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明日、天気に

1 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時17分49秒

小さい頃はずっと雨の日が大好きだった。
あの子が、いつもあたしだけの所に来てくれるから。


でも、雨の日はあの子を奪い取った。



だから、今は雨の日が大嫌い。

2 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時18分20秒



今日も憂鬱な雨が降る。
あの時からずっとあたしは雨が嫌いなのに。

学校も雨の日には出来れば来たくない。
雨の日の道路はあたしにとっては罪がのしかかる道。
雨の音はまるであたしにとっての非難の声。

あたしの横での他愛ない会話が耳に障る。

あの子が居なくなってからあたしは常にやる気がなくて
てきとーにカレシとかトモダチとか作って
なんか言われたらてきとーにへらっと笑って
それで上手くやってきた…つもり。

でも、あのころの充実感にはまだまだ届かない。

「で、ごっちんはどうする?」
「え?何?」
「聞いてなかったの?今日帰りにカラオケ行こうって言ったんだけど」
「ああ、後藤はパス。用事あるからさ」
「なんだー、残念。今度はつきあえよー」
「わかってるってば」

用事があるなんて嘘。
雨の日は一刻も早く帰りたいだけ。
雨の日にカラオケなんてイライラする所には行ってられない。

雨の日は、ひとりになりたいんだ…



3 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時19分25秒



鍵を開けて、部屋に入る。
誰もいない、がらんとしたあたしの部屋。
家族から逃げるように一人暮らしをして、あの子との思い出を全部しまって…
部屋にひとりで居れば落ち着ける。
そう、全て忘れたい。全て見たくないからあたしはずっと部屋にひとり。
ひとりの、はずだった…

「おかえりなさい、後藤さん」
ひとたび部屋に入ると…小学生か中学生くらいの女の子があたしのベッドに座ってた。
「なっ、あっ、あんた誰!?どうやって入ったのさ!警察呼ぶよ!!」
「落ち着いてください後藤さん!怪しい者じゃないんです!」
「あからさまに怪しいっ!!」
その不審人物は電話を掛けようとしてるあたしの腕を必死に掴んで止める。
っていうかなに、この子めちゃくちゃ力強いんだけど…
「とーりーあーえーずっ、落ち着いて私の話を聞いてくださいっ!」
「落ち着けるかあぁぁっ!!!」

4 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時20分36秒

こうしたやりとりを続けること十数分…あたしのスタミナ切れにより、あたしは不審人物
ととりあえず話をすることにした。
「で、あんた誰?なんで後藤のこと知ってるの?」
親戚…でもこんな子見たことないし。家出人…なら後藤の名前知らないだろうし…
「あっ、申し遅れました。私、雨ふらしです」
「…はぁ??」
雨ふらし…それが名前?ふざけてんのこの子?
「雨降り小僧とかも呼ばれる…俗に言う、妖怪です」
「よ、妖怪って…あんた、後藤をバカにしてるの!?」
「バカにしてません!本当に妖怪です!」
「あのねぇ…後藤もう子どもじゃないから。妖怪って言われて普通は信じないよ」
「うーん…そうですか…じゃあ、これでどうですか?」
そう言ってその子は手を上に上げて…
その瞬間、あたしの頭の上から大雨が降ってきた。
「わっ、わかった、わかったからストップ!」
「ああ、よかった。わかってくれましたか」
こいつものすごくにこにこしてるよ…あたしとしてはかなり迷惑なんだけど。
5 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時21分51秒
「それより何でここに来たのさ…しかも雨に関する奴なんて…」
「私は、後藤さんの雨嫌いを治すために来たんです」
「………はい?」
「だから、雨嫌い矯正ですよ。昔は雨が好きだったのに今は嫌いなんて…天気を操ってる
私たちにしてみれば凄く悲しいですから」
な、何言ってるの、迷惑でしかないってば…
「あー、今迷惑とか思ったでしょぉー。顔に出てますよ…でも、私は後藤さんが雨が好き
になるまでここにいますからね」
「やめて。早く帰って。雨嫌いなんてなんで治す必要があるのさ」
「後藤さんの場合は重傷ですからねぇ…このままだと対人関係最悪になっちゃって社会
生活にも問題が起きますから、今のうちに治すんです」
「治らなくていいから早く帰って。ホントに警察呼ぶよ」
「…警察呼んでも無駄ですよ。私の姿、他の人には見えてませんから…ほら」
そう言ってこんどは鏡を指差す『雨ふらし』
鏡の中には…あれ?あたししか映ってない?
「わかったでしょ?私は幽霊とかと同じなんです。何せ妖怪ですから。さ、後藤さん…
逃げられませんよぉ?雨好きになりましようねー」
「いやだぁっ!!」
6 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時23分21秒

こんな感じで、大迷惑な雨ふらしとの共同生活が始まった。
そして、さらに憂鬱なことに…こいつが来てからこの近所は一回も晴れなかった。

「なんでこんなに晴れないの…」
「私がいるんですもん。雨をずーっと降らせることなんて簡単ですよ」
「迷惑だからやめろっつってんじゃない!」
「やめません。雨が止んじゃったら雨嫌い矯正が出来ないじゃないですか」
「これじゃますます雨嫌いになりそうだよ…」
憂鬱な気持ちのまま窓にてるてるぼうずをかける。
その様子をこいつはきっちり見逃さないみたいで…
「むっ、なんですかそれ」
「何って…てるてるぼうず。あんたみたいのが早くいなくなればいいなっておまじない」
「はぁ…そんなのつけても効くわけないんですけどねぇ…」
「いいじゃんか。気持ちの問題だよ…これは、後藤のお守りだから」

そう、これはあたしの一番大事なお守り。
あの子があたしに最後にくれたものだから…

7 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時24分30秒

「お守りですか…でもそんなものを付けたからって出ていったりしませんよ!そんなもの
…本当に効くはずないんです…」
その瞬間、『雨ふらし』が今までにない悲しそうな顔でうつむいた。
そっか…こいつらの仕事全否定されちゃやっぱり悲しいのかな…
「あ、あのさ…」
「さて後藤さんっ!無駄なおまじないはやめちゃいましょうっ!あ、そうだ!さかさま
にしてこのままずーっと雨が降るようにおまじないしちゃえば…」
やっぱあれ見間違いっ!こいつに同情しかけたあたしがバカだった!
何!?しかもさかさてるてるぼうずは信じてるの!?
「そういえば後藤さん、さっき何か言いました?」
「言ってない!絶対言わない!」
やっぱり、雨も雨ふらしも嫌いだっ!

8 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時25分23秒



雨ふらしが来て一週間。全く帰る気配なし。
あたしも半ば諦めてあたりまえみたいに雨ふらしと暮らしていた。

「後藤さんも強情ですよね…なんでそんなに雨が好きになれないんですか?」
「あんたには関係ないよ。いちいち聞くのやめてくんない?」
「いいえやめません。後藤さんの雨嫌いを治すのが私の使命ですから!」
あーあ、燃えちゃって…
「聞いたからって、後藤の雨嫌いが治るとは限らないじゃん」
「いいえ治ります。治してみせます。原因がわからないと治るものも治りません」
なんだか医者みたいなことを言ってる『雨ふらし』
まぁ、別に絶対言っちゃいけないわけじゃないんだけど…
あの子との思い出は、あんまり他の人には言いたくないんだよね…
「さぁ吐きなさい、吐けば楽になりますよー」
でも、言わなきゃ今度は刑事ごっこになってきたこいつは止まりそうにない。
「わかった、言うよ。言えばいいんでしょ」
「そうこなくっちゃ!はいどうぞ。3.2.1.キュー!」
どっから出したのか、マイクを突きつけてくる『雨ふらし』
ああ、もうどうにでもなれ…

9 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時28分39秒

――――― 

小学校の時、あたしの家の隣には2歳下の亜依ちゃんっていう女の子が住んでた。
いっつもあたしの後をついてきて…あたしも亜依ちゃんを妹みたいにかわいがってた。

「真希ちゃーん、あーそーぼっ!」
雨の日になると、いっつも亜依ちゃんはあたしの家にやってきた。
あたしも亜依ちゃんも他の友達がいないわけじゃないのに、雨の日はいつも二人だけ。
「亜依ね、雨の日大好き。真希ちゃんが雨の日は亜依だけと遊んでくれるもん!」
そう言って笑うもんだから、あたしもその時は雨が大好きだった。

何日間か雨が続いたある日、亜依ちゃんはあたしの家に来て一生懸命てるてるぼうずを
作ってた。
「てーるてーるぼーず、てーるぼーずー。あーしたてんきにしておくれー」
「どうしたの亜依ちゃん?いっつもは雨好きだからてるてるぼうすなんて作らないよね」
「うん、そうだけど…明日は晴れてくれないと困るんだぁ」
その時は、あたしは亜依ちゃんの言葉の意味がわからなかった。
10 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時29分11秒

「でーきたっ!はい、これ真希ちゃんの!」
「え?後藤の?」
「うんっ!すっごくきれいに出来たから真希ちゃんに持っててもらいたいんだぁ!」
そう言って、亜依ちゃんは笑ってた。
「後藤も、亜依ちゃんにてるてるぼうずつくってあげる」
「え?」
「亜依ちゃんが後藤にくれるなら、後藤は亜依ちゃんにあげたい」
「真希ちゃん、ありがとー!」
そうしてあたしは、一生懸命作ったてるてるぼうずを亜依ちゃんにあげた。
「「あーしたてんきにしておくれー!」」
そうやって歌って、お互いの家にてるてるぼうずをかけて。
お互い窓越しに「またね、晴れるといいね」って言って笑って…

それが、亜依ちゃんを見た最後だった。

11 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時30分48秒

次の日は雨だったのに、亜依ちゃんは来なかったんだ。
あたしは他の子に誘われたけど全部断って亜依ちゃんを待ってたのに、亜依ちゃんは
来なかった。
いっつも雨の日は真っ先に来てくれた亜依ちゃんが来なかった。
あたしはすっごいショックだったよ…一番の友達だと思ってたのに、亜依ちゃんはそう
じゃなかったのかって思っちゃったもん。
でも、そんなことなかった。亜依ちゃんはあたしのために来なかったんだ。

その日の夜、亜依ちゃんのおばさんからの電話で亜依ちゃんが死んじゃったことを聞いた。
雨で視界が悪くなって、亜依ちゃんに気付かなかったトラックにはねられたらしい。
その日は、9月22日…あたしの誕生日の前の日。
亜依ちゃんは、あたしへのプレゼントを買いに行こうとしてたんだって…
だから、明日晴れてって…亜依ちゃんがいなくてもあたしが他の子と遊んでる晴れにし
てって言ってたんだ…

12 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時31分21秒

それから、あたしは雨が嫌い。
だって、雨が降らなきゃ亜依ちゃんは事故に遭わなかった。
ずっと雨が降り続けてなければ、亜依ちゃんがあたしの家に来ない日もあったから他の
日に買い物に行くことだって出来た。

だから、あたしから亜依ちゃんを奪っていった雨なんて…好きになれないよ…

――――― 

雨ふらしはじっとあたしの話を聞いて…一言こう言った。
「責任転嫁ですね。そんなこと雨のせいにされても困ります」
「はぁ!?」
「だって、直接雨が原因ってワケじゃないじゃないですか。そんな偶然が重なった事故
を全部雨のせいにして…」
散々人に話をさせておいて…その態度はないんじゃないの!?
あたしは、辛い思い出だったのに思い出して話したんだよ?
13 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時32分25秒
「ちょっと…あたしと亜依ちゃんのこと知らないのに簡単に言わないでよ!」
「知りませんよ。だけど、話を聞いただけじゃ完全にやつあたりみたいなもんじゃない
ですか!しかも、うじうじうじうじ引きずって…」
「悪かったね!でも、それだけあたしは亜依ちゃんが大事だったの!」
「大事ならなんで思い出から逃げるんですか!全部忘れるように一人暮らしして、雨を嫌
い続けてなんて逃げでしかありません!それなのにお守りだとか言って…後藤さんがそん
なんじゃきっと亜依ちゃんも浮かばれませんよ!!」
雨ふらしの容赦ない言葉が突き刺さる。
あたしは、その言葉に…本気でかっとなってしまって。

「出てけ。あんたなんかに勝手に亜依ちゃんの気持ち語られる筋合いない」

そう言った声は…自分でもびっくりするくらい冷たかった。
雨ふらしはすこし怯えたような顔をして、その後
「わかりました…でも、そんないつまでも昔のことひきずって雨にやつあたりしてる
ようじゃ、後藤さんは幸せになれませんよ…さようなら、きっと明日からは晴れます」


悲しげな表情を最後に残して、雨ふらしはベランダへ消えていった。


14 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時33分40秒


「なんだよ…言いたいこと言ってくれちゃって…」
あたしは、しばらく呆然としていた。
「やつあたり、か…そんなのわかってるよっ!!」
そうだ、雨が直接の原因じゃないなんてずっと前からわかってた。
あたしは、亜依ちゃんがいなくなった寂しさを何かのせいにしてごまかしたかっただけ。


雨ふらしが居なくなった空は、今のあたしが好きなはずの…青空だった。


『長かった雨もやっと終わり、関東地方は雲一つ無い晴天でしょう…』
ニュースが天気予報を告げる。
これからは、あたしが好きなはずの晴れた日。
でも、なんかまた物足りない気がするのはなんでだろう。
「…雨の日、嫌いじゃなかったの後藤…」
つぶやいてみても返事は全然ない。
あたりまえだよね、自分で望んでひとりになったんだから。
昨日までは答えてくれてた人も、自分で追い返した。
ふと、追い返した時の雨ふらしの表情を思い出して…胸が痛くなった。

15 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時34分26秒

平凡な学校、くだらないおしゃべり、放課後はみんなで遊び歩いて。
いつもやっていたこんなことより…雨ふらしと暮らしていた時の方が充実感がある。
あの時は、迷惑としか思ってなかったんだけどな。

思い出してみると、雨ふらしと暮らしていた時みたいに感情を出したことはしばらく
なかった。
そっか、それで今思うとあんなに充実感があるんだ。
でも、今頃思い出してももう遅いんだよね…

家に帰ってベランダに出てみる。
雨ふらしが消えたベランダ…その隅に、白いものが落ちていた。
近づいて拾い上げると、それはあたしが亜依ちゃんにあげたてるてるぼうず。
なんで、こんなところに…まさか…

「後藤さんがそんなんじゃきっと亜依ちゃんも浮かばれませんよ!!」

あれは、亜依ちゃんのこと知った風に言ったんじゃなくて…亜依ちゃん本人の気持ち
だったとしたら?
亜依ちゃんは、もし生きていたら中学生…ちょうどあの雨ふらしくらい…

16 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時35分03秒

「は、ははっ…後藤ってバカ?亜依ちゃん、いたんじゃんか…」
今更気付いてももう遅い。雨ふらしは…亜依ちゃんはあたしが追い出したんだから。
空を見上げても雨が降る気配は全くない。
窓にはにこにこ笑ってるてるてるぼうずの姿。
「…こんなときだけてるてるぼうずの効力発揮しないでよ…」
泣けてくる。あたしはほんとにバカだ。
勝手に雨を嫌って、勝手にやつあたりして…
「亜依ちゃん…雨、降らせて…」
手に持っていたてるてるぼうずを逆さまにして亜依ちゃんに話し掛ける。
届くわけは、ないんだけど…

17 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時35分56秒

その時、頬に冷たいものが当たったのを感じた。
「雨…?」
「やっと、雨を好きになってくれましたね…真希ちゃん」
「亜依ちゃん」
「ノンノン!今の私は雨ふらしです!」
亜依ちゃんはそう言ってにっこり笑った。
「ゴメン亜依ちゃん!後藤、気付いてなかったとはいえひどいこと言って…」
「いいんです。ねえ真希ちゃん、私は今も雨が好きですよ。確かに事故には遭っちゃった
かもしれませんが、それでこうやって世界に雨を届けられるんですから…だから、真希
ちゃんもこれからは、雨を好きになってくれればいいんです」
亜依ちゃんの笑顔…あたしは泣きそうだよ…
「ああ、ほらほら泣かないでください!大丈夫、私は雨が降ったらそばにいますから」
「うん…ねえ、雨を好きになれて、昔のことちゃんと受け止められたら亜依ちゃんも
浮かばれるかな?」
「はいっ!!」

今度こそ、亜依ちゃんと一緒にあたしも笑うことが出来た。


18 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時36分37秒


それから数日後…あたしの部屋の窓には、二つのてるてるぼうずが仲良く並んでいる。
一つは、亜依ちゃんが作ったてるてるぼうずがちゃんとした向きに。
もう一つは、あたしが作ったてるてるぼうずが逆さに。
あたしが晴れの日も雨の日も好きになれるように。




「てるてるぼうず、てるぼうず。明日は…天気でも雨でも、ね」



19 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時37分32秒
.
20 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時38分21秒
.
21 名前:20.明日、天気に 投稿日:2002年12月04日(水)23時39分05秒
終わり。

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