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雨降り
- 1 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時33分08秒
- 路地裏で、一人泣いている少女。
優しく声をかけた。
「悲しい?」
少女は驚いた風に顔をあげ、まじまじと私の顔を見た後、また俯いた。
「それ、消してあげようか?」
「消せるもんなら消したいよ!でもそんなの無理だよ!」
「…まぁそれは信じてもらうしかないんだけど…どうよ?騙されたと思って、信じてみない?
私ならあんたの悲しみを全部消せる。綺麗さっぱりにね。まぁ多少の代償は頂くけど…」
「そんなこと出来るならやってみせてよ!」
少女は叫ぶように言い放った。
「おっけ。あぁ、ちなみに私の名前は市井」
「…そんなの興味ないわよ」
私は大袈裟に肩を竦めて見せた。
「そうだろうけどね…名前も知らない人に殺されるってのはいやでしょ?」
「何言って…!?」
- 2 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時33分43秒
手を少女に翳す。
暴力、苦痛、屈辱、孤独。
この子の悲しみは思った以上に深いみたいだ。
「…さよなら。悲しみのない国に」
少女の姿は、光となって天に昇った。
真っ暗な空から、雨の雫が舞い降りる。
少女の涙は雨になって、この街に降り注ぐ。
空に浮かぶ無数の顔。どれもこれもが俯き、暗い目をしているが、口元は微かな笑みを浮かべているようにも見える。
私が、手を下した人たちの顔。
その眼から舞い落ちる雫は、真珠でもダイヤでも敵わないほど、綺麗に思えた。
- 3 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時34分22秒
何人も、それこそ数え切れない人の涙を雨に変えてきた。
世界の悲しみの量は決まっている。
幸せが限られたものであるのと同じように。
私の役目はそれを調整する事だった。
悲しみが増えすぎれば、全ては狂う。
悲しみが少なすぎれば、幸せは色褪せる。
だから私は、誰かの涙を雨に変えて、降らす。
悲しみを分散する。
- 4 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時35分28秒
それは、中年のサラリーマン風の男だった。
深夜に、高層ビルの屋上で。
手にはカバンを持ち、革靴を履いて。
街を見下ろしていた。
私は声をかけたが。男は全く気づかない。
そして、男は私の目の前で、飛び降りた。
私は慌ててビルを降り、その男のもとに急いだ。
男の体から、どくどくと溢れる、嫌な色の液体。
悲しみが腐った、その末路。
吐き気がした。嫌悪感でいっぱいになった。
そして私は決めた。迷いを捨てることを。
- 5 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時36分09秒
雨の中を、私は歩いていた。
空には、私を見下す視線があった。
そこには、先ほど新しい雨を降らせた少年の顔も加わっていた。
私は俯いて、手をポケットに突っ込んで歩いた。
雨音の中に、かすかにだけどすすり泣きの声を聞いた。
その主は、私と同年代ぐらいの少女だった。
隅に蹲って、膝を抱きしめて泣いていた。
「悲しい?」
私はいつものように語りかけた。
- 6 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時37分06秒
「えっ…?」
少女が顔をあげる。視線が真正面からぶつかった。
私はなぜかそこで、次の言葉が出なくなってしまった。
暫く無言で見詰め合った後、少女が口を開いた。
「どうして…あなたも泣いてるの?」
「え…?」
気づかなかった。頬を伝う流れを。
そして、気づかせられた。
私が本当に消したかったのは…自分自身だということを。
- 7 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時37分37秒
空の上の視線たちは、今は恨めしげに私を見下ろしていた。
私は笑った。自分のしてきた事を思って。
一つ、思い出したことがある。
最初の時も、こうだった。
もっとも、あの時は私の立場は逆だったが。
「あんた…名前は?」
「…後藤」
「そう…。いや、名前ぐらい聞いときたいなって思ってね」
そして、私は光になり、天に昇った。
今は、空から私の役目を担わせてしまった少女を見守っている。
時に、少女の不運と、その結末を想い、涙を流しながら。
- 8 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時38分11秒
- おわり。
- 9 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時38分48秒
- ――――
- 10 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時39分22秒
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- 11 名前:10、雨降り 投稿日:2002年12月03日(火)16時39分52秒
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