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カーテンコール
- 1 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月10日(火)23時52分53秒
- 鉛色の空の下に横たわる巨大なそれは、古代の遺跡のように静かに息を潜めていた。
鉱物の採掘用の施設に取り付けられた最新の音響設備とのミスマッチが、中央に
たたずむ安倍なつみを圧倒した。
そこから見下ろす荒涼とした平原が全ての生き物の存在を否定している。安倍には
それがはっきりと感じることができる。
(今日、ここで歌うんだ。。。)
気持ちが震え、糸がキリキリと悲鳴を上げる。だが、もう後には退けない。後6時間
もすれば、ここを20万人ものファンが埋め尽くすのだ。
彼女は不安げに空を見上げる。雨天歌唱法は極めていたつもりでも、肝心の糸が一体
どこまで持つのか解らないのだ。
そしてボロボロなのは安倍だけではなかった。
- 2 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月10日(火)23時54分14秒
- 「ええんや。6期が入るまで持ちこたえてくれれば、それでええんや」
いらだった口調のプロデューサーの声がマネージャーの携帯ごしに響く。
(でも、もう駄目かもしれない)
やぐらの上に設けられた急造の控え室で、安倍は疲弊しきった目をメンバーに向けた。
キリキリキリ。。。。。カタカタカタ。。。
特に酷いのはよっすぃーだ。メイク前の顔には細かなひび割れが走り、緩慢な動きは
今日のリハーサルでも目立っていた。雨天歌唱装置の助けを借りても、どこまでカバー
できるか予測できない。
極端な気温の低下も、糸の弾力を奪うことになるだろう。
それでも、彼女達は歌わなくてはならないのだ。。
- 3 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月10日(火)23時55分11秒
- 深海の生物が発する光のような硫酸濃度警告灯が点滅し、メンバーに緊張の色が走る。
はやり雨が降り始めたのだ。吉澤と小川が雨天歌唱装置のレバーを引っ張るのを見届け
ると、飯田がメンバーを促す。
「いこう」
長い螺旋階段を降りていくと、平原を埋め尽くした観衆の地鳴りのような叫びが耳に
入ってくる。ステージでは既にあちこちで泥水とオイルが水溜りを作りつつあった。
「いきまーっしょい!」
立ちこめる霧と鉄さびの匂いの中、12人のメンバーが灰色の世界に飛び出していく。
(ここが踏ん張りどころ)
安倍が隣の石川と加護に目配せすると、二人とも判ったという風にうなずく。
音響中和剤の散布が始まるのと同時に「恋愛レボリューション21」のイントロが走り
始め、安倍の糸が大きく振動し始めた。
- 4 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月10日(火)23時56分10秒
- 異変はオープニングからいきなり訪れた。
ステージの前に進み出た石川が、突然ギターの弦が切れたかのように弾けとんだのだ。
「ほい!ほい!。。。ほい!カタカタ。。。ほい!」
(まずい!雨天歌唱法が不完全だわ)
安倍がそう思った瞬間、上空に発生した苛烈音波圧が前列の観客を襲った。
どん!!!!
今の波で数百人単位が黒焦げになっただろう。しかし、その空いたスペースに後方から
観客が押し寄せ、更なる盛り上がりをねだる。
(多分、最後まで持たない。私達も彼らも。。。)
ステージの隅に引っ張られた石川は、もう何の音も出していなかった。
石川だけじゃない。メンバーの糸はみな既に限界を超えていたのだ。
- 5 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月10日(火)23時57分23秒
- どれだけ雨天歌唱法の訓練を積んでも、糸が切れてしまってはどうする事もできない。
それは、安倍や飯田のようなオリジナルメンバーとて同じなのだ。
「ねえ、なっち。もしも明日、オイラの雨天歌唱法が崩れ始めたら、糸を切って」
屈託の無い笑顔に秘めた悲壮な決意。。。。石川の次にバランスを失い始めたのは、その
小さなムードメーカーだった。
強くなる雨足が涙を洗い流すのに任せ、安倍は矢口の後ろになるフォーメーションを
見計らい、彼女の糸を切った。
崩れ落ちた矢口に気を取られる暇も無く、メンバーの歌唱バランスの異常が、どんどん
更なる惨劇を生み出していく。
- 6 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月10日(火)23時59分55秒
- 飯田と保田が、ほぼ同時に観客席にもんどりうって倒れこむ。
(これは大惨事になる!)
平原の向こうに聳え立つ山脈に衝撃が走り、大規模な山崩れが発生した。
一瞬で1万人は飲み込まれたに違いない。山の中腹に立てられたアルミ製の警告灯の
ランプが赤に変わっているのが、ここからでも確認できる。
氷のように冷たい雨が、全ての人をズタズタに切り裂いて行く。
キリキリキリキリ。。。
紺野が不自然な痙攣を始め、地軸安定アンプに干渉してしまう。地中に埋め込まれた
アンプの暴走で、真上にいた観客が分子レベルで波打っては消えて行く。
20万人以上いた観客は、ライブ開始後わずか1時間足らずで8割以上が消し飛んでいた。
それでも湧き上がるのは恐怖ではなく歓喜。悲鳴ではなく歓声だった。
その声援に後押しされながら、娘達は終局に向かっていることを知りつつも、歌うことを
やめなかった
- 7 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月11日(水)00時01分51秒
- もはや雨天歌唱装置には歯止めをかける力は無かった。吉澤が、加護が、高橋が、次々に
苛烈音波圧を発生させ、朽ち果てていくのを、安倍はただ見ているしかなかった。
それでも残り少なくなった観客が、彼女達を求めてやまないのは何故なのか。。。
キリキリキリキリ。。。パチン!
安倍の糸も切れ始めていた。体温と意識が無くなっていく中、安倍は喝采を聞いていた。
カタカタカタ。。。プツン。。
(ありがとう)
カタカタ。。
安倍の最後の言葉は誰にも届いていなかった。朽ち果てた糸巻き人形は物言わず、
その場所に動くものの影はひとつも無くなっていた。
ただ、降りしきる雨音だけが鳴り止まないカーテンコールのように続いているだけだった。
いつまでも。。。
- 8 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月11日(水)00時02分33秒
- お
- 9 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月11日(水)00時03分39秒
- わ
- 10 名前:40 カーテンコール 投稿日:2002年12月11日(水)00時04分46秒
- り
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