1 清水クン、Day by Day.
- 1 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:08
- ◇
ピロリンピロリン……ピロリンピロリン……。
ベッドから手を伸ばす。
目覚まし時計のボタンを押して、5分後にまた鳴り出すまでの
ささやかな二度寝を楽しもう。ボクにとってこの時間はなにものにも
変え難い大事な――。
「佐紀夫ちゃん、起っきなさぁーい!」
どすん、と何かがボクの上に乗り、たまらず「うわぁ」と声が出る。
『何か』が何かは解ってる。従姉のなつみお姉ちゃんだ。
「今日は入学式でしょう? 初日から遅刻したらどうするの!」
グリーンのワンピースに白いエプロン姿のなつみお姉ちゃんが、
ボクにいわゆるボディプレスをするような形で乗っかっていた。
ベタなことに手にはおたまとフライパンを持っている。
「なっちお姉ちゃん、もう大人なんだから普通に起こしてよぉ……」
と、なっちお姉ちゃんの家にお世話になってから毎日言ってるけど
結局毎日この起こされ方。27歳とは思えない。そりゃあ確かに
外見も背の高さも27歳には見えないけれどさ。
- 2 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:08
- 真新しいシャツと学生服に袖を通す。それはちょっとだけ袖が
長いけど、すぐに背が伸びて問題ない長さになるようにっておまじない。
小学校も中学校も背が一番低くて、前ならえと言われれば腰に手を
あてていた記憶しかないけれど。今度こそは、って。今年こそは、って。
そう願いを込めて。
キッチンに行くとダイニングテーブルの上にはもう朝食の支度が
出来ていた。鮭の切り身とわかめのお味噌汁、卵焼きにとミニトマトと
朝から結構しっかりと作られたごはん。そしてもちろん美味しい。
「ふぅむ」
「またボクの頭見てる」
「相変わらずねぐせのまったくないピスタチオカットだね」
「ほっといてよ。
それよりさ、なっちお姉ちゃんって本当に料理上手だよね」
「いやぁ、ひとりだけの頃はなっちも手を抜いてたけどね。
佐紀夫ちゃんに変なもの食べさせられないっしょ?」
ボブカットの髪のしっぽのように後ろで結んだなっちお姉ちゃんは
箸を口に運びながらも頬をぽっと赤くしていた。
今日から高校生、15歳のボクとたった12歳しか離れていない
従姉のなっちお姉ちゃんはふたりで暮らしている。
これにはふたつの理由があった。
- 3 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:09
- ◇
ボクが中学二年生のとき、何気なく、本当に大した意味なかったのに
待ち合わせに早く来すぎてしまったためにふと入ったのが
社会人向けの絵画展覧会だった。
そこで見た一枚の絵に、ボクは魅せられてしまった。まるで頭から
足の先まで電気が駆け抜けたようにその絵の前から離れられなかった。
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油絵や水彩でカラフルに書かれた風景画や静物画の中にたった一枚、
書きなぐったかのようなモノトーンの木炭画。異形の生き物の目が
ボクを睨んでいて、ボクはきっと生まれて初めて絵画とまともに向き合った。
それまで美術の教科書やデパートの壁の絵を見ても、
何とも思わなかったのに、この絵からは目を離すことができなかった。
無料だったこともあって、展覧の最終日までボクは時間があれば
何度でも見に行ってしまった。この絵の作者の飯田圭織さんは高校の教師で、
その高校はボクの家から電車で2時間半のところにあった。
- 4 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:09
- 初めて無茶なお願いをした。
ひとり暮らしをしてでも通って絵を学びたい高校があると頭を下げたボクに
父さんと母さんは意外なほどあっさりOKをくれた。条件はひとつ。
お母さんのお姉さんの娘、つまりボクの従姉のなつみお姉ちゃんと一緒に
住むこと。それはまずいのでは?と思ったけれど、実はなつみお姉ちゃんは
昔彼氏に裏切られるように別れて以来、男性不信なのだと言う。
そうだったっけ?
記憶をさかのぼる限り、頭をくしゃくしゃに撫でられたり、一緒に散歩に
連れてってもらったり、家族ぐるみでキャンプに行ったときもずっと話してたと
思うんだけど……?
「なつみはね、佐紀夫。お前だけはなぜか怖がらないのよ」
「お前は知らないだろうが父さんも叔父さんも目を合わせてもらえないんだ」
実の父親にまで! それは重症だ。お家にこもって文章を書く仕事をしていて
まったく出会いがないままに、ひと昔前なら結婚適齢期と呼ばれる世代になった
なっちお姉ちゃんのことを叔父さん叔母さんはとても心配しているらしい。
だからボクでリハビリってわけじゃないけど、一緒に住んで男性に慣れてって
もらって欲しいそうだ。
◇
でもなぁ、とボクは目の前でご飯のゆっくり口に運ぶなっちお姉ちゃんを見て思う。
あんな子供っぽい起こし方をするなっちお姉ちゃんは結婚なんてまだまだ
先じゃないかと思うんだけどなぁ……。
- 5 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:10
- 「行ってきます!」と家を出した。背中からなっちお姉ちゃんの「いってらっしゃーい」が
聞こえる。ここから学校までは歩いて20分くらい。
並んだ街路樹の常緑の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込む。
涼しい陽光を見上げて目を細める。わくわくする。今日からボクは、高校生だ。
知り合いが誰も居ない不安よりも、きっと何度もあるだろう新しい出会いへの
期待がボクを動かしてくれる。駆け出してしまいたくなった。
「学校とは、与えられるものを受けるだけの人には小さな実りをもたらすのみです」
始まった入学式で、校長先生の話はやっぱり多分にもれず長い訳だけど
その言葉はボクの胸にすっと沁み込んでいった。
「しかし自ら何かを得ようと探す人には多くの実りをもたらすでしょう――」
そうだ。ボクはここで飯田先生から絵を学ぶんだ。ちらちらと先生達の列を
見ていると、隣に並んだ同じクラスの女子と目があった。きっかり2秒。
整った顔立ちに透き通るような肌、くっきりとした二重に薄い唇。可愛い、と思った。
目をそらすきっかけのないまま見つめあっていると。ふいに女の子のほうから
ふっ、と微笑みを浮かべて目をそらした。ボクはむっとする。
あの目は過去に何度か見たことがある。
――ちび。
そう言っている目だ。確かに君はボクより背が高いけどさ、その目はないだろう?
ボクのクラス、B組の自己紹介で彼女の名前を知った。菅谷梨沙子。
彼女が自己紹介のために立ち上がった瞬間、明らかにクラスの空気が変わった。
しぃん、と静まって、ボクも彼女の可愛さを再確認した。性格はさておき。
- 6 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:11
- 解散となった後、ボクは校舎をあちこちふらふらしてやっと2階の奥に
美術準備室を見つけた。学生服の襟を正してからノックをした。
「どうぞ」
「失礼します」
開けた扉の向こう、塔のように重ねられたカンバスや無造作に置かれた
石膏像の中に、長くストレートの黒髪で白衣を着たすらりとした女性が居た。
きれいな人だけど目がやけに大きくてそして真っ黒な瞳で、ボクはこの人が
絶対にあの絵を描いた飯田先生だと思った。
「飯田先生って美術部の顧問ですよね?」
「そうだけど……入部希望?」
「はい!」
先生はボクの手を掴むと美術室へと引っ張った。そして顔を息がかかりそうな
程に寄せてボクの目を覗き込むと、「許可します」と言った。ボクはぱちぱちと
瞬きを二度三度。えっと、どういうこと?
「芸術に興味がないくせに入ろうとする不埒物が多いのよ」
「何ででしょう?」
君は本当に知らずに来たのね、と飯田先生は微笑んだ。
「あっち」と美術室を指差しながら。「見たら解るわよ」
言われた通りに覗いた美術室の中にはふたりの女の子が居た。
片方はポニーテールで八重歯の目立つ知らない子。
そしてもうひとりは菅谷さんだった。成程、納得。
- 7 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:12
- 八重歯の子は鈴木愛理と言って、隣のC組の子だった。僕達3人がどうやら
今のところの新入生らしい。そしてなんと、部活に出てくる全員であるらしい!
飯田先生いわく、3年に藤本さん、2年に亀井さんという先輩がいるそうだが
幽霊部員でちっとも出て来ないらしい。そもそも絵が好きじゃないらしい。
……じゃあ何で入部したんですか?と聞きたくなってしまう。
驚くべき事実はもうひとつあった。なんと飯田先生、
従姉のなっちお姉ちゃんと同い年の27歳であるらしい。信じられない。
片方はあんなに子供っぽいのに、片方はこんなに大人っぽいだなんて。
家に帰って夕食中に、飯田先生に会えたこと、無事に美術部に入ったことを
告げるときに飯田先生がなっちお姉ちゃんと同い年なことまでうっかり
話してしまったところ、なっちお姉ちゃんは「どーせ!」とほっぺを膨らませながら
つーんと横向いてしまった。そういうところが子供っぽいのになぁ……。
- 8 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:13
- ◇
翌日以降、何人も入部希望者は来ているようだが、すべてが飯田先生に
よこしまな入部理由を見破られて『回れ右』させられていた。
それから放課後は美術部漬けの日々。ボクと鈴木さんと菅谷さんはずっと
石膏のベートーヴェンをデッサン中。飯田先生の言葉を何度も頭の中で
繰り返しながら、芯を長く削り出した鉛筆をさささっとスケッチブックへ走らせていた。
『目が平面を立体に捉えるために必要なのは陰陽です。』
直接線を描かず、なぞり、こすり、消して形を作る。
『陰の濃さ薄さを捕らえて、輪郭をかかずに描いてください。何枚も』
3人横一列に並んでベートーヴェン像に向き合う。陰の濃淡のつけ方が難しい。
不意に覗いた菅谷さんの絵を見てボクは絶句した。
スケッチブックの中、写真のように目の前の石膏像が捕えられていた。
「菅谷さん、すごい上手だね」
そう呟いたボクに、菅谷さんは「いひー」と笑った。驚いた。クラスじゃ清楚な
美人さんで通ってる菅谷さんが、こんな風に笑うなんて。
鈴木さんの絵は菅谷さんに比べるとややデフォルメされているけれど、
それだけにメッセージというか込めた気持ちが伝わりやすかった。
言えないけれど、菅谷さんの絵は見れば誰でも「上手い」と言うと思う。
だけど絵から何かを感じられるのは鈴木さんのほうじゃないだろうか。
言えないけど、ね。
- 9 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:13
- デッサンを繰り返す。しかしどうも感じが違う。陰の濃淡を上手く表せず
ボクは何枚もベートーヴェンを書いていた手を止めてふぅと息をついた。
「ひと休み?」
「はい。なんか陰が表現しづらくて」
いつの間にか飯田先生が後ろに立っていた。ボクが見上げながら言うと
飯田先生はボクの肩に手を置き、ボクの背中越しに、頬と頬が触れそうな
近さで身を乗り出すと「こういう風に書く手法もあるわよ」と絵の一部に
手を加えてくれた。
良いにおいがして、ちょっとドキドキして、でもボクはそれ以上に自分の絵の
手を加えてもらった場所が明らかに輝いていることに感動していた。
同じ鉛筆で手を入れてこれだ。道具の差なんかじゃないんだ。
視線を感じてそちらを見ると、菅谷さんが眉間に皺を寄せてボクを見ていた。
やる気がわいてきたボクは黙々と書き続けた。
「清水君、私達帰るけどまだ書いていく?」
一瞬、迷った。ふたりと一緒に帰ろうか、それとも――。
ボクは『それとも』を選択した。ボクはひとり残って書き続けることにした。
- 10 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:14
- ふと寒さを感じて背もたれにかけていた学生服を着た。壁の時計を見ると
もう19時を過ぎていた。しまった。なっちお姉ちゃんに何も連絡していない。
ボクは慌てて遅くなるとメールを送ると、今日はもう帰ることにした。
校舎はしん、と静まり返って、もう誰も居ないように見えた。
ボクはあわてて帰り支度をする。校舎を出て校庭の隅を横切って近道して
帰ろうとするボクの目に、その姿は美しく飛び込んで来た。
このうっすらと校舎の明かりが照らすだけの校庭を走る影があった。
トラックの上を大きなストライドのきれいなフォームで、
ポニーテールをなびかせて走り続けている。
ボクは足をとめて、ただただ魅入ってしまった。体操着だけの姿が体の
線を浮かび上がらせていて、それはボクにも解るような美しい筋肉の
付き方で、それでいてひたむきに走り続けている。
描きたい、と思った。彼女が走る美しい姿を描いてみたいと思った。
デッサンの勉強をもっともっと頑張ろうと思った。
- 11 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:16
- ◇
今日のお昼は天気のあまりの良さに、外で食べてみることにした。
なっちお姉ちゃんの作ってくれたお弁当をぶらさげて、校庭の芝生を歩く。
人のいるところを避けて奥へ奥へと。木漏れ日を見上げ目を細めたりしながら
大きな木の陰に回りこんだあの辺りで……むぎゅっ。
「うわあああ!」
先客が居た。
大の字で眠ってるその肩を思い切り踏みつけた。制服にしっかり足跡が。
「すっ、スミマセン!
まさかこんなところに大の字で眠ってる女の人が居るなんてつゆ知らず……」
でも。起きる気配がない。すぅすぅ寝息が聞こえてくる。
それをいいことに何事もなかったかのように通り過ぎようとしたところ、起きた。
上半身を起こして立っているボクを見上げてる。
寝起きだからかちょっとぽけぽけした感じだけど、ぱっちりとした瞳の美人だった。
ゆるやかにウェーブがかった黒髪や制服に草や葉っぱがついてるところもご愛嬌。
というか敷物使えばいいのに。
「今わたしのこと踏んだでしょ?」右手で口をごしごし拭きながら。
- 12 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:16
- 「はっ、はい」
ぽやぽやにこにことした顔が怖い。そして立ち上がるなり背の低いボクを
見下ろしての一言。
「……もしかしてキミ、清水君?」
言葉に詰まった。なんでボクのこと?
「やっぱり。聞いてたとおりの背の小ささにピスタチオカットだもん」
「誰に聞いたんですか? と言うかどなたでしょうか」
「ヒントいち。わたしは亀井と申しまーす」
答えじゃん! 亀井さんはまた芝生に腰をおろすとその横をぽんぽんと叩いた。
……座れってことかな?
さすがに真横はまずかろうと、ボクはちょっとだけ離れて腰をおろした。
「ヒントにー。わたしとキミは同じ部活でーす」
亀井さんはそう呟きながらゆっくりと芝生に背中をあずけた。大の字になる。
ボクはぽん、と手を打った。あぁ! 部活に入部した日、飯田先生が幽霊部員の
先輩について教えてくれたっけ。
部活に来ないのか聞こうとしたときにはもう遅かった。亀井先輩はもうすぅすぅと
制服の胸を上下させていて、そのよだれの跡がうっすら光る幸せそうな顔を見たら
誰だって起こそう、なんて思わないよきっと。
ボクはそぉっと先輩にさっきつけた足跡をぱんぱん払うと、そのままここで
お弁当を広げることにした。……亀井先輩はご飯どうしたんだろう?
- 13 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:17
- ◇
放課後。
図書室へ寄り道してから美術室へ向かう途中で白衣を着た女の子に声を
かけられた。見覚えある顔。クラスメイトの嗣永さんだ。
内股で小指を立ててくねくねして……って最近こういういかにもなぶりっ子って
珍しい気がする。
「そう、そこのあなた! 21世紀超文化研究部に入りませんか?」
「あなたって。あのボク、嗣永さんと同じクラスなんだけど」
「えっ?」
きょとんと目を丸くする彼女。無理もないよ。ボク目立たないし。
ちなみにボクは嗣永さんをしっかり認識している。なぜならB組でボクより
背が低いのは、男女あわせても彼女しかいないから。
「お願いがあるんだけどぉ、同じクラスのよしみで
21世紀超文化研究部に入ってくれないかなぁ……」
手を組んで上目遣いでボクを見上げる彼女。正直、やりすぎ。
と言うかボクが言って初めて同じクラスだって気づいたくせに。
そもそもそこは何をする部活なんだろう?
- 14 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:18
- 「ちなみに21世紀超文化研究部通称ドガドガ7は21世紀の文化を
研究する部だよ。顧問は梨華先生、部員は現在桃ひとり」
通称?
「そう聞いても何する部か解らないよ……それにボク、美術部だから」
「大丈夫! 活動なんてしないも一緒だから!
それに兼部ってことにしとけば大丈夫! ほらほら、書いて!」
渡された入部用紙。こんなにも熱心なんだしまぁ兼部なら……とそこで
ふと気づく。兼部なんて出来るんだっけ?
改めて問うと嗣永さんはあさっての方向を見ながら
「出来たよーな、出来なかったよーな、出来ないような、出来ない気がする」
「出来ないんじゃん!」
あやうく部活を変える羽目になりそうだった。突然。
「のど渇かない? えっと……」
「清水です」
「清水君、はいこれ」
「えっ?」
差し出された湯飲みの中には、絵の具で言うところのビリジアンの液体が。
「嗣永桃子特製みどり茶、どうぞ召し上がれ♪」
「召し上がれ、って言われても……」
正直口に入れて良い色じゃないと思うんだけど。みどり過ぎる。
「濃茶なのぉ♪」
「嘘つけ」
と言うかこれを飲んだら気を失なって気がついたらその活動内容不明の
訳解らない部活に入れられていそうな気がする。
ボクは、そのみどり茶とやらを、ぐいっと……飲まずに謹んでご遠慮
させていただき、逃げるようにそこから早足で後ずさった。
- 15 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:19
- ◇
「あーそれきっとあたしと同じクラスの舞美ちゃんだと思う」
部活中にふと校庭を走っていた彼女のことを話したところ、鈴木さんがそう教えてくれた。
その他にも彼女は運動の凄い資質を持っているにも関わらず
なぜか運動部からの誘いはすべて断っているとのこと。
にも関わらず放課後、陸上部の練習が終わった後でひとりグラウンドを走っているとのこと。
そのフルネームは矢島舞美ということ。
美しく舞う、か。彼女に似合う名前だ、とか思っていたら鈴木さんがにやにやとボクに
向かって「舞美ちゃんはライバル多いよ〜。すっごいもててるもん」と笑った。
「そんなんじゃないよ」
だってボクは遠目からみただけで顔だってはっきり見たことない。そんなんじゃないよ。
ふと顔をあげるとボクを睨んでいた菅谷さんと目があった。でもすぐに逸らされて彼女は
デッサンに没頭し始めた。
- 16 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:19
- ◇
次の日も、また次の日もボクはひとりデッサンをすると言って居残りした。
わざと遅くした帰り道、グラウンドを走る彼女の姿を見るために。
そしてボクはついに作戦を実行に移すことにした。
あたりはもうだいぶ暗くなっていて、ぼんやりと校舎からの明かりだけが
彼女を照らしていた。ちょっと離れただけでもう、シルエットしか解らない。
彼女がひと休みしストレッチを始めた時を見計らって。
わざと小脇にスケッチブックを抱え、いかにも美術部員ですというアピールを
しながらそぉっと彼女に近づいていく。
「すいませーん……」
目が合う。けど彼女は声を出さなかった。目が「何?」と言っている。
「あのボク、美術部の清水と言います。
夕方にあなたが走る姿を見させていただいていたんですが、
もし良かったらスケッチさせてもらえませんでしょうか?」
どう言えばいいか解らず、結局心に思い浮かんだまま口にした。
「清水君、だよね?」
まただ。ボクの背丈と髪型はそんなに有名なんだろうか?
「愛理からちょっとだけだけど聞いたんだ」
鈴木さんありがとう。八重歯スマイルに心の中で手をあわせた。
「最近舞美ちゃんをピスタチオみたいな子がじっと見てると思うけど
ストーカーじゃないからねって」
鈴木さんもうちょっと良い言い方はなかったのかな。
「いいよ」
「えっ?」
「いいよ、私描いても。ただ邪魔はしないでね」
「うん。隅のほうでスケッチブックを広げるだけだから」
彼女が一歩、間合い(?)を詰めてきた。
「私、矢島舞美。よろしくね。舞美でいいよ」
「あ、ボクは清水佐紀夫です。よろしくお願いしま……」
もう一歩、来た。かなり近い。
「暗くなってきてよく顔見えないや。シルエットしか解らない」
また寄ってきた。そしてやや膝を曲げてボクと顔の高さを同じにする。
美人だった。飯田先生とはまた違うタイプの爽やかな美人。
体操着に長めのリストバンドとハイソックスで腕も腿も隠さない。
なのに暗い校庭にふたりきりで、手を伸ばせばその背中にまで手が
届きそうなほど。
鼻の奥からつーっと、抑える余裕もない速さで落ちた。……鼻血?
「なに? 興奮してるの?」
矢島さんがくすくす笑って、ボクは別の意味で顔が赤くなってしまった。
- 17 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:20
- ◇
放課後。毎度おなじみの3人でモーツァルトの石膏像を描いていると
(ところでどうしてアグリッパとかアリアスじゃないんだろう?)
ぷん、とコーヒーの香りが漂ってきて、飯田先生が「休憩しましょう」と言った。
アットホームな雰囲気。最初こそ女の人ばかりで居づらかったけれど
だんだん打ち解けてボクは、この場所がもうすっかりお気に入りになっていた。
「ところで清水君は」
ボクはコーヒーカップへ伸ばしかけていた手を止める。
「どうして美術を始めようと思ったの?」
「それあたしも気になってた! だって清水君あまりにシロウトだもん」
鈴木さんは悪気ないなんだろうけど結構ぐさっときたよ。
「実は……」
本人を目の前にして言うのはちょっと照れたけど、ボクはあの日見た
飯田先生の異形の絵について話し出した。
話し終わって鈴木さんと菅谷さんは「へぇ〜」って顔していたけど
飯田先生はボクをじっと見つめていた。普段の飯田先生のリアクションからして
いや〜照れるなぁ〜なんてのを期待していたんだけど、全然違った。
「そっか。清水君だったのか」
「何がです?」
「あの絵に惹かれてよく見に来てた男の子が居るって聞いてたの」
あぁ成程。そういう意味ですか。
「そっかぁ、清水君なら大丈夫かな」
……何がでしょう?
「相手のこと、任せたよ」
飯田先生はにこりと笑いボクの肩をぽん、と叩いた。
任せるって、何? そして相手って、誰? そもそも相手も人なんでしょうか?
- 18 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:20
- ◇
4時間目の授業中。先生の言うことをぼんやりと聞きながら、今日もまた外へ、
亀井先輩のところへ行こうと考えてた。
チャイムが鳴ってすぐ、なっちお姉ちゃんのお弁当を持って教室を出た。
途中舞美ちゃんとすれ違ったけど、挨拶どころか視線さえあわせてくれなかった。
いつもの亀井先輩の指定席へ行くともう居た。亀井先輩は芝生の上に足を
投げ出して通常の1.5倍はありそうなおにぎりをもぐもぐと食べていた。
そっか。これがたっぷりのお昼寝時間を作るためのお弁当なんだ。
「先輩」
ボクが呼ぶと亀井先輩はにこーっとして自分の横をぽんぽん叩いた。
「まぁかけたまえ、清水君」
並んでお弁当を広げた。さわさわと葉をこする風、木漏れ日に照らされて、
美味しいお弁当も箸が進むというもの。
亀井先輩に一切れ卵焼きをお裾分けなんかしたりもしてね。
食べ終わってもまだお昼休みは45分はある。
亀井先輩はもうすでに目がとろんとしていた。
「昼寝しよう」
そういうと亀井先輩はうへへーって感じの微笑みを浮かべてぱたん、と
背中を倒した。瞳は閉じずに青い空を見つめている。
「じゃあボクも」
ちょっと離れて寝っ転がろうと位置をずらそうとしたボクの手がぎゅうとつかまれた。
「まぁ横になりたまえ、清水君」
「でもちょっと近すぎませんか……?」
亀井先輩からの返事はなかった。ただつかまれた手を放さなかったのでボク達は
手をつないだまま横になっていた。ちょっと照れる。けど、すごい心地良い。
力を入れれば手はもちろん離せるけれどボクはそのままにしていた。
やがて亀井先輩からすぅすぅと寝息が聞こえ始めて、ボクもそのまま瞳を閉じた。
- 19 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:21
- ◇
ゆで卵ひとつ作るのにも最適な方法がある、と言う。
基礎をつくることがまず大事だと知ったボクが部活中にぽつりと
呟いた言葉。
「土日も学校に来れたらなぁ、もっと描くんだけど」
「清水君、ウチ来る?」
えっ?
自分を指差し八重歯を除かせながらにこーっとする鈴木さん。
「ウチにあるよ。このベートーヴェンの石膏胸像の同じの」
ボクは目を丸くする。家に普通ないと思うけど、こういうのって。
「りーちゃんもおいでよ! 明日は3人でデッサン大会しよう」
「うん」
菅谷さんがまた、いひーって笑う。クラスでは見せないこの
笑顔を見せるってことは、よっぽどこのふたりは仲良いんだなって思う。
ボクもふたりとだんだんと仲良くなってる気がするし、
何よりこの街に来て初めて友達の家に行くことが嬉しかった。
こっそりと菅谷さんが教えてくれた。くすくすって花のような微笑みを添えて。
「愛理ん家、今週末お父さんとお母さんが出かけちゃうから淋しいんだよ」
- 20 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:21
- ◇
晩ご飯を食べて終わってソファに転がってテレビを見ていたら
かすかに声が聞こえた。
「……ちゃん」
リモコンを手に音量を下げる。なっちお姉ちゃん?
「佐紀夫ちゃん!」
「どうしたの?」
確かお風呂に入ってたはずなのに……。
「バスタオル忘れたから持って来て!」
そういうことですか。ボクは「了解」と答えると真新しいバスタオルを
取り出し脱衣所のほうへ向かった。
「なっちお姉ちゃーん? 脱衣所の前に置いとくからねー」
ボクがいいよーって言ってからドア開けて取りに来てねーって言う余裕も
なかった。ドアがいきなり開いた。
「助かったよー。なっち体が冷えきって風引いちゃうとこだったよ」
「えっ?」
しっとりと濡れてぺったりした髪と顔、右肩からわき腹までが何も
着てない状態でドアの隙間から現われる。床のバスタオルを拾うために
かがんだために背中が半分くらい覗く。
「うわあああああ!」
「そんな叫ばなくても……え、見えちゃったわけじゃないよね?」
「いや見えたわけじゃないけど。で、でも……」
「じゃあ問題なーし」
なっちお姉ちゃんはパタンと扉を閉じた。ボクは腰が抜けたみたいになった。
- 21 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:22
- ◇
土曜日。ボクは「女の子の家に行くならお土産持って着飾って」と
ひとりはしゃいでるなっちお姉ちゃんをなんとか落ち着けて鈴木さんの家へ。
スケッチブックと画材一式を抱えて描いてもらった地図通りに歩いていくと
そこには見上げるほど立派な門構えがあった。
……これの向こうが家? っていうかこの塀もそうとう長く続いてるみたい。
普段からは想像つかなかったけれど、鈴木さんはお嬢様だったのかな?
呼び鈴を鳴らす。ボクが名乗る前から「いらっしゃーい。さ、どうぞー」と
明るい声がする。上についてるビデオカメラでもう確認済みってことみたい。
菅谷さんはもう来ていた。濃い紫のワンピースにストライプのニーソックスで
言ったら怒られそうだけど、なんか魔女チックに見えた。
鈴木さんはなんとグリーンのノースリーブに白いショートパンツ、そして
ピンクのニーソックス。普段のイメージと真逆の活発そうなスタイルだった。
ttp://mystery.s1.xrea.com/uploda/data/up0006.png
学校以外で会うとこういう意外性があるんだな、なんてしみじみ思ってしまった。
「今日はあたしたちだけだからくつろいでいいよー」鈴木さんは手を広げた
ようこそのジェスチャーとともに言った。
「よっこいしょよっこいしょ」と鈴木さんが運んできた石膏像はまさしく
学校にあったのと同じベートーヴェンだった。休みにも会えて嬉しいよ。
クラシックのCDを小さくBGMに流しながら、ボク達は書き始めた。
いつもなら黙々と書くところだけど今日は話をしたりお菓子を食べたりしながら。
「お菓子おいしいね」
鈴木さんの手作りらしい。チョコクッキー。甘過ぎずいただいた紅茶とぴったり。
「ホント? 良かったぁ。男の子って甘いもの好きか不安だったんだ」
「でも清水君は好きそうだよね、甘いお菓子」
菅谷さんがにやりと微笑む。からかうために言ってるって解るからボクも別に
ムッとしたりしない。「うん、好きなんだ」と笑った。
ちょっとの沈黙、それから。
「……ねぇ佐紀夫君」
さきおくん? ボクが顔をあげると鈴木さんがにへらーっと笑って言った。
「あたしもりーちゃんも下の名前が珍しいからさ
いっつも下の名前で呼ばれてたんだよね。だからこれからそっち呼んでよ」
「愛理ちゃん、って?」
「そうそう」
鈴木さ……愛理ちゃんが頷くたびにツインテールがぶんぶん揺れる。
ボクは顔の向きを変える。「梨沙子ちゃん?」
菅谷さんはちょっとうーんって顔をしたあとこくん、と頷いた。
- 22 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:22
- 「新しい紅茶作ってくるー」と愛理ちゃんが階段を下りていき、部屋には
ボクと菅谷さ……梨沙子ちゃんだけが残された。
「愛理ちゃんってもしかして結構お嬢様なの?」
「結構どころか」
梨沙子ちゃんは「筋金入りだよ」と囁いた。
「梨沙子ちゃんも?」
「あたしは普通……あ、あのさぁ!」
急に語尾があがった。さすがになれなれしかったかなと反省しようと思ったら。
「あたしどっちかって言うと友達には呼び捨てにされること多いんだよね。
って言うか『ちゃん』付けされるとくすぐったいから呼び捨てでいいよ」
視線をスケッチブックに向けたまま、ちょっと早口で、ほっぺを赤くして。
「梨沙子、って?」
「そうそう!」
いひーと笑った。ボクだけに向けられたその普段とのギャップがある、
親しみやすい笑顔にどきりとする。
クラスで呼んだら男子から攻められそうだ……でも。
あぁ、なんか今日。来て良かった、本当に。
なかなか愛理ちゃんは帰ってこなくて、ボクはトイレに行きたくなった。
「トイレ勝手に借りてもいいかなぁ」
「いいよ。階段下りてすぐ右のドアだから」
「ありがと」
勝手知ったるって感じだなーと思いながら階段を下りてトイレのドアを
開けたら先客が居た。後ろ向きでショートパンツが膝までおりて――。
「えっ?」
「あっ」
「うわあああああ!」
慌ててドアを閉めて階段を駆け上がった。梨沙子ちゃ……梨沙子……ちゃんが
「何よ今の声?」ときょとんとしている。
「話せば長いことながら――」
「トイレ開けられたっす」頭をかきながら赤い顔で愛理ちゃんが入ってきて、
梨沙子ちゃんは「え、サイテー」と叫ぶ。
せっかく仲良くなれそうだったのに……。
「いやぁうっかり自分ちだから鍵かけずにいちゃってさぁ。
見られたのがお気に入りのカッパぱんつで良かったよ」
「あー。あれ可愛いよね。可愛かったでしょ?」
そう振られても何て言ったらいいか全然わからない。
え、ボクはまだどきどきしてるんだけどふたりとも何で割と冷静なの?
- 23 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:23
- ◇
部活が終わったあとボクは習慣のように舞美さんを描くために残っていた。
描いてる間はもちろん、晩ご飯の時間が近づいて帰るときも、
いつも舞美さんは走り続けてて会話どころ挨拶さえもしてなかった。
舞美さんはボクなんて居ないように走り続けていたけど、舞美さんを描いた
スケッチブックが終わりに近づいた頃、舞美さんが「見せて」と言ってきた。
びっくりした。話しかけてくるなんて。
「うん」
舞美さんが首にかけたタオルで汗を拭きながらボクの隣に座る。
1枚ずつめくるのをどきどきしながら見ていた。本人に見られるのってどきどきする。
なんて言うだろう。と思った瞬間だった。
「下手だね」
がっかりした。確かにそうだけど、せめてもうちょっと優しい言い方で……。
「でもだんだんと上手くなってってるのが解る」
「あ、ありがとう」さっきの訂正。これはこれで嬉しい。
「……努力して上手になるって、楽しい?」
えっ?
舞美さんは体育座りの膝に顔をうずめて呟いた。
「楽しいよね。ごめんなさい。実は佐紀夫君のこと最初はバカにしてたの」
えっ? えっ?
「こんなチビが私に、って。だから絵を描くのは許可しても
その後は話しかけられてもずっと無視しようと思ってた。生殺しにしようって」
そう言えばそんなことあった気がする。
「でも佐紀夫君は純粋に絵が好きで、あたしと仲良くなるためじゃなくて
純粋に絵が好きで毎日あたしを描いてて、すごい努力もしててさ」
ボクはじっと聞くことにした。舞美ちゃんはまだ顔を起こさない。
「あたしはね、努力して足が速くなったり運動が出来るようになった訳じゃないの」
「才能があったってこと?」
舞美さんは顔をうずめたままぶるぶると頭を振って否定した。
「神様の力。『神様の手』を盗んで運動が出来るようになったの」
- 24 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:24
- あっ。
飯田先生のあの絵がボクの頭にフラッシュバックした。まさか、そんな。
「信じられないかも知れないけど、運動ができるのはあたしの力じゃないの」
心臓がどきどきしてる。そんな偶然。ありえない。でも。
ボクはつっかえつっかえ口にする。
「その神様ってもしかして、
しめ縄で護られた人間じゃない異形の生物の、ミイラみたいのじゃない?」
舞美さんが顔を上げる。目を見開いてボクを見た。
「……そっか。飯田先生の描いた絵かぁ」
ボクが知るすべてを話すと、舞美さんがそう呟いた。短い沈黙のあとふいに
舞美さんが「見て」と長目のリストバンドをした右手をボクの前に出した。
「右手がどうしたの?」
「リストバンドをずらして」
ボクは舞美さんの腕をつかんでリストバンドを手首のほうに寄せた。
「……えっ?」
唾を飲み込む。黒かった。そしてすごくかさかさで今にも剥がれそうで、
まるでミイラの肌のように思えた。舞美さんを見ると目を閉じて顔をそらしていた。
「これさえなければ部活にも入れたんだけどね」
リストバンドを元に戻しながら舞美さんは言う。
「最初は速く走れるようになってすごく楽しかった。
手の『これ』も小さくて目立たなかったし、いつもドジばかりで他人に必要に
されたことなんてない私が注目されて、すごい嬉しかった。でも最初だけだった。
今度は速いのが当たり前になって、でも努力して速くなった訳じゃないから
私にはもうこの上はなくて、体を動かすのは楽しいけど、手はどんどん酷くなる!」
えっ!
急に舞美さんがボクに抱きついてきた。泣いているようで、ボクはその頭を
よしよしと撫でてあげる。言葉少ない飯田先生の言葉が今は理解できる。
「神様にさ、返しに行こうよ」
「うん」
ボクは頭を撫で続ける。「私も」舞美ちゃんが呟いた。「私もまた努力する」
- 25 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:24
- ◇
もうすぐお昼。今日もまた、天気がよくてぽかぽか暖かい。たぶん今日は絶対
亀井先輩行くだろうなぁ。よしボクも。チャイムが鳴って教室を出ようとしたら。
「どこ行くの?」梨沙子ちゃんの声。
「外でお昼ご飯食べようかと思ってさ」
「……ふぅん」
何か言いたげなその様子が気になった。「どうしたの」
「別に。今日愛理お休みだからさ、一人でご飯食べたくないなーって」
沈黙。だけど頭の中はぐるんぐるん回る。言ったほうがいいのかな?
言ってほしいのかな? ボクが言ってもいいのかな?
「あ、じゃあ。一緒に……」
「うん!」
あっさりだった。それどころかあの、にひーって笑顔で。
一瞬クラスの男子に睨まれた気がしなくもないので、ここでは食べずに
美術準備室に行くことにした。行く途中でちょっとだけ落ち込んだ。
お前ごときが、とか思われたかなーとか考えると暗くなってしまう。
美術準備室のドアを開ける。誰も居ない。積み上げられたカンバスも、
うっすら漂うテレピン油の臭いももう慣れっこで気にならない。
ボクと梨沙子ちゃんは上着を脱ぎイスの背もたれにかけると、
向かい合ってお弁当を広げた。
「そう言えば佐紀夫君さ、あたしのこと呼び捨てで呼ばないね」
「あ、うん。なんか恥ずかしくて」
それにクラスの男子になんか言われそうで。
「あたし『梨沙子ちゃん』だとなんか仲良しな気がしないんだよね。
じゃあさぁ、愛理みたいに『りーちゃん』なら呼べる?」
「それなら呼べそう」
梨沙子ちゃんはなんだか真剣な顔をしていて、初めて会った時に冷たく
見下されたのが本当に信じられない、と思った。
「でもそのお弁当。すごいね、可愛い!」
「ありがとう。それ言ったら喜ぶだろうから伝えておくね」
なっちお姉ちゃんが照れた様子を想像すると、ボクもなんだか嬉しくなる。
「お母さんが作ってるの?」
「いや。従姉のお姉ちゃん」
梨沙子ちゃんがきょとんと聞く。「従姉って? どういうこと?」
「秘密にしてくれる?」とボクがなっちお姉ちゃんと二人暮らしてると
言ったところりーちゃんの眉間に皺が寄り「え、サイテー」と睨まれた。
- 26 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:25
- ◇
机の中の手紙に気づいたのは1時間目が終わったあとだった。
『放課後、屋上に来てください。ずっと待っています』
女の子の字で、差出人の名前は書いてなかった。
そして放課後。ボクは屋上へ行った。扉を開けると風が強くて、
グラウンドからは部活をしている声が聞こえる。夕焼けがきれいだった。
ボクの他には誰も居なくて、とりあえず腰をおろした。
誰かのイタズラかな? 中学の頃にもこういうことされたし。でも――。
「わ、早いね。もう来てたんだ」
胸のドキドキもおちついていた頃、後ろから声をかけられた。
ボクはゆっくり振り返る。顔が見れず、最初は足元から、そしてだんだんと
視線を上へ移していく。
ttp://mystery.s1.xrea.com/uploda/data/up0013.jpg
やっぱり。心のどこかできっとそうじゃないかな?と思ってた。
「舞美さんだったんだ」
「来てくれてありがとう。隣、座っていい?」
「うん」
ボクはちょっと横にずれて舞美さん分のスペースをつくった。
座るなり彼女は「見て」と右手を出した。
「いいの?」と聞いてボクはその腕をつかむと、リストバンドをめくった。
「あっ」
何もなかった。まっしろでまっさらな細い腕だけがそこにあった。
「神様に返してきた」
笑顔で言う舞美さんにボクも笑顔で「そっか」と答える。
「もう速く走れないし、リバウンドも取れないし、さっきも転んじゃうし」
ぴょこんと伸ばした膝には痛々しい傷があった。
「大丈夫?」
「ドジな私に戻っちゃった。……あの、佐紀夫君」
舞美さんがじっと見つめてきた。ボクも舞美さんを見つめ返す。
「私絶対また努力して速く走れるようになるからさ、
そしたらまた、描いてくれるかな?」
ボクがこくんと頷くと、舞美さんは顔を抑えて泣き出してしまって、
ボクはまたその頭を撫でてあげていた。
……飯田先生も、喜ぶだろうな。
- 27 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:25
- ◇
今朝もまたなっちお姉ちゃんのボディプレスで起こされた。
美味しいご飯をきっちり食べて、街路樹の通りを抜けて学校へ向かう。
学校生活はいろいろありがなら、いやきっといろいろあるから毎日こんな
楽しいんだろうな、なんて考えてみたりする。
ふと思うことがある。
部活から早く帰ってて舞美さんに出会ってなかったら?
亀井先輩のお昼寝に毎日つきあってたら?
嗣永さんのみどり茶を飲んで彼女の部活に入れられたりしていたら?
人生に急にそしてさり気なくささやかに訪れていた分岐点で逆側の
選択肢を選んでいたら?
そもそもあの日に、飯田先生の絵と出合ってなかったら?
どんな毎日がボクを待っていたんだろう。
教室に入り、1時間目の準備をしながらホームルームの始まりを待つ。
先生が来て挨拶をした後で「転入生を紹介する」と言った。
現われた女の子は背中までのストレートヘアーが眩しい、
りーちゃんとはまた違うタイプの、だけどすごい可愛い子で
クラスはちょっと騒然とする。
その子は緊張を含んだ声で名乗り、ぺこりと頭を下げた。
「真野恵里菜と申します。よろしくお願いします!」
- 28 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:28
- 川´・_・リ
- 29 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:28
- 川´・_・リ
- 30 名前:1 清水クン、Day by Day. 投稿日:2009/03/20(金) 10:28
- 川´・_・リ
- 31 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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