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また逢えたね
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月05日(木)18時04分09秒
- 「石川。窓の外見て何やってんの?」
聞き慣れた声に振り向くと、やっぱりよっすぃーだった。
「雨っていいね。」
わたしは視線を再び窓の外の校庭の雑木林を鼠色に染めて降り続く梅雨の空に戻した。
「はぁ?毎日、雨ばっかり降ってウザいだけじゃん。」
よっすぃーは半分呆れた声で
「石川ってホントに夢ばっかり見ている夢野夢子ちゃんなんだなぁ。まあ、それがあんたの良い所でもあるけどさぁ。帰りにいつものマック行こうぜ。」
とだけ言い残して向こうの友達の方へと行ってしまった。
わたしは何故か小さい頃から雨が空から降ってくるのを見るだけで幸福な気持ちになれるのだ。それが台風であっても、冬の骨まで凍らせる様なみぞれ混じりの雨であってもだ。
- 2 名前:また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時10分03秒
- わたしとよっすぃーは、わたしがこの高校に入学してからの付き合いだ。だから、まだ3ヶ月足らずの付き合いということになる。でも、よっすぃーを一目見たときから、わたしはこの人をずっと前から知っていたという事を確信した。よっすぃーにそのことを言うと、
「前にどっかで会ったっけ?吉澤は幼稚園、小学校とずっと埼玉育ちなんだけどなぁ。石川は神奈川だろ。接点無いよなぁ。」
と真面目なんだか、とぼけているのか、妙にはぐらかされたしまったけれども、正直に初対面の時の感情を言うと「前世からの知り合い」という気がしたのだ。
ソウルメイト。魂の恋人。
駅前のマックは近所の学生の込み合っていた。しかも雨続きで店の床がけっこう濡れていて、湿気が体の回りにまとわりついてくるという感覚がいつもする。
雨は好きなわたしだが、湿気が体を包んでいるという感覚は神経をすごく苛つかせる。
「あ〜あ。太陽の光が恋しいぜ。夏が早く来ないかな。」
やっと見つけた店の二階のボックス席によっすぃーは手荒く鞄を投げ出すとどかっと腰を下ろした。足なんて大股開きで、スカートが腿までまくれ上がっている。
「よっすぃー。だらしないよ。」
- 3 名前:また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時13分37秒
- 「いちいち五月蠅いなぁ。吉澤は、石川や紺野みたいにお嬢様育ちじゃないからな。自分でもひょっとしたら男じゃないかと思うことがあるんだよな。きっと前世は男だな。」
「お待たせしました。」
噂をすれば紺野が、みんなの注文品を乗せたトレーをテーブルの上に置いてよっすぃーの前に座った。
「吉澤さん。紺野は別にお嬢様じゃないですよ。こう見えても空手茶帯なんです。今度、型を見せましょうか。」
紺野は独特の、のんびりした口調で吉澤に反論して、早速もうフライドポテトを口に運び始めた。
「やっぱり紺野は大物だよ。育ち良さそうだよな。」
紺野は付属中学校の3年だが、何故か、わたしら2人に妙になついて学校の帰りなんかこうして付いてくる。
「吉澤もなぁ。脱げばすごいんだけどな。ボン・キュ・ボンだぜ。そう言えばもうすぐ体育でプールが始まるよな。その時にセクスィーなボディー見せてやるよ。」
よっすぃーは妙なポーズを取ってセクシーさを強調したが、わたしはそのポーズを笑うというよりプールという単語を聞いて落ち込む気分の方が強かった。
(あ〜あ。またプールの季節が来ちゃったな。)
- 4 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時17分39秒
- 何が嫌いといってもプールほど嫌いな物はない。今の自分の顔にはきっと縦の線がいくつも入った暗い顔をしているだろう。
そんなわたしの様子に気付いてよっすぃーは
「なんだよ。石川、急に暗くなちゃってさぁ。もしかして金槌?まあ、深刻になるなよ。世の中泳げない奴は一杯いるからさ。ポジティブ。ポジティブ。」
とわたしの気持ちも分からずに暢気に笑い話に変えたが、運動音痴だから泳げない訳じゃない。もっと精神的な問題なのだ。
でも、それを話しても決して誰も分かってくれないので、もう説明することは諦めている。小学校、中学校とプールの時間は何か理由を付けて欠席してきた。
プール開きの日は悲しいほどお天気だった。初夏の日差しがプールの水の表面に斑紋を作って輝いている。クラスメートも真新しい水着ではしゃいでいた。そんな風景を見るとプールに恐怖心を抱いている自分が何か情けなくなってくる。わたしだけ体育着でクラスメートから少し離れてプールサイドの端っこに立っていた。
- 5 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時18分53秒
- 体育の保田先生はオリンピック候補にも、昔なったという噂のある水泳のエキスパートで、先輩からの言い伝えによると、プールの季節になると妙に張り切って、金槌の生徒にも無理矢理に水泳指導して何とか泳げるようにしてしまう、ある意味すごい熱血教師らしい。
体育委員に準備体操を任せると、保田先生はわたしの方に歩いてきて単刀直入に突っ込んできた。
「石川さんは水が怖いということを小耳に挟んだのだけど、まずそこから直していかないといけないわね。」
あちゃあ、中学の内申書とか、そういう類の資料にでも書いてあったのかな。バレバレだな。
「今日のところは水着になって泳ぐということは免除するけど、まず洗面器に水を張って顔を漬ける練習をしましょう。」
「あのう、駄目なんです。わたしは体が水に囲まれているという状況になるとものすごく不安になるんです。」
こんなこと言っても絶対に他人には分かってもらえないだろうと思いながらも言わずにはいられなかったが、保田先生にはやはり単なる水恐怖症として受け取られたようだった。
「慣れです。」の一言で、わたしはプールサイドの片隅で独り洗面器に顔を漬けて水に慣れる練習をすることになった。
- 6 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時21分51秒
- まあ適当にやっている振りをやっていればいいやと思っていたが、どうも保田先生の指導魂に火を付けたらしい。先生は結構干渉してきた。
「石川さん。もっと息を止めて顔をぐっと水の中に入れなさい。水の中で目を開けるようになるともっといいわね。」
(はいはい。ぐっとね。)
顔だけだったらなんとかなるだろうと思い、両手に抱えていた洗面器の中の水に思い切って顔を入れたその瞬間、恐怖・苦しみ・悲しみ・諦め・・・色々な感情の混じった不思議な感情がわたしを急激に襲ってきた。
パニック。
(よっすぃー助けて。)
それが最後の記憶。意識が遠くなっていく。白い世界へと沈んでいった。
次に目を開いた時に目に入ったのは、よっすぃーの心配そうな顔だった。
「大丈夫?」目でよっすぃーが語りかけてきた。
気分も別に悪くない。ちょっと昼寝していたかのような感覚だ。
わたしは保健室のベットの上に、上半身を起きあがらせた。
「びっくりしたよ。いきなり気絶しちゃうんだもの。授業は中断。保田先生なんてすごくパニックてたよ。石川ってホントにプール嫌いなんだね。」
- 7 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時24分12秒
- 「違うの。プールが嫌いというより、体の周りに水が包んでいるという状況になると、どうしても不安になるの。わたしって、ずっとバスタブに入るって形でお風呂に入ったことないし。赤ん坊の頃から無理に入れようとすると火がついたように泣くんだって。親が言ってた。だから生まれて時からずっと、ほとんどシャワーで済ましているの。不思議なことにシャワーなら大丈夫なんだよね。でもお風呂は駄目。温泉とかも行ったことないし。」
「・・・ちいさい頃に溺れたとか?」
「生まれた時からそうなの。わたしって前世は、きっと水難で死んだと思うよ。記憶にないくらい昔から水に包まれているという事が、理屈じゃなく怖いんだよね。」
その日の放課後は、授業中の事故ということで色々と事情をきかれたりしたが結局の所は体調不良ということに落ち着いた。わたしにとっても、そのほうが都合が良かった。水が理屈も無く怖いということを言葉で説明することは、今までの経験からすると不可能に近いということは身にしみて分かっていたからだ。やっと事情聴取から解放されて進路相談室(ここで事情聴取された)から出てくると紺野とよっすぃーが待っていてくれていた。
- 8 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時28分03秒
- 3人でまたお決まりの駅前のマックでお茶する流れとなる。
そこで、よっすぃーにはすでに話したことだが自分が小さい頃から水が理由もなく怖かったという話を改めて紺野にもした。
紺野はその話を聞いて、しばらく思案顔で何か考えていたみたいだが、言葉を選ぶようにして
「石川さん。あの、ヒプノセラピーという言葉を知ってますか?」
と訊いてきた。
「ヒプノセラピー?知らないなぁ。」
「日本語で言うと前世療法・・・ってことになるのかな。石川さんの話の中で前世は水難で死んだっていうのがありましたよね。信じる信じないは別として、わたしの親戚のお姉さんが前世の体験をを引き出すことが出来るんですよ。もともと視えちゃう人で、しかも今は医学部に通って精神医学も専門に勉強している人なんです。もし良かったら紹介しますけど。」
わたしは紺野の言っていることが今一つ理解できなかった。どうやって前世を引き出すというのか。
「退行睡眠術です。子供から赤ちゃんへ段々と年齢を退行していくうちに赤ちゃんを通り越して前世の記憶が引き出されて、と言うよりも思い出されてくるんです。」
紺野は言葉を継いだ。
- 9 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時30分27秒
- 「もしもですね、石川さんが自分の理由のない水への恐怖が前世の記憶に基づく物であると信じているなら、受けてみる価値はあると思うんです。意味のない恐怖心が、少なくとも理由のある恐怖心へとなるかも知れないし。」
「それってちょっと怖くない?」
「う〜ん。お姉さんは別に怖い人じゃないですけど。お金も別に要らないし、趣味でやってるから。」
前世を知ることは怖くないかという意味の質問だったのだが、紺野のとぼけた答えで受けてみてもいいかなという気になった。
紺野はすぐに携帯でお姉さんに連絡を付けて、急な話だがその週末にお姉さんに会うことになった。よっすぃーにも一緒についてきてもらう約束をした。
「この人が親戚のお姉さん。飯田圭織さんです。」
紺野に紹介されたお姉さんの第一印象は、どこかこの世の中から浮いているような印象を受けた。目がもの凄く大きくモデル並みのプロポーションと美貌をしている。しかも医学生ということは頭もいいということだろう。眼鏡をかけているが、それも理知的な印象を強めていた。
- 10 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時32分28秒
- 「よろしく。あさ美からだいたいの話は聞いてるよ。まあ、気楽にしててよ。怖い事なんて何もないからさぁ。早速、始めようか。」
結構親しみやすい声だ。なんか安心。
「ゆっくりと息をはいて、リラックスして。」
圭織さんがヒプノセラピーに使っているという部屋に通されてわたしは、まるで歯医者さんの診察台のような全身を沈められる大きなソファーに寝るように言われた。部屋の中はソファーしか置かれていなく、天井のサンルーフから日差しがふんだんに差し込み、部屋全体に白い印象を与えていた。
「息を吸って。吐いて。吸って。」
圭織さんの声に合わせて規則的に呼吸を繰り返していると、段々催眠状態になっていく。覚醒状態と睡眠状態の狭間のもやのかかったような浮遊状態の中にいた。
「年齢を遡っていきます。いま、あなたは10歳です。何が見えますか?」
「みんなと鬼ごっこしてるよ。学校の休み時間。」
「うん。もっと遡ります。いまは5歳。どうですか。」
「あのね、りかちゃんね、リカちゃん人形のおうちでね、遊んでるの。」
「いまは0歳。」
- 11 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時34分33秒
- わたしはまるで母親の胎内にいる赤ん坊のようにソファーの上で丸まっていった。
「どんどん、過去へ遡っていきます。何か見えてきましたか?」
しばらくの静寂が辺りを包んでいた。わたしはソファーの上に丸まったまま微動だにしなかった。
しかし、その静寂は直ぐに破られることになる。
「うあああああああああああああ。止めて!!!よっすぃー助けて!!!」
「しまった。興奮状態になっちゃったよ。」
圭織さんは部屋の外に待っていた紺野とよっすぃーに助けを求めたらしい。
2人に手足を押さえつけて貰って、鎮静剤を打ってやっと落ち着いたという。
それでもわたしは物凄い勢いで抵抗し、紺野もよっすぃーも手や顔に引っ掻き傷をいくつも付けた位だと後で聞かされた。
荒涼とした風景だった。
季節は夏なんだろうか。暑い。空気が乾燥している。
- 12 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時37分20秒
- 「今年の夏はどうしたことだろう。」
「雨が全く降らない。」
「田の稲も水が無くて立ち枯れしてしまった。」
「川の水も涸れ果てて、井戸の底も濁ったわずかばかりの水があるだけだ。」
「このままではこの村も死に絶えるばかり。」
頭の中にそんな声が満ちてくる。これは過去の記憶?
急に視野が暗くなる。そして次の場面。
今わたしがいる時代はいつなんだろう。江戸時代か戦国時代くらいだろうか。
一種異様な風景が目の前に広がっていた。
この人達は隠れキリシタンと呼ばれる人なんだろうと思う。自分の知識の中ではそれくらいしか思いつかなかった。みんな一様に十字架を胸に下げていた。
人々は、数本のロウソクに照らされた暗く狭い粗末な建物の中でひしめき合うようにゴザの上に座って前を見ていた。前の方には仏像ともマリア像とも判別のつかない木でできた女性の像が安置され、一人の女性が何か熱弁を振るっている。
「これはズース様のお怒りです。日頃の地上の民の行いに天上のズース様がお怒りになり天罰として雨を降らせないのです。」
- 13 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時39分15秒
- その女性は胸の辺りまで届くような黒髪で、まるで神社の巫女さんのような衣装を着てジャラジャラと十字架やら数珠みたいなネックレスやら下げていた。ズース様とはたぶんギリシア神話に出てくるゼウスのことだろうか。
「生け贄を捧げなければ。ズース様のお怒りを鎮めるためには、生け贄が必要です。」
ざわざわと聴衆が動揺した。
「より子さま。いま生け贄と申されましたか?生け贄とはなんでありましょうか?」
一人の年かさの農民の男が質問する。
より子と呼ばれた女性が教祖様らしい。よく見るとまだ二十歳にも満たないような少女少女した顔をしている。しかし、その幼さがかえって教祖としてのカリスマ性を高めているようにも思えた。オーラみたいなものが少女の周りを包んでいる。
「生け贄とは生娘のこと。生娘を一人、白峰山の湖に小舟をもって天のズース様に捧げるのじゃ。さすれば、天の怒りも解けて雨の恵みがもたらされる。」
ざわめきは、ますます大きくなっていった。
「生け贄とは。」
「誰が。」
「あまりにもむごくはないか。」
そんな声がしたが面と向かって教祖のより子様に意見する人間はいないようだった。
- 14 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時42分11秒
- 「梨華じゃ。梨華を生け贄とする。」
より子と呼ばれた少女の声が響き渡った。その声に弾かれるように、後ろに座っていた一人の少女が立ち上がった。
(わたしだ。あの子はわたしだ。)
そう意識した瞬間。その子の意識とわたしの意識がシンクロした。
急にわたしの中に不安と恐怖が満ちてきた。
「どうしてわたしが選ばれたのでございますか?より子様。」
声が震えている。まるで瘧のように体が震えているのが自分でも分かった。
「神の花嫁になるのじゃ。梨華よ。そなたは神の花嫁となって、その身をもってズース様の怒りを鎮めるという栄誉を得たのじゃ。」
わたしと同じ名前を持つ少女の意識とシンクロしたわたしには、より子様の言葉が絶対であることが理屈ではなく理解された。今までも村の危機を幾度となく救ってきたより子様の宣託は絶対のものであり、それに逆らうことは村の破滅を意味するのだ。わたしは声にならない呻き声をあげて、その場にへたり込んでしまった。
「認めない。俺はそんなことは認めないぜ。」
一人の凛々しい顔立ちの青年が立ち上がる。
- 15 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時43分19秒
- 「日登美・・・」
より子様に立ち向かった青年が幼馴染みで、結婚の約束も交わした日登美であることはわたしにも直ぐに分かった。そして、日登美がよっすぃーの前世の姿であることも。よっすぃーは前世は、やはり男の子だったんだね。
「梨華は俺と一緒になる約束を交わしたんです。ズース様の花嫁になるなんてあんまりです。」
「黙れ!!神の花嫁になるのだぞ。これほどの栄光がありえようか。しかも、さすれば雨の恵みがもたらされ、この村の民はみな幸福になる。」
小さな体のどこから、そんな声量が出るのか思うような大きな声で、より子様は日登美を一喝した。
「3日後じゃ。梨華は3日後に神の花嫁となる。それまで身を清める為に誰とも会うことを許さない。連れて行け。」
より子の命令で屈強な男がわたしの両脇を抱えて小屋の外に連れ出す。日登美はそれを制止しようと飛びかかろうとするが、別の男に地面に叩きつけられて空しく土の味を噛みしめるだけだった。
「梨華っ。絶対に、絶対に助けに行くから、希望を捨てるな。」
そんな日登美の声が後ろから聞こてくる。
わたしは無理矢理に顔を後ろにねじ曲げて、日登美に悲しい微笑を送るしか出来なかった。
- 16 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時48分29秒
- わたしが軟禁された家は村の長の屋敷の倉だった。倉の前には24時間弓矢や刀で武装した見張りがついている。これでは日登美がわたしを助けに来ることは不可能だろうと諦めの気持ちが湧いてくる。それでも、よっすぃーがこの倉を破って助けに来てくれないかとか、突然により子様が心変わりして、わたしが生け贄にならなくても良くならないかとか、そういう事ばかりを夢想していた。もちろんそんな都合のよい事が起こるわけもなく日々は単調に過ぎてゆくばかりだった。
ついに最後の日が来た。
身を清めるということで沐浴をした。今の村の状態では考えられぬほど貴重な澄んだお湯で体と髪を洗い、化粧を施される。髪を結い上げ、唇と頬に紅を入れて、薄衣の着物を着せられた。まるで竜宮城の乙姫さまのようだと思った。
「梨華。準備はよいか?」
いつの間にかより子様が部屋の中に入ってきていた。わたしを世話していた女の人達が平伏して、より子様を迎える。わたしも平伏する。
「梨華よ。神の御許に行くことによって永遠の生命を得るのだ。分かっているな。そして梨華が神の花嫁となることで、村の皆の上にも福音は降り注ぐのだ。いいな。」
- 17 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時49分33秒
- 言い聞かせように、より子様は言った後で
「・・・途中で暴れるといけない・・・。」
声にならないような声で呟き、杯に入れた液体を飲むようにと差し出した。甘いねっとりとした匂いが鼻を突く。危険な匂いだ。
(駄目。飲んじゃ、駄目だよ。)
こちらのわたしは警告するが、もちろん、この世界のわたしに伝わる訳もない。
この世界のわたしは、その怪しげな液体を素直に飲み干した。
(・・・これは麻薬だ。阿片ってやつかな。)
この世界のわたしの意識が、たちまちトロンとしてくるのが分かる。何か変な気持ちだ。はっきりした意識とあいまいになった意識がゆっくりとひとつに融けあっていく。
薬が十分効いたのを見届けると、より子様は辺りの者に合図した。わたしは両腕を取られて、倉の表に降ろされていた簾のついた輿に座らされた。輿を遠巻きにして村の人々が見ている。薬のせいか、この世界のわたしは落ち着いて諦観したような顔つきだ。神々しさすら感じさせる。
- 18 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時50分23秒
- 屈強な4人の男に四方の棒を持ち上げられて、輿は動き出した。
群衆の中から溜め息とも歓声とも言えるような声が上がる。
「生き神様じゃ。」
「神の花嫁様じゃ。お美しい。」
「これで村も救われる。」
そんな声が聞こえた。みんな痩せこけて、目ばかりがギラギラしていた。人里離れたこの村で、日照りによるダメージは普通の村以上に相当のものなのだろう。頭では生け贄なんて惨いと思いながらも、とことん追い詰められてより子様の言葉にすがるしかなくなった。そんな苦渋が輿を見つめている人達の顔から感じられた。
村の中をゆっくりと輿は通り過ぎていった。
立ち枯れた田圃の稲の茶色が目に刺さる。
そして家々の扉の隙から、物陰から、無数の目が見ているのが分かった。
ぼろぼろの服を着た姉弟が、何が起きているかすら分からずにわたしを凝視している。
一人の老婆が道ばたに額ずいて、ロザリオを手にして拝んでいた。
輿は村を抜けて、山の中へと入っていく。
- 19 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時52分47秒
- (どこに行くんだろう。それから日登美という青年はどうしたのだろう。見送りの人達の群の中には顔がなかったみたいだけど。助けにきてくれるんだろうか?)
急に不安になってきた。もしこの世界のわたしが死んだら、こちらのわたしは元の世界に無事に帰れるんだろうか。
どうやら生まれ変わりというものは本当に存在するらしい。いま見ている現実は夢ではないと言い切れる。じゃあ、何が生まれ変わるのかというと、そこはよく分からなかった。魂ってやつかな。
輿はゆっくりと森の中の小径を登っていった。どんどん高度が高くなっていくみたいだ。誰も口をきかない。
シュッという微かな、しかし耳に残る鋭い音がした。ゆっくりとわたしの乗っている輿が片向いていく。
めくれ上がった簾から輿を支えていた男の一人の胸に矢が刺さり、血がびっくりするような勢いで噴き上がってくるのが見えた。
誰かの金属的な悲鳴。
「敵襲だ。」
短い警告の叫び声とともに、警護の男達が抜刀する。
「より子様を安全な場所にお連れせよ。」
より子様の輿のまわりにも数人の男が固まる。
矢継ぎ早に矢が射かけられて、警護の男数人にそれが突き刺さる。
- 20 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時55分05秒
- 「うわああああ。」
獣じみた咆吼が聞こえ、日登美が森の茂みの中から斬りかかってきた。
近くにいた警護の男が不意を突かれて、あっという間に斬り倒された。日登美は数日見ないうちに、頬がこけて目つきが鋭くなり殺気を帯びていた。斬り殺した男の返り血を浴びてますます凄惨な姿になっている。
「梨華っ。いま行く。待ってろ。」
喉から血が出るような絶叫だ。
この世界のわたしは焦点の合わない視線をゆっくりと日登美の声のする方向に移動させた。だが2人を引き裂くように、男の一人が無理矢理にわたしを日登美から遠ざける方へと引きずっていった。
日登美の前には何人もの男が立ちはだかる。
「邪魔するものは誰でも斬る。」
日登美が狂犬のような低い声で唸り、辺りを見回す。
だが警護の男達は、そんな脅しに臆するような連中ではなく、むしろいきり立って日登美の方に刀を構えたままにじり寄って、間合いをとっていた。
日登美が先に動いた。体を低くし刀の刃を横に払う。
- 21 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)18時56分17秒
- 男のひとりの脇腹に日登美の刀の切っ先が当たり、そこに道が空く。日登美はその隙を見逃さずに、男達の肉体の壁の間をすり抜けようとする。
抜けた。と誰もが思ったに違いない。
わたしも思った。
コンマ何秒かの出来事だったろう。
日登美の体が突然に前のめりになった。糸の切れた操り人形の様に、手足を不自然な方向に曲げて崩れ落ちていく。何本もの矢が日登美の背に突き立てられていた。
「ぐっわあ。」
日登美の声が一層獣じみてくる。滅茶苦茶に刀を振り回すが、先ほどの切れはもう失われていた。男達に簡単に切り込まれてしまう。
「梨華。いまいくぞっ。」
もはや日登美を支えているのは、恐るべき精神力だけなのだろう。この世界のわたしに対する想いだけが彼を生きながらえさせている。
無数の刀傷から血がにじみ出して着物を真っ赤に染めている。肺にまで傷が届いているのか、時折ゴボゴボと血を口から吐き出し始めた。
それでも日登美はひとつ反撃する間に十の傷を受けながらも少しづつ、わたしを目指して近づいてくる。
- 22 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)19時08分21秒
- (もう止めて。よっすぃー。)
わたしは叫ぶ。
「い・・ま・・いく・・。」
日登美はもうボロ雑巾みたいだ。
血にまみれた手を差し出す。あと数メートル。
わたしも手を差し出す。しかし、その手は男達の頭領に阻まれて届かない。
あと1メートル。
無情にも背後から男達が斬りかかる。
日登美は、たぶんもう見えていない目を見開き刀を振り回す。
「日登美。日登美。日登美。」
喉が裂けるかと思うくらいに、わたしは叫び続けた。
あと数十センチ。
精一杯手を伸ばす。
もう少しで指と指が触れそうだ。
「日登美・・・。もう少しだよ。」
でも、それきりだった。
日登美の肉体はもう死んでいた。精神力だけで進んできたのだろう。
わずか数センチの距離を残して、日登美を動かしてきた力は尽きてしまった。
「・・・日登美っ。」
ほとんど吐息に等しい声で一言、そう叫ぶと、この世界のわたしの精神は閉じてしまった。何も感じない。何も思わない。白い空間が広がっているだけだった。
- 23 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)19時09分25秒
- 一行が着いた先は瑠璃色の湖だった。
火口湖。たぶん、そう呼ばれる湖だと思う。猫の額のような湖岸に手早く祭壇が築かれて、より子様がその前で何かの儀式を行い、わたしの乗った輿がそっと湖面に浮かべられた。たぶんこのまま100メートル近い湖底にわたしは沈んでいくのであろう。水の中にわたしは投げ出される。透明な瑠璃色の水がわたしを包む。キラキラと湖面から差し込んでくる光が水の中で乱反射する。わたしと輿は鎖によって結ばれており、決して再び湖の上に浮かぶことはない。
体の穴という穴に水が暴力的に侵入する。
暖かい。苦しい。眠い。
死がわたしを包んだ。
雨が降っていた。
村を雨が潤す。道で拝んでいた老婆も、ぼろぼろの服を着ていた姉弟も村中みんなが家の外に出て天を仰いで喜んでいる。
それをわたしは天の高い所で光に包まれて見ていた。
そこでは日登美とわたしはひとつだった。
- 24 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)19時11分45秒
- 目を覚ますと、よっすぃーと紺野が心配そうに見ていた。
「石川。気分はどう?」
よっすぃーが訊く。
「大丈夫・・・・。また逢えたね。日登美。」
わたしは手を伸ばして、よっすぃーの頬に触れた。
よっすぃーは、いきなり日登美と呼ばれて戸惑ったみたいだが。飛び切りの笑顔で答えてくれた。
「そうだね。梨華。長いこと待っていたよ。やっと思い出してくれたんだね。」
と。
- 25 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)19時13分42秒
- お
- 26 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)19時14分28秒
- わ
- 27 名前:22.また逢えたね 投稿日:2002年12月05日(木)19時15分26秒
- り
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