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rainfall
- 1 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時47分26秒
- 雨が降っていた。
1985年4月12日。
天気予報とは裏腹に
1日中雨が降り続いていた。
この日、この時、この瞬間、
別に誰もそれを不思議とは思わなかった。
天気予報も時には外れたりするものだから。
- 2 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時48分25秒
- けれど、1歳、2歳、3歳と
毎年この日は雨だった。
前の日がどんなに快晴でも
翌4月12日が晴れる事はなかった。
17歳になった時も
やはり雨だった。
11日の午後10時頃までは
見渡す限りの星空だったはずが
12日を目前に
段々、段々と曇り始め
0時を回る頃
雨が、空から降って来た。
生まれた年も含め
18年連続で4月12日は
雨が降っていたのだ。
- 3 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時49分04秒
- 中学生の頃
同じ小学校出身のクラスメイトが
何気なく呟いた言葉。
「そういえばひとみちゃんの誕生日って
よく雨が降るよね?」
吉澤が最も恐れていた言葉。
自分自身も気付いてはいたが
あえて知らないふりをしていた事。
それを彼女は言い放った。
「もしかして
毎年降ってんじゃない?」
他の生徒は言う。
それに反論する言葉を持たない吉澤。
「…って、嘘…マジで…。」
- 4 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時49分42秒
- 話をしていた生徒の輪が
少し広がった。
全員が数歩引いたからだ。
その日から
吉澤と他の生徒との関係が
少しだけ変わった。
皆、雨が降ると吉澤の噂話をし
誕生日が近付くと
雨が降るかどうか賭けをした。
そして案の定雨は降り
また一歩
吉澤と他の生徒との距離が遠くなる。
- 5 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時50分24秒
- そんな中学生生活を送っていて
3年の時、吉澤はある日突然
アイドルになる事になる。
言わば、脱走だったのかもしれない。
自分の事を誰ひとりと知らない世界への脱走。
けれど、逃げた所で
何かが変わる訳じゃない。
4月12日に雨が降り続く事実を
変える事など出来ないのだから。
- 6 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時51分02秒
- 何も、変わってはいない。
けれど、吉澤のくすんだ心に
一筋の光が射し込んでいた。
中澤裕子。
彼女への憧れや尊敬心が
腐敗してしまっていた吉澤の心の中で
唯一、純粋と呼べるもので
中澤と談笑する事で
ほんの僅かながらも
抱えているコンプレックスを
忘れる事が出来たから。
- 7 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時51分41秒
×××
去年。
2002年4月12日。
偶然、中澤と同じレギュラー番組の収録日だったこの日
吉澤は中澤と話をしていた。
窓の外には暗い空と
激しく降りつける雨。
それを背にして。
- 8 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時52分34秒
- 「…今日、雨じゃないっすか…。」
「あぁ、そうやな。」
「去年も、雨だったんすよ…。」
「へぇ、そうなんや。」
「その前も雨で…。」
「…ふーん…。」
「その前も雨…。
ずっと、雨が降ってるんすよ、この日。」
「そ、そうなん?」
「吉澤が生まれた日も雨で…
なんか、まるで神様が
吉澤が生まれてきた事を
嘆いてるみたいで…。」
「そんな事ないって。」
「吉澤の産声掻き消して
まるでなかった事にしたいみたいに…。」
「考え過ぎやって。
たまたまやんか。」
「…だけど…。何か、吉澤は…
世界の誰にも、何にも祝福されずに
生まれて来ちゃったんじゃないかって。」
眉毛を八の字にして
中澤の両肩を掴み
そう詰め寄る吉澤に
中澤は何も言ってあげる事が出来なかった。
- 9 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時53分25秒
×××
そして現在。
2003年4月12日。
今、日付が変わったばかり。
0時を回った所。
中澤は自分の部屋の窓の外を眺めていた。
「…雨、か…。」
レースのカーテンを閉めた後
少し、考え込んだ。
19回目の4月12日を
18歳の誕生日を
吉澤はどんな気持ちで迎えているのだろうか。
去年、あんなにも深刻そうな顔をしていたから
きっと今年はもっと辛いであろう事は
容易に想像出来た。
- 10 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時53分59秒
- 厚手のカーテンも閉めて。
部屋の明かりも消して。
テレビの上に置いてある鍵を握り締めて。
さっき脱いだばかりの春物のジャケットを羽織って。
ヒールのある黒い靴を履いて。
マンションを飛び出した中澤の目的地は
吉澤の家。
- 11 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時54分46秒
- すぐそこでタクシーを拾い
何分かかるかも分からない吉澤の家を目指す。
何をするのかなんてまだ決めていない。
もしも、いなかったら
もしも、もう眠っていたら
そんな事は、知らない。
ただ、行かなきゃいけない気がするから
呼んでいる気がしたから
だから、行くだけ。
ケータイを忘れたけど
傘も忘れたけど
今はそれどころじゃない。
とにかく中澤は1秒でも早く吉澤に会いたかった。
会わなきゃいけない気がしてた。
- 12 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時55分25秒
- 吉澤の家に着いた頃
今が何時なのか中澤には分からなかった。
だけどまだ周りの家のいくつかでは
灯りがもれていたから
そんなに深い時間ではないだろうと予想した。
目の前には吉澤の家。
空からは雨の雫。
何をどうすればいいのか分からず
立ち尽くす中澤。
- 13 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時56分21秒
×××
布団に包まっていた。
CDの音量を上げて。
何も見えないように。
何も聞こえないように。
だけど、聞こえるはずがないのに
耳の奥で雨の降る音がしていた。
真っ暗な視界に、白い雨の筋が映っていた。
恐怖さえ覚える。
雨が、自分を呑み込んでしまおうとしているのではいだろうか
そんな気さえしていた。
吉澤を呑み込み、世界が望むように
この世から消し去ろうとしているかのように。
- 14 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時57分03秒
- 雨を無視する事を諦め、体を起す吉澤。
閉じられたカーテンの外で、何かが光っていた。
恐る恐る窓に近付き、少しだけカーテンを開けその外を覗く。
去っていくタクシーと立ち尽くす1人の女の人。
さっきの光はタクシーのヘッドライトで
そこに立っている人は紛れもなく
中澤裕子、その人だった。
- 15 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時57分41秒
- 雨が、中澤の体を叩いていく。
その雫が、指先を、ジャケットの裾を滑り落ちていく。
「…吉澤…。」
中澤の呟きに返事をするかのように
玄関に明かりが灯る。
ゆっくりと開くドアの奥から姿を見せた吉澤。
- 16 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時58分23秒
- 「中澤、さん…。」
慌てて靴を履いて中澤の元へ駆け寄る。
手にしていたタオルをその頭からかけてあげて。
「何してんすか?
風邪、ひいちゃいますよ?」
吉澤の体だって雨に打たれている。
「…。元気やった…?
泣いてへんかった?」
不意に中澤の両腕が吉澤を抱きしめる。
「…。大丈夫ですよ…。」
「…あかん。強がりはあかんよ…。」
思い出した。
1年間忘れてしまっていたけれど
中澤は吉澤に言いたかった言葉があった。
- 17 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)12時59分37秒
- 「…吉澤…。」
「…はい。」
「…この雨はな、あんたが生まれて来た喜びの涙やねん。
嘆いてるんとは違う。喜んどんねん…。」
18歳の誕生日も雨だけど
「…おめでとう、吉澤。」
と、中澤は言ってくれるから。
それでもいいんじゃないかなと吉澤は
少し、そう思う事が出来た。
END
- 18 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)13時01分23秒
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- 19 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)13時01分54秒
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- 20 名前:03rainfall 投稿日:2002年12月02日(月)13時02分34秒
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