インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板

てるてるぼうずに願いを

1 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時29分20秒

窓の外ではザーザーと音を立てて雨が降っている。
ときおり車が水をはじきながら走っていく音が聞こえる。

「雨、やまないねぇ…」
ののちゃんがひとりごとのようにつぶやいた。
ずっと降り続いているこの雨はもう一週間になる。

「このまま ずっとやまなかったら大洪水になっちゃうかもねぇ…」
そう言ったののちゃんの横顔はなんとなく寂しげに見えた。

窓の外には、てるてるぼうず。
ふたつの てるてるぼうずが仲良く並んでいる。
昨日、私とののちゃんの ふたりで作ったやつだ。

「雨、早くやむといいね」
「…うん」

私が言うとののちゃんは、いつもの笑顔からは想像も出来ないような元気のない声で答えて
俯いていた顔を雨の降り続ける外に向けた。
2 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時31分00秒
普段はいつでも元気で、明るくて、笑うと八重歯がのぞく可愛いののちゃん。
落ち込んでるところなんて、ケーキを運ぼうとしてコードにつまずいたときとか、
仲良しのあいぼんと喧嘩したとき以外は見せることなんて滅多にない。
それに、そんなときはいつも私が自分のケーキを半分あげたり、すぐにあいぼんに謝って仲直りしたりするから
こんな風にずっと元気のないののちゃんなんて14年間姉をやってきて初めてかもしれない。

『ずっと降り続いている雨ですが、明日からも……』
テレビには向こう一週間の天気予報が出ていた。
日曜日から金曜日まで全部 傘マーク。
来週も今週と同じ憂鬱な週になりそうだ。


「…練習、出来ないじゃんか…」
ボソッとささやく声が聞こえた。
声のした方を見ると、ののちゃんがその大きな瞳に涙をためていた。

「…っ、また、…また のの ビリになっちゃうよ…」
「ののちゃん…」
3 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時35分07秒
○●○
─── 2週間前 ───

「今年こそ 運動会で一番とってやる!」
「ど、どうしたの ののちゃん 急に」

食事中、突然大声を出したののちゃんに驚いて 今まさに口の中に入れようとしていたシュウマイを
落としそうになりながら、机の向かい側に座っているののちゃんに尋ねる。

「再来週の来週に運動会があるんだけどね、ののいっつもビリでしょ?だから今年こそは絶対1番になりたいの」
口いっぱいにご飯をほおばりながらも力強く言うののちゃん。
ののちゃんの一生懸命な瞳を見たら、「口の中に物を入れて喋っちゃいけません」なんて注意することは出来なかった。
なんとなく嬉しくなって、自然と自分の顔が笑顔になるのが分かる。
4 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時35分39秒
「そっか…ののちゃん今年が中学最後の運動会だもんね」

「明日から特訓するからなっちゃんも手伝ってね」
妹に甘い私は、目を輝かせながら言うののちゃんのお願いを聞き入れずにはいられない。
「はいはい…、でも なっち足遅いよ?」
「いーの!誰かに見ててもらわないと、ののサボっちゃうからさ」
きっと、それはののちゃんの生きてきた14年間の中での教訓なんだろう。
それを得意げに言うののちゃんが可愛くて、笑い出しそうになる。
5 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時36分23秒
「じゃあ、明日から頑張ろうね」
「うんっ!」
私が笑いをこらえながら言うと、ののちゃんは八重歯をのぞかせて最高の笑顔で元気よくうなずいた。

運動会の日にもこの笑顔が見れたら良いのに…。
私は心の底からそう思った。

その日から一週間は突き抜けるような青空が広がっていたけれど、
ののちゃんが宿題の居残りやフォークダンスの放課後練習で帰ってくるのが遅かったり、
私がバイトだったりしたせいでロクに練習できなかった。
そして、さあ、これから頑張ろうという土曜日にこの雨が降り始めた。

それからまるまる一週間降り止むことなく続く雨。
ののちゃんは、次第に元気がなくなっていった。
6 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時36分57秒
○●○

「初めっから無理だったのかなぁ…ののが一番なんて…」
もう、涙は零れ落ちそうになっている。

私はどうにかしてののちゃんに元気を出して欲しかった。
走るのが苦手なののちゃんが、せっかく一生懸命練習しようとしてるんだから、
その気持ち、実らせてあげたかった。


「あっ、そうだ ののちゃん、てるてるぼうず千個作ってそれをつるすと願いが叶うって知ってる?」
「なにそれ?」

私が努めて明るい声でそう言うと、ののちゃんは顔を上げて私のほうを見た。

「千羽鶴ってあるでしょ?あれと同じで、願いを込めながらてるてるぼうずを千個作るとね、
 その願いが叶うんだよ。大変だと思うけどさ、なっちも手伝うからやってみようよ」
7 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時37分34秒
もちろんそんなの作り話だ。
でも、とにかく出来ることは考え付くだけやってみようと思った。それで、ののちゃんの笑顔が見れるのなら。
それに、一生懸命やっていたら、絶対に願いは天に届くと思う。
そうじゃなきゃ、不公平じゃないか。きっと、神様はそんなにイジワルじゃない。

とにかく、ののちゃんには諦めて欲しくなかった。
不器用だけれど頑張りやな ののちゃんの手伝いをしたかったんだ。

「うんっ!」
案の定ののちゃんは、それが私の作り話だとは気付かず目を輝かせてうなずいた。
ののちゃんの瞳はすごく綺麗に輝いていた。
それはきっと、涙のせいじゃない。
8 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時40分05秒

それから、家中のティッシュペーパーを集めての てるてるぼうず作りが始まった。

途中、何度も2人でティッシュペーパーを買いに雨の中近所のスーパーに行った。
雨の中、傘を差さなきゃいけないから一度にたくさんは持てなくて 何度も何度も家とスーパーを往復した。

作業の間、ののちゃんは一言も喋らず テレビも着けず、音楽も聴かず、ただ黙々とてるてるぼうずを作り続けた。
そのせいで、いつまでも休むことなく降り続ける雨の音が余計に大きく聞こえたけれど、
今まで見たことのないような真剣な表情のののちゃんの耳には入っていないようだった。

3時になってもののちゃんは、普段なら絶対に欠かすことのない大好きなおやつも食べずに作業を続けた。
7時になってもののちゃんは、毎週見ているテレビ番組も見ずに作業を続けた。
11時になってもののちゃんは、眠たそうに目をこすりながら作業を続けた。
9 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時40分36秒
深夜1時になって、さすがにお母さんに「早く寝なさい」と怒られて渋々二階の部屋に上がって行ったののちゃんは
明らかに疲れきっていて、階段を上る足取りも危うかった。

朝から今までずっと、ほとんど休むことなく てるてるぼうずを作り続けていたのだから当然だ。
それに、ののちゃんは普段は10時には寝るので、こんな時間まで起きていたのは初めてかもしれない。

『明日天気にな〜れ』と可愛らしい文字が書かれたダンボールの中に入れられたたくさんのてるてるぼうず達。
そのひとつひとつが、すごく丁寧に作られていて すべてがとびきりの笑顔をしていた。

私はしばらく「ののちゃんの願いが叶いますように」と願いながら てるてるぼうずを作っていたけれど、
3時を過ぎたあたりでさすがに眠くなってきたので、作業を中断して部屋に上がって眠りに付いた。


夢を見た。
体操服姿のののちゃんが、一位の旗をもらって飛び上がって喜んでいる夢だった。
ののちゃんの作ったてるてるぼうずと同じ笑顔だった。
10 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時41分06秒

「ん…ん〜……」
目が覚めるともう10時をまわっていて、私はゆっくりした動作でベッドから出た。
休みの日だからってそんなにのんびりしてられないからね。
今日もてるてるぼうずを作らなきゃいけないし。

ぐーっと伸びをしてからパジャマを着替えてカーテンを開けた。
静かで、日曜日らしい気持ちのいい朝だ。
「あっ……!」

窓の外を見ていた私はあわてて、隣のののちゃんの部屋に走った。
11 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時41分43秒
「ののちゃん、ののちゃん早く起きて!」
「ん〜…何?なっちゃん」

明らかに眠そうな態度のののちゃん。まだ目も開いていない。
しかし私はおかまいないでののちゃんの腕を引っ張って、ベッドから引きずり出す。
そして、自分の部屋でやったのと同じようにガバッと勢いよくカーテンを開ける。
シャーッと言うカーテンの開く音と共に、太陽の光と雲ひとつない青空が私達の視界に飛び込んできた。

「うわぁ……」
ののちゃんは嬉しそうに声を漏らした。
「やったね、ののちゃん!」
私が興奮気味にそう言うと、ののちゃんも本当に嬉しそうにうなずく。

「ちょっと、なつみ!希美!!何よコレ!?」

下からお母さんの声が聞こえてきた。
その声は明らかに怒っているようだった。
12 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時42分14秒
2人で手をつないでリビングに下りると、そこにはたくさんのてるてるぼうずが、本当にたくさんのてるてるぼうずが
階段の手すりから玄関まで続く白い紐に吊るされていた。

「なっちゃんの言うとおりだったね、ののの願い叶ったよ」
「えっ…ののちゃん、千個作ったの!?」

私が驚いて聞くと、ののちゃんは嬉しそうに大きくうなずいた。
よく見ると、ののちゃんの目の下には大きな隈が出来ていた。

そうか…、部屋に戻ってからもずっとてるてるぼうずを作っていたんだ…。
私が寝てからもずっと……。
13 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時42分52秒
とりあえずてるてるぼうず達はそのままにして、私達は先に朝ごはんを食べることにした。

「でも、何でののちゃん『運動会で一番になれますように』ってお願いしなかったの?」
「だって、それじゃあ意味ないもん」
私がトーストをかじりながら聞くと、ののちゃんは笑顔で言った。

「自分の力で早くならなきゃ意味ないよ。誰かの力で、ってなんか違うもん」

鼻にヨーグルトをつけてそう言ったののちゃんの笑顔は、
今までの雨が嘘のような今日のまぶしい太陽でも、千個のてるてるぼうず達を合わせた笑顔でも
敵わないくらい、輝いていた。


てるてるぼうずさん、もしももうひとつだけ願いを叶えてもらえるなら、
てるてるぼうずさん、私はこう願います。
この天使のような女の子の笑顔をずっと見守っていたい、と。


てるてるぼうずてるぼうず、 明日天気にしておくれ。


── FIN ──
14 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時43分25秒
.
15 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)18時43分55秒
.
16 名前:48 てるてるぼうずに願いを 投稿日:2002年12月15日(日)19時09分34秒
.

Converted by dat2html.pl 1.0