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銀色の雨が降る真夜中に

1 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時44分12秒
全てを決めるものは、この手の中にある。
あたしはいつでも、彼女を支配することができる。
だって、二つのものは、必ずひとつに重なる運命だから。

月の光を跳ね返す、銀色の雨を。
闇の中で冷たくピンと張り詰める、銀色の雨を。

さあ、雨を降らそう。
小さな雨を降らす如雨露は、あたしの右手にある。
石を投げつけた花に与える水滴は、その中にある。

さあ、放物線を描いて、雨を降らそう。
飛び散る飛沫まで、ほら、銀色。
これは、錯覚かな?

水をあげるよ、ベイビー。
すぐにいくよ、ハニー。
愛してる、ダーリン。
ずっと、一緒にいよう。

それが、あたし達が同時に背負った、運命だから…。
2 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時45分21秒
『ひとみちゃん』
そう言いながら、あたしの背中に猫みたいにじゃれつく梨華に、
特別な感情を持つようになったのは、いつからだったのかな。
記憶の糸を手繰り寄せても、絶対に思い出す事はできない。
当然だろう。
だってあたしは、生暖かな水と、虹色の光の差す、
胎内という名の深い海で、彼女に一目惚れをしたんだから。
そう。
ほんのひとカケラの細胞でしかなかった時から、
彼女に、恋をしていたんだから。
3 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時46分14秒
ブラック、オア、ホワイト。ハイ、アンド、ロウ。
二卵性の双子として生まれたあたしと梨華は、
血の繋がりがあるとは思えないほどの、対照的な持ち物をいくつも持っている。
小さい頃、梨華の甲高い声が、羨ましかった。
中学の時、梨華の日焼けした肌を、ふざけて馬鹿にした。
最近、
『ひとみ』ではなく、『梨華』に生まれたかったと、
そんな事も、ボンヤリ思った。

人はいつだって、ないものねだり。
でも、
彼女に惹かれる理由は、それだけじゃないんだよ。
あたし達は、二人でひとつだから。
このどうしようもないほど苦しくて愛しい感情は、
二つでいる事が、間違っているからなんだよ。
4 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時47分20秒
そう気付いたのは、冬の寒い日だった。
突き刺さるように冷たく尖った空気が、瞼の辺りを痺れさせ、
それに後押しされて映る夕日は、
まるでペンキのように、バカバカしいほどオレンジ色だった。

あたしは、学校からの帰り道を、必死に走っていた。
息が、激しく乱れ、
心臓が、破れそうなほどの、高い音を奏でる。
苦しい、けど、地面を蹴る事を、やめなかった。
早く、家に帰りたかった。
心配だったんだ。
その日梨華は、風邪で高熱を出し、学校を休んでいた。
心配だったんだ。
朝、家を出る時に見た彼女の顔が、とてもとても、苦しそうだった。
5 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時47分57秒
家へ辿り着いたあたしは、鞄を置くのも忘れたまま、
すぐに、梨華の部屋へと向かった。
玄関に、見舞いに訪れたらしいお客さんの靴があったけど、
あたしは、特に気にしなかった。

梨華の部屋のドアを、二回ノックする。
コンコン…。
返事はなかった。
寝ているのかもしれない。
そう思い、ドアノブをゆっくり捻って押す。
音を立てないよう、慎重に、ドアを開けていく。

十センチほどの、隙間が出来たところで、
あたしの体は、まるで石膏像のように硬直してしまった。

隙間から覗いた部屋の中に、
ありえない、信じたくない光景を、見た。
6 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時49分08秒
あたしはただ、疲れていたんだ。
走り疲れた足が、重かった。
鞄の中に入っている英和辞典が、重かった。
ただひたすら、全ての事実が、重かった。

梨華も、そうなのかな。
重いでしょ?
キミの上に跨って這う、その男の体。
キミの身体を弄っている、その男の腕。

音を立てないよう、慎重に。
あたしは、ドアを閉めた。

梨華…?
ねぇ、梨華?
ソイツは……、誰?
7 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時49分56秒
自分の部屋に戻って、壁に背を付けて蹲る。
こめかみをぐっと、掌で押さえつけた。
十センチの視界に焼きついた光景が、離れてくれない。
梨華は、男と寝ていた。
梨華は、あたしを、裏切っていた。
男の背中に回されていた、彼女の華奢な腕と指先が、
あたしに向かって、『サヨナラ』と、手を振った気がした。

どうしようもないほど、胸が苦しい。
あたしは、多分、見てはいけないものを、見てしまった。
8 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時50分49秒
実の姉だから、血が繋がっているから、
タブーだと思っていた。
生まれた時から……、いや、
生まれる前から好きだったのに、
無理やり、気持ちを抑えつけていた。

ああ、でもそれは、きっと間違いだったんだ。
嫉妬に身悶えてみて、初めてわかったよ。
あたし達が生まれた場所は、同じところで、
あたし達は、もともとひとつで、
二人で、ひとつなんだ。
それが、絶対に揺るがない事実なんだ。
あたしが彼女を求めるのは、当然だ。
二人は、ひとつなんだから。
ふたつでいることは、許されない。
9 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時51分43秒
帰りたい。
二人がひとつになれる場所へ。
柔らかな羊水が包んでくれる、あの場所へ。
現実や世間体を跳ね返す、
弾力に満ち満ちた触手が茂る、あの場所へ。
一緒に見た初めての朝日は、とてもとても、美しかったでしょ?
帰ろうよ、ねぇ、梨華。

誕生と消えることは、きっと同じ意味。

全てを塞ぎ、境界線を作っていた壁が、崩壊していく。
そんなイメージが、頭の中で、跳ねていく。
10 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時52分20秒
蹲ったまま、どれくらい経ったのだろう。
眠っていたのかもしれない。
意識を、何時の間にか手放していた。

すでに夜が訪れていて、
時計の短針は、『1』の場所を示している。
急がなきゃ。
夜が明ける前に、キミを……。

彼女の部屋の前に立つ。
あの男は、もう帰ったみたいだ。
開ける前に、耳をドアにぴったり付けて確認した。

今あたしの手には、雨を降らすチカラが宿っている。
あの場所に帰るために、
あの場所にあったものと、よく似た水滴を降らすための、如雨露だよ。
美的センスの足りない世間では、包丁って言うらしいんだけど、
そんなダサイ名前は、ちょっと気にいらなくてね。

あたしは、こう呼ぶことにしたんだ。
銀色の、雨。
11 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時52分56秒
ゆっくり、ドアを開ける。
今回の隙間は、三十センチ。
その隙間から、梨華の穏やかな寝顔が見えた。
ふっと息を吐き、身体を滑り込ませ、寝ている彼女の傍らへ向かう。

さあ、あの場所へ帰ろう。
あたしと梨華しか、存在しない場所へ。

彼女の胸に、雨を降らして、飛び散る飛沫は、きっと、銀色。
錯覚でもいい。
あたしの首にも、雨を降らして、飛び散る飛沫も、きっと、銀色。
ああ、ごめん、やっぱり錯覚だ。
意識がトんでるせいかな。
銀色と赤の区別が、つかないかもしれない。
12 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時53分28秒
銀色の雨が降る真夜中に、あたしと彼女は、ひとつになれる。

胎内へ帰ることと、死は、きっと同じ意味。

あたし達は、二人で、ひとつ。
それが、同時に背負った、運命…。
13 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時54分20秒
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14 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時55分07秒
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15 名前:17番 銀色の雨が降る真夜中に 投稿日:2002年12月04日(水)17時55分39秒
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