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たまゆら
- 1 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)16時55分08秒
- 太陽が沈み、宵闇が訪れるまでの僅かな時間。
世界は燃えるような茜から薄闇の深い青へと色彩を変えてゆく。
眼下にはチリチリと光を内包する粒子の雲が綿毛のように広がっている。
光を放つ微細な粒子は私たちの周囲を取り巻き霧雨のように流れていた。
私の少し前を歩く二人は休むことなく山頂を目指して歩いていた。
「すこし、休みましょう」
私は疲労と強縮で笑っている膝を休める為に立ち止まると、先を歩いている二人に声を掛けた。
二人は立ち止まると振り返り私を見る。
「あさ美ちゃんは、ここで休んでていいよ。のんはあいぼんと行くから」
辻さんは苛立たしげにそう言い、その横で加護さんが楽しそうに微笑んだ。
私は首を横に振って答えた。
「大丈夫です。行きます」
そして再び歩き出した二人の後を追った。
- 2 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)16時56分54秒
私はどうしてここに居るのだろう。
もう私が入り込む隙間は無い、そんな事は分かってる。
意地になっていたのかもしれない。
私が邪魔者だって事は分かっている。
でも私は辻さんと加護さんを二人っきりにはしたくなかった。
そう、始めは加護さんへの嫉妬からだった。
今もそう。
だけど、もうそれだけじゃなくなっていた。
はっきりとは分からないけど、もうすぐ二年間探していた答えが見つかる。
そんな予感がした。
だけど、どうして私たちはこの双子山の山頂を目指しているのだろう。
疲れと焦りで朦朧とする意識の中、昨夜の出来事が思い出される。
そう、すべては一昨日の夜の出来事から始まった。
- 3 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)16時58分39秒
昨夜は朝から快晴で雨の気配などまるで無く、雲ひとつない夜空には星が瞬き一面を埋め尽くしていた。
私は辻さんの家にいた。
窓を背にして薄暗い室内で辻さんと加護さんを見つめていた。
部屋の電気を消していたけれど、窓から漏れる月明かりが辻さんと加護さんを淡く照らし出していた。
「どうして、私じゃ駄目なんですか?」
二人は手を取り合い、互いを見つめ合っていた。
そして、私の言葉で初めて私がここにいることに気が付いたかのようにこちらを見た。
「だって」
「ねぇ」
再び互いを見つめると、くすくすと笑い合う。
胸がちくりと痛んだ。
「お願いです。辻さん、私を見てください」
声が震えていた。
辻さんはそんな私に困ったような表情をする。
そして、加護さんの手を放すと私がいる窓際まで歩み寄ってきた。
嬉しい!
辻さんが私に微笑みかけている。
柔らかい微笑みが私に向けられてる。
だけど、喚起は絶望を際立てるスパイスでしかなかった。
- 4 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)16時59分51秒
- 辻さんはいきなり私の胸を鷲掴みにした。
「いっ、止めて下さい」
私は辻さんの手を振り払った。
辻さんは払われた手を振りながら、つまらなそうに顔をしかめる。
そして、加護さんのもとへと戻っていった。
辻さんは先程と同じ笑顔を加護さんに向けている。
心が締め付けられる。
そして、私にしたのと同じように加護さんの胸を鷲掴みにした。
「ピカチュゥーーーーーーーーーーッ!!!」
加護さんが叫んだ。
辻さんは嬉しそうに笑い、加護さんは勝ち誇った顔を私に向けた。
「ご褒美をあげる」
そう言うと、加護さんの頬に手を添え軽く口付けを交わす。
かすかに漏れる吐息が聞こえ、涙がにじむ。
「辻さん、お願いです! 私の胸を触ってください!」
悔しかった。
気が付いたら叫んでいた。
- 5 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時00分56秒
- 「いいよ」
辻さんは笑顔で答えると、先ほどと同じように私に近づき手を伸ばす。
そして、胸のラインに沿ってやさしく撫でた。
「ピカチュウって言え」
「ピ……カ……ァド艦長……」
私は言えなかった。
言わなければどういう事になるのか分かっていたのに。
辻さんは微笑むのを止めると冷たい視線を私に向ける。
撫でていた手に力が込められ、胸に激しい痛みが走った。
「ピカチュウって言え!」
私は何度も言おうとした。
だけど、どうしても言えなかった。
言ってしまえば楽になるのに、辻さんの関心を取り戻す事ができるのに、
大切な何かを失ってしまいそうな恐怖が、私を抑制していた。
私は口をパクパクさせ、そして歯を食いしばる。
「……言えません……」
蚊の鳴くような小声で言うと、不意に胸を摘まれる激しい痛みから解放された。
「もういいよ」
そう言うと、辻さんは私から離れて行った。
そして、その夜は私に振り向く事は無かった。
- 6 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時01分50秒
- 長い夜が明け、朝日が室内を光で満たした。
辻さんは、加護さんに寄り添うように布団に包まって眠っていた。
私は窓辺に寄りかかったまま、昨夜から一睡も出来ずにいた。
窓から差し込む陽の光が辻さんの顔を照らし、光を避けるように身じろぎする。
私はカーテンを閉めようと立ち上がった。
すると、突然辻さんが目を覚まして体を起こした。
「あいぼん、起きて」
隣で眠っている加護さんの体を揺らしながら、必死に起そうとする。
胸が傷んだ。
私が傍で起きているのに、辻さんは寝ている加護さんを起そうとする。
私では加護さんの変わりになれない。
加護さんに勝てない。
- 7 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時02分55秒
- 加護さんは目を覚ますと辛そうに体を起した。
「どうしたのぉ?」
「のの、胸が大きくなれるかもしれない。双子山の頂上にある超神水を飲んだら胸が大きくなった夢を見たの」
「ゆめぇ? そんな事で起こしたのぉ?」
眠そうに答える加護さんを、辻さんは冷ややかに見つめた。
「あいぼんは胸が大きいからそんな事言えるんだよ」
そう言うと、立ち上がりクローゼットへと向かった。
「あいぼんは寝てていーよ。のの一人で行く」
いくつか洋服を選ぶとベッドへと放り出す。
加護さんはその様子に慌てて起き上がると辻さんを呼び止めた。
「ま、待っ……」
「辻さん、私も行きます!」
しかし、私が言葉を遮るように言ったので最後まで言い切れずにいた。
突然声を掛けられ、二人は驚いて私に振り向いた。
「私、聞いた事があります。双子山に湧き出る噴水の伝説を」
- 8 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時04分14秒
結局、私たちは三人で行くことになった。
路地に出てタクシーを止めると、辻さんと加護さんは後ろの座席へ、私は前の助手席に乗り込んだ。
双子山へ向かう道すがら、私は以前あの人から聞いた双子山にまつわる話を思い出していた。
満月の夜の僅かな間だけ、双子山の頂上にある岩から光が噴水のように湧き上がることがあって、その光は強い想いを力に変える性質を持つのだと。
あの人が語った『たまゆら』の伝説。
その話を聞いた翌日に、あの人は消えた。
その日はとても美しい満月の夜だった。
そして、今夜が満月の夜である。
私は、タクシーの移動中に双子山の伝説について語った。
- 9 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時05分50秒
二時間ほどしてようやくタクシーは目的地に到着した。
運転手は左眼にサングラスのようなスカウターを取り付けると私の方を向いて左耳に在るスイッチを操作した。
「えっと、あなたは……28ポヨンですね。無料で結構です」
私は無料という言葉を聞いてほっと胸をなでおろした。
なぜ私が無料でよいのか、それは、この国の特殊なシステムが大きく関係していた。
我が日本国はおっぱい至上国家であり、ほとんどの公共施設、及び機関がポヨンポイントにより割引されるのである。
全ての女性市民はポヨンポイントで優劣がなされ、高ポヨン保持者は羨望と憧れの的となった。
ポヨンポイントは張り、柔軟、形状、体脂肪対比率により割り出さる。
女性の平均ポヨンは14.7ポヨンであり、30ポヨン以上あるとほとんどの機関を無料で利用する事ができるのだ。
ちなみに男性の単位はピクンである。
- 10 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時07分17秒
- 運転手は満足そうに頷き、後ろの座席の加護さんの方を向くと、スイッチを入れてポヨンポイントの計測を始めた。
「あなたは……すごい、31ポヨンじゃないですか。商売上がったりですよ」
そう言うと、嬉しそうに笑いながら辻さんの方を向いた。
「ええとあなたは……8ポヨンですか。若干割り引きまして、2万と480円頂きます」
運転手は何故だか残念そうな顔をする。
二人と高ポイントが続いたので辻さんにも期待していたのかもしれない。
辻さんは、納得できないのか運転手を強く睨みつけた。
「なんでののだけ払わないといけないの!」
「仕方ありませんよ、なにせ8ポヨンですし」
運転手に「なにせ」を強調して言われ、辻さんはますます険しい顔をする。
「冗談らないよ! のんは絶対払わないからね!」
「そんな! 困ります、払ってください」
辻さんはよほど頭にきたのかそっぽを向いて聞く耳をもとうとしない。
運転手も困った顔をしてどうしたものかとあたふたしていた。
- 11 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時08分24秒
- 「あんたもどうせ5ピクンとかのくせに、生意気だよ」
「失礼な、私はこれでも15.4ピクンで平均よりも上ですよ」
「なに? それ自慢? ののが8ポヨンしかないからバカにしてるの?」
辻さんは目に涙を溜めて必死に抗議していた。
この不毛な言い争いは徐々にエスカレートしてゆき、終わる気配を一向に見せない。
私は仕方なく財布の口を開けた。
日ごろの節制とポヨンポイントのおかげでお金もそれなりに持っている。
財布の中に十分な金額があることを確認すると、私は運転手に声をかけた。
「あの、私が払います」
そして、お金を払うとタクシーから降りた。
辻さんは憮然とした態度をとっており、今だ納得がいっていないようだ。
私は辻さんが胸にこだわる理由が少しだけ分かった気がした。
- 12 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時10分29秒
車では乗り入れない道を通り、私たちは双子山の麓までようやく辿り着いた。
目の前にはお椀状の巨大な山がふたつ並んで聳え立っていた。
こうして目の当たりにすると、なぜ双子山と呼ばれるのか良く分かる。
その壮大なふたつの山の持つ重圧が、ただ見上げる事しか出来ない私たちに重く圧し掛かる。
白い剥き出しの大地は、日の光を反射して眩しいほどの輝きを放っていた。
その頂上は厚い雲に阻まれて、見ることが出来なかった。
「どっちの山なの?」
辻さんが私に話し掛ける。
私は始め、何の事かわからなかったけれど、すぐに噴水が湧き出るのはとちらの山なのかを聞いている事に気がついた。
「辻さんが夢で見たのはどちらの山ですか?」
「うーん。右、だったかなぁ」
そう言うと左の山を指差した。
私たちは互いに頷くと、左の山を目指して歩き出した。
- 13 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時12分28秒
- 山を登るに連れて、私はこの山が他の山とは違う事に気がついた。
山頂に近づくにつれ、水蒸気のような白い靄が僅かであるが地面から立ち昇るようになった。
私はその靄に触れようと手を伸ばす。
しかし、まったく触れた、という感触を得ることが出来なかった。
「この白い靄みたいなのは何でしょう?」
私がそう言うと二人は不思議そうに私を見た。
「何言ってるの?」
「靄なんてどこにもないよ」
二人は周囲を確認するように見渡ながら私に言った。
まるで、私たちの周囲に漂うこの白い靄が見えていないような素振りだ。
私が必死に説明しても煩わしそうにするだけで、次第にまともに相手をしなくなった。
「こんちゃん変だよ」
そう言うと、二人は再び山道を歩き出した。
もう一つおかしな点は、山というよりも私に起こった。
この山を登り始めてから不思議な高揚感と慰藉の念を感じる様になった。
時々頭が真っ白になったり思考が支離滅裂になる。
投げ出された思考を取り戻そうとすると、不思議とあの人が現れる。
あの人の事ばかり思い出される。
日に焼けた健康的な肌をした優しい瞳の人のことを。
- 14 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時14分47秒
あの人はとても神秘的で、博識で、美しい人だった。
そして、不思議な力を持っていた。
数年前、寒いギャグを飛ばして雨で決壊したダムの水を凍らせたのは、誰もが知っている有名な話である。
あの人は、その不思議な力を『たまゆら』と呼んだ。
「『たまゆら』って何の事ですか?」
私の質問に、あの人は驚いた顔をする。
そうして、困ったように眉を寄せて考え始めた。
「うーん。難しい質問だなぁ。ねぇ、あさ美ちゃん。人は死んだらどうなるのかな?」
「え? ……消えてなくなるんだと思います」
「どうしてそう思うの?」
「だって、常識じゃないですか」
「うん、その常識の外側にあるのが『たまゆら』なの」
私は何の事だか分からなくてとても困った顔をしていたんだと思う。
あの人は話を続けた。
「わからない? 『たまゆら』は名前であり場所であり意味であり存在でもあるの」
「つまり、世界って事ですか?」
「それとは別だよ、世界を構成するものは別に存在するの」
「……分かりません」
「いつかきっと分かるよ。紺野なら」
そう言うと、優しく微笑んで私の髪を撫でた。
そしてあの人は突然居なくなった。
私に何も告げずに。
- 15 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時17分02秒
太陽は完全に沈み、登り始めて最初の夜が訪れた。
辺りは夜の闇に閉ざされた筈なのに、夜空を埋め尽くす星々と白い靄の光で、世界は幻想的な輝きを放っていた。
私は、夢の中にいるような感覚に囚われた。
「あさ美ちゃん」
遠い世界で、私を呼ぶ声がする。
「あさ美ちゃん!」
「はい、何でしょうか」
辻さんに間近で覗き込まれ、唐突に、私は現実に引き戻された。
「もう、どうしたの? さっきから呼んでたのに」
どうやら私はしばらくの間漫然としていたようで、加護さんと随分離れていた。
辻さんは心配して様子を身に来てくれたようである。
「すみません、考え事をしていました」
私がそう言うと、辻さんは少し怒った顔で私を見つめる。
「早く行こう。急がないと夜が明けちゃうよ」
そう言うや否や小さな白い手で私の手を掴むと歩き出した。
「あの、ごめんなさい」
私は、辻さんの小さな背中に小声で謝った。
ふと、私は夜空を見上げた。
視界は光の靄で閉ざされているのに、どういうわけか頭上は開けていた。
夜空には星々が煌いており、今にも降ってきそうで恐ろしくなる。
辻さんと初めて会った夜も、今みたいに夜空いっぱいの星が瞬いていた。
- 16 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時19分04秒
私はあの人を探す為に世界中を旅していた。
そして、二年が過ぎたあの日、私は駅のホームで夜空を眺めていた。
朝から降っていた雪は夜には止み、世界は真っ白に覆われていた。
私は寒さを少しでも和らげようと、風のあたらないホームの屋根下で蹲り、ただ空を眺めていた。
夜空に瞬く星々は今にも落ちてきそうで、心に突き刺さって痛かった。
私は生きる意味を見失っていた。
あの人がもうこの世界には居ない事を認めてしまっていた。
このまま死んでしまっても構わなかった。
朝、ここを通る人が気持ち悪がるかもしれない。
この駅の駅員は私を迷惑がるだろう。
だけど、たとえそれが嫌悪感であっても誰かに思われるならそれは幸せな事かもしれない。
私はそう思うようになっていた。
突然、見上げる空が黒い幕で覆われた。
雪が降っているわけでもないのに傘をさした少女がそこにいた。
彼女はにっこり微笑むと、白い小さな手を私に差し出した。
その小さいけれど暖かい手に触れた時、全身に震えが走り、涙が溢れた。
私は真っ暗だった絶望の淵からその少女に救い上げられた。
その少女が辻さんだった。
- 17 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時20分18秒
- 私は辻さんと一緒に暮らすようになった。
幸せだった。
辻さんが悲しそうにしていれば、私も悲しかった。
辻さんが楽しそうに微笑んでいれば、私は最高に嬉しかった。
辻さんが居れば何もいらない。
そんな時に現れたのが加護さんだった。
加護さんは、私から辻さんをあっという間に奪っていった。
私は誰かに依存していなければ生きていけない。
辻さんは自尊心の強い人だ。
欲しいものを一度手すると、けっして手放そうとしない。
いつも誰かの愛を求めている。
そして、言葉や態度で愛されている事を確認してくる。
不快な事も、嬉しい事も全て態度であらわす。
加護さん、あなたはずるい。
あなたは一人でも生きていける。
だけど私は辻さんがいなければ生きていけない。
私には辻さんが必要だ。
必要なのに。
加護さんを手に入れた日から、私は必要ではなくなった。
- 18 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時22分01秒
双子山を登り始めてどのぐらい経ったのだろう。
頭上で輝く満月が、私たちを頂上へと導く光の道を作り上げる。
夜の闇に包まれた世界は、それでも月明かりと霧雨のように流れる光の粒子によって明るく照らし出されていた。
「見て! 頂上が見えるよ!」
辻さんが叫んだ。
唐突に山道の終わりが見えた。
その先には確かに赤く丸い岩が聳え立っている。
私たちは疲れも忘れてただ山頂を目指した。
私たちを包んでいた白い靄が唐突に晴れてゆく。
そして、私たちは拍子抜けするほどあっさりと山頂にたどり着いた。
頂上は丸く円形に盛り上がっており、その中央に丸い、私の身長ほどある赤い岩がそそり立っていた。
私は岩に近づくとそっと触れた。
「この岩、赤いですね」
私がそう言うと、辻さんは不思議そうに私を覗き込む。
「何言ってるの? 普通の岩じゃん」
「え? 辻さんには赤く見えないんですか?」
さっきも感じた、同じ感覚。
「……あさ美ちゃん、目ぇ大丈夫? それよりも水! 超神水を探して!」
そう言うと、辻さんはあたりをくまなく探し始めた。
私たちも一緒になって探した。
だけど探す場所などそうあるわけでもなく、すぐに探す場所がなくなった。
- 19 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時23分50秒
- 辻さんは、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「無い、無いよぉ。なんでぇ?」
「きっと、反対側の山だったんだ。きっとそうだよ! あっちにあったんだ!」
加護さんが、微かに見える反対側の山を指差して叫んだ。
「こっ、こんちゃんのせいだよ。そう、こんちゃんが悪いんだ。こんちゃんがこっちに登るように言ったようなもんだもん」
加護さんにそう言われ、辻さんは悲しそうに私を見る。
「……そんな……」
私は泣きたくなった。
「いいよ、そんなの。それよりもあっちに渡んなきゃ。もうすぐ夜が明けちゃう」
そう言うと、遠くに見える反対側の山頂をじっと見つめる。
「そうだ、虹だ! 虹の橋を掛ければ反対側までいけるよ」
辻さんは、弾かれたように立ち上がった。
「そんなの無理です、虹に触れる事は出来ませんし。第一虹は空中の水滴粒子にあたった光が屈折することによって生じる現象の事で、太陽が出ていない夜中だとまず出ませんよ」
「ののが嘘ついてるっていうの? のの知ってるんだからね! レゲエの格好した7人の女の人がでっかいでっかい虹の掛け橋がーって歌っているの。虹の橋はできるんだよ!」
辻さん、それは歌です。
- 20 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時25分39秒
- その時、それまで私達のやり取りを見ていた加護さんが言った。
「分かったあたしに任せて! 虹を作るには雨を降らせばいいんだ。今からあたしが雨を降らせるから」
「さすがあいぼん! 頼りになるねぇ」
加護さんは私に得意そうに視線を送った。
そして、両手を突き上げて念じ始めた。
「ふれぇ! 雨よふれぇぇ!!」
加護さんは腕を上げた姿勢のまま一度しゃがみ勢い良く体を伸ばす。
その作業を数回繰り返していた。
「あいぼん、がんばれぇ!」
辻さんはその様を必死に応援し、一緒になって屈伸運動を繰り返していた。
岩を中心に、屈んでは体を伸ばす運動を繰り返しながらぐるぐると回っていた。
私は、その様子を茫然と眺めていた。
雨は降らなかった。
満月は頭上で輝き、私達を照らしていた。
気のせいか、満月の光はより強く中央の岩へと注がれているように感じだ。
- 21 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時27分42秒
突然大地が振動した。
立っているのがやっと激しい揺れだ。
その事に辻さんも加護さんもまったく気が付いていないようで、変わらず岩の周りをぐるぐると回っていた。
この、確かに感じる大地の揺れは、私しか感じていないようだ。
また同じ、私だけが違う場所にいるような疎外された感覚。
そして、それはいきなり起こった。
赤い岩を中心に、光が凄まじい勢いで噴水のように吹き上がったのだ。
光はその勢いを増し続け、空一杯に広がり始める。
夜空を埋め尽くし月さえも霞む程の光の粒子は、ゆっくりと大地に降り注いだ。
私は呆然と空を見上げていた。
光の噴水はその激しさを増し、やがて、私たちを飲み込んだ。
激しい光の本流は私の体内を何百、何千と巡り、いとも簡単に埋め尽くす。
なんという気高さ! なんという無垢! なんという輝き!
あらゆる物質が浄化され透過され生まれ変わる。
私はすべてを理解した。
『たまゆら』とは意味であり、場所であり、存在であり、私だ。
- 22 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時28分58秒
私は涙が止まらなかった。
「あさ美ちゃん。どうして泣いてるの?」
辻さんが心配そうに私を覗き込む。
私は何もいえなかった。
この輝きは私にしか見えていない。
だから、今は何もいえない。
でもね、辻さんだったらもうすぐ見えるようになるよ。
とても純粋で、優しいあなたなら。
加護さんはもう少し後かな。
光は私を埋め尽くす。
私は光と同化する。
全てを理解した今なら、あの人の言った事がすべて理解できる。
あの人は私を待ってくれているのだろうか。
きっと待ってくれている。
だって、私はこんなにもあなたに会いたいもの。
そして辻さん。
あなたの事を絶対に忘れない。
さようなら、私はもうすぐ消えてしまう。
さようなら、愛していました。
辻さん、私を見つけてくれてありがとう。
辻さんは、私のすべてでした。
最後にあなたの望みがかないますよう。
- 23 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時30分35秒
大気がゆれた。
その瞬間、星が流れた。
次から次へと星は流れ、また新しい星が誕生する。
全ての星はただ一箇所へと、岩の根元へ流れ落ちる。
幾千幾万のも光の束は、集束してより鮮明な色彩を生み出す。
それは反対側の山の頂上付近でも起こり、互いに惹かれあうように延びていった。
星の輝きが作り出すその二つの虹は、やがて繋がると一本の虹となった。
ふたつの山を繋ぐ本当の奇跡。
二人は色鮮やかに輝く虹の橋をただ呆然と眺めていた。
「虹だ」
そう言うと、弾かれたように加護に視線を向けた。
「あいぼん、虹だよ! 虹!」
そして、隣でぽかんと口を開け、放心して虹を眺める加護の肩を掴むと激しく揺さぶった。
加護は辻に揺すられ首を上下に揺らしていた。
「ねぇ、あさ美ちゃんも見て! 虹が……」
辻はあたりを見渡した。
夜空には満月が浮かび、白い大地を明るく照らしていた。
世界は何処までも広く、美しく、光に満ちていた。
紺野はどこにもいなかった。
辻は、不安そうに周囲に目配りすると、もう一度名前を呼んだ。
「あさ美ちゃん?」
- 24 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時31分26秒
1987年5月7日 北海道札幌市で紺野あさ美はこの世に生を受けた。
それから41日後、辻家に待望の次女が誕生する事となる。
- 25 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時32分04秒
- 川o・∀・)ノ[おわり]
- 26 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時32分40秒
- 川o・o・)
- 27 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時33分11秒
- 川o・O・)
- 28 名前:30 たまゆら 投稿日:2002年12月07日(土)17時33分46秒
- 川o・θ・)
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