20 では、それはなにか

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:48
20 では、それはなにか
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:48
愛の体はびくっ、と震えた。

薄暗いオレンジ色の明かりに染まる下町のバーに、女の甲高い声が響いたのだ。
キョロキョロと辺りを見回す愛に比べ、他の客たちは大声で笑ったり、酒をボトルごと
煽っていたりする。

聴覚を研ぎ澄ました。
ザワザワと溢れるノイズの片隅に、確かに聞こえる。
荒い息を隠し切れない、微かな鼻にかかった声。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:49

ザワザワ、と胸騒ぎがしていた。

バーを一周見渡した愛は、一点を見つめた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:49

心臓が、いや、心臓のある場所がドクリ-と跳ねる。
店の裏に繋がると思われる暗い通路、そこで行為が行われていた。

太くて焦げた男の腿。
その上にまたがるようにして、体をくゆらし、男の頭を抱え込む。
小さく歪められるその顔に、愛は見覚えがある。
ありすぎるほど、あった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:49

愛はジッ、と見つめた。
ギリギリと胸が痛むのに、目が離せない。

それは、何か情熱的なダンスのようにも見えたし、
何か高いところにある神聖なものに、祈りをささげるようでもある、と思った。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:50


そこにいる女は、愛がよく行く機材屋の娘だった。
いつも「愛ちゃん」と愛に向かい笑いかけてくれた。
内臓の全てが人間とは違う。
そんな愛に、彼女は彼女だけは優しかった。

-脳みそは、人間のそれやざ。

その事実をほんとうに受け入れてくれたのは彼女だけだった。

7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:50

ジンワリと視界がにじむ。
彼女が男が揺れる姿が、ゆっくりと脳裏に焼きついていた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:50


外に出ると、雨だった。
愛の体は水に弱いわけではない。
ただ、極端に冷えすぎると、その体は危ない。

愛は、スッと右足を踏み出した。
地面を打ち付ける、雨の中に。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:51

冷たい雨に打たれると、自分の体の芯が随分と熱くなっていたことに気づいた。
髪の毛を、頭皮を、頬を雨がぬらす。

ふと、愛は立ち止まった。
上を向き、顔面に雨の粒を当てた。
まぶたにぷつぷつと雨の刺激が走る。

-ああ、彼女はどれだけ、私に、何をくれたのだろう…。

心臓を雨が、その音が打った。
体の隅々を雨が伝い、滑り落ちる。
生暖かい、しずく。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:51


あれになりたいのか、
あれが欲しいのか、
わからない。

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:51
ヒタヒタと重くなった洋服を引きずるように愛は歩き出した。
明日は、メンテナンスの日だ。
いつもと変わらなく、彼女に会えるだろうか。
もしこの雨でどこかに不具合が生じたら、私をしかるだろうか-。

ただ、笑顔が。
笑顔が浮かんだ。

-脳みそも、機械やったらよかった。


頬を伝うものが、雨か涙か愛にはもうわからなかった。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:51

 
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:52




14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:52

 

Converted by dat2html.pl v0.2