34 ローレライ

1 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:41
その河には、女神が棲んでるといわれていた。
深い森の中へと続くその流れは、迷い込んだ旅人を癒し、汚そうとする者たちに裁きを与え、
そして、死に場所を求めた悲しい人々を安らかな眠りで包み込む。
そんな伝承があった。
2 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:42
「何してるの、こんなところで」

だから、その声でエリが彼女の存在に気づいたとき、女神だと思ったのも無理はなかった。

「何って……友達を探してるん、ですけど」
「友達?」甘さの中に芯のある声。そんなところも女神らしかった。
「はい、もしかしたらここに来てるんじゃないかなって」

エリのその言葉に、彼女は何やら得心したようだった。
ようだった、というのは、二人のあいだには少々の高低の距離がはだかっていたからである。
彼女は樹の枝に腰を下ろしていた。河のすぐ脇にそびえている大きな樹だった。
河に沿って歩いてきたエリが真下に来たとき、彼女は以前からの知り合いのように声をかけたのだった。
エリからは木洩れ日が邪魔をして、彼女の表情は見えにくい。
3 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:44
「びっくりした」

彼女の言葉の意味がわからずエリが黙ったままでいると、彼女はおかしそうに続けた。

「友達を探してる、なんていうから、友達のいない娘なのかなって思って。
それならこんなところじゃなくて、もっと人のいる広場とかにいけばいいのにって」

微笑交じりのその声に、行き違いがあったのだと、エリはようやく気づく。

「ああ、違います! そうじゃなくて……」
「うん、もうわかってる。友達が迷子になってるかもしれないんだよね?」
エリは数秒間迷って、小さくうなずく。「……そう、なんです」
「誰も、好きこのんでここには来ない」彼女は神託のように口にした。「みんな恐れてるからね。
罰が当たるんじゃないかとか、二度と出られなくなるんじゃないかとか」
4 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:44
不意に、彼女は座っていた枝から地面へ飛び降りた。
風が木々を揺らすような唐突さと自然さだった。
落ち葉のクッションには枯れ木も雑じっていたのか、
彼女がエリのほうへ脚を踏みしめて近づく度、パチリと乾いた音がした。

「会えるといいね、その友達に」
「……ここだって確信があるわけじゃないんですけど」
「ああ、それそれ」

彼女の“それ”が何を指しているのかわからず、エリは訝しげな表情を浮かべる。

「言葉遣い」と彼女は言った。「お互い同じくらいの年齢みたいだからさ、丁寧語やめないかな」
「ああ、はい、でも」
「わたしの名前はね」彼女はエリの言い分を聞かない。「サユっていうの。よろしくね」
5 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:45
間近で見た彼女の顔は微笑みに満ちていて、その透き通るような白い肌と
漆黒の長い髪が、ますます女神みたいだった。
たしかに同じくらいの年齢のようで、口元のほくろには色気よりも愛嬌が感じられる。
黒い瞳がきらきらと輝いていた。

「ね、それでそっちは?」
「……エリ、です」
「だからぁ、“です”はいらないって」
「あ、ごめん」

思わずエリが謝ると、サユは小さく笑う。
元々の笑みよりも瞬発的で、この大いなる河のゆらめきのような微笑だった。
思わずエリは訊きたくなる。
6 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:46
「サユはもしかして、女神だったりするの?」
「ふふ、どうかな」
「……なんだかイジワルなんだね」
「どうしてそんなことが知りたいの」
「女神様だったら、レイナがここを通ったか、知ってるじゃん」
「レイナ」サユは顔から微笑を消し、口元に手を当てた。「レイナっていうんだね、その友達」
「…………」
「……じゃあ、特別だよ」
「えっ」
「特別って言ったの。特別、今日のことだったら教えてあげる。
レイナはここを通ってない。サユ、ずっとそこで河を眺めてたから」

サユはさっきまで自分が座っていた枝のあたりを指差した。
相変わらず辺りには木洩れ日が降り注ぎ、河の流れる音が旋律のように空間を支配している。
それは女神の歌声だといわれていた。ハープに似た楽器を奏で、美しい歌声でうたう。
そうして人の心の中へと入り込んでくるのだと、教えられている。
綺麗で残酷な、でもやはりそこはかとなく壮麗な物語。
7 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:48
「今日来てないなら、違う、かも」

エリは100メートルほどの河幅の、向こう岸に目をやった。
森の奥へ進むうちに、この距離はどんどん長くなっていくはずだった。

「じゃあ、レイナはここには来てないんだよ」

そうサユに断言されてしまうと、それは間違いのないことのようだった。
先に進む目的を失ったエリに、ここに留まるべきか、
あるいはこんなバカなことはやめて家路に着くべきなのか、迷いが生じる。

「もう少しだけここでお話して、それから帰らない?」

サユの提案は暗闇に明確な光を与える。
ロウソクが両端に並べられた道を歩くように、他の選択肢を掬い上げてしまうようだった。
なるほど、こんなふうに森から出られなくなってしまうこともあるかもしれないなと、エリはうなずいた。

はじめから決まっていたセリフのように、サユはエリの第一声をなぞった。

「サユは友達を探してたの」
8 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:49



9 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:49



10 名前:34 ローレライ 投稿日:2008/05/02(金) 13:50


fin.
11 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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