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再生
- 1 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)18時54分59秒
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- 2 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)18時55分32秒
- 全てがモノクロの世界だった。
コンクリートで隔離された建物の内側にある同世代だけの為の監獄。
そこから見える風景はいつだって退屈さで彩られていて、くだらない主導権争いや
これから一生使うことはないだろう知識を詰め込むことだけが目的の生活が、
きっと今日も明日も明後日も淡々と続いていく。
教室の一番前、窓側の指定席。
バカな連中が自分への嫌がらせにゴミ箱代わりにしている下駄箱から上履きを取り出して、
机の上に活けられている白い菊の花をどけることから自分の一日は始まる。
- 3 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)18時56分28秒
- 誰にも何も期待なんかしていない。
自分の生活を背負うことさえ知らないで脛をかじりながらヌクヌクと生きてる同世代や、
自分の仕事がビジネスであることを忘れた教師たちに何を期待しろというのか。
「特別な存在」はこの閉じた世界ではそれだけで罪。
周りに媚びることができないならなおさら。
上の御機嫌をとれないならなおさら。
大人の世界、刺激に満ちた極彩色の世界を経験した者。
それがどちらにとっても扱いにくい人間だということは自分にも理解できる。
望んで戻った世界のあまりのくだらなさへの軽い絶望が、日増しに自分の心を侵食していく。
- 4 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)18時57分10秒
- 窓の外の風景はその日もモノクロで、実際も分厚い雲が視界の限りを覆いつくしていた。
決断のきっかけはたぶんとても些細なことで、今ではそれが何であれどうでもいいこと
だし思い出そうとも思わない。
ただ、それまでは本当に絶望はしていなかったんだろうと思う。
なぜなら本当に絶望していたらイライラしたりキレたりなんてしないから。
きっといつかはこの退屈な日常が劇的に変化して、自分が特別な存在では無くなる日が
来ると、根拠なく感じていた。
その日、心の中で何かが切れた瞬間、自分は教室から飛び出していた。
あの日と同じように、その場所から逃げ出した。
自分が望んで選んだ道を否定して。
ただ帰り道で微かな雨が降っていたことだけは覚えている。
あの日と同じように、雨が降っていたことだけ。
そして心の中にはモノクロでさえない、色のない虚ろで大きい穴が開いた。
- 5 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)18時57分41秒
- それから何をしようとも思えなかった。
ずっとあの日の雨が身体を濡らし続けているようで、寒さと空しさと自己嫌悪だけ抱えて
送る何の刺激もない日々。
自分でわかっている。いや、わかっているつもりでいる。
一度ついた逃げ癖が直っていないことを。
そこに周りが納得してしまうような理由を後付けするのが嫌になるほど上手いことを。
電気仕掛けの小箱の中から毎日のように送られてくる昔の同僚たちの様子は、それが
望んだものであるかどうかはともかくとしてなかなかに刺激的なようで、微かな羨望と
的外れの憎悪を感じたりする。
唯一こちら側で心を開いた友もまた、自分のペースを守りながらも少しずつ忙しくなって
いるようで、こちらにも同じように自分が取り残されていくことについての不満が
薄紙のように積もっていく。
気がつけば、いつも一人だった。
- 6 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)18時58分30秒
- きっとあの世界に戻りたいんだろうと自分でも思う。
その方法も知っているしツテも頼りもあるのにそうしないのは、逃げ場のないところまで
自分を追い込むことが怖いから。
わかっているのに心の中ではもうちょっとマシな言い訳を考えて、それをまるで最初から
感じていたかのように思い込んで自分を騙す。
昔の仲間を小馬鹿にすることで、取るに足らない自分のささやかなプライドを守る。
シニカルな視線で「あんな歌嫌い」「あたしはもっと上手い」「レベル低いトコで
頑張ってんね」。・・・・・・当事者じゃなきゃ何とでも言えるのに。
自分に勝ったはずの者が石もて追われるように表舞台から姿を消すのを見てから、そんな
思いはますます強くなった。
たとえ自分の今の状況が最悪に近いものだとしても、リスクを負ってまで戻ろうとは
思わない。そこから逃げ出せなくなるのが嫌だから。
そうやってまた頑強な逃げ道を残したまま無為な日々を過ごす。
積極性なんてかけらも見当たらない空虚の連続。
- 7 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)18時59分23秒
- そんな毎日に波風を立てた一本の電話。
「うーす」
「おっ、久しぶりじゃん」
「忙しかったからねー。まだプータローやってんの?」
「プーって言うな、プーって。何かあった?」
「や、別に何も。ちょっと仕事の合間の気晴らしに」
「ちゃんと仕事しろよー、どこ行ってもあんたらのCD売れてないよ」
「相変わらずキッツいなー・・・・・・っていうかそこまで言うなら買ってよ」
「もうちょっとマトモな詞書けるようになったらね」
「はいはい、修行いたします」
「仕事面白い?」
「ん、面白いよー。やらされてるよりは自分でやってるって感じするし。結果はそのうち
後からついてくるでしょ。悩む前にやっちゃえーっていう感じ」
「うわ、根拠ない自信だなー」
「うるさいよ」
- 8 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時00分17秒
- おかっぱ頭でオドオドしてたあの頃の彼女と、実は共通点が多かった気がする。
そこで逃げ道を用意した上でハッタリかまして逃げ出すか、自分を追い込んで
道を作るかの違いだけで。
自分は後者から前者へと堕落し、彼女は前者から後者へと成長した。
そういえば、あの娘の最後の日も雨だった。
同じ所から同じようにやりたいこと探して旅立ったはずなのに、今のこの差は何だろう。
くだらない話の後で「バイバイ」って電話を切った後、彼女の前向きさに嫉妬し、そして
何もせずにいる自分を笑われているような被害妄想に襲われた。
すべてをリセットしたい。
友人に対してそんな感情を抱く自分や、それでもここではないどこかへ逃げ出すことしか
考えていない感情や、今こうしていることを何となく認めてしまう弱さや、そんな自分を
遠くから傍観者のふりして斜に構えて見ている自分自身を。
そんな都合のいい出来事を待ちながら何も起きないことも知っている。
だから波風が立っても何もしなかった。
- 9 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時00分47秒
- けれどある日、見るともなしに流れていたTVで懐かしい顔を見た。
胡散臭さ全開で調子のいいことばかりを思いついたまま垂れ流す姿は相変わらず。
それでも何かが心の片隅に引っかかる。
チャンスかもしれない。
そうでないかもしれない。
何かを変えられるかもしれない。
何も変わらないかもしれない。
きっと叩かれるだろう。回顧主義者にしか受け入れられないだろう。
何を今さら、みっともない。
一度逃げ出した奴をみんなが受け入れるとも思えない。
思いついた側からそんな逃げ道を用意する自分の耳の奥に、あの娘の声が呪文のように甦る。
「悩む前にやっちゃえ」
同じような雨の日に、同じように巣立ったあの娘。
- 10 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時01分25秒
- 気がついたら財布を握り締めて飛び出していた。
規定にはギリギリ引っかからない。
そして結果が上手くいくとは限らないけれど、何が出来るかもわからないけれど。
今自分で動かなければ、きっとこれからも何も変わらない無意味な毎日が待っている。
飛び出した外には、雨が降っていた。
この雨とあの日の雨が繋がるように空に祈る。
街を駆け抜けて飛び込んだ店で、これからの自分を変えるかもしれないそれを手にする。
その月のバイト代を全て吹っ飛ばして手に入れたそれにも祈りをこめる。
電話のあの娘に追いつけるように。
- 11 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時02分11秒
- 「うーす」
「おっ、久しぶりじゃん」
「相変わらずプータローやってんの?」
「いや、そろそろまた歌おうかと思ってる」
「マジ?和田さんトコ?」
「外れー。まだ全然決まってないし」
「隠すなよう、あたしと明日香の仲じゃんか」
「まあ楽しみにしといてよ・・・・・・そうそう、ちょっと頼みあるんだけど」
「ん、何さ?市井様に出来ることなら何でもしますぜ」
「ええとさ、デジカメ取って欲しいんだ。あたしが歌ってるトコの」
- 12 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時04分32秒
- 何かを変えて、何かを終えて、押し隠していた何かを取り戻す為に。
- 13 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時05分05秒
- fin
- 14 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時05分37秒
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- 15 名前:49.再生 投稿日:2002年12月15日(日)19時06分07秒
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