19 ピーターパンじゃない。

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:32

19 ピーターパンじゃない。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:33
「もういいよっ!お父さんなんて私のこと考えてくれないっ!!」

親子喧嘩をしていた。
お金持ちの家に生まれた愛理は、それはそれは束縛された生活を送っている。
門限は誰に聞いても驚かれる『五時』学校で遅くなったときにも、怒られるほどだった。

中学校に入って、友達が増えた。
みんな徐々に大人になっていく中で、大人になりたがる中で、門限が五時というのは
友達づきあいをやめろ、と言われているようなもので、愛理は父親に尋ねてみた。

『門限七時にしてくれませんか』

新しくできた友達と、学校の帰りにカラオケに寄ったり、ファーストフード店でいろんなお話も
してみたい。

そんなささいな願望だった。

父親の応えはNOだった。
『中学一年生だぞ?まだそういうことは早すぎる駄目だ。』
愛理の顔すら、見なかった。
父親には、目の前のPCに詰まっている仕事と、世間への体裁だけが大切なんだ。

愛理は家を飛び出した。

母親が追いかけようとしたが、父親が止めた。
「放っておきなさい。そのうち心細くなって、帰ってくる。」
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:34
愛理は小走りに携帯電話をいじった。
『今から遊べない?』
最近友達になったクラスメイトの栞菜にメールを打った。
『え、もう七時だよ?それに今からあたし達もう帰るところなんだあ。』
ガックシと肩を落として、暗い夜道で立ち止まる。

道の向こうにあるコンビニの明かりだけがまぶしかった。

栞菜がもう帰るってことは、愛理が最近仲良くなった数人も帰ることで。
こんな時間に、友達を外にムリヤリ連れ出すこともためらわれた。

目の前に、公園が見える。

子供の頃、よく遊んだ公園だ。
愛理はふと方向を転換して、公園へと脚を進めた。

心臓が少しだけドキドキとしていた。
それは、ここまで走ってきたせいでもあるし、こんな遅い時間に一人で外を歩いたことがないせいもあった。
だけど、怖いとは感じない。

世間には怖いことがたくさん溢れていると、愛理は人づてに聞いていた。
しかし、自分はいつもかやの外だった。
よく言えば完全に守られている自分は、危ない目に遭いようもなかった。

それが、今はどうだろう。
父も母も追いかけてきてはくれないし、握り締めて出てきた携帯電話にさえ、着信がない。

こんなもんか…。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:35
無性に寂しくなって、泣きたくなった。
誰もいないし、泣いてもいいかな、と思った。

愛理がひくっ、ひくっ、としゃくりあげはじめた頃、
ふと背後で声がした。

「誰っ!?」

ビクッ-と体が揺れて、涙がピタッと止まってしまった。
滑り台の向こうから、小さな影が姿を現した。

その体が外灯の側に近づくと、顔が見えた。
さっきの声、見えている姿に、愛理はそれが男子か女子が迷った。
どうにか確認しようと胸のあたりを見つめたら、少しだけ膨らんでいるのがわかった。

「そんなとこで何してるの?」
「あなたこそ・・・。」
「ここは千聖のうちも同然だから。」
「え・・・。」

自分のことをチサトと言った少女は、愛理のすぐ側まで歩いてきた。

「泣いてた。」
「あ、うん・・・。」

自分とそれほど年の変わらないだろう少女に気づかれていたことがすごく恥ずかしかった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:36
「はい。」

しばらくすると、千聖が手にジュースを二本持って駆け寄って、その一本を愛理に渡した。
先ほど「ちょっと待ってて。」と言い、道を出た突き当りの角に置いてある自販機で買ってきたものだ。

「あったまるよ。」
「ほんと・・・あったかい。」

千聖が渡してくれた紅茶を愛理は両手で包んだ。


ゾウさんの形をした滑り台の下に、千聖の手に引かれて愛理は入った。
丁度、二人でぎゅうぎゅうになる直径のそれでも、寝転んだなら快適なサイズ。

「こうしてると、なんか浮き出てきそう・・・。」

愛理は寝転び、丸い天井を見上げて言った。

「ん?」

千聖は意味を掴みかねる。

「ほら、プラネタリウムみたいなさ、ウチにあるんだよね。結構高いやつ。」

愛理はときたまそれをつけては、物思いに耽っていた。
そのうちに、眠ってしまうこともしばしばあった。

「あたしは、家出してきたんだけど、君は?」

肩の当たる距離にいる千聖に愛理が尋ねると、千聖は、

「あたし、施設の子なんだ。」
「ああ・・・、あの小学校の裏の丘登ったとこの?」

千聖がコクリと頷く。

6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:36
「最近、部屋の中が臭くて、帰りたくないんだ。」

シンとした穴の中に少しだけ響くようにして声が聞こえる。

「臭い?」
「うん。女子が香水とかいろんなもん、つけはじめて。」
「え・・・女の子だよね?」

確かに、胸はある。
だが『女子』という言い方がどこかひっかかった。

「わかんない。」
「え゛・・・。」
「最近、中学校に入ってからさ・・・。周りの友達も急に変わりはじめちゃったの。
千聖は、まだ外で走り回ったり、そういう方がずっと楽しいのに誰も遊んでくれない。
似合わないヘタクソなメイクや髪の毛いじるのに夢中だよ・・・。」

唇を尖らせてそう言う千聖は、なんだかかわいらしく愛理の目に映った。
唇の端でくすっ、と笑うと愛理は、

「私も似たようなもんかも。急に環境変わっちゃってね。家出してきたけど、私にとっては今までの生活の方が慣れてて、
落ち着くんだけど、それじゃあ友達の会話から乗り遅れちゃうんだよなぁ。」
「すげぇ、わかる。」

千聖がそう頷くのに、愛理はほっとして笑った。

千聖と愛理は戦友になった。

ガッチリと握手をして、その日愛理はうちに帰った。
まだ滑り台の下に残っている千聖がどうするのかは、聞かないでおこうと思った。

7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:37
ケータイ嫌い。

という千聖に会うには、公園へ出向くしかない。
愛理はときたま家を抜け出すようになっていた。
少しも変わらない門限も、乗り遅れる話題にも、ここのことを思い出すだけで焦らずに済んだ。

このゾウさんの滑り台の中は、千聖と愛理の聖地だった。

8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:37

「ねぇ、大人になる方法、知ってる?」

千聖が唐突にそう尋ねた。

「んー?」

愛理はいくつか頭に浮かんだけど、それは友達がやっていることでそれが『大人になる方法』だとは思えない。

「セックスだって。」
「へぇえ!?」

素っ頓狂な声を上げた愛理はガハッ、と体を起こして天井に頭をぶつけ、千聖に笑われた。
その笑顔につられて、愛理は笑いながら頭のぶつけた部分をなでて、また寝転がった。

「施設の高校生がさぁー、いきなり話しかけてきて。『アンタ最近浮いてるんだってぇ?』って。」
「うん。」

愛理は、外灯の照らす滑り台のもうすぐ透き通りそうな天井を見上げながら、
そこにその『高校生』を思い浮かべた。

「そんで、言うの。大人になったっていうのは、セックスしたってことなんだよ、って。」

ふはっ!と愛理は思わず笑う。
だって、そんなのがほんとに大人になることだとは思わなかったから。

「きっと、からかわれたんでしょ?」
「うん。わかってるよ。」

そうだ、と愛理は思う。
千聖は、見た目よりは子供ではない。
いつもどういう遊びをしているか尋ねたとき、出てきた答えこそ子供そのものだったが、
どこかで頭がいい、と愛理は思う。
きっと、自分の思っていることを貫き通して、急いで大人になんてなろうとしない千聖の方が、
周りにいる子達より大人なのではないかな、とさえ思うときがある。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:37
「セックス、したことある?」
「いやぁ〜、まさかぁ〜・・・。」

愛理はその問いかけに頬を熱くした。
そういうものとはまだ無縁だと、そう無意識に思っていたところに、そんな質問が投げかけられた。
それは、この先の未来に一歩足を踏み入れてしまったようで、愛理の胸をドキドキさせた。

「セックスってね、ハダカで抱き合うことなんだよ。」
「知ってるよ、そのくらい。」

知識なら、ある。
詳しいことは知らないかもしれないが、あらかたどういうことなのかは知っている。

「優しく、肌に触れられるんだって。・・・それから、体のあちこちにキスされる。愛があれば、優しいキス。
好きな人なら、どこを触られてもどこにキスされても気持ちよくって、頭がチカチカするんだって。」

愛理は、千聖の柔らかくて優しい声が、セックスを語るのを聞いていた。
恥ずかしさよりもなんだか、自分がそうされている瞬間が想像されて、
体がフワフワするような気がした。

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:38
「それ、誰に聞いたの?」
「その高校生。」

千聖は息だけで笑った。

「セックスはいいんだってさ、気持ちいいって。」

投げやりな声に千聖がなって、愛理はフワフワとした体が地面に着地するように、すとんと心が冷静になった。
今なら、もし千聖に体中を触られてキスされても、いいとおもった。
だけど、そうはされないからそんな風に思うのだ、とも思った。

千聖じゃないほかの誰かだとしたら?

目を瞑った愛理の体に、男の手が触れる優しく。

パチ-
と愛理は目を開いた。

「やっぱり、まだ怖いな、あたしは。」
「うん。千聖も。そんなことのどこがいいんだか、ほんとにわからないよ。」

それでもいつかは自分達も、そうなるときがくるんだろうか。
誰かに触られて、キスされて、気持ちいいって思える日が・・・。

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:38
心に吹き込むのは、そういう不安なのだ。
愛理ははじめて納得したような気分になった。

まだ受け入れられない迫り来る現実を、受け入れる準備さえできていない。
なのに、周りははやくっ!はやくっ!と愛理を急かす。
いや、それとも、急かしているのは自分自身なのではないのだろうか。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:39

カラオケには行きたい。
だけど、友達とわいわいできればそれでいい。
ファーストフードでいろんなお話をしてみたい。
そして、ほんのりと誰かが誰かに抱く恋心を盗み聞きして、愛理もドキドキできればそれでいい。

自分がその中に入る勇気はないのに、触れていたいのだ。


愛理は千聖の手にそっと手を重ねてみた。
千聖はゆっくりとやわらかく握り返した。


こんな風に、触れていたいのだ。
愛理は不思議な気分だった。
千聖が自分に触れてくれればいいのに、となんとなく思っていた。
それを受け入れられるのに、と。
だけど、千聖はボーイッシュだけど女の子で、
ほんとうにはそうはならないから、やっぱり思えるんだろう、と思った。

13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:39
ポケットの中で、ケータイが振動した。
『門限は七時にする。フラフラと抜け出されるよりはいい。』
父親からのメールだった。

急に突きつけられた現実感。
急に開かれた、大人へと近づく道。

「どうかしたの?」

千聖の声は、相変わらず柔らかくて優しい。
愛理の鼓動だけが、静かに脈打つ。
ここに来る理由が、すっかりとなくされてしまった。
愛理の外側で。
父親がまた勝手に、取り除いてしまった。

大人に近づけ、と言われた。

「・・・大人に、なりたくない?」

愛理の問いかけに千聖は、

「大人にはゆっくり時間をかけてなればいいよ。」

と答え、愛理と繋いだ手を二回振った。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:40
『聖地』と思った場所は、そう、今思い出した。
逃げてたどり着いた、隠れ家だったこと。

いつまでも、隠れているわけにはいかない?
ほんとに、そう?
門限が七時になる。
喜びだと思ったものは、戸惑いだった。

「どうかしたの?愛理。」

訝しげな声だった。
愛理の居場所は、もう他に用意されてしまっていた。
青い天井を見上げる。
緩くカーブを描いた。柔らかい。

千聖の暖かい手を、握った。

愛理が迷子だったように、千聖も今、迷子だった。
愛理が迷子じゃなくなったら、千聖は一人ぼっちなの?

「もう、来れないかもしれない。」
「え・・・?」
「寂しい?」

寂しいと言われれば、愛理はもっと戸惑うのに。
聞かずにはいられなかった。

「寂しくないよ。」

千聖の少しふてくされた声に、愛理の胸は少しだけ沈んだ。

15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:40
「愛理、帰る場所ができたんでしょう?」
「うん。」
「だったら、そこに帰ればいいよ。」

考えていた。
千聖が、大人に近づけそうなこと。
愛理が、一歩踏み出すのに、一番不安じゃない方法。

「・・・何してんの?」
「キスだよ。」

愛理の髪の毛が千聖の頬にくすぐったかった。
千聖の唇は温かく優しく柔らかく。
その暖かいものから離れるとき、愛理の息は少し震えた。

不安、だな。

「バイバイ、千聖。」

千聖はただ、ふてくされた顔で、愛理を見ていた。
その声が、震えてるのにも気づいていた。
愛理は泣いている。
何がそうさせるのか、わからないままで。

いるべき場所に戻ることが怖いだなんて、不思議。

16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:41



カラオケBOXを出たら、真夏の夜風が愛理たちを包んだ。
談笑は今なお耐えない。

カラオケの名残で大きな声で話す栞菜の向こうに、愛理は千聖を見た。
男の人と、歩いていた。
時間は、もう七時を過ぎようとしていた。
門限が8時になった今、愛理はそんな千聖を目にしても、もう驚かない。

友達かな、それとも、施設の男子?それともそれとも、彼氏?

千聖もいつかは愛理に語ってくれたあのときの声と同じ優しさで柔らかさでやっぱり誰かと
セックスをするのだろう。
もう、したのかもしれない。

それは、あの寒い日のゾウさんの滑り台の中で感じたフワフワしたもの。

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:41
「ねぇ、聞いてる?愛理。」
「ごめん。聞いてなかった。」
「ひっどぉ〜い、だからぁ、」

空を見上げた。
小さな星がぽつぽつと、またたく。
プラネタリウムではない、リアルな星空。

愛理は小さく微笑むと、栞菜たちの笑い声の中に溶けた。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:41

 
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:41

 
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 05:41

 

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