インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板

天がくれた

1 名前:38:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時19分26秒
朝、起きて窓の外を見る。
いつ見ても何も見えない位に霞んでて、
目の前に広がっている筈の海は、見ることが出来ない。
本当なら、180C°青い色を見ることが出来るのに。
見れる筈がない、だって今は6月、梅雨だから。
しとしとしとしと降り注ぐ雨。
時には激しく、時には優しく、それでも止む事はなくていつまでもしつこく降り続ける。

雨の音は、何故だか落ち着く。
特に、今の私には。

親元を離れて、北海道を出て、一人暮らしをする私は、家に独りでいることが急に寂しく感じられた。

忘れたいことや、叫びたいことがたくさんあった。
私は、傘を持たずに、薄っぺらい上着を一枚羽織って家を飛び出した。
家を飛び出して、当ても無くただ足を進めた。
今日は、傘などなんの意味もなさない程の大雨で、息をするのもやっとという感じだった。
歩いていると、窓からは見ることの出来なかった海が、少しずつ視界に捕えられるようになってきた。
海は大荒れ。
水温的には泳げるくらいなのだろうけど、さすがに今日ばかりは誰ひとりとして浜辺はもちろん、海にもいるはずがなかった。
2 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時22分39秒
「ちょうどいいじゃん・・・」
家に独りでいるのは嫌だったけれど、独りにはなりたかった。
だから浜辺へと続く階段を降りて行き、海に向かって座った。

「ど・・・して・・・」

「・・・がっ・・・の?」

叫びたい事を叫んでも、自分の耳にはほとんど何も聞こえない。
聞こえてくるのは、何もかもを丸呑みしてしまいそうな、目の前に広がる海の音と、自分の体や地面に当たって跳ね返る雨の音だけ。
しばらくそうしていると、なんだか自分がとてもちっぽけに思えて、やり切れなくなった。
後ろに倒れ込んで、叩きつける雨を仰向けになって全身で受けて、体を預けた。

ビシビシバシバシ容赦なく雨は私を打ちつける。

風邪・・・ひくだろうな・・・。
肺炎起こすかもしんない・・・。
心配するような人は誰ひとりとしていないけど・・・。

目を瞑ってこうやって雨の音を聴いていたら、嫌なことを少しでも忘れられると思った。
でも余計に考える事になった。
3 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時25分15秒
・・・あれ?
音が・・そこら中に聞こえていた音が小さくなった。
体に当たっていた雨も減った。なんで・・・?

瞑っていた瞼を開けて見ると、私より少し短いくらいの長さに茶色の髪、白い肌に、ほんの少し幼さを残したような、
それでいて大人のような色気を漂わせた少女が、私の顔を覗き込むようにして立っていた。
その子の影になったせいもあったけど、実際に、雨も少しマシになっていた。

少女は、私と目が合うと、にこっと嬉しそうに笑って、ロを開いた。
「あはっ、死んでるかと思った」
そう言う顔はとても優しくて、何故だか安心出来た。
すぐ傍に来ると声ははっきりと聞こえた。

「何か用?」
安心は出来たけど、所詮は知らない子。息をするのもやっと、打ち付ける雨は痛い。そんな日に外に、
ましてやこんな荒れ狂った海のそばに居るなんて、普通では考えられなかった。
そりゃあ私だってそう思われてるかもしれないけど・・・。
「ずっと見てたよ。あなたの事・・・えと、あ、私は後藤真希。」
ずっと見てた?私を?
4 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時26分43秒
真希と言った少女は、首を傾げて私の名前も教えてというような素振りをする。
悪い子には見えない、それどころか、人を引き付ける雰囲気を持っていて、少し不思議な感じさえする。
「圭織。飯田圭織。」
気が付いたら答えてた。

「圭織はさ、悩みがあるの?」
名前を言ってすぐに呼び捨てされたことにも驚いたけど、それよりも私が悩んでいることに気付いたことが驚きだった。
「どしてそう思う?」
「ずっと見てたって言ったでしょ?」
そう言われたとき、なんだか違和感を感じたけど、彼女がまたすぐに話し出したことで、それ以上考えることは出来なかった。
「ずっと泣いてたね」
すぐそばにいる人間ですら霞んで、滲んで見えなくなるくらいの雨が降っているのにおかしなことを言う。
「見えるはずないでしょ?」
それに雨が降ってるんだ、顔にもたくさん流れてったし、雨のせいで泣いているように見えたかもしれないじゃない。
それなのに泣いてたねって・・・。
5 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時28分09秒
「私にはよく見えるから」
「どゆこと?」
私が問いかけると、彼女は説明しにくいというような苦笑いを浮かべてしまった。
ずっと笑顔で言うもんだから、すぐに答えが返ってくるものだと思った。
それなのに少し離れて急に黙って俯いてしまった。
また、さっきまでと同じように波の音と、叩きつける雨の音が耳にこだまする。

「あのさ、・・・風邪ひくよ?」
言いにくかったら無理して答えなくてもいいよとは、実際気になってるから言えなくてそんな事を言ってしまった。

「・・・圭織だってひくじゃん」
「うん・・・」

私の言葉に救われたというような顔をして、「横、座ってもいい?」と言い、
私の返事も待たずにすぐ隣に腰を落とす。

帰らないのかな・・・?
いきなり現れた彼女に戸惑いながら横が気になってチラッと見てみる。
そうしたら彼女はすぐに私の視線に気づいて・・というよりはずっと私を見ていたのだろう、
すぐに視線が交差して笑顔を返してきた。
6 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時28分53秒
どうしようかな・・・
声をかけてきたのは彼女なのに。
悩みがあるかと聞いたのは彼女なのに。
隣に座ってもいいかと聞いてきたのは彼女なのに・・・。
何も・・・言わないで笑ってる。
どうしよう・・・


「私さ、人付き合い下手なの」
このまま座ってるだけってのも何だか気持ち悪くて、普段は絶対に出ないような雨の日にわざわざ居るのは、
叫びたいこと忘れたいことがあるからで、知らない誰かと居ることじゃない。
胸のうちを話そうか話さないでおくか悩んだけど、そう思ったから話すことにした。
幸い、彼女は耳を傾けてくれていて迷惑そうな顔を少しも見せなかった。
それどころか何でも聞くよ、話しなよというような顔でにっこりと微笑んでいた。


「いつも失敗するの」
例えば?とか、どんな失敗?とか、彼女は何も聞いては来なかったけど、
私はひとりごとを言うように、でも、聞かせるようにして続ける。
7 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時31分40秒
「普通に会話とかしてるでしょ。そしたら急に“話聞いてんの?”とか
“ずれた事言ってんじゃないよ”とか、私はみんなと同じように聞いてるのに、
それなのにみんなしてそんなことを言うの。誰がなんて言ったとか
誰だれはこう思ってるんだろうなぁって返事をしているのに噛みあわない。
そう言われて、でも何も言い返さないで誤解も解かないで黙っちゃう私も悪いとは思うんだよ・・・?でも・・・
でも、間違ったことを言ってるとは思わないし、どうしていいかわかんないんだ」

そこまで言って一呼吸置いて彼女を見たら、真剣な表情をしてこっちを見てて、
なんだか嬉しくなった。
人の愚痴り話なのに、それも今日初めて会った人間の言うことなのにちゃんと聞いてくれてる。

「でもね、そんな私を理解してくれる人が・・ううん、理解してくれてるって勝手に思ってたんだけど、そんな人がね、現れたの
そうだね・・・多分あなたと同じくらいの年齢じゃないかな、年下の女の子なんだけど、バイト先で知り合ってね?
“圭織さん圭織さん”ってなついてくれて、“圭織さんって変わってて面白いですよねー”って、私が言ったことに
いちいち反応してくれて笑ってくれて嬉しかったんだ」
8 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時32分24秒
「好きだった?」

少し間をとった瞬間すぐに聞いてくる彼女。
私の顔を覗き込むようにしてじっと真剣な表情で見てくる。

好き・・・どうだったんだろう。
一緒に居ると温かかったし、楽しかった。
いつも笑顔をくれて、年下なのに頼りになって、優しかった。
あの笑顔に何度も救われた。
“おもしろいですよね”って言われる度に、これでいいんだって思えた。

「・・・好きだった・・と思うよ。少なくとも私は好きだった。でも・・・」

裏切られた。
彼女が好きだったのは私じゃなかった。
私とは全く正反対の女の子だった。

とっても小さくて明るくてハキハキしてて・・私とは全く違った。

「でも?」
「向こうは違ったの。私のこと“変わってる”って、物珍しそうに見てただけだった」
「・・・ごとーはそんな風には見てないよ。圭織のこと、ちゃんと見てるよ」
彼女は急に私ではなくてごとーと言い方を変えて話し出した。
9 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時33分45秒
「圭織はさ、そうやって泣けるじゃん、悲しいから泣くんでしょ?
悔しいから泣くんだよね?それって、すごいことだと思うよ?」

じっと黙って聞いていた彼女は、ものすごい勢いで話し続ける。
「ごとーはね、そんなの出来ないもん。悲しいって思うことがあっても、
悔しいって思うことがあっても、・・・そうだな・・・例えばの話だけど、
恋人や家族が死ぬようなことがあったとしても泣けないの、・・・泣けなかったんだ・・・」

“泣けなかった”
彼女は“例えば”って言った。
どっちが本当なのかな。
顔を真っ赤にして顔中を雨で濡らして唇を噛みながら何かを耐えているように見える。

「何が・・あったの?」
私の話が終わった訳じゃないけど、まだ叫びたいことはたくさんあったけど、
彼女の話が聞きたくなった。
ずっと笑顔だった彼女が表情を曇らせた原因を知りたくなった。
10 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時34分30秒
「ごとーね、ごとー・・・っ」
彼女は、あのね、あのね、と繰り返し何かを言おう言おうとするのに何も言葉に出来ないでいる。
ぎゅって抱きしめたら壊れてしまいそうな位弱く見える。
肩を震わせて、何度も何度も唇を噛む。

「出てくる言葉でいいから、順番なんてどうだって良いから言ってごらん?出てきた言葉は出したかった言葉になるから」


「・・・っ・・・でも・・って・・・・っ・・あ・・・・・事故で・・・!!・・・・・」
「真希?」
彼女の口から出てきたのはまともな文にはなってはいなくて、単語だけがところどころ聞き取る事が出来た。
事故って言ったよね?
家族か恋人が事故で亡くなったのかな・・・?
だけど泣けなくて・・・って言いたいのかな・・・?


「いつも一緒だった」
「いつも隣に居た」
「ごとーのこと、真希って、真希って優しい声で呼んだ」
「好きだった」
「好きだったんだ、ずっと」
「でも・・・恋人にはなれなくて・・・罪は犯せなくて・・・」
11 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時35分28秒
最初に叫んだ後、次から次にと言葉が出てくる彼女の言葉は通り抜けていって、
たまに頭のどこかに引っかかって、話を聞く気がないわけじゃなかったけど全部を聞くことが出来なかった。
彼女が間を空けるとすぐに雨の音が邪魔をする。
ザーザー、ザーザーしつこく降り続く雨が彼女の頬を途切れることなく流れていく。
その光景がとても綺麗で、優しくて、冷たいはずの雨なのに温かく感じた。
自分の体に降りそそぐ雨も忘れるほどにそれは温かかった。
彼女が話し続ける間、ずっとそんな場違いな気持ちを抱いていた。

「一緒にはなれないって分かってた」
「でも、傍にいることは出来るって思ってた」
「お姉ちゃんだから、ごとーは妹だから、ずっと一緒だって思ってた」

え・・・・お姉ちゃん?
妹?彼女が恋焦がれた相手は血の繋がった姉妹だった?

「どうし―」
「それなのに人間なんかに!!」

“どうして過去形で話すの?”って、答えが分かってはいたけど聞こうとした。
すると彼女は私の言葉を遮って違和感を覚える言葉を言った。
12 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時36分26秒
「人間なんか・・って・・・?」

「一緒になれるはずがないのに・・・!人間なんかと一緒になれるはずなんかないのにお姉ちゃんは・・・
お姉ちゃんは人間を好きになったんだ・・・!!どうして叶わない恋をするの?
どうしてごとーたちのことを信じない人間なんか好きになるの?
止めたのにっ止めたのに行っちゃったお姉ちゃんが悪いんだ!!」

ずっと私の話を聞いてくれていた彼女ではなくなっていた。
ぽろぽろぽろぽろと涙を流して不思議な言葉をいくつも言う。
私のことが見えてないかのように、ひとり言を言うかのように話し続けている。

“人間なんか”ってなに?
“叶わない恋”ってどういうこと?
“信じない人間”って・・・?

問い返したい事がたくさんある。
ひとつひとつ疑問に感じたことを今すぐ聞きたい。
その位、不思議な事を彼女は言ってる。

私の悩みなんかちっぽけに感じてしまうほど、彼女の抱えていた想いは重いのかもしれない。
笑顔を作ることで、雨の中寝転がる変わり者の私と話すことで少しでも軽くなりたかったのかもしれない。
13 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時37分20秒
「“すごく可愛いんだよ”って嬉しそうに言った」
「“雨が降ってるのに彼女の声だけはよく聞こえるんだ”って言った」
「“とっても小さくて、可愛い声で・・・私の名前を呼ぶんだ”って言った」
「雨が降った日しか、今日みたいな激しい雨が降った日しか会えないくせに、
会えないのに・・・っ・・それでも雨が降ると嬉しそうに陸にあがって彼女に会いに行ってた」

雨が降った日しか会えない?
どうして?
陸にあがる?
どゆこと?

彼女は理解出来ないことばかり口走る。

「あの日、すぐに止みそうな通り雨が降ったあの日、お姉ちゃんは彼女と約束してるって、
幸せそうに、とびっきりの笑顔で出て行こうとした」

「待って、ちょっといい?」
彼女が言い終える前に遮って口を挟む。
だって彼女が言っていることはおかしなことばかり。
人間でしょ?
違うの?
同じじゃないの?

「・・・止めたんだよ」
「待ってってば」
14 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時38分34秒
「ごとーの思った通り、雨はすぐに止んで、お姉ちゃんは戻っては来なかった」
待ってという言葉をまるっきり無視をして話し続ける。
最後まで聞けば答えが出るの?

「探した、探しまくった」
「見つけたとき、お姉ちゃんは干上がった岩の上で瀕死の状態だった」

なんで・・・
「ごとーを見て、口をぱくぱくと動かした。声にはならない声で叫んでた」
「“水をちょうだい”って・・・でも、ごとーはその場から逃げたんだ・・・ごとーの言葉を聞かないお姉ちゃん、
ごとーの気持ちに気付かないお姉ちゃん、人間なんかに恋をしたお姉ちゃん、
ごとーのものにはならないお姉ちゃん、そんなお姉ちゃんが許せなかった。
悔しくて、悲しくて、気がついたらその場から居なくなってた」

そこまで言って、彼女は黙ってしまった。
彼女が言った言葉を一度整理してみよう。
15 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時39分18秒
人間なんか
叶わない恋
陸にあがる
干上がった岩で瀕死

不思議な言葉を繋ぎ合わせようとするのに少しも繋がらなかった。

人間なんか・・・自分は人間じゃないってこと?
叶わない恋・・・相手が人間だから?
陸にあがる・・・どこから?
干上がった岩で瀕死・・・普通の陸地で瀕死?

ひとつひとつはなんとなく理解できそうなのに、でも、出来ない。
よく思い出してみると、初めて会ったとき、「ずっと見てた」と言った。
どこから?ほんの少し先も見えないほどの雨が降っているのにどこから?
「泣いてたね」って言った。
見えるはずがないのに。
「私にはよく見えるから」って言った。
私にはってどういうことなのかな。
そのことを突っ込んだ時、言いにくそうな顔をした。

「・・・っ・・・っ・・・」

いろいろ、いろいろ考えることはあったけど、
彼女が土に膝をついて両手を膝に乗せて肩を震わせていることに気付いてそれは中断した。
そうだ、気になることは落ち着いてから聞けば良い、それよりも今は彼女を落ち着かせないと。
16 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時39分49秒
「あの・・・」
私が何かを言う前に、彼女は私にガバッと抱き着いてきた。
あまりにも勢いが良すぎて尻餅をついて倒れてしまう。

私の上に乗っかったまま、私の胸に顔を埋めて泣いている。
余計な言葉はいらない。
何か言葉をかけると彼女が壊れてしまいそうで、そっと頭を撫でてやることしか出来なかった。

私にも悩みはあった。
誰にも言えない悩みも、誰かに聞いてもらいたい悩みも。
ほんの少しだったけど、聞いてもらえて良かった。

彼女の言葉を聞いてやれて良かった。
彼女は私なんかに聞かせてくれた。
胸の内を。
私なんかに涙を見せてくれた。
私でも誰かの悩みを聞いてやる余裕があるって教えてくれた。

彼女にお礼を言いたいくらい
17 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時40分22秒
「・・・落ち着くまで泣いていいよ」

「・・・っく・・・おね・・ちゃ・・・」
「うん、うん」
何がうんうんなんだか自分でもさっぱりだったけど、頷く事しか出来なかった。

「おね・・・ちゃ・・めん・・」
「うん・・・」

「助けてあげられなくて・・・ごめん・・・」
「・・・」

ぎゅっとくっついて泣きながら謝り続ける彼女は、気がつくと眠っている。
雨の音が大きくて、寝息が聞こえにくかった。
18 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時40分52秒
「なにものなの?」
結局のところあなたはなに?
私と一緒の人間じゃないの?

ビシバシビシバシ容赦なく叩きつける雨
ザーザーザーザー体中に降り注ぐ雨
しとしとしとしと小降りになる雨

海の向こうに太陽が見えて、もうすぐ雨があがるのが分かった
泣き疲れて眠っていた彼女も、もぞもぞと動き出す。

彼女も“戻る”のかな?

「・・・ん・・・んん〜・・・」
両手を上に掲げて伸びをする。
彼女の顔は眠る前よりは穏やかで、出会った時よりもずっと優しい顔になっていた。
19 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時41分39秒
「・・・圭織の話を聞いてたはずなのに・・・ゴメンネ?」
起き上がってすぐにそんなことを言う。
でも、私は、
「おはよ」
と返事をする。

「あはっ おはよ!」

「もうすぐ雨止むね」
私がそう言ったら、彼女は晴れてきている空を見上げながらため息を零す。
「お別れの時間だね」

「・・・もう会えないの?」
どうしてそんなことを言ったのか分からなかった。
好きになったとか、気になるとか、そんなんじゃないと思う。

ただ、もっとずっと一緒に話をしたかったのかも。
結果的に聞いてもらうというよりは聞いてあげることになっちゃったけど、
すごく嬉しかったから。

泣いていたあの瞬間、私は彼女にとって必要だったはずだから。
行き場の無い言葉を吐き出せたと思うから。
20 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時42分12秒
・・・そうじゃない。
本当は彼女がすごく気になった。

出会ったときから引き付けられてた。
容姿に、声に、笑顔にやられちゃってた。

だからそう聞いた。

「・・・」
彼女は少し困ったというような表情をしてみせて、立ち上がる。
そんな彼女を見て思わず私も立ち上がる。

返事をくれないの?
また、私だけの勘違い?
ほんの少しだけの関係で終わるの?

彼女は少しずつ近付いて来て私の頬に触れる。
いくらか身長の低い彼女は背伸びをして私の耳元に唇を近づけた。

「・・・ボソボソッ」

何かを言って、彼女は離れた。
21 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時42分54秒
「ばいばい」
そう言ってくるっと振り返って歩いていく。
どこに?
海しかないのに。

彼女が足を進めているのはまだ荒れたままの海。
雨もまだいくらか降っていて、少し離れると彼女の姿は見えにくくなる。

「待ってよ!どういうこと?!」

海に足を入れて進み続ける。
私の言葉なんか耳に入ってないって感じで。

「待って!」

彼女の頭がすっぽりと海の中に消える。
信じられない速さで。
すぐ後ろを走って追いかけた私をどんどんと引き離して海に消えた。

「なんで・・・」
本気なの・・・?

そりゃ・・・感じてたけど・・・
22 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時43分26秒
“会いたいけど、ごとーは圭織とは一緒じゃないの”

あれだけ激しく体を濡らした雨
体中の何もかもを洗い流すかのような激しい雨
そんな雨の中にずっと居たのに、彼女の体からは潮の香りがした。

とても深く、簡単には落とせない潮の香りが。
23 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時44分02秒
あれから1年。
相変わらずみんなには同じことを言われていたけど、言い返すことも忘れなかった。
時には泣いて、時には怒って、感情を顔に出して笑うようになった。

辛いときには彼女を思い出す。
私を頼って叫んだ気持ち。
それを思うだけで心が落ち着いた。
24 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時44分35秒
天は雨を降らす
その中にすっぽり入ることは出来ない
人間だから

天が降らした雨
それは呼吸をするための道具になる

天が私にくれたもの
彼女という心の安らぎ
25 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時45分07秒
−FIN−
26 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時45分41秒
*
27 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時46分12秒
*
28 名前:天がくれた 投稿日:2002年12月10日(火)00時46分43秒
*

Converted by dat2html.pl 1.0