08 シンパシー
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 23:59
- 08 シンパシー
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 23:59
- ◆
割のいいバイトだと思った。
拘束期間は1週間、報酬20万円。
日給3万弱という報酬は、暇人フリーターの私にとってはこの上ない魅力だった。
詳しくは分からないけど、どうやら行動心理学か何かの研究らしい。
私は被験者として実験に協力するのだ。
よく大学生なんかが小銭稼ぎでやっているアルバイトである。
どんな実験なのかはよく分からない。
誘ってくれた友人の話では、研究所の一室で1週間、ただ普通に生活するだけだという。
それだけで20万も貰えるなら儲けものだ。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 00:00
-
◆
エレベーターは3階で止まった。
白衣を着た女性の研究員に連れられて、長い廊下を進んでいく。
研究所の中は清潔で明るく、病院みたいな匂いがした。
人気はなく、自分たちの足音だけが廊下に響いている。
ドアには【J316】と書かれたプレートがあった。
「こちらです。 どうぞ、石川さん」
研究員に促されて、私はその部屋に入った。
壁、床、天井、すべてが真っ白な部屋だった。
右奥のほうに、真っ白なベッドが備え付けられている。
左奥にはドアが1つ。
テレビもないし、窓もない。
ここが世間から隔離された空間だということは理解できた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 00:15
- 「あなたには1週間、このJ316号室で生活していただきます。
あちらの左奥のドアがユニットバスになってますんで」
「はい」
「今からこの服に着替えてください。
脱いだ私服のほうは私たちに預けてください」
「……はぁ」
「何かございましたら、入り口の横にある電話からお願いします。
受話器を取れば研究室のほうに繋がりますから」
「あ、これか……はい」
「部屋の中は監視カメラで24時間チェックされています。
あ、もちろんお風呂とトイレにはカメラはないのでご安心を」
「分かりました」
「それでは、5分後くらいにまた来ます。 着替えておいてくださいね」
手渡されたのは、いかにも実験の被験者が着るような白いパジャマだった。
それに、白いパンツと白いキャミソール。
下着まで着替えなきゃいけないのか。
部屋に監視カメラが設置されていることを思い出し、
ユニットバスの中で着替えた。
少し経ってさっきの研究員が部屋に来たので、脱いだ私服を預けて、
昼の12時から実験開始となった。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 22:59
-
◆
ベッドの上で体育座りをして、私はぼーっと白い壁を見つめていた。
暇すぎる。
テレビも新聞もパソコンもない、漫画も雑誌もない。
何もない真っ白な部屋で、私は1週間も1人ぼっちで過ごさなければならないのだ。
時計を見た。 12時27分。
実験が始まってから、まだ30分も経っていないらしい。
もう3時間くらい経ったかと思ったよ。
何もすることがないと、こんなに時間が経つのが遅いのか。
こんなのが1週間も続くかと思うと気が狂いそうだ。
―――。
ふと物音が聞こえた気がした。
布を引きずるような、床が軋むような。
人の足音だと気づく。
私はベッドから降りて、何もない部屋の中をぐるりと見回した。
「……あ」
今まで気づかなかった。
壁の下部に四角く穴が空いていて、細い鉄格子が4本ほど、申し訳程度に
はめ込まれている。
私は土下座して床に顔をこすり付けるような体勢で、
そこから隣の部屋を覗き込んだ。
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- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:00
- 危うく声を上げそうになった。
女の子がいる。
ここからじゃ後ろ姿しか見えないけど。
彼女は私と同じ、研究員から渡された白いパジャマを着ている。
ああ、この子も被験者の1人なんだ、とすぐに分かった。
彼女は膝を抱えて床に座り、何もない白い壁をじっと見つめていた。
暇なのだろう。
本当になんにも無いもんなぁ、この部屋。
私もこれから1週間こんな所で耐えられる自信がない。
そうだ。 友達になろう。
あの女の子と仲良くなってお喋りでもしていれば、この退屈な実験も
少しは楽しくなるかもしれない。
「あのー、すいません」
私は彼女を驚かせないよう、控えめに話しかけた。
「あなたも被験者の方ですか?」
彼女が振り向いた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:00
-
◆
彼女は吉澤と名乗った。
私と同じく、実験に協力しているバイトの子らしい。
「しかし暇だよねー、この部屋なんっにもないし」
「まだ1時間しか経ってないとか信じらんない」
「隣に石川さんいてよかったよ」
「私も! 吉澤さんがいなかったら退屈すぎて死んでた」
本当によかった。
仲間がいると思うだけで心強い。
「そういえばご飯ってどうするのかな」
「時間になったら研究所の人がここに持ってきてくれるよ。
朝が7時、昼が12時、夜が19時って言ってた」
「え…じゃあ少なくとも朝7時には起こされるってことだよね」
「そうだね」
「やだぁー、私早起き苦手〜」
「まぁやることないから夜も早く寝ちゃうだろうし、別に平気じゃね?」
私は実験の内容もよく伝えられないままやっていたのだが、
吉澤さんはある程度詳しく説明を聞いているようだ。
「だって自分が実験体にされてるのに実験の内容も分かんなかったら不安じゃん。
研究所の人が全然説明しないまま始めようとするからさ、こっちから色々聞き出したよ」
「そうなんだー。 さすが吉澤さん」
「いや、さすがとかじゃないだろ、これが普通だろ」
吉澤さんは呆れたように言った。
私って昔から行き当たりばったりな所あるからなぁ。
だからこうして定職にもつかずフリーターなんかやってるんだろうけど。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:01
- 「そういえば吉澤さんって大学生?」
「ああ? うん、まぁね。 っていうか院の2年目だけど」
「へぇー、院生なんだ。 じゃあ理系だったりする?」
「うん。 理系で院にいると、こういう実験のバイトの話もよく入ってくるから」
「じゃあこういうの慣れてるんだね」
「そんな頻繁にやるわけじゃないけどね。 石川さんは? 学生?」
「私はフリーターだよ。 短大出て1回就職したんだけど、上司からはセクハラされるし
OL仲間もなぜか私のことハブるし、職場が嫌になって辞めちゃった」
「あぁー、なんか分かるわ」
「何が?」
「石川さん友達できなさそうだもん」
「ひっどーい! なんで? なんで? あっ、でもそのOLやってた時にね…」
私たちは退屈さを紛らわすように、どうでもいいことを話し続ける。
時計はもう3時を回っていた。
誰かと喋っていると時間が経つのが早い。
「それでね、みんな酷いんだよ。
休憩時間とか、トイレで楽しそうにきゃーきゃー喋ってたのにさ、
私がトイレに入った瞬間、ぴたっと喋るのやめたり」
「あー」
「女子飲みとか言って職場の女の人だけで集まって飲み会するのに、
なぜか私だけ呼ばれてないし」
「へぇ」
「そういえば小学生の時も、クラスの子の誕生日会に私だけ呼ばれなかったんだよねー。
なんでかな? 私って昔から男の子には人気あったから、みんな嫉妬してたのかな」
「はぁ」
私は壁に寄り掛かってベッドの上に座り、隣の部屋の吉澤さんにずっと話しかけていた。
私はもともと喋るのが大好きなのだが、吉澤さんはそうでもないみたいで、
2時間ほど経った時にはほとんど私1人が喋っている状態だった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:02
-
◆
運ばれてきた夕食は意外と豪華だった。
デミグラスソースのかかったほかほかのハンバーグに目玉焼き、ポテト、ブロッコリー。
「わぁ、おいしーい!」
瑞々しいトマトやレタスのサラダには、大好きなシーザードレッシングがかかっていた。
隣の部屋からも、ナイフとフォークをカチャカチャと動かす音がする。
吉澤さんもハンバーグかな。
私は床に寝そべって、あの穴から隣の部屋を覗き込んだ。
吉澤さんは向こう側のベッドに胡坐をかいて座り、ハンバーグを食べている。
初めて吉澤さんの顔がはっきり見えた。
色白で華奢な美人だった。
こちらから覗く私に気づいたようで一瞬ビクッとしたけど、すぐ笑顔になった。
「おお、石川さんか。 びっくりした」
「ハンバーグ美味しいよねぇ。 私、お肉大好き!」
「あー、私あんまり好きじゃないんだよな」
「え!? 若い女の子でお肉が嫌いなんて珍しいね」
「野菜のほうがうまいじゃん」
「えぇー。 だから吉澤さんそんなに細いんだよぉ」
「ははは」
「私、最近太っちゃって困ってるの。 10代の頃は運動なんか何もしなくても
全然太らなかったのに。 やっぱ年かなぁ」
「だろうね」
「ひっどーい! そこはフォローするとこでしょ!」
「っていうか石川さんて今いくつなの」
「24歳だよ」
「あ、マジ? あたしも4月で24」
「そうなんだ! じゃあ学年的には私のほうが1つ上かな。
そういえばね、中学の頃、1つ年下ですごく仲いい子がいて…」
私はまた吉澤さんを相手にどうでもいいことを喋り始める。
吉澤さんは優しい声で、うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:03
-
◆
3日が過ぎた。
私は1日中、壁越しに吉澤さんに話しかけている。
私生活の愚痴や思い出話ばかりだが、吉澤さんは嫌な顔1つせずに
聞いてくれている。
だけど、私にだって配慮の心がないわけではない。
食べている時や眠っている時に邪魔をするのは迷惑だろうということで、
私は、吉澤さんが今何をしているのかを確認してから話しかけるようになった。
話したいと思った時は、まず穴を覗いて隣の部屋の様子を伺うのだ。
もちろん吉澤さんがお風呂やトイレに入っている時はこの穴からは見えないが、
大抵の場合、吉澤さんはベッドの上でぼーっとしていた。
私は吉澤さんがそうやって暇そうにしているのを確認してから話しかける。
ある時は食事中の吉澤さんを見て、話しかけるのは後にしようと諦め、
ある時は就寝中の吉澤さんを見て、当分話せないことにがっかりし、
ある時は筋トレ中の吉澤さんを見て、話しかけていいものか迷ったりした。
何の娯楽もない真っ白な部屋では、吉澤さんとのお喋りだけが私の心の支えだった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:03
-
◆
6日目。
私は朝起きてから夜寝るまで、吉澤さんの行動を監視し続けていた。
私は1日中、床にへばりつき、穴を覗き込んでいた。
食事中の吉澤さんを見ると、美味しそうに野菜を頬張る姿に胸がきゅんとする。
就寝中の吉澤さんを見ると、幼い寝顔をいつまでも見守っていたくなる。
筋トレ中の吉澤さんを見ると、時々ちらりと覗く白いお腹にドキドキしてしまう。
実験は明日で終わりだ。
これが終わったらもう吉澤さんに会えないの?
私、淋しいよ。
ずっとずっと吉澤さんと喋っていたい。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:03
-
◆
研究員が持ってきた私服に着替えて、私は帰る支度をしていた。
楽しかった実験生活も今日で終わり。
吉澤さんは、私より少し先に部屋を出て行ったようだった。
別れの挨拶もなかった。
穴から覗いていた私は慌てて吉澤さんに話しかけようとしたのだが、
ドアがパタンと閉まった音がして、それっきり。
隣の部屋はもぬけの殻となった。
「支度できました?」
ドアの外から研究員の声がする。
「あ、はい」
私は荷物を持って、部屋の外に出る。
1週間ぶりに見る廊下。
【J316】と書かれた部屋のプレート。
1週間前と同じ、白衣を着た研究員が、ドアの前で待っていた。
「じゃあ、行きましょうか」
長い静かな廊下を、研究員のあとについて歩いていく。
廊下の途中、ある一室のドアが少し開いていた。
中から人の声がする。
ドアの隙間から、白衣を着た吉澤さんがちらりと見えた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:04
-
◆◆◆
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:04
-
「―――J322号室の被験者Aですが、2日目から言動が落ち着かなくなり、
3日目には相当イライラしている様子が見てとれました。
5日目には奇声を上げて部屋の壁を殴ったりするなどの異常行動が見られたので、
こちらの判断で実験を中止し、帰宅させました」
「まぁ、あんな何もない部屋に閉じ込められたらおかしくもなりますよね」
「実験とはいえ可哀相なことしたなぁ」
「J316号室の被験者Bですが、Bの場合は、隣室の人間とコミュニケーションを
取れる状態にしてみました」
「ああ、これが例の」
「はい。 万が一の場合を考えて、隣室のJ315号室には、一般募集のアルバイトではなく
こちらの研究室のメンバーを入れてます」
「吉澤さん、どうでした?」
「これ、J316の監視カメラの映像です。 初めは普通の会話をするくらいだったんですが、
4日目辺りから、私に対して異常な執着を見せるようになりました。
この映像の通り、彼女は夜も寝ずに1日中、穴から私の部屋を覗き込んでます」
「ははは、ちょっと危ないなぁ、この人。 実験中止したほうがよかった?」
「いや、まぁ面白かったんでいいです。 5日目くらいからは恐怖すら覚えましたけどね」
「なんか毎日何時間も喋ってたみたいだけど、楽しかった?」
「正直すげーつまんなかったっす」
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:05
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- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:06
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- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:07
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(0;´〜`)
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 23:07
- すみませんでした
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