16 夜空の海にしゃぼんを浮かべて

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:50
16 夜空の海にしゃぼんを浮かべて
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:50



大好きな人と一緒の、観覧車。
外界から遮断されたその場所は、あたしにとって聖域と呼んでいい場所のはずだった。
なのに、心は裏切る。素直に喜べない。楽しくない。憂鬱でさえある。
それはきっと、大好きな人の顔が、後ろに広がる青空には似つかわしくないくらいに曇っているから。

観覧車からは、外の景色が一望できる。二人で乗り込んでからそう時間は経っていないはずなのに、もう
眼下の建物や車が、おもちゃのように見えた。

「久しぶりだねえ、二人でここに来るのは。あの時以来、かな。番組で」
「・・・そうですね」

何であたしが。あの時はそう思ったけれど、それは今の状況でも変わってない。
田中っちさあ、今度遊びにでかけようよ。遊園地とかさ。
そう電話で告げられたのは、昨日の晩のことだった。
あまりにも急な話だったし、あたしと後藤さんを繋ぐ線なんてくもの糸みたいに細かったけれど、行くことを決めた。どうしてだかはわからない。何でだろう。

でも、待ち合わせ場所にぼーっと突っ立ってる後藤さんを見て、その場に来たことを後悔した。
途轍もなく、重い暗い何かを背負っている。そんな感じがした。そしてその何かが、あたしごときの力じゃ到底解決なんかできやしないこともまた、感じ取ることができた。
だから、余計に嫌だった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:51
少しずつ、ゆっくりと観覧車は高度を上げてゆく。まるで青空に溶けてゆくみたいに。
空は気持ちがいいほど澄み切っている。光の布で磨かれたかのように、ぴかぴかしていた。ただその青さが、今は痛くて、苦しくて。
しばらくあたしと後藤さんの間に、言葉はなかった。あの時と一緒だ。確実にあれから年月はたっている。あたしは17になり、後藤さんは22になった。でも、二人の間の空気は悲しいほど何も変わらなくて。まるで観覧車から見える景色みたいだと思った。殆ど動いてないように見えるのに、いつの間にか高度が上がっている。太陽は西に沈み、光の時間は終わりを告げる。それはとても切ないことだった。

「あたしさ」

ふと後藤さんが、そんなことを呟いた。

「卒業するんだ、ハロプロ」

まるで明日の朝に引っ越すよみたいな、軽い口調だった。だから、あたしの脳に正確な情報が行き渡るまでにかなりの時間を要した。卒業するんだ、誰が、何を、ハロプロを、後藤さんが?
後藤さんが、ハロプロを、卒業する?
夢のような話だった。夢なら、醒めてほしい。けれど目の前にいる後藤さんも、ゆっくりとオレンジ色に変わってゆく空も、夕闇に抗おうとぽつぽつと灯り始めた街の明かりも、全部、リアリティがあり過ぎた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:51
「い、いきなり何でそんな」
「うちの出来の悪い弟がねえ、やらかしちゃったんだよね」

後藤さんの弟。確か昔芸能活動してた。あたしは薄ぼんやりとしか彼の顔を覚えていないけれど、後藤さんによく似た人だったような気がする。
やらかしちゃった、というのはきっと後藤さんがハロプロを卒業しなければならないくらい、重大な何かのはずだった。でもそんなことを想像したくもないし聞きたくもなかったし、あえて訊ねたくもなかった。確実に言えるのは、後藤さんが、卒業する。
そのたった一行の事実だった。

それからしばらく、何も言葉を発することができなかった。
あたしの勘は悪い時ばかり、よく当たる。ハロプロで一つの時代を築いた人の去就をあたし一人でどうこうできるわけがないし、かける声すらない。一時的な措置だと思いますよ、だってぽんちゃんだって戻ってきたじゃないですか。大丈夫ですよ、後藤さんはハロプロなんか出たって活躍できますよ。まるで金魚すくいのすくい網のように脆そうな、言葉の数々。
助けを求めるように窓の外を見やると、夕陽は沈みきってすっかり闇に包まれた景色。ゴンドラの中の照明のせいで窓ガラスが鏡のようになって、あたしの顔を映し出す。
なあ。れいな、どうすればええっちゃ?
これがほんとの自問自答。笑えなかった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:52
「もうすぐ、頂上だね」
「え? は、はい」

後藤さんの声で我に帰る。
相変わらずその表情は疲れていて、それでいて何も読み取れなかった。あたしをここに呼んだ理由、そもそも何であたしなんだろう。あたしなんかより彼女と苦楽を共にした時間の長いメンバーなら、いくらでもいるはずなのに。あたしと後藤さんを結ぶ、たったひとつのキーワード。観覧車。英語ではフェイリスホイールと言うらしい。英語にしたところで、何の意味もないけれど。

「何か難しそうな顔してるねえ。もしかしてさ、何でれいながこげなとこに呼ばれたばってん?とかそんなこと、考えてない?」
「だ、だって当たり前っちゃろ!後藤さんが急に呼び出すけん、れいなわけわからなくて!!」

図星を突かれ、つい取り乱してしまう。
でも、次の後藤さんの一言が、あたしの動きを止めた。

「ごとーさあ、田中っちにごとーの最期、見てもらおうかと思って」

開かないはずのゴンドラの扉が、開け放たれた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:52
「驚いた?ここのゴンドラだけ、扉のロックが壊れかけててさ。ゴンドラのボディに書かれてた番号が510だったから、覚えやすかったんだよねえ」
「れっ、れいなが聞きたいのはそげんことじゃなくて」

聞き間違えでなければ、後藤さんは確かに「最期」と言った。
そして夜空へ向けて開かれた、ゴンドラの扉。連想するなと言うほうが無理がある。

「何で死ぬ必要があるんですか!!」
「あるよ、ごとーにはね」

いつの間にか、空には月が浮かんでいた。淡い月光が後藤さんの高い鼻梁を境に光と影を、つくる。

「ごとーには、ハロプロが全てだったんだよ。13の年からこの世界で生きてきて、娘。を卒業して、かっこ悪い格好もしたしやらしい衣装も必要だと思ったから着てきた。嫌になることだって、たくさんやってきた。それでも」

後藤さんが席を立って、解放されたゴンドラの出口の前に躍り出る。少しでも身を翻せば、夜の闇に溶けてしまうような、位置。

「ごとーはハロプロが、大好きだったんだよ」
「後藤さん!!」

月明かりに照らされた、後藤さんの笑顔。
失いたくなかった。どんな言葉も、説得も、必要なかった。
あたしはただ、彼女に、手を差し伸べた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:53
頂上を過ぎたゴンドラは、ゆっくりと地上へと下降してゆく。
空に向かって吹いたシャボン玉だって、やがては風に揺られて地面に落ちる。当たり前のことだった。

「あーあ、田中っちが止めなきゃ『ゴマキ、解雇を苦に投身自殺』ってスポーツ紙の一面に載れたのにねえ」
「後藤さん」

笑えない冗談だったので、後藤さんの顔を睨んでやった。

「もうこんなこと、やめてください」
「・・・呼んだのが、田中っちでよかったよ」
「どういう、意味ですか?」

あたしの素朴な疑問に、後藤さんはこう答えた。

「素直だからね。いい意味で」

ゴンドラがふわふわと地表に下りてゆく。
後藤さんの言う意味はよく分からなかったけれど、結果こうして何事もなく戻ることができたのだからそれでいいのだろう。彼女の表情は頂上に向かう時よりも心なしか、和らいでいたような気がした。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:53
すっかり人のいなくなった遊園地。観覧車を降りたあとは特に何もすることはなく、そのまま帰ることになった。
帰り際、後藤さんに訊いた。

「何で、思いとどまってくれたんですか?」

すると彼女は、頭をぽりぽりしながら、

「ゴンドラが頂上を過ぎてたからね。あと、田中っちの手も暖かかったし」

と答え、そのまま路地の向こうへと走り去ってしまった。
手。そうだ、手。
あの時、確かにあたしは後藤さんの手を握ったんだ。そのぬくもりを、柔らかさを思い浮かべると、胸が熱くなってくる。これは絆だ、そう思った。あたしの肌は彼女の肌の感触を決して忘れないだろうし、彼女の肌にもあたしの肌の感触が刻み込まれているはず。そんな想像に耽ることで、あたしはあの時の観覧車に続くもう一つの繋がりを確かめていた。

大丈夫、きっと大丈夫。
今はそう、信じることができた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:54



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10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:55









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11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 23:55











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