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「この雨は止みません」

1 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)03時57分14秒
「この雨は止みませんよ」

そう言って口許を歪めた顔が頭の中をちらつく。
私はこのまま、なにもかもが終わってゆくのを黙って見ているしかないのでしょうか?
2 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)03時58分08秒
朝、目が覚めて窓の外を見ると、また雨だった。
今は梅雨の真っ只中で、昨夜寝る前に見た天気予報でも今日は雨となっていたから、
当然と言えば当然だ。それでもやはり、朝には青空を期待してしまう。
天気がいいと、なんだか素敵な事が起こりそうな気がするではないか。
3 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)03時58分43秒
私はベッドから降りると、冷蔵庫を開け牛乳を取り出してグラスに注ぎ、
ロールパンをかじりながらテレビをつけた。
この時間の番組の内容なんて大体同じだ。今日もいつもの様に、
不景気だとか熱愛発覚だとか、くだらないことを言っている。
別にテレビは見たくてつけてる訳じゃない。一人暮しの部屋は静かすぎて寂しいからつけてるだけだ。
だから、誰が何を言ってようと構いやしないのだけれど。
4 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)03時59分17秒
寂しさを紛らわしたいんだったら、本当はテレビなんかじゃなくて、
CDやMDで音楽でも流してたらいいんだろう。だけど、私は歌は、もういい。
ちょっと前まで、そこそこ人気のあるアイドルをやってたから、
歌は散々歌ったし、散々聴いた。だから、もういい。
なんとなく画面を眺めながらソファーにあぐらをかき、パンの最後の一欠片を牛乳で胃に流し込む。
お馴染みのアナウンサーによると、今日は一日雨。
明日も雨で明後日も雨。とりあえず今週中はずっと雨らしい。
梅雨前線は一向に動く気配は無く、当分の間、
部屋は乾かない洗濯物がそこらにぶら下がったままになるだろう。
5 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)03時59分48秒
色々と疲れて仕事を辞め、現在ダラダラと毎日を過ごす身の私には、
外が雨や雪だろうとあまり影響しない。
外に出るのは、週に一、二回食料品を買いに行く時だけだし、
困るのは服が乾かず着る物が無くなるくらいだ。
しかし考えてみれば、この雨は結構長いこと降り続いている。
更にこの先一週間も雨だというのだから厳しい。
着替えだってそう沢山有る訳じゃないし、もう七月下旬だというのに、
梅雨前線はいつまで居座るつもりだろうか。
まぁ、考えたって仕方ないのだが。なんとでもなるようになるだろう。
足りなければ買えばいいだけの事だ。
今日も特に予定は無い。適当にゴロゴロとしているつもりだ。
6 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時00分35秒
のんびりゲームをしていると、部屋の空気が澱んでいるのが気になった。
そういえば、ここのところ、ろくに換気をしていない。
換気ついでに、たまには外の空気でも吸おうかと思い、私はベランダに出た。
私の部屋は、マンションの九階で、なかなか見晴らしが良い。
眼下の通りを忙しそうに歩く人達を、柵に肘をついて私はしばらく眺めていた。
7 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時01分09秒
ふと視線を感じて右を向くと、隣の部屋のベランダに人が立ってこっちを見ていた。
軽く会釈をすると、微笑みと挨拶が返ってきた。

「おはようございます。お会いするのは初めてですね。隣の紺野です」

私の部屋は、フロアの左端にあり、隣は右側にしかない。
その隣の住人はいつも留守で、表札で名前だけは知っていたが、
どんな人物が住んでいるのか、今まで知らなかった。
紺野と名乗ったその女は、梅雨だというのに長袖のシャツにカーディガンを羽織り、
涼しげな顔をしている。
8 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時01分53秒
「あ、どうも。吉澤です……」

そう返したものの、後に何と続けたらいいか迷っていると、紺野が空を見ながら口を開いた。

「今日も雨ですね」

「そうですね。もう随分長い間降ってるのに、一体いつになったら止むんですかね?」

「雨はお嫌いですか?」

「えぇ。困りますよね、洗濯物も乾かないし」

「そうですか。でも……。でも、この雨は止みませんよ」

紺野は私に顔を向け、口許を歪めた。
9 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時02分36秒
「え?」

「この雨はもう止みません。永遠に降り続けます」

「はぁ……?」

突然何を言い出すのだろうか、雨が永遠に降り続くなんて。そんな事は有り得ない。
会ったばかりの人間の突拍子もない言動に、私は呆気にとられた。
10 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時03分13秒
「吉澤さん、ノアの箱舟の話はご存知ですね?」

「あぁ、あの神様が大洪水を起こしてって話ですよね。知ってますよ」

「そうです。昔、神は堕落しきった人類を嘆き、腐敗した世界を一度滅ぼすことにしました。
そして、ノアという義人に箱舟を造らせ、
ノアの家族と全ての生き物を一つがいずつ箱舟に乗せることを命じ、大洪水を起こしたのです。
滝のような雨が四十日四十夜続き、水が引いた後に善人達の新しい世界が始まりました」

「それがこの雨と関係あるんですか?」
11 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時03分46秒
「お解かりになりませんか? この雨は過去の再現です。やがて大洪水が起こり、
世界は滅びることになるでしょう。
ただし、今回は例外は有りません。文字通り、全ての生物が死ぬことになります。
人類は裁かれているのです。降り注ぐ雨の量は、そのまま我々の罪の量と言えますね」

「……。なるほど。でも私には、単に梅雨だから雨が降ってるとしか思えませんが。
紺野さん、すみませんが用事があるので、そろそろ失礼します」
12 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時04分27秒
もはや開いた口が塞がらなかった。
この紺野という女は何なのだろうか。こんな馬鹿げた事を真剣に言っているのか。
これ以上話していてもややこしくなるだけだと思い、私は部屋に戻ることにした。

「終わりはもうそこまで来ているのです。真実はすぐにお判りになるでしょう」

紺野の声が聞こえたが、私はもう、何も言わなかった。
13 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時05分14秒
あれから一ヶ月。相変わらず雨は降り続いている。世間は異常気象だと大騒ぎだ。
世界中で同じ現象が起こっているらしい。紺野は何時の間にか居なくなっていた。
雨は日毎に勢いを増し、既にマンションの五階まで水没している。
口許を歪めた紺野の顔が頭をちらつく。
私はこのまま、なにもかもが終わってゆくのを黙って見ているしかないのでしょうか?
14 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時05分45秒
15 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時06分16秒
 
16 名前:46 「この雨は止みません」 投稿日:2002年12月15日(日)04時06分46秒
終幕

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