7 夕日とクラリネット
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 23:57
- 7 夕日とクラリネット
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 23:58
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最近、舞美ちゃんは毎日バットを持って公園に行く。
バットって、もちろん野球のバットだ。
お兄さんの物らしい、古く汚れた木製のバット。
それをぶんぶん振り回して、何がしたいのかよくわからない。
「舞美ちゃん。今日も行くの?」
学校から帰った私は、自宅の門扉を開けようとして
ちょうど向かいの玄関から出てきた舞美ちゃんに声を掛けた。
「行ってくるー!愛理は?今帰り?」
「うん。6時から教室だけど」
「あー何だっけ、クラ…クラリネット」
「コルネット」
そう、それ、と言って舞美ちゃんはあははと笑った。
この会話、そっくりそのまま3度くらい繰り返してる気がする。
私の習い事に一切興味を持たないらしい幼なじみに、
少しだけ淋しさを込めて「覚えてよ」と返した。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 23:58
- 「じゃ行ってくるねー」
ジャージ姿の舞美ちゃんは片手に持った例のバットを軽く振り上げ、
それを挨拶に背を向けて走って行く。
今日もやたらと張り切ってるけど、一体いつまで続くんだろう。
去って行く彼女を見詰めながら、私は素早く腕時計に目をやった。
教室に行くまでにはまだ時間がある。
「舞美ちゃん!」
「なにー?」
振り返って彼女は、よく通る声で答えた。
「私も行くー!」
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 23:58
- 公園について行くのは初めてじゃない。
この間も、舞美ちゃんがただ素振りを続ける姿をベンチに座って2時間も見てた。
『野球選手になりたいの?』
と尋ねてみたけれど、彼女ははにかんで俯き、
そういう訳じゃないんだけど、と呟いて笑った。
じゃぁどうして素振りなんてするんだろう。
クラスの男子に野球で負けたからリベンジとか?
いやいや、まさか。いくら舞美ちゃんだって、
野球で男子と勝負なんてそんな小学生みたいなこと。
余計な詮索をするのも嫌だから、
私はそれ以上聞かずに舞美ちゃんの素振りを見続けた。
そして今も、私はただ黙って舞美ちゃんの素振りを見続けてる。
私は普段わりとおしゃべりな方かもしれないけど、
舞美ちゃんとはこうやって話さずにも居られる。
長い付き合いだもん。
コルネットは、覚えてくれないけど。
私のこととても、よく分かってくれてるから。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 23:59
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突然、カランカラン、と木製のバットが乾いた音を立てた。
膝に手をついて舞美ちゃんははぁはぁと息を切らせてる。
「つかれたーー」
「すごい汗」
「ハァ、うん。やばい、タオル忘れちゃった」
「ハンカチならあるけど」
私は制服のポケットを探って、取り出したハンカチを彼女に渡す。
「ありがと…。愛理」
ベンチに戻ろうとしたところを呼び止められた気がして、
振り返ると舞美ちゃんは広げたハンカチで顔を覆って、
「あたし、好きな人出来たんだ」
薄い布に閉ざされた視界で空を仰ぐ舞美ちゃん。
「…うそー」
「野球部のエースで、すっごい野球上手くて、超期待の星!
足はあたしの方が速いけど」
とか言って、と笑って舞美ちゃんは立ち上がった。
私のハンカチは零れた。
ひらひらと零れ落ちた。
舞美ちゃんの顔は真っ赤だ。
夕陽のせいじゃない。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 00:00
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「あ、ごめん!」
慌ててハンカチを拾う舞美ちゃん。
私はおかしくて思わず笑い出してしまった。
「なにー?なに笑ってんの?」
「だって、おかしいじゃん。意味わかんない!
それで何で素振りに行き着くの?」
「ち、ちがうよ!野球やってみたいと思って、まずは基礎から…」
私と目を合わさずに、真っ赤になってハンカチをはたきながら、
舞美ちゃんは転がったバットに手を掛けた。
「してみたいじゃん、好きな人と同じこと。
うちの学校は女子は野球部入れないけどさ」
だからって、こんな所で一人で、素振りして。
でも、バットを持って夕日に照らされる舞美ちゃんは、何かカッコいい。
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- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 00:01
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「愛理だから言うんだよ」
よく通る声でそう言った。
スポーツばっかりしてきた舞美ちゃんに、初めて好きな人が出来た。
高校生にもなって、初めて。
変なの。舞美ちゃん、絶対変だよ。
私の気持ちにも、気付いてくれたっていいのに。
こんなに一緒に居るのに、それだけは分かってくれないね。
私は残念ながら音楽教室の時間が迫っていて、
公園を出なくちゃいけなかった。
また明日も?と聞くと、うんやるよ、と舞美ちゃんは笑った。
汚れたハンカチを受け取って、私は手を振った。
舞美ちゃんはバットを振った。
「頑張ってねー!」
「愛理もー!何だっけ…、クラリネット!」
「コルネットー!」
そう、それー、と言って舞美ちゃんは笑った。
この会話、そっくりそのまま4度くらい繰り返してる気がする。
でも、習い事なんて覚えてもらわなくていっか。
溜息を吐こうとして、思わず笑ってしまった。
鈍感な舞美ちゃんが好き。
好きな人と同じことしてみたい、だって。
「あたしも素振りしてみよっかなー」
なんて独り言で誤魔化して、汚れたハンカチで涙を拭った。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 00:01
- 愛理ちゃん
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 00:01
- 愛理ちゃん愛理ちゃん
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/30(月) 00:02
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