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クラスメイト
- 1 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時20分31秒
- 私のクラスに、紺野さんというちょっと変わった女の子がいる。
いつもぽ〜っとしていて、そのくせ頭はすごい良くて
一見トロそうに見えるけれど、結構運動神経も良い。
けどすっごい無口で、いっつも無表情だった。
紺野さんが感情を曝け出しているのを私は、というか多分誰も見た事がないと思う。
何か話し掛けても、「はい」とか「いいえ」とか「そうですね」とかしか答えなくて、
そんなだから友達もいなくて、紺野さんはいつも一人だった。
授業中はひたすらノートを写して、
休み時間はぼ〜っとしてるか、ずっと本を読んでいた。
きっと、何年か経って卒業アルバムを開いた時に、
「あ〜、そういえば居たね。こんな子」と思い出すような
そんな感じの子だった。
- 2 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時21分13秒
二学期になってした席替えで、私は紺野さんの後ろの席になった。
と言っても紺野さんの席はいつも決まっている。
一番前の列の真ん中の席、つまり教卓の真ん前の席だ。
普通なら誰もが避けたいその席は、
「先生の話に集中できるから」という理由で紺野さんの指定席になった。
もちろん反対する人はいなかった。
私も最悪の席を回避できるという事で、ほっとしていた。
一学期は窓際の一番後ろという、最高の席をゲットしたこの強運小川さんも
二学期はその紺野さんの後ろという、かなり最悪な席を引いてしまった。
窓際に座って、窓から見える空や街並みを眺めるのが好きな私は、
例え一番前でもいいから窓際に行きたかったのでがっくりきた。
その希望の窓際をゲットした友達が、ピースしながら
「いい席だね〜、麻琴」
なんて言いやがるから、消しゴムを投げつけてやった。
この学校は一学期に一回しか席替えをしないので、
私はその三ヶ月余りの間、紺野さんの後頭部を見ながら授業を受ける事になった。
- 3 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時21分47秒
さすがに中学三年生の二学期にもになると、話題の中心は進路の事になる。
皆、あの子はどこの学校だの、この子はどこの学校に行くだのと盛り上がっていた。
大して成績のよくない私は、中くらいのランクの制服のかわいい学校を狙っていた。
そろそろ本気で勉強しなきゃと、同じ学校を狙っている友達と、塾にも通いだした。
「絶対受かろうね」なんて言ってるけど、実際はほとんど勉強もせずにおしゃべりばかりだ。
まぁ、何とかなるだろうと楽天的に考えていた。
そんなこんなで日々も過ぎていって、気が付けばもう12月になっていた。
私は相変わらず大して勉強もせずに、塾に行って友達とおしゃべりしたり
もう引退した部活に顔を出したりして、呑気に過ごしていた。
- 4 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時22分24秒
一週間後の期末テストが終われば、もう二学期も終わる。
そうすれば、すぐ近くでしゃべる先生にも、
黙々とノートを取っている紺野さんの後頭部越しに黒板を見るのともおさらばだ。
それにしてもこの三ヶ月余りの間、
すぐ後の席なのに一度も紺野さんと会話しなかったなぁ、と思った。
普通席が近くの子とは、ちょっとは話すもんなんだけど。
実際、後の席の子とも、横の席の子とも話してるし。
まぁ、紺野さんとしゃべっても会話が続きそうもないけどね。
でもせっかくだから、ちょっと気になってた事があったから
授業が終わるのを待って、思いきって聞いてみようと思った。
- 5 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時22分55秒
私は、チャイムが鳴って本を読んでいる紺野さんの背中に話しかけた。
「紺野さん。」
紺野さんは本を読むのをやめて、振り向いて
「なんですか?小川さん」と言った。
紺野さんはこんな風に、誰に対しても敬語を使う。
私たち同級生はもちろん、年下の後輩たちにも敬語を使って話した。
これはお母さんに聞いた話だけど、
紺野さんのお母さんは近所でも有名な教育ママで、すごい躾に厳しい人だそうだ。
紺野さんにもすごい厳しくて、髪型から服装まですべてお母さんが決めて、
さらに小さい頃からたくさん習い事に行かされ、ほとんど遊ぶヒマさえなかったらしい。
そんなの私ならとても耐えられないと思うけど、
紺野さんは平然と日々をこなしていた。
私には真似出来ない事だ。
そんな生活環境からか紺野さんはいつも敬語だった。
- 6 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時23分28秒
紺野さんはどこの高校を受けるの?」
と私は相変わらず無表情な紺野さんに聞いた。
「私はS女学院を受験する予定です。」
「えーー!?S女学院?」
「はい」
S女学院といえば市内でも有名な進学校で、すっごいお嬢様学校だ。
「へー、やっぱすごいね。頭いいもんね。」と私は感心しながら言った。
「そんな事ないですよ」と紺野さんは謙遜した。
「でもなんで、S女学院?T女学院とかの方が近いんじゃない?」
と私が何気なく聞くと、いつも無表情な紺野さんが
ほんの少しだけ寂しそうな顔をして
「…お母さんが、決めた事ですから…」と言った。
それ以上会話が続くわけもなく、私は席を立って友達のところへ行った。
その寂しそうな顔が少し気になったけれど、すぐに忘れる事にした。
全然仲良くもないのに深入りする事もないし、
私にとって紺野さんは、ほとんど話した事もないただのクラスメイト。
それ以上でも、それ以下でもない。
- 7 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時23分59秒
- そしてなんとか期末テストも乗りきり、終業式の日を迎えた。
おしゃべりばかりしていた塾も、少しは役に立ったのか
返ってきた成績表がよかったのでほっとした。
終業式も終わり、友達とクリスマスパーティーの約束をして学校を出た。
去年までならそのまま遊びに出かけたけど、なんといっても今年は受験生。
クリスマスに遊ぶ分、今勉強しておかないと、と思って我慢した。
家に帰って、お母さんに成績表を見せたら誉めてくれて嬉しかった。
夕食時には帰ってきたお父さんも誉めてくれた。
上機嫌に酔っ払ったお父さんに、お酒の買い出しを頼まれて
夕方から降り出した雨が強くなってきてたけど、しょうがないから傘を持って家を出た。
玄関を開けると、雨は予想以上に強かった。
コンビニでビールを買って店を出た時、10メートルくらい先に女の子が立っていた。
その子は真っ白なワンピースに、大きな赤い傘を持ってうつむいていた。
何してんだろ?と思って横を通り過ぎる時、その子の顔を見て私は立ち止まった。
その子は紺野さんだった。
- 8 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時24分30秒
- 紺野さん?何してんの?」
と私は聞いた。
すると紺野さんはゆっくり顔を上げて私を見た。その顔はやっぱり無表情だった。
そして数秒経って、私を見つめた後、
「土砂降りですね」と言って本当に少しだけ微笑んだ。
私はびっくりした。
紺野さんはどんな時も無表情で、感情を表に出さない人だったから
ほんの少しとはいえ、紺野さんの笑った顔を私は初めて見た。
初めて見た紺野さんの笑顔。けれどそれは何だか可愛かった。
- 9 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時25分03秒
- 「こんなところで何してんの?」
その笑顔に少し見入ってしまっていた私は、あわてて我に返ってもう一度聞いた。
すると、不意に紺野さんは傘を放り投げた。
傘は風に吹かれて飛んでいき、雨は容赦なく紺野さん降り注いだ。
かなり強い雨だったから、すぐに紺野さんはびしょ濡れになった。
「どうしたの?」
と言って私はあわてて紺野さんの傘を拾いに行こうとした。
すると紺野さんは、雨が落ちてくる空を見上げながら呟いた。
「雨ってこんなに冷たかったんだ…」
私は紺野さんの敬語じゃない言葉を初めて聞いた。
その声は雨が地面を叩く音の中で、はっきりと私の耳に届いた。
- 10 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時25分35秒
- そして私が呆然と見つめる中、紺野さんは雨の中で踊り出した。
それは決して華麗なステップではなかったけれど、
楽しそうに、紺野さんは踊った。
そこにはいつもの優等生の紺野さんはいなかった。
雨に打たれて、転びそうになりながら踊る、一人の女の子がそこにいた。
女の子は、笑っていた。
そして、泣いていた。
雨の中で泣きながら、笑いながら、不器用に踊っていた。
その姿はなんだか本当の紺野さんの姿のような気がした。
私はずっと、その姿を見つめていた。
そしてその日の夜、紺野さんは自殺した。
- 11 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時26分06秒
- 紺野さんのお葬式には、クラスの全員で参加した。
みんなショックで泣いている子もいた。
私はなぜだか泣けなかった。
式の途中で、泣き叫んで連れて行かれる紺野さんの母親が痛々しかった。
そしてみんなで棺桶の中に、花を入れた。
棺桶の中で眠る紺野さんは、やっぱり無表情だった。
でも、とても白くて綺麗だった。
式も終わって、担任の先生がもう家に帰るように言った。
紺野の死は悲しいけれど、ちゃんと勉強もするように、
というような事を言っていたけれど、よく覚えていない。
そして一人少なくなった三年二組の皆は家に帰った。
- 12 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時26分36秒
- こんな時にできないよね、という事でクリスマスパーティーは中止になった。
だから冬休みは、ひたすら勉強の日々を送った。
でも紺野さんの死は、ずっと頭から離れなかった。
どうして彼女は死を選んだんだろう。
まわりの人は、口をそろえてとてもいい子だったと言い、
自殺するようなそぶりは全くなかったと言った。
いつもぽ〜っとしていて、そのくせ頭はすごい良くて
一見トロそうに見えるけれど、結構運動神経も良い。
けどすっごい無口で、いっつも無表情だった紺野さん。
彼女が何を考えていたかなんて、私には分かるはずもない。
私にとって紺野さんは、ほとんど話した事もないただのクラスメイト。
それ以上でも、それ以下でもないんだから。
- 13 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時27分07秒
- けれど、いつも思い出してしまう。
進路の事を聞いた時、少し寂しそうにした顔を。
死を選んだその日に、少し微笑んだ顔を。
雨の中で踊っていたその姿を…。
彼女は母親の敷いたレールの上を歩く事に、疲れたんだろうか。
それとも、この汚れた世の中に絶望したんだろうか。
それともただ、なんとなく死を選んだんだろうか。
最後の夜に、私の前で踊っていた彼女に、
私は何かできたんじゃないだろうか。
彼女を救えていたんじゃないだろうか。
けれど、それはもう誰にも分からない。
それはもう、紺野さんにしか分からないんだ。
- 14 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時27分40秒
- 年が明けて、新学期が始まった。
その日は大雨が降っていた。あの日のように。
教室ではみんな久しぶりの再会に、騒いでいた。
誰も紺野さんの事には触れなかった。
こうして何も変わらない日常がまた続いていくんだ。
始業式が終わってホームルームが始まった。
みんな騒いで先生の話を聞いていなかったけど、
「紺野の分まで受験を頑張るように」と先生がいうと
一瞬教室が静まりかえった。
けれどまたすぐに騒ぎ出した。
お葬式では泣いていたのに、もう皆にとっては過去の事なのかもしれない。
- 15 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時28分16秒
- そして先生が今学期の予定を書くから、ノートに取るようにと
黒板に予定を書き出した。
私は皆と同じ様にノートを出して書き写した。
席替えは明日するらしいから、まだ席は二学期のままだ。
私の前の席には花瓶に活けた花が置いてある。
何の花か知らないけれど、綺麗な白い花だった。
- 16 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時28分46秒
- ノートを写して私が黒板を見ようと、顔を上げると
前の席に誰かが座っていた。
紺野さんだった。
三ヶ月も見続けた後姿だ、見間違うはずはない。
それはどうみても紺野さんだった。
いつものように黙々とノートを書き写していた。
私はなぜだか体が動かなくて、じっと紺野さんの後姿を眺めていた。
紺野さんは本当に教室の景色に溶け込んでいて、全く違和感はなかった。
私も当たり前のように、その光景を受け入れていた。
窓の外から聞こえる雨音が、やけに耳に響いていた。
- 17 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時29分20秒
- しばらく眺めていると、ピタリと紺野さんの手が止まった。
そしてゆっくりと私の方を振り向いた。
少しドキリとした私を見つめて、紺野さんは小さく微笑んだ。
いつか見たように、小さく。
そして言った。
「土砂降りですね」
その瞬間、私の胸は何かに締め付けられたようにギュッと痛んだ。
そして涙が込み上げてきた。
紺野さんが死んでから、一度も流せなかったのに…。
その涙はポロポロと零れ落ちて、ノートを濡らした。
- 18 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時29分53秒
- 紺野さんはいつのまにか消えていた。
それでも涙は止まらなかった。
クラスの皆が気付いて騒ぎ出したけど、構わなかった。
この胸の痛みは消えなかった。
ほとんど話した事もないただのクラスメイト。
そのクラスメイトの死が、悲しいのか寂しいのか分からずに
一人少ない教室で、私は声をあげて泣いた。
- 19 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時30分25秒
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- 20 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時30分57秒
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- 21 名前:50 クラスメイト 投稿日:2002年12月15日(日)21時31分32秒
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