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魔弾の標的

1 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時10分08秒
この世の終わりが近いことは明白だった。
崩れた建物から一歩外に出てみると、そこいらに散らばる腐乱臭。
誰かしら片付けろよ、なんて筋違いな考えも浮かばないほど、脳神経も視神経も慣れきっていた。
そして、疲れきっていた。

「なっち」

呼ばれて振りかえる。
カオリが、大きな瞳でこちらを見ていた。

「なに?カオリ」
「取りに行こう」

大分荒れが目立ってきた右手で、クイと私の頭のわずか上を指す。
もうそんな時間か、と私は時計に目を落とした。
年季が入っている。
革のベルトはいつその仕事を終えてもおかしくないくらいだ。
ただ、もうどれくらい前からそう思っているか、思い出すのも煩わしい。

「行こうか、残ってるかわかんないけど」

カオリが小さく首を縦に振る。
喋ることすらもったいない。

こんな世界に誰がした。
2 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時11分59秒
ねぐらにしている建物から外に出ると、一瞬のうちに身体が薄い汗の膜に覆われる。
上を見上げると、思わず手を翳してしまう強い光。
太陽がいっぱい、そんな錯覚に陥る。
じゃりじゃりと音を立てる小石まで熱くなっている。

「一周年だってさ、ラジオで笑ってやがった」

隣を歩くカオリが吐き捨てるように言った。
もう一年も経つのかと思った。
突然の発生、そして襲撃から。
3 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時12分36秒
「よく頑張ったよねウチラ」

私の周りで呼吸をしている人物はカオリしかいない。
昔からの仲間は皆、腐ってしまった。
いまだ生命の恩恵を受けているのは、身体に肉をたらふく溜め込み、血でない血が流れる「白」と、
共食いの末生き残った「黒」の強者一部のみ。
「黄」には、集団を形成するほどの人数さえも残されていなかった。

「もうちょっと頑張るぞオイ」

さっきの私の言葉を受けて、カオリが励ますように私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
一年前には絹よりも柔らかいと感じたその手は、いつのまにか腐った小枝のように節くれ立っている。
その事実が悲しくて、鼻の奥がつんとした。

「もちっしょ」

悟られないように、無理やりに顔を上げて視線を合わせる。
目が合うと、どちらの顔にも自然と笑みがこぼれた。
そう、まだ笑える。
笑えるんだから、大丈夫だ。
自分自身にはっぱをかけた。
足もとに転がっている現実から、なるべく目を逸らしたかった。
4 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時14分19秒
「屋」に着いてすぐ、私は不穏な空気を感じ取った。
いつもと何か違う。
カオリも気付いたらしく、だらりと垂れていた私の手を引き上げはっしと握る。
二人の間に緊張が橋を渡したまま、いつも通りに奥に向かって呼びかけた。

「矢口ー、いるー?」
「矢口ー」

いつもはVターンで返ってくるはずの返事が返って来ない。
心配が一層募る。
まさか矢口が。
そう思うことは、決して不自然なことではなかった。

「明日は我が身だよ、油断するなよ」

矢口の口癖だ。
ボサボサになってしまった明るい金髪を揺らしながらそう言う矢口の顔が浮かんでこなくて、
また、鼻の奥がつんとした。

「どうするなっち?」

私の思いが橋を渡ってカオリの方へ行ってしまったらしい。
最悪の事態を予測しながら、カオリは最善の手を尽くそうとしているのが、橋を渡ってきてわかった。
その思いに、「諦めるな」という荷物まで背負わせて。
5 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時15分10秒
「とりあえず、中に…」

選択肢など見つからなかった。
とにかく、中に入るしかない。
そう思って、一歩目を踏み出そうとした瞬間。

「待ってください」

心臓が跳ね上がるかと思った。
声のしたほうを振り返ると、私の太ももくらいまでしか背のない人間が立っていた。
「黒」であることが一目で分かった。

「そこの「黄」なら、私が殺しました。
 今頃、奥で面の皮が変色しだしたころでしょう」

一見すると修道女のような、黒のローブのようなものに身を包んだその「黒」は、
ビックリするほど高い声に似つかわしくない重い口調で、それでもさらりと言ってのけた。
6 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時16分05秒
「殺した…?」
「仕方がなかったのです。
 その「黄」が、われわれ「黒」の弱輩どもをかくまっていたのですから。
 それもご丁寧に食料まで抱え込んでね」

「黒」は時折視線を散らせながら、私達の様子を窺っている。
私達はこの「黒」の言う事をにわかに信じることは出来なかったが、
けれど筋は通っていた。
弱肉強食が掟の「黒」にとって、力のないものは力のあるものからすればただの餌でしかない。
彼女らもまた、必死なのだ。

「ご心配なく。
 「黄」の食料には手をつけていませんよ」
「つけていませんよ、じゃなくて、つけられませんよ、でしょ」

カオリが売り言葉に買い言葉で言い返すと、「黒」は困ったように微笑を浮かべ、
失礼、と頭を下げた。

「お互い大変ですな、こうもいいように「白」に遊ばれていると、
 いつの間にか腹立たしささえ忘れてしまいますよ」

余裕そうな笑みを浮かべながら、そういい残して、「黒」は去っていった。
7 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時16分40秒
「白」の上層部が持ち前の財力と技術力を駆使して、
「他民族狩り」を始めたのが、さっきカオリが言ったとおり、一年前の事。
「白」ほどの財力も技術力も持たない「黒」と「黄」の民族を殲滅し、
うるさい規約のしがらみを取っ払おうという魂胆は全身が見えていたけれど、
それに「黒」や「黄」が反抗する事は事実上不可能だった。

そして、それは奴らにとってはゲームに過ぎなかった。
下民を、マスターとなって支配する。
たまに水や食料を落とし、生き延びる様を見守る。

「生き残ってみな。
 アタシ達は強い人間は大好きなんだよ」

そんなメッセージと共に、突然打ち込まれた二発の魔弾。
あれで世界が狂った。
8 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時17分37秒
「黒」の言っていたとおり、水も食料も手が付いていなかった。
そして、うつ伏せになった矢口だったもの。
ただもう、今更そんなものを見て吐き気を催す事はない。
悲しむ事もない。
町には、石ころのようにそこいらに散らばっているのだから。

「どれくらい持ってく?」

カオリが手際よく準備をしている。
私も追うように水に近づき、残っている量と、生き残っている可能性のある人間の数を軽く計算した。

「こんだけ、残ってると思う?」

私はカオリに右手のひらを見せた。
それはつまり、片手の指に相当する人数が生き残っているかと言うこと。

「多分…」

途中で言葉を切って、カオリは首を振った。
私も同じ考えだった。

「じゃあ、とりあえず半分」
「わかった」

手分けして荷物を持ち、「屋」を出る。
相変わらず日差しが強い。
9 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時19分44秒
天上人、地底人。
御伽噺の世界だと思っていた。
けれど実際、天上人が私達を苦しめ、地底人が私達と共に苦しめられている。
ただの人間なんてとても弱い生き物だと、改めて思う。

「われらは神が作りし聖の人種。
 片手間で作ったおもちゃがのさばる時代は終わったのだよ」

突然現れた一人の天上人はこう言った。
おもちゃなんてモノよりもっとひどい。
いっそのことポイと捨ててくれれば楽にもなるのに。
「白」「黒」「黄」の呼び名も奴らの命令だった。

「私達などモルモットのようなものですね。
 ひっそりと暮していたのを突然引き上げられ、遊ばれ遊ばれ死んでいくんですから」

地底人の一人はこう言った。

そう、私達は遊ばれている。
そして、抵抗する術を持たない。
10 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時20分44秒
「なっち」

「屋」をでてしばらく歩くと、突然カオリが声をかけてきた。
振り返ると、手にしていた水を地面において立ち尽くしている。

「なにしてんのさ?」
「荷物、置いて」

迫力のある声に押され、私は理由も分からないまま食料を地面に置いた。
カオリの瞳には力がある。
不思議に感じて、何事か、と訊ねようとした瞬間、

「なっち…」
「ん…」

身体を引かれ、カオリの唇が私の唇に降りてきた。
まるで奴らのように突然に、でも比べ物にならないほどやさしく。

乾いた風が二人の間を通り抜ける。
揺れた髪が触れ合う感覚は久しぶりだった。
お互いの肩書きを「恋人」から「仲間」に引き下げてからどれくらい立ったろう。
久しぶりのキスだった。
11 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時21分21秒
「カオ…」

呼び名が変わる。
二人が恋人だったころの呼び名。
人生はこんなにも幸せなのかと不安さえ覚えていたころの呼び名。
擦り切れるほど囁いたその名。
背中に回した腕に力を込める。
このまま一生離れなくていい、いや離れないでと願う。

「なっち」
「カオ」
「なっち、なっち」
「カオ、カオ」
「なっち、なっち、なっち…」
「カオ、カオ、カオ…」

声の末が潤ってくる。
足先から力が逃げ出していく。
溶け出したコンクリがべたつく。

幸せは逃げていった。
綺麗に洗い流された。
足もとに転がる生ゴミが人間に戻ることがないように、流れた幸せが戻ってくることはない。
12 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時22分06秒
一発目の魔弾には水が含まれていた。
世に名を轟かす滝と言う滝を全て集めてきたかのような、大量と言う言葉でも足りないくらいの水、水、水。
水が底をついた時、大地は天上人が目指した穢れなき土地へと確実に変わっていた。

二発目の魔弾には何も含まれていなかった。
流れ去ってしまった木々を復活させるための種も、またそれを成長させるための肥料も、水も。
天からは太陽が、雲ひとつない空に気持ちよさそうに顔を覗かせている。

大地は干からびた。
空からは一億どころか、一滴の水さえ落ちてこない。
もう、空から水が落ちてくるという現象さえ忘れてしまうほどに。
13 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時22分46秒
「あがくよ」

カオリが、胸に顔をうずめている私に囁いた。
力強い響き。
それはまた、二人が「仲間」に戻ったことを表していた。
夢を見ている時間は無い。
一刻も早く、夢を見る余裕のあるところまでたどり着かなくてはならない。

「おうよ」

私は顔を上げ、カオリと視線を合わせる。
視線が合うと、また笑うことが出来た。
ただカオリの、そして私の目元には、水の流れた筋が出来ていたけれど。

「生まれた時も、生きてる間も、死ぬ時さえも一緒さね」

カオリが言う。
私は頷く。
14 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時23分22秒
これは戦いだ。
状況は限りなく不利だけれど、私達は戦う。
人間の誇りだとか、尊厳だとか、大層な事は言わない。
私達は、私達二人だけのために戦う。
15 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時23分37秒
16 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時24分06秒
17 名前:28 魔弾の標的 投稿日:2002年12月06日(金)16時24分32秒

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