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天体観測
- 1 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)22時53分36秒
『流れ星が見てみたい』
彼女のそんな一言で、今も二人、流れ星を探してる。
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月03日(火)22時54分14秒
午前二時。待ち合わせの踏み切りまでやって来た。
誰もいない暗い真夜中に、そんな場所で待ち合わせ。
電車が走らない線路と共に静かに待っていた。
「遅いなあ」
肩に食い込むバッグの紐が痛い。
仕方なくその荷物を地面へとゆっくり下ろす。
静かに、丁寧に。
静寂に包まれた空間に音を響かせることなく、そのバッグは地面の上へと座り込む。
その横に自分も同じように座り込んで、バッグをそっとなぞる。
初めて手に入れた自分だけの望遠鏡。それがこのバッグの中で眠ってる。
それだけでわくわくした。早くこの、自分だけの望遠鏡で探したかった。
本もいっぱい読んだ。
星座早見表も、呆れるほど眺めた。
彼女と二人で探したかったんだ。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月03日(火)22時55分21秒
「…遅いなあ」
私自身着てからまだ一分も経っていないけれど、そんな数分ですら長くて、
とても待ち遠しく感じる。
暇つぶしにバッグのベルトにぶら下げておいた小さなラジオをつけた。
ガガガ…、という雑音に顔をしかめながら、ダイヤルを回し周波数を合わせる。
『…んやは…か…れ…確立…は…』
電波が悪いのか、雑音交じりの聞き取りにくい天気予報に耳を傾けながら、
踏み切りの向こう側を眺めていた。
もう少しで彼女に会える。もう少しで、きっと見つかる。
彼女の姿が見えたと同時に、その滑稽な格好に笑ってしまいながら、
小さな声で叫んだ。
「二分の遅刻だよ」
彼女が浮かべる、ごめんの笑顔。
何だか嬉しくて困るよ。そんな顔向けられたら。
「荷物まとめてたら時間かかっちゃってさあ」
彼女の背中に背負われた緑と黄色のリュックが、パンパンに膨れている。
まるで本当のかぼちゃみたいだ。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月03日(火)22時56分32秒
「大袈裟すぎない?何が入ってるの?」
「図鑑とか」
「…私がいるんだからいらないと思うんだけど」
「たまにはあたしが星についてのウンチクを披露してみたいよぉ」
「ウンチクって…」
苦笑する私に、デヘヘと無邪気に笑う彼女。
バッグを肩にかけなおして顔を見合わせる。
はじめようか、天体観測。
口に出さなくても二人同時に歩き出した。
ラジオから聞こえる天気予報をBGMに、歩いていく。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月03日(火)22時57分05秒
二人だけでいられるその時間が好きだった。
お互い寒さに震えて寄り添いながら、見つけた星々に喜んで。
私の知識に興味津々そうな彼女の顔とか、眠たそうな子供の仕草で眠る、
大人びた寝顔とか。
忘れられないほどのたくさんの記憶や、二人で見た星の名前も全部覚えてる。
夜が更けても、いつまでもそんな時間にしがみついていた。
明日なんか来なくていいと思ってた。
深い闇に捕らわれたまま、彼女の震えた手にさえ気づけなかったくせに。
- 6 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)22時57分42秒
望遠鏡を覗き込む彼女の後ろ姿を眺めながら夜空を仰いだ。少し寒い。
防寒義を着込んではいるけれど、この寒さはちょっとキツイものがある。
こういうときこそジャンピングスクワットだと思ったけれど、
彼女が真剣に空を眺めてる横でそんな気が散るようなことをしてはいけないだろう。
都会から少し離れたこの場所は、少し空気が良いらしい。
冷たくピンと張った冬の寒さに肩を震わせながら、静かに、
暗闇を照らす星の光をボーっと眺める。
肉眼でも多少なら見えた。
「あ」
「あった?」
「…ダメだ。これ、この間教えてもらった奴だ」
「残念でした」
白く長い筒を傾けて、方向を変える。
「今日は見えるかなぁ、流れ星」
「…難しいかもね」
そっかあ、と残念そうに呟く彼女の声に、ちらりと視線を向ける。
白く消えるため息。幸せがまた逃げていく。
- 7 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)22時59分21秒
さっきから、ううん、今日で何回目のため息だろう。
今まで毎回のようにしてお互いため息をついて、見つからなくて。
どのくらいの数の幸せを逃したんだろう。もしかしたら、
一生分を失くしてしまったかも知れない。今からもっと失くすのかもしれない。
だから必死で暗い夜空に光る流れ星の雨を探した。
丸いレンズをあちこちに向けて、いまだ見たことのないその雨空を見るために。
そんな簡単に見つかれば苦労はしないけど。
肉眼で空を眺めていた彼女が不意に叫んだ。
「あ!あの何か微妙に光ってるあの星…」
「金星だよ」
「…それぐらいわかるよっ」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。
わかってるよ。
それだけ流れ星を見たいから、一生懸命探してるんだよね。
そっぽを向いてしまった彼女の頬を突付いて、様子を探ってみる。
- 8 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時00分56秒
ぷにぷに。ばっ。
「………」
ぷにぷにぷに。ばっ。
「………」
ぷに。ばっ。
「………」
ばっ!
「…何してんの」
「ご、ごめん。何か病み付きになって…」
なんだこのヤロー!と言いながら、逆に私の頬を突付き始める。
意味はわからなかったけど、楽しかった。
ずっとそうやってじゃれあってた。
- 9 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時01分27秒
今も思い出す。
予報外れの雨に降られて、濡れて、震えるその手。
静寂と暗闇に包まれて何も見えなかった空。
どうなるのかわからなくて、私も必死で、自分で精一杯で。
その手を握ってあげることすらできなかった。
『寒いよー、寒いよー、寒いよー…』
『…もう、少し黙ってて!!今帰る方法考えてるから!!』
『そういう言い方ないじゃん!寒いもんは寒いんだよー!』
たったそれぐらいのことで喧嘩した私たちもアレだけど。
- 10 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時02分19秒
少し塗装のはげた望遠鏡を覗き込む。
いくつもあったはずの星が見つけられない。二人で見た星の一つ一つを、
追うことができない。
少し曇りがちな夜空を見上げて、後ろを振り向く。
いつも見てた笑顔がそこにはなくて、誰もいないスペースに冷たい風が吹き込んだ。
あなたがいないだけでこんなにも空が違って見えるよ。
声に出さず小さく呟いて、消える白い息を眺める。
二人で探してた流れ星。
見つけたらどんな願いごとを言おうか、話してたっけ。
気がつけば彼女との思い出にしがみ付いてる私。
望遠鏡を手早く片付けて、暗い帰り道を駆け抜けた。
やっと気づいたこの胸の痛み。
たった一人の存在の大きさがよくわかったから。
見つけられるはずのものも見つけられないほど、一人ぼっちじゃ何もできなくて。
- 11 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時03分33秒
あの時手を握れなかった後悔と、
弱かったあの時の自分の愚かさ。
真っ白な頭の中で真っ先に浮かんだ言葉は、
部屋の時計で時間を確かめた。
少し傷ついた望遠鏡をバッグに詰める。
午前二時には少し遅れてしまうかもしれない。
それでも会いたい。
今すぐ会いたい。
約束なんてしてない。
いまさら仲直りなんて、遅いのかもしれない。
それでも玄関を飛び出して、静寂と暗闇の道を駆け抜けた。
息切れして乱れる呼吸音。
肩に食い込む荷物の重さも、今じゃ少しだけ軽く感じるようになったよ。
静かに佇む線路。前と何も変わってない。
ただ一つ違うこと、向こう岸にはまだ誰もいないけれど。
待ち続けるよ。
- 12 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時04分08秒
「…はじめよっか、天体観測」
二分後にあなたが来なくても。
「うん」
今もあなたと二人、流れ星を探してる。
- 13 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時05分16秒
- end.
- 14 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時05分49秒
- ☆ミ
- 15 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時06分42秒
- ★ミ
- 16 名前:12 天体観測 投稿日:2002年12月03日(火)23時07分29秒
- ☆ミ
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