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ダイヤモンドレイン

1 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)15時56分59秒
「あ、端っこ…」
「うっそー!?いいなぁ、あさ美ちゃん」
「えっ…いや…あ、あの…」

春も半ば終りに差し掛かったあの日、外は大粒の雨が降っていた。

今日と同じ、大粒の雨が。



───ダイヤモンドレイン
2 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時02分55秒
暖かい日が当たり前のように続くと、季節は生徒たちの服を一枚、また一枚と脱がしていく。
しかし、この日は発達した寒冷前線に加え風もあり、薄着で登校した生徒には意地悪だった。
ほぅと口から息を吐くとそれは気持ち白く、満開のステージを終えた葉っぱ混じりの桜へすっと溶けていく。
所々に薄くピンクを彩り、何処となく春の名残を感じさせたこの風景も、この雨でなくなってしまうだろう。

「まこっちゃん、頭に桜の花びらが付いてるよ」
「ん?あれれ。よっ、よっ、取れたー?」
「取れてないよー。はははっ、まこっちゃんおっかしぃー」

教室は天候に左右されることなく、生徒たちの元気な声が廊下へも突き抜ける。
憂鬱の雨と感じる者がいないのは若さゆえか。
小学生から中学生への階段を上る前は、それはそれは大人への第一歩と抑えられぬ不安はあったのだけど、
蓋を空けてみればその延長線上にいるようなものであった。
もっとも、ここから変わっていくのだろうけど。
3 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時04分04秒
この学校に入学してから、早いもので一ヶ月が過ぎようとしている。
父の仕事の都合で止む無く転校ということになってしまったのだが、父のはからいだったのだろうか。
小学校の卒業までは転校ということを知らされず、地元の同級生と共に過ごすことができた。
やがて迎えた卒業。
父の転勤先は地名もろくに聞いたことのない場所である。
私の中学生生活は、新しい空気とこれまでとは打って変わる静かな環境において始まった。

友達はいない。

遊び盛りだった小学生の頃も顔見知り程度で、親友や悪友といった枠に当てはまる友達はいなかった。
それは私がこんな性格だからだ。
言葉数は少なく近寄り難い。学園物のアニメでは教室の隅に居る典型的な目立たない生徒。
この例えが一番ぴったりだと思う。
思い浮かべた理想のアニメヒロインとは程遠い自分がここに居る。

落ち込んだこともあったけれど、今はしっかり自覚している。これが自分なのだと。
中学一年生とはいえ、一応自分のことは自分が一番わかっているつもりだから。
4 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時04分51秒
スクールライフというのは社会と同じく、
取り繕った笑顔と、長いものに巻かれていけばどうにか上手くやっていけるもので。
少し大人びたことのように聞こえるけど、独りで居ることが多い私は周囲を冷静に見ることができるためか、
それは電車通勤のサラリーマンが、同じサラリーマンや他の人間を見る“人間観察”に似ており、
私をそうさせた原因なのだと思う。
でも実際は口数少ないし、クラスメイトと盛り上がるような話をすることは苦手だったので、
自分が同級生よりも大人かと聞かれれば「はい」と頷くことはできないし、
長いものに巻かれているかと言われれば自信もない。
だって、苦手なんだもの。
大人は何でもそつなくこなすイメージがある。
そんな大人には程遠い自分もここに居る。

なんだかんだで、教室では目立たないのが自分であり、居場所なのかな。
でも…

「何がおかしいんだよー。あんまりからかうと噛み付いちゃうゾ!がおー!!」
「やだやだ、まこっちゃんっ、キャハハ、もうやめてよぉ」

羨ましいな…
5 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時05分57秒
◇◆◇

昼休みの雰囲気が崩れることなく始まったホームルーム。
正確にはホームルームではないのだけど、担任の先生が受け持つ国語の授業を潰して、
予てから要望があった席替えを行なうのだという。だから五時間目はまるまる席替えの時間だ。

「公平にくじ引きでやりたいと思いますので、男子女子の出席番号が一番早い人同士じゃんけんをしてください。
 勝った方から先に引いていってもらいます」


『じゃ〜んけ〜ん…ぽん!!!』


中学生生活も慣れない四月当初、立候補によって決定した室長がホームルームを円滑に進める。
誰も何も知らないあの状況で、よく立候補なんかできたものだ。
それとも地元の小学生の多くが、エレベーター式でこの中学校へ入学しているのだろうか。
転校しても新規一転で、すぐ友達に馴染めるようにと父が時期を合わせてくれたのはいいのだけれど、
はじめから妙な疎外感を感じたのはそのためなのだろうか。
まぁどちらにしても、自ら人前へ買って出る人達へと私が抱く尊敬の意は変わらないのだが。
6 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時07分55秒
じゃんけんは男子が勝った。
叫び声と共に握り拳を天井へ掲げた姿は誇らしく、そしてその他の男子はまるで民主主義を先導して勝ち取った
勇者のごとく賞賛の声を浴びせる。
ざまあみろ、と言わんばかりのからかいを女子に見せる者、はしゃいで大声を上げる者、それぞれが一種一様で
冷静に見ていると楽しい。が、はて、席替えってそんなに楽しいものだろうか。
嫌な顔をしている生徒がいないところを見ると、こんな疑問が涌くのは私だけなのかも。

雨は午後も降ることを止めず、むしろその強さを増したようだった。
床に塗り立てたばかりのワックスと湿った空気が混ざり、何とも表現し難い匂いが教室を包み込む。

数十分経っただろうか。待つにしても苦にならない程度の時間で、私にくじ引きの番が迫りつつあった。
黒板にフリーハンドで書かれている席に見立てた図に目をやると、運が良いのか悪いのか、
全体的に上の方が塗り潰されている量を多く感じる。男子はじゃんけんで運を使い果たしたのだろうか。
残された席は一般的に“人気席”と言われる場所がいくつもあった。
7 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時12分23秒
「やったぁ!!端っこゲットォー!!」
「マジ!?いいなぁ麻琴、俺と席交換しようぜ」
「ばーか、ヤだよ。一応聞いてやるけど、あんた何処なのさ」
「教卓の前」
「ははははっ、一番前かー!あんたにぴったしじゃん」
「うっせー!」

一ヶ月も過ぎると、誰が中心にクラスが動いているのかくらいは分かってくる。
所謂、クラスのムードメーカーと呼ばれる男子と、女子の間で何かと目立っている小川さんのやりとりだ。

「お前ら二人はどっちにしろこの特等席にいた方がいいんだがな」

やりとりに見兼ねた先生が、特等席と名打って教卓と向い合う席を指差し、二人にちゃちゃを入れた。
クラスがどっと笑いの渦に巻き込まれる。
こんなことができるのはその人の特筆すべき人間性というか。
RPGをよくプレイする私としては、人間性というよりもむしろ魔法使いや特種能力を持つエスパーという例えが
先に浮かんでしまう。
もっともそれが転職で簡単に身に付けられるものならば、今のような私は存在しないのだろうけど。
8 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時14分39秒
「でもなぁ、もういっこ後の席がよかったなぁ」

先生が言う特等席が教卓の前ならば、窓側の最後尾は生徒にとっての特等席。
退屈な授業なら尚更、その席の稀少価値は上がった。

どうやら小川さんはその席の一つ前を引き当てたらしい。
しかし、例え彼女が最後尾を引き当てたとしても、彼女の持つ絶対的な存在感は変わらないだろうから、
居眠りすることさえも目立ってしまい、許されないのだろう。そう思うとくすりと笑いが込み上げた。
先程の笑いの渦からタイミングよくずれて込み上げたそれは、同時に何人かのクラスメイトと
目が合ってしまい、思い出し笑いをしているように思われた、と思うと私の頬は少し赤くなった。

「次、紺野さんの番だよ」
「ご、ごめんなさい」

恥かしいことで頭がいっぱいになり、目の前に迫ったくじ引きの番を把握することさえもできなかった。
これはこれでまた恥かしい。

複数名から視線を浴びるのは嫌いだ。どうしたらいいのか分からなくなるから。
目立たない方へ目立たない方へ。
9 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時16分29秒
自然とこうしてしまう自分にとっては、教卓に設置された箱からくじを引くというだけという行為でさえも、
取り留めのないどきどき感に襲われる。くじを引く瞬間、皆の視線が一点に私へと集中されるからだ。
そんなことを考えていると、ほんのり染まった私の頬が更にその赤さを増した。

流れるように、自然に流れるように済ませれば。

しかし、私の思惑とは裏腹に、神様が与えた運命はまるで私の全てを知っていながらも
敢えて意地悪しているかのようで、この時ばかりは本当に恨んだ。

「A−7…あ、端っこ…」
「うっそー!?いいな!いいな!あさ美ちゃん!」
「えっ…いや…あ、あの…」

それはまるで大の仲良しが自分のことのように喜んだり、驚いたりしているようで。
案の定というか、数番前で悔しがっていた小川さんは私の引いたくじを指差し大声で叫んだ。

何やってんだよ、私。
こんな席引くんじゃないよ…
10 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時17分02秒
クラスの色となる中心人物に憧れているわけではない、と言えば嘘になってしまうのだけど、
自分から目立とうとも思わないし、ましてやそんな輝かしいものなど持ち合わせていない。
平凡なイチクラスメイトとして埋没していく定め。
そしてそれが一番似合う。

俯き何も反応できなかった私は、しばしクラスのムードを白けさせた。
でもいいんだ。
これ以上視線を浴びることもなかったから。

◇◆◇

雨は繁々と伸びる雑草を潤す。
雨は乾いて熱を帯びる地面を潤す。

雨は生命の源。


でも何故か悲しいのはあのせいなのだろう…


桜にかわり、道の端々を紫陽花が彩る。
登校途中に葉の先端で落っこちそうなカタツムリを見つけると、思わず笑みが浮かんだ。
あまり笑うことの日常において自然な笑顔くれた、微笑ましい光景にするせめてものお礼。
カタツムリさんがんばれ。
11 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時19分42秒
「あさ美ちゃん、おっはよー!!」
「あ、小川さんおはよう」

あの日から私は小川さんとよく喋る。
喋るというよりは、小川さんの方から一方的に話を振られるような形なのだけど。

あまり、いや、クラスで全然目立たない私の名前を、どうしてあの時小川さんは知っていたのだろう。
しかし、その疑問は深く考えることなく、朝のホームルーム前の騒がしい教室へと消えた。

「愛ちゃん、おっはよー!!ねぇねぇ昨日さ──」

答えは簡単。
彼女はクラス全員の名前を知っている。
"紺野あさ美"も彼女にとっての"クラスメイト"であり、ただそれだけのこと。
表面上ではあったのだけど、彼女が他の友達と同じか、それ以上に仲良く喋っているのは少し悔しい。
お互い放課後遊んだり、休日には買い物で出掛けたり、そういう関係ではないのだから当然といえば当然だろう。

小川さんと話すようになってから、私はずいぶん救われたように感じる。
席替えの時、大声で叫んだ小川さんを嫌いになったわけではない。
自分の理想を鏡に映すと、そこにはアニメのヒロインではなく、いつしか小川さんが立っていた。
12 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時20分32秒
あの子とは普段からよく遊ぶのかな。
耳を立てると日曜日の会話が聞こえてきた。
湿気漂う教室の中。

外は今日も雨───

それはまるで私の心模様みたいで。

でも

「あさ美ちゃん、お昼一緒に食べよー」
「え…あ、私でいいの?」

距離は近付きつつあった。

「何言ってんだよー。マコトはあさ美ちゃんと食べたいの」

きょとんとし、思わず聞き返してしまう私を尻目に、小川さんは人差し指で私の頬を突付いた。
太陽のような笑顔を浮かべる小川さんは、雨のじめじめとした空気を取り払う。
彼女の近くに居るだけで、少し早い夏の到来を感じた。

「あ、うん。じゃ一緒に食べよう」

小川さんは私と居てどんなメリットがあるのだろう?
そんな疑問が浮かんでは、言葉にならず消える。
考えることだけに神経が集中していた私は、向い合う彼女のブラウスの第一ボタンを一点に見つめ、
ぼーっとしながら卵焼きを頬張っていた。
13 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時22分05秒
「…ぇ…ねぇってば。おーい、あさ美ちゃーん」
「!?」
「どうしたの?ぼーっとしちゃって」
「ご、ごめんっ。なんだった?」

教室のざわめきから彼女の声が飛び抜ける。
平気な顔をして大きな声を出せるのは羨ましいのだけど、一緒に居るとちょっぴり恥かしい。
加えて表情豊かな彼女は口を尖らせたかと思うと、今度は我に返り少し取り乱した私を見て
柔らかい表情を浮かべた。

「明日遊ぼう」
「…え?」
「明日学校休みじゃん。創立記念日で」

創立記念日とは、生徒たちにとって思いもよらない休日の一つであり、
ましてや前日までそうだということを知らなかったとくれば、その喜びはもはや形容し難い。

断る理由はなかった。
明日は学校だと思い込んでいたんだ。予定もない。
ただ、素直に返事をできない自分が居る。
私と居ることで小川さんにはどんなメリットがあるのだろう…
そんなことばかり考えてしまうんだ。

「何か予定あるの?」
「ううん、ないけど…」
「なら決まり!!」
「あ、でも小川さんは──」
14 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時22分39秒
彼女が「嫌だ」と言うはずはなかった。
それは小川さんだから。
そういうところに安心感を抱いていたのかもしれない。
知ってるにも関わらず、聞こうとした私は少しずるいかな。
言いかけてやめた口が舌を噛んだ。

「ねぇ、とりあえずその"小川さん"っていうの、やめない?」
「えっ、どうして?」
「私もあさ美ちゃんって呼んでることだし、あさ美ちゃんも私のこと名前で呼んで欲しいんだけどな」
「…それじゃ…まこっ…ちゃん」

今日はそれっきり、小川さんを"まこっちゃん"と呼ぶことはなかった。
何故こんなにも、人の名前を呼ぶことが恥かしかったのだろう。
それは人が人に心を許した瞬間だったのかもしれない。
私は俯き、口をきゅっと閉めた。
今日は一日中雨だと朝の天気予報が言っていたけども、
どしゃ降り雨は小雨へと変わり、薄い雲の切れ目から心なしか太陽が顔を覗かせた。
15 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時23分24秒
◇◆◇

約束の時間は十四時。
朝は何とかもっていた天気も、午後になって本降りの気配を匂わせながらぽつりぽつりと降り始めた。

「そうだ!明日は秘密基地を作ろう!!」

なんて、私の顔を見てどこからそんなことが思い浮かんだのか。
今日が雨だということは分かっていた。
それでも楽しみで仕方なかった。
自然とこぼれ出る笑顔にてるてるぼうずを一つ。
雨なんてあとはまこっちゃんが吹き飛ばしてくれる。
約束の時間まであと一時間。
雲一つない青空に変わるには充分な時間だ。

秘密基地ってなんだろう。

およそ想像がつかなかった私は、小さなスコップとピクニックシートを入れたリュックを用意し、
まるで山へ遠足にでも行くかのような格好をしていた。
待ち合わせ場所の鉄橋の下までは歩いて十五分。
些細なことでも届けばと、私は二つ目のてるてるぼうずを作り始めた。
16 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時23分58秒
しかし、都合のいい時にだけ神に頼るなとのお告げなのだろうか。
儚くもその願いはどす黒い雨雲へと消えた。

「あさ美、お母さんちょっと買い物に行ってくるから。留守番お願いね」
「あ、私約束があるから戸締り…」
「お父さんの会社から電話が入る予定なの。すぐ帰ってくるから、その間だけ」

「わかった。すぐ帰ってきてね───

──


17 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時24分37秒
雨は本降りだ。
走っても間に合わないことくらいは分かっている。

「すぐ帰って来るって言ったの!お母さんのバカっ!」

そう言って家を飛び出してから数十分。
時間はすでに十九時前だ。
視界は風混じりの強い雨に塞がれ、もともと走ることが得意じゃない私の行く手をこれでもかと阻む。
土手にできた水溜りはスニーカーを泥水まみれし、傘ももはやその意味を成していない。
息が切れ、横っ腹の痛みと格闘する中で、もう駄目という言葉が浮かんでは、私はそれを必死でかき消した。

そして彼女が視界に飛び込んだ。

教室ではいつも屈託のない笑顔を浮かべる彼女のオーバーオール姿に、足すことの活発さを感じた。
でも、雰囲気の違いは普段着だから、というものではないことくらい分かっている。
傘も差さず、ずぶ濡れの中で、彼女は私を待っていたんだ。
18 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時25分29秒
「ごめ──」
「どうして…どうして来なかったの!?」

「あの、家の」
「もういいよ!バカっ!!」

さっきお母さんに言った言葉がそのまま返ってきたように思えた。
私は彼女に抱いた幻想を、脆くも自分で壊すことになる。

まこっちゃんと遊べたらどんなに楽しいのだろう───

彼女が去った鉄橋の下には、秘密基地に使われるであろう物がたくさん置いてあった。

「…スコップって…私…本当にばかだよ…」

濡れて強度を無くしたダンボールに触れると、何ともいえない感情がこみ上げ、私は泣いた。
鉄橋の上を電車が通るその音が、普段より鮮明に聞こえ、虚しい。


私の転校が決まったのはその日のうちだった。
19 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時26分00秒
翌日、学校に行くと、そこにまこっちゃんの姿はなかった。

「小川は熱で休みだ。季節の変わり目だから皆も気をつけるように」

違う。
私のせいだ。
そう思うと取り留めのない思いで胸が熱く苦しくなる。
お見舞いに行きたい。行って昨日のことをきちんと謝りたい。
でも家なんて知らないし。

それに…もう合わす顔がない。

どうすることもできない私の心は、日を過ぎさせることしかできなかった。
二日、三日…まこっちゃんは学校に来ない。

そして、急遽決まった転校の日を迎えることになる。
ここ数日、父の勤める会社から頻繁に電話があったのは
父が元の勤め先、つまり地元へ戻ることが決定するか否かのことだったのだ。
留守番もこのためだった。
20 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時27分04秒
「本当にいいんだな?」
「はい、お別れ会とか、そんなみんなの時間を取るのは悪いので」

今日の授業の終りに、皆に転校することを告げると教室は少しざわめいたが、
気にするほどのものでもなくすぐに収まった。
これがまこっちゃんだったりしたら、ざわめきどころの騒ぎではないのだろう。
つくづく自分の存在感のなさを知る。
その後、職員室で先生に最後の挨拶を終えると、私は学校を後にした。

まこっちゃん、ごめんね。
私はもういなくなるから、気まずい思いをすることなく、教室でいつもの元気を振りまいてください。
ありがとう…

「あさ美、そろそろ行くぞ」
「うん」

心模様にどんよりとした雲。
意地悪な天気は晴天。
短い間だったけど、何故か思い出は地元にいた頃よりも多い。
地元に戻れば、それこそここより多い、小学生の頃の顔見知りがいる。

でも…

煮え滾らない複雑な思いを乗せ、車は走り出した。
21 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時27分54秒
◇◆◇

「そういえばあさ美が学校に行ってる時間にお友達が来てね」
「…お友達?」
「そうよ。小川さんっていう子かしら。それでこれを渡されたのよ。元気でね、だって。
 良いお友達ね」

言葉が出なかった。

あんなことで、まこっちゃんは私を心底嫌うはずないんだよ。
だって、だって…

まこっちゃんはまこっちゃんだから…

なんで謝れなかったんだよ。
なんでお見舞いに行かなかったんだよ。

まこっちゃん…

空が何処までも繋がっているというのなら、
この思いが届いて欲しい。

ごめんね…

ごめんね…
22 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時28分45秒
車の窓の外から、光り輝くプリズムが目に差す。
あの時彼女は泣いていなかった。
けれど、晴れ渡る空から降る天気雨は、まるで笑顔の絶えないまこっちゃんの涙のようで。
光の中、落ちる雨滴は宝石のような輝きと神秘さを帯び降り注ぐ。

母から渡されたクマのぬいぐるみを抱き締めると、私はまこっちゃんと一緒に泣いた。

涙雨は今も降っている───
23 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時29分21秒
24 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時29分54秒
25 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)16時30分30秒
26 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)17時43分12秒
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27 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)17時43分50秒
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28 名前:04ダイヤモンドレイン 投稿日:2002年12月02日(月)17時44分21秒
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