インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
雨になれ
- 1 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)22時55分15秒
- ――オガワマコトハダンスガウマイ。
- 2 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)22時56分04秒
- 「これあげる」
蓋を開けてすぐ、かぼちゃのテンプラを麻琴の弁当にさっと
投げるようにして入れる。いつものことなのに、いつだって麻
琴は、不思議そうにあたしを見返す。
「…ありがと。じゃあ、これお返し」
麻琴はしまりのない笑顔で、律儀にマグロの刺身をお返しに
くれた。こういう笑い方をすると麻琴はとても幼く見える。
子供っぽいことがセールスポイントの辻さんよりも、あいぼ
んよりも、最年少の里沙ちゃんよりも。
「ね、愛ちゃん。あたしにはくれないの?」
「あ、ごめん。もう麻琴にあげちゃったし」
「……」
あさ美ちゃんの機嫌が少し悪くなった。少し不細工で、鼠に
似てる。千と千尋の神隠しで坊が変身させられたやつ。ほっぺ
たのタレ具合が笑っちゃうぐらいそっくりになる。
- 3 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)22時57分16秒
- 「あーっと、じゃああれだ。半分こしようか半分こ。ね?」
「……」
あさ美ちゃんの機嫌に敏感な麻琴が素早く提案すると、あさ
美ちゃんの機嫌が少し良くなった。たったそれだけのことなの
に、もう鼠には似ていない。
どちらのかぼちゃが大きいの小さいの、なんて些細なことで
言い合ってる二人を見て、あたしもつられて微笑んでしまう。
あさ美ちゃんの機嫌を直したのがテンプラなのか麻琴なのかな
んてことは考えない。大丈夫だよあいぼん。そんなに心配そう
な顔をして振り返らなくても、あたしの今の表情は間違ってな
いから。多分。
「……ひ。……うっわ。わ。……やっ」
小さな悲鳴に、あたしたちは顔を見合わせた。安倍さんが、
お弁当をつまみながら、ポータブルDVDプレイヤーを睨み付
けて、一人百面相をしている。
- 4 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)22時57分52秒
- 見てるのは石川さんお勧めのホラー映画だろうか。とっくに
成人しているくせに、安倍さんは怖がりで迷信深い。怖い映画
を一人で見れないものだから、よく賑やかな楽屋で時間潰しに
見ては一人で大騒ぎする。いちおう気を使ってヘッドフォンを
使っているんだけど、いちいち悲鳴を上げるから、うるさいこ
とには変わりない。
「今日はバトルロワイアルですか。あたしこれすごい好きなん
ですよ」
いつのまにか安倍さんの背後に回り込んでいた里沙ちゃんが、
嬉しそうな歓声をあげた。里沙ちゃんは安倍さんが大好きだが、
安倍さんと好きなものは殆ど一致していない。音楽も洋服も漫
画も映画も、みんな。だから、なおさら嬉しいんじゃないかと
思う。
「面白いよね」
「ねー」
- 5 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)22時58分47秒
- 「えっウソッ、五期みんな見たことあんの?」
殆ど涙目になってる安倍さんが、びっくりしたようにあたし
達を見た。顔を見合わせて、みんなで頷く。
「このひと死んじゃうんですよね」
あさ美ちゃんが画面で大映しになってる女生徒を指差した。
「ええっ」
「早かったよね。このひとと二人でダッシュで海に」
里沙ちゃんが逆側から男子生徒を指差す。
「うわっ、ダメ。聞きたくないよ」
「あ、ほらもう飛び込みました」
安倍さんが一々反応するのが面白いのか、二人は楽しそうに
バトロワのストーリーの説明をする。安倍さんはヘッドホンの
音量を上げて、上から手で覆って断固として聞かない構えをとっ
た。子供っぽい人だ。
「わーっ、も、言っちゃダメーッ」
- 6 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)22時59分29秒
- 「ていうか五期! あんたたちまだ見ちゃいけない年齢だったっ
しょ? 見てちゃダメじゃんかっ?!」
声を裏返して抵抗する安倍さんに、にこにこしてる里沙ちゃ
んあさ美ちゃん。麻琴は、三人から数歩ひいたように立って、
楽しそうに眺めている。しばらく見ていたら麻琴を視線が合っ
た。
「――こういうのさぁ実際もしあったらどうする?」
あたしの早口な質問に、麻琴は小首を傾げた。
「こういうのって?」
「例えばさもしさ現実がさバトルロワイアルみたいだったらさ
麻琴はさどうするのさ?」
麻琴は笑顔のまま、大きい瞳でキョロっと天井を眺めた。そ
れからふいに、あたしを見詰めた。
「え――さあ? どうするかなぁ……愛ちゃんは?」
「あたしは……」
- 7 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時00分11秒
- あたしは視線を床に落とした。あたしは絶対、桐山になる。
最悪でも相馬光子になる。主人公や、主人公を助けた山本太郎
のように他人のために死ぬなんてまっぴらごめんだ。あたしは
あたしが生き残るためだけに、何の躊躇もなく人を殺すだろう。
それが『ルール』なら。
そこに麻琴さえいなかったら。
でもあたしは、そう答えるのが怖かった。そんなふうに答え
たら、麻琴はきっとあたしを軽蔑する。理解してくれるなんて
思わない。
「わかんない。ねえ、あさ美ちゃんはどう? 里沙ちゃんは?」
あたしたちの会話に耳を傾けている様子の二人に、水を向け
る。二人とも、困ったように笑った。安倍さんはもうDVDに
夢中だ。
「えー、どうするかなー。あたし、きっと…」
楽しそうに頬に指をあてて口火を切った里沙ちゃんをよそに、
あさ美ちゃんは真顔であたしを見詰め返した。
- 8 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時00分51秒
- 「じゃあさ、もし……、もしもだよ。もし――あたしたち全員
で殺し合わないといけないとしたら、どう?」
最後はひどく早口で囁き声になってしまった言葉に、麻琴も
里沙ちゃんも驚きの表情になる。多分、あたしも。
――だってその質問は、あたしが麻琴に聞きたかったことだ
から。
「え……や、それなに」
「だから、もしもの話」
「もしもって、えー…」
「パス。考えられない」
「だめ。あたしも降参」
麻琴と里沙ちゃんは両手で大袈裟に顔を覆った。
「無理っぽい。あたし誰も殺せなさそー」
(――八方美人)
「麻琴っぽい答えだねー。でもあたしもそう、無理」
- 9 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時01分23秒
- (――優柔不断。思い切りが悪くて判断力がなくて)
麻琴との距離が遠くなる。
オガワマコトはダンスがうまい。
オガワマコトになりたい。
彼女がどんなにあたしと違っても。
あたしがどんなに彼女と違っても。
よくわからない感情が胸に押し寄せて、あたしは窓際に移動
した。窓を開いて曇天の空気を室内に忍び込ませる。
「そうかなー……そういう愛ちゃんはどうなのさ?」
「あたし?」
風が室内にわだかまる。湿った空気だ。きっと雨になるだろ
う。
「――あたしは結構頑張っちゃうほうかな」
(だけど――)
「こわっ。こわいなー」
- 10 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時02分23秒
- 「あはっ……でも愛ちゃんらしーよ」
あたしの答えにはしゃぐ里沙ちゃんと麻琴を遠くに感じる。
あたしも二人に釣られて、笑った。
- 11 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時02分57秒
- あたしはまだ笑えているかな。
雨になれ。
雨になれ。
もう泣いてもいいのかな。
雨になれ。
雨になれ。
- 12 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時03分28秒
あたしは曇り空を睨んで、ただひとつの言葉を呪文のように
唱えた。
- 13 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時04分08秒
- ――雨になれ!
- 14 名前:51:雨になれ 投稿日:2002年12月15日(日)23時04分52秒
- -了-
Converted by dat2html.pl 1.0