04 やさしい神様の話

1 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:16
彼女はいつも、神様の話をした。とても、とっても優しい神様。
悲しい時には静かに寄り添って頭を撫でてくれ、楽しい時にはお腹が痛くなるくらい笑ってくれる。
それならどっちでもない、曖昧な気分の場合はどうするの。
尋ねると初めて困った顔をした。
彼女の中の、おぼろげな白ヒゲのおじいさん。きっと、サンタクロースなんかと変わらない。

腕を組んだり、頭を掻いたり、時々首を捻ってみたり。
彼女なりの真剣な様子で悩んだ挙句、彼女は私に左手を差し出した。
お遊戯のように結んで開くので、そっと左手を重ねてみると、
嬉しそうにその手を、上下に何度も振った。
口に出す言葉は、何らかの確信に満ちていた。

ただいつも、一緒にいてくれる。
2 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:17


学年が二つ下である彼女とは、接点がなかった。
全校遠足でも六年生は一年生と、五年生は二年生と組む。離れすぎず、近すぎない。
つまりは中途半端な年齢差だったということだろう。
面識もなく終わるはずだった小学校生活。その出会いのきっかけは、その頃に始まった私の習慣にあった。

二時間目終了のチャイムが鳴ると、教室から生徒が消える。
二十分休み。男の子の多くはボール遊びに夢中になったし、女の子は女の子でグループごとに外で遊んだ。
屋内に残ってる子もそれなりにいたけれど、そういう子は少数だ。

「ねぇ、鉄棒やんない? 今度、体育でテストするらしいじゃん」隣の席の友達が上目遣いで私を見た。
「そんなこと言ってたっけ?」
「ううん、直接は聞いてないよ。だけどさっきの時間、隣のクラスがやってた。
窓から見てたんだ。一人一人先生がチェックして、どこまでやれるかって」
3 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:19
どこまで。その言葉の意味がわからずに黙っていると、彼女はほらぁ、と目を大きく広げる。

「ワザだよ、ワザ。逆上がりとか、豚の丸焼きとか」

私は吹き出した。「ああ、なるほどね。ワザかぁ。逆上がりはともかく、豚の丸焼きもそうなの?」
「立派なワザでしょ。それにしても、ヌキウチでやるなんてズルいよね」
「ヌキウチ?」
「ヌキウチ。いきなりってこと。ヌキウチテスト、つらいなぁ」

彼女の表情はどちらかといえば楽しそうなものだったので、私はそうだね、と相槌を打った。
それから、やんわりと誘いを断った。
4 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:20
彼女が五人くらいの友達を引き連れて姿を消してからしばらくして、私も席を立った。
教室に残っている少数派。私はその一員でなく、かといって校庭で遊ぶ側でもない。
より少数に、一人になるために階段を昇り、屋上への扉を開く。
そこにはいつも人の姿がなくて、それはその日も同じだった。

ここに来て必ず、最初にやることがあった。校庭を眺めてみる。
運動場の片隅にはいつも小さな一つの点があって、それが微動だにしないことを、
初めて訪れたときに発見した。
その法則が外れていないことに、意識しない安堵が生まれた。
人口過密は相当なもので、その中にはすでに誘ってきた友達たちも混ざっていた。
鉄棒を六年生の特権で陣取り、順番でクルクルと回っている。
そのうちに彼女が豚の丸焼きを披露して、周りからのウケを取っている姿も確認できた。

思わず、声を出てしまった。大袈裟なものではなく、零れてしまったものだ。
こんなに離れたところにいる人間まで笑わすことに成功しているとは、彼女自身、気づいていないだろう。
5 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:20
ひとしきりお腹を抱え、それが治まったあと、反動のような静寂が私を覆った。
校庭のはしゃぎ声はここまで届いてくる。
だからきっと、聴覚とは別の静けさが流れていた。
その無音の根底にあるのは恐らく間違いなく、彼女が席を離れる際、何となしに口にした言葉だった。
最近雅ちゃん、ずっと外に遊びに行かないね。

そのまま視線を空に移した。
厚い雲は太陽の欠片さえ落とさない。
折り重なり、どこまでもがんじがらめにしようとする蜘蛛の巣を思わせた。

休み時間が終わるまでずっと、雲と蜘蛛に思いを馳せていた私は、気がつかなかった。
磁石のオモチャのように散らばった生徒たちの中、同じ空を見上げていた女の子がいたことに。
6 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:22


その子は振り向いて見上げた私を、不思議そうに眺めた。
逆光でほとんど影だった彼女は、屋上の扉の上の、梯子階段で昇れる学校で一番高い場所に腰かけていた。

慣れ親しんでしまった行動を、今日もなぞろうとしていた。なぞれるはずだった。
いつもみたいに人払いをして、いつもみたいにここへ足を運んだ。
誰もいない。なのに、突然声が降ってきたのだった。
自分以上に高いところに人がいるだなんて全く念頭に入れてない、無警戒極まる後頭部に、それは落ちた。

「どうしてこんなところにいるの?」
「そっちこそ」と私は言った。「穴場だと思ってたのに」

アナバ、と彼女はリピートしたけれど、発音以上の意味は持ってなさそうだった。
漢字変換、意味検索、不能。
やがて彼女は、あばばに似てるね、と感想とも言えない感想を述べた。

「何、そのあばばって」
「ビックリしたとき、ならない? 他には、緊張したときとかも」
7 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:23
無視しようか、迷った。
まるで敬礼のように私は、眉毛の辺りに手を翳した。
わずかな視界で確認できた事柄に、どうやらこの子は年下らしいというのがあった。
背格好は私や普段私の周りにいる子たちとそう差がないみたいだけれど、顔のあどけなさはずいぶん違う。
仮定し始めると、しゃべっていることの脈絡のなさも、裏づける材料に思えた。

扱いに悩んでいると、彼女が口を開いた。
「ねえ、どうして」
「え?」
「だからどうして、こんなところにいるの」

しばらくどうすべきか判断ができないで、やっぱりわたしは、疑問を疑問で返した。

「あなたはどうしてここに?」
8 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:23
彼女はかくかくと頷いて、腰を持ち上げる。
飛び降りようとしているのだと気がついて慌てて止めた私に、また不思議そうに目を細める。
この高さだとどこかを痛めるから、と梯子階段を指差すと、
わかったようなわからないような顔をしながら、それを使って降りてきた。

同じ高さに立ったら、彼女は私が見えていないようにふるまった。
目を合わせることも会釈することもなく、落下防止の金網に向かう。
こわごわその背中を追いかけた。それを待たず、彼女の指先が校庭に向かってピーンと伸びた。
蝋人形のように白く、冷たく硬そうな、痩せた手をしていた。
切っ先からはきっと見えない線が引かれていて、それは往々にして本人にしかわからなかったりするのだけれど、
私はそれを捉えようと目を凝らしてみた。

その必要はなかった。すぐに私は、あっ、と声を出すことになった。
9 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:24
今日は点がない。今日は屋上に先客がいた。
それが意味することは、たった一つしか思い浮かばなかった。

「あなた、いつもあそこで一人、動かないでいる……」

それは問いのつもりで発したのだけれど、彼女はこちらの考えを察してくれる様子はなかった。
答える代わりに、伸ばしたままだった指を、今度は上空に向けた。

「空にはね、神様がいるんだよ。知ってた?」

突然のことに答えられずにいると彼女は、知ってるよね、と言った。

「このあいだ一緒に見てた、あの神様だよ」
10 名前:04 やさしい神様の話 投稿日:2008/04/27(日) 17:25



END
11 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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