんじゃん…」
「ううん、それは違うよ。妹は最後まで精一杯生きたんだよ。オイラはそれが大切だと思う…」
- 16 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時05分32秒
- 「でも私は妹さんとは違うもん。そんなに強くない…」
「妹だってすごく弱かったよ…。でもみんなが妹の事を思ってくれたから…、だから妹は強くなれたんだよ。だから後藤さんだって…。オイラは"生きて欲しい"って思ってるんだから…」
「そんな事言われても…。そんなのそっちが勝手に思ってるだけでしょ?私には無理だよ…」
すると彼女は私の手を離した。
急に寂しくなった…。
そのせいで余計に涙が溢れてきた。
そして彼女は言った。
「じゃ、いいよ。好きにすればいいさ!"生きたい"って思いたくないなら、そう思わないですむように勝手にすりゃいいさ。でもその代わり、オイラも勝手に"生きて欲しい"思ってるから。」
そう言って彼女は部屋を出て行った。
誰かとケンカしたのなんて久しぶりだった。
だからかどうかはわかんないけど、その日はずっと涙が止まらなかった…。
- 17 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時06分02秒
- 次の日彼女がやってくるはずのいつもの時間、私はなぜか不安だった。
怒ってるかな…。
そんな事ばかり考えてた。
こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
昔友達とケンカをした後は、いつもこんな気持ちになっていた事を思い出した。
でも彼女は予想外に明るかった。
「昨日はゴメンね。ちょっとオイラ言い過ぎた…」
なんて軽く謝られちゃった。
悪いのはきっと私のほうなのに…。
だから私は決めた。
"生きよう"って…。
そう、"生きたい"じゃなくて"生きよう"って…。
彼女が"生きて欲しい"と思ってくれるなら、その彼女のために"生きよう"と…。
「矢口さん…。私…、"生きる"ね。どのくらい生きられるか分からないけど、最後まで精一杯生きる!」
彼女は突然の言葉に驚いたみたいだけど、すごく嬉しそうに答えてくれた。
「おう!一緒に頑張ろうぜ!」
- 18 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時06分38秒
- その日から私は笑えるようになった。
体の調子は相変わらずだけど、心は元気だった。
彼女が部屋に来るたび、たわいもない話で盛り上がった。
「ねぇねぇ、やぐっつぁん!」
「どうした、ごっつぁん?」
あだ名で呼び合うなんて恥ずかしかったけど、それがすごく嬉しかった。
でもだからといって私の病気が治るはずもなくて…。
確実に私はやぐっつぁんとの別れの時間に近付いていた。
- 19 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時07分10秒
- そして一ヶ月もたった頃には私の体も大分弱ってきて、もう話すことも笑う事もやっとになっていた。
そんなある日…。
その日は特に調子が悪くて、やぐっつぁんの言葉に返事をする事ができなかった。
外ではここしばらく降り続いた雨が強さを増していた。
「雨すごいね…」
私はそのやぐっつぁんの言葉に頷く事しかできなかった。
「そういえばごっつぁんさ〜、前に"晴れなんて嫌い。私には雨の方がお似合い"とか言ってたけど、今もそう思ってる?」
私はゆっくりと首を横に振った。
「そっか」
そう言ってやぐっつぁんは私の手を握ってくれた。
すごく暖かくて優しかった。
最近はやぐっつぁんが部屋にいる時間がすごく長い。
そばにいてくれるのはとっても嬉しかったけど、それは私の終わりが近い事を意味していた。
言葉を交わす事なんてなくても、ただ手をつないで見つめ合っているだけで十分だった。
しばらくすると、やぐっつぁんは婦長さんに呼ばれたらしく、「すぐ戻って来るから」と言って出て行った。
私の手にはやぐっつぁんのぬくもりが残っていた。
- 20 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時08分54秒
- ******
呼び出された矢口に婦長は言う。
「あの後藤さんって子、後2,3日ね。そろそろ準備しておきなさいよ。」
「準備?準備ってどういう事ですか?」
「あなたはそんな事も分からないの?看護婦には色々死後処理とかもあるんだから。ちゃんと用意しなさいって事よ。」
「…心の準備って事ですか?」
「心?まぁそれもあるけど…。なにせ担当を受け持ってから初めてやる仕事だからね…。でもそれだけじゃなく、ちゃんとマニュアルにある通り、看護婦としての業務よ。」
「やめて下さい…」
「何?」
「仕事だとか、マニュアル通りの業務とか、そんな事言うのやめて下さい!」
「何言ってるの?だから患者に個人的な感情は…」
「持って何がいけないんですか?人の死を…、ごっつぁんの事をそんな風に片付けないでください!」
「まったく…。看護婦ってのはね、そこを割り切らないとダメなのよ!」
「私は…、私はそんな看護婦にはなりたくありません!」
そう言って矢口は婦長の元を去った。
後藤の所にはいけなかった。
ナースセンターに戻り、一人泣いていると、後藤からナースコールが入った。
「ごっつぁん…?」
矢口は急いで病室へと向かった。
******
- 21 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時09分25秒
- 「ごっつぁん?!どうかした?」
やぐっつぁんはすぐに来てくれた。
私はそれが嬉しくて微笑んだ。
「どうかしたの?」
私は首を横に振った。
「なんだよ〜。おどかすなよな〜。ビックリしたじゃんよ〜」
やぐっつぁんはすごくホッとしていた。
でもどう見ても泣き顔で…。
だから力を振り絞って声を出した。
「…泣いて…る?」
「いや、ちょっと婦長さんに叱られてさ…。気にしないで」
そう言って照れ臭そうに笑ってた。
でもその顔を見てなんとなく分かった。
やぐっつぁんは私に悟られない様に隠してるなって。
もうすぐお別れなんだって…。
だから最後にワガママ聞いてもらおうと思った。
「あの…さ、私が…、雨が好きな本当の理由…教えよっか?」
「ごっつぁん…。苦しいなら無理に話しちゃダメだよ。後で調子いい時に聞くから…」
やぐっつぁんはそう言ってくれるけど、もう調子がよくなる事なんてないって分かってるから…。
「…聞いて」
- 22 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時09分55秒
- 「…うん。分かった。どうして?」
「雨って…、自分の体の、悪いもの…、洗い流してくれ…そうじゃない?…だから…、好き…」
「そっか。なんとなく分かるよ。確かにそんな気するかもね」
「…だから、お願い…。」
「何?」
「そ、外に出たい…。」
「な、何言ってんだよ?ごっつぁん…。そんなの無理だよ!」
「…やぐっ、つぁん…。お願い…」
「だ、だってそんな事したら…」
「いい…の。最後の…ワガママ…。」
そう言って私は無理に笑って見せた。
やぐっつぁんはそれでも「ダメ!」って言ったけど、私が納得しないのを見ると、仕方なさそうに言った。
「分かったよ…。ごっつぁんの頼みとあらばしょうがない。でもホントに最後だからね。また"最後のお願い"って言っても、次はきかないよ」
そして笑ってくれた。
- 23 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時10分25秒
- そして数時間たって病院内に人気がなくなってきたところで、私はやぐっつぁんに連れられて外に出た。
久しぶりに出た外の空気は心地良かった。
雨は変わらず降っていた。
「あぁ〜。こんなに雨に止んでほしいと思ったのは初めてだよ…」
そう言いながらもやぐっつぁんは、車椅子を押してくれていた。
「…やぐっつぁん。立たせ…て」
「え〜?ごっつぁん、ホントに無理はダメだよ。体にさわるから」
「さ、最後の…、お願い…」
「はやくも二度目かよっ!さっき最後って言ったじゃんよ〜」
「あは…」
私は笑って見せた。
結局やぐっつぁんは手伝ってくれた。
「や、やぐっつぁん…って、小さいんだね…。」
「余計なお世話だよ!」
いつもは分からなかったけど、私を必死に支えるやぐっつぁんは、とっても小さくて可愛かった。
私はやぐっつぁんに支えてもらいながら、雨に濡れる所まで歩いた。
本当はいつか見た夢のように手をつないで行きたかったけど、それは今の私の体には無理な注文だった。
- 24 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時10分55秒
- 「気持ち…いい…」
「そうかぁ〜?ごっつぁん変だよ…」
やぐっつぁんはそう言ったけど、私は本当にそう思った。
そこで私の体から力が抜けた。
やぐっつぁんの小さな体では支えきれず、私はその場に倒れこんだ。
「ごっつぁん!ちょっと、しっかりして!」
そう叫んでたのは聞こえたけど、それには答えなかった。
雨が気持ち良かったから。
「い、今人呼んで来るから!」
私はそう言って立ち上がろうとしたやぐっつぁんの服を掴んだ。
「そ、そばに…いて。」
「ごっつぁん!」
「ひ、ひざまくら…」
「え?」
「さ、最後の…、おね…がい…」
「バカ…」
「ひ、ひざ…、きもち…い…」
「うん…」
「手…、握って…」
「うん」
あったかい…。
やぐっつぁんの手…、すごく暖かい。
「私…、生きた…よね?…せ、せい…いっぱ、…い」
「ごっつぁん…?」
「ねぇ…、生き…たよ…ね?」
「う、うん。生きたよ。ごっつぁんは精一杯生きた。生きてくれた!」
その後の言葉は声にならなかった。
『ありがとう』って言いたかったけど、微笑む事しかできなかった。
- 25 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時11分46秒
- やぐっつぁん…、ホントに私のために泣いてくれてる…。
いつか言ってたけど、友達っていいもんだね。
私もやぐっつぁんの腕の中で眠れるなら嬉しいよ…。
「ごっつぁん!ごっつぁん!!」
やぐっつぁんも看護婦だもんね。
こんな事したらどうなるかぐらい分かってたよね?
だけど、それでも私の願いを聞いてくれた。
まったく、ヤダなぁ〜。そんな悲しそうな顔しないでよ…。
そんなに寂しそうなのに…、そんなに悲しい思いをするって分かってたのに、望みを叶えてくれたんだよね?
「ごっつぁん!!!」
あはは…。
もう雨だかやぐっつぁんの涙だかわかんないや。
気持ち良いな…。
とっても気持ちのいい雨…。
やぐっつぁん、ありがとね。
最後にあなたに会えて、本当に良かったよ…。
ずっと…
友達―――――
- 26 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時12分20秒
- e
- 27 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時12分51秒
- n
- 28 名前:54:あなたの雨に包まれて。 投稿日:2002年12月16日(月)00時13分21秒
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