11 南の海のエリカ
- 1 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:10
- 11 南の海のエリカ
- 2 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:10
- 失恋した。
こういうときには髪を切るのがお決まりのパターン。
…なんだけど、鏡を見るたびにイヤなことを思い出すってのもたまったもんじゃない。
というわけで、もうひとつのお決まりのパターンを実行してみることにした。
それは、自分探しの旅。いきなりだけど、私は今日、旅に出ます!
◇
「あれ? 矢島がいないなー。どこ行ったんだあいつ?」
「せんせー、矢島さんなら沖縄に行っちゃいましたー」
◇
朝のホームルーム、クラスのみんながずっこけているのが目に浮かぶ。
でも、いつも責任感の強いクラス委員が突然の逃亡をしたっていいじゃないか。
赤い電車に乗っかって羽田空港に着いた私は、制服のおねえさんにあれこれ聞いてチケットを買うと、
もやもやした曇り空を突き抜けて、そのままガーッと南の海に向かって飛び出した。
2時間半ほどのフライトの後、着陸態勢に入るのでシートベルトを締めるようにとアナウンスが流れる。
運よく窓際の席に座った私は、そっと外の景色を眺める。そこに広がっていたのは、まさに一面の青だった。
小さな島がいくつも浮かんでいるのを飛び越して、やがて飛行機は無事、空港に着陸した。
見よう見まねでほかのお客さんたちの後に続いて、飛行機から降りる。
通路を抜けてもやっぱり後ろにくっついていって、そのまま空港の外に出たら熱気が全身を包んだ。
私は雨女のはずなのに、雲ひとつない空が目に飛び込んでくる。
いつもなら学校にいるはずの私は今、沖縄にいる!
今の私は自由なのだ。どこに行って何をしたっていい。すべては私の思うがまま。
とりあえず、路線バスに乗ってみる。そのうち海が見えてくるだろうから、そしたら降りてしまえばいい。
30分ほどバスに揺られていたら、急に視界が開けた。
さっき飛行機から見たのと同じ青が、空の果てまで広がっている。慌てて降車ボタンを押した。
潮風の匂いがする。真夏と少しも変わらない日差しが照りつける世界は、光に満ちている。
今まで見たことのない濃い青色が上半分、そこに少し緑色を足した宝石のようなきらめきが下半分。
2種類の青が、柔らかい風と一緒に私のことを包み込んでいる。
海に向かって歩いていく。崖の突端になっているところで足を止め、まわりを見渡すと、
左手の奥にビーチが見えた。私は迷わず行ってみる。
- 3 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:11
- ビーチに出ると、白い砂がまぶしくってたまらない。
海はとてもきれいなガラスを溶かし込んだように、透明な青と緑を静かに交互に揺らめかせていた。
しばらく見とれていたら、お腹が鳴った。恥ずかしくなって辺りを見回す。
運の悪いことに、かわいらしい黄色の前掛けをしている女の子にバッチリ見られてしまっていた。
「お腹空いてんだったらウチで食べなよ」
彼女は笑ってそう言うと、すたすたと日陰へと歩いていった。
背が高く、頭がちっちゃい。手足が長い。ものすごくスタイルのいい子だなあ、と思いつつ、後を追う。
そこはこのビーチの売店だった。脇にはパラソルやデッキチェアが丁寧に片付けられている。
様子をうかがいながら中に入ると、さっきの子が「いらっしゃい」と手を振って明るく声をかけてきた。
「んーと、ヤキソバ」
「はーい、まいど〜」
彼女は保温器からヤキソバを取り出し、割り箸をつけて私によこす。
100円玉を4枚渡すとき、少しだけ指先が触れた。きれいな指先に、一瞬見とれた。
「お客さ〜ん、一人で来たの?」
売店の隅にある席でヤキソバを食べていると、ヒマそうにしていた彼女が話しかけてきた。
そこで初めて彼女の顔をじっくり見た。あまりに整っていたので、驚いてヤキソバがつっかえそうになった。
これもやっぱり沖縄だからだろうか。エキゾチックな彼女の顔立ちは、ずいぶん大人びて見えた。
セミショートのボブに白いヘアバンドが、ため息が出そうになるくらい似合っていた。
「一人だよ。お昼の便で沖縄に来たの」
「へぇ〜、すごいねー。え? もしかして高校生?」
「高1」
「そうなの? うちもそう! あれ? 学校とか休みなの?」
「学校サボって来ちゃった」
「え〜なにそれ、あはは、すごーい! そんな人初めてだよー」
「私だってこういうこと初めてだよ」
「え、お金とか大変だったでしょ?」
「お年玉とおこづかいとバイトでコツコツ貯めてたんだ。それをパーッと使っちゃうことにしたの」
「へぇ〜。うちも今、バイト中なんだけど、ムダづかい多くってなかなか貯まんないんだよねー」
彼女はとにかくよく笑う子だった。これだけ大人びた外見で同級生ってことには驚いたけど、
一緒に話をしているうちにすっかり打ち解けて、仲良くなった。
「私は矢島舞美」
「うちは梅田えりか」
こうして私たちは出会った。
- 4 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:11
- 「誰もいないね」
売店入口のすぐそばにデッキチェアを置き、海を眺めながら私は言う。
店の奥から、えり(と呼ぶことにした)の声が返ってくる。
「暑いから地元の人は家でじっとしてんの。この時間、浮かれてビーチにいるのは観光客だけだよ。
でももう観光客もだいぶ減ってきたから、しばらく舞美がビーチを独り占めできるね」
「やったー!」
独り占め。なんてすてきな響きだろう。
前に雑誌で沖縄の写真を見たけど、目の前の海はそれよりずっと鮮やかな色で、ぜんぶが輝いている。
この光景が私一人のためにあるなんて、まるで南の島の女王にでもなった気分だ。
調子に乗って、「ねえ、冷たいジュースとかない?」なんて聞いてみる。
すると「ちょっと待ってね〜」と声がする。むふふ、愉快愉快。
「よっこらしょっと」
召使い…じゃなかった、えりはペットボトルを2本持って、私の座るデッキチェアに割り込んできた。
客の来る気配がまったくないとはいえ、かなり大胆な行動だ。
チェアは一人で座るには余裕がありすぎるけど、二人で座るには小さすぎる。
全身のあちこちを密着させて、私たちはどうにか並んで座った。少し緊張する。
「舞美って、ホントに色、白いよね。黒くて長い髪も似合ってて、なんか、お人形さんみたいだね」
「そう? 私はえりみたいなかっこよさ、いいなあって思うけど」
「そんなことないよー。ないこともないけど、ないよー」
「なにそれ。もう、おっかしいなあ」
ついさっき偶然出会ったのに、私たちはまるで昔からの知り合いのように接していた。
だから二人のあいだにある足りないものを埋めるように、私はえりのことを尋ねた。
「生まれたのは横浜なんだ。でも小さいころに親と一緒に沖縄に戻って、それからずっとこっち」
「いいなあ。私はずっと狭苦しい都会で育ったからうらやましい」
「そうでもないよ。うちね、物心ついてから一度もこの島から出たことがないんだ」
「え、そうなの?」
「うん。ずーっと。だからね、この島の外のこと、すごくあこがれてるの」
私は今、初めて目にする沖縄の景色に魅了されている。
でもそれはえりにとっては当たり前のもの。えりはまだ見たことのない景色を想像して過ごしている。
その見たことのない場所からやってきた私は、それだけで彼女の興味を引くのだろう。
- 5 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:12
- 「うちね、どうしても行ってみたいところがあるんだ」
「どこ?」
「大阪の、梅田っていうところ。ほら、うちの名字と一緒だから、どんなところか知りたい」
大阪の梅田。よくわからない。大阪だったら、家族旅行で大阪駅の辺りを歩きまわったことは覚えている。
でもその梅田っていう場所がどこにあるのかは知らない。大阪府梅田市とか、あるんだろうか。
「梅田かぁ。よくわかんないや。大阪駅の近くを家族で歩いたことならあるよ。
アーケードとかすっごく長くって、賑やかで、とても楽しかったな」
「やっぱり、内地にいると簡単に行けるんだね」
えりの顔が曇ったような気がした。私は慌てて話題を変える。
「じゃあさ、下の名前。『えりか』って、どういう由来なの?」
「んーとねえ、母さんの好きな花の名前。『エリカ』っていう花があるんだって」
「そうなんだ。なんかかわいいね、そういうの」
「ありがと。うちね、その花を見たことないから、いつかそれも見に行ってみたい」
「その花は、どこに咲いているの?」
「なんか、外国のほうにいっぱいあるらしいけど、日本じゃ北海道で育つんだって」
「そっか。見られるといいね」
「うん」
やがて日が傾き、ビーチに地元の人たちがやってきた。
えりは売店の中に戻っていった。私は夕暮れに向けて少しずつ表情を変える海を眺める。
靴を脱いで素足になると、真っ白な砂の上を歩いていき、そのまま膝の辺りまで海の中に入る。
水着になってはしゃぎまわる子どもたちの歓声が空に響く。
でも私の体のまわりだけは、まるで時間が止まってしまったかのように静かだった。
海の青はガラスのように硬くなって、それがそのまま水平線のずっと先まで続いているような気がした。
地球上のすべての陸地は消え、この小さな島だけが浮かんでいるように思えた。
小さくて青いガラス玉。そんな世界で、えりはずっと生きている。
「あのさー舞美」
突然えりの声がして、慌てて振り向く。
「今日どこに泊まるの? 沖縄は暗くなるの遅いから、ぼーっとしてると大変だよ?」
言われて初めて気がついた。
「どうしよう! 私、ホテルの予約とかしてない!」
よくみんなからバカだバカだと言われる私だけど、このときほど自分がバカだと思ったことはない。
「しょうがないなー。いいよ、うちにおいでよ」
えりは白い歯を見せて笑った。
- 6 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:12
- 沖縄の人はとてもおおらかで、どこの馬の骨だかわからない女子高生を一人、
えりが連れて帰ってきても、まったく動揺を見せることはなかった。
むしろ照れくさくなるほど、大いに歓迎されてしまった。
「カンパーイ!」なんて言って、オリオンビールという聞いたことのないビールを少しだけ飲んだ。苦かった。
貸してもらったえりのパジャマに着替えると、彼女の部屋で二人きりになった。
メアドを交換して、それからなんでもないお互いの毎日について話をした。
でもそのうち、話はどんどん深い方向へと進んでいった。
失恋をしたこと。それで勢いにまかせて沖縄に来ちゃったこと。私は正直に、えりに話した。
彼女は時には黙ってうなずき、時にはボケボケな合いの手を入れながらも、真剣に聞いてくれた。
えりも正直にいろいろと私に話してくれた。
高校生になってビーチの売店でバイトを始めたこと。勉強と比べて、働くことがすごく楽しいこと。
そして、島の外からやって来た私に会えて、すぐに仲良くなれて、心の底から喜んでいること。
「じゃあもし私たちがすぐに会えるところに生まれていたら、きっと親友になってたね」
「んー、舞美が今、うちのこと大切な友達だと思ってくれてるんなら、もうそれでOKなんじゃない?」
「うん、それもそっか」
「そうだよぉ〜。えへへ」
日付が変わるころ、えりのベッドの隣に布団を敷いてもらい、そこに寝た。
電気を消し、同じ天井を二人で見つめながら時間が過ぎるのを待っていた。
だけどお酒のせいなのか、すぐに私は眠くなってしまい、意識が遠のいていった。
完全に眠りに落ちる直前、頬に何かが触れた感じがしたけど、よく覚えていない。
- 7 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:12
- 翌朝、私はえりに連れられて、港に出た。
まだ日は昇ったばかりなのに、強い光が降り注いでいた。
ビーチの売店から持ってきたと思われるパラソルを1本抱えて、えりは小さなボートに乗り込んだ。
私も乗ったことを確かめると、えりはボートの後ろについているモーターを動かした。
バイクみたいなうるさい音がして、やがてボートは走り出す。あっという間に岸辺が遠ざかっていく。
15分ほどボートが水面をすべっていくと、目の前に小さな島が見えた。本当に小さな島だった。
ほとんどが砂浜になっていて、端っこのほうだけ緑が散らばっている。木らしい木は一本も生えていない。
絵に描いたような無人島が、そこにはあった。
「こんなところ、本当にあるんだ」
「うん。小さすぎて観光地にもならない。満潮になると半分くらい沈んじゃうし、来ても意味がないの」
えりは慎重にボートを操作する。船底がぶつからないギリギリのところまで島に近づくと、
ボートを止めておもりを海中に落とす。
「サンダル履いてね。サンゴ礁で足、ケガすることもあるから」
えりはそう言い残してパラソルを抱えると、海の中に飛び込んだ。そのまま浅瀬を歩いて島に上陸する。
私も同じように海の中に飛び込むと、島を目指して歩いていった。
えりはパラソルを地面に差して日陰をつくると、その中に腰を下ろした。
私もパラソルを目指して歩くが、波のせいで思うように進まない。
お気に入りの白いワンピースの腰から下はすっかり水に浸かり、足に貼りついてきて歩きづらい。
「あーあ、濡れちゃった」
「そんなの、あっという間に乾いちゃうよ。それとも、脱いじゃう?」
いたずらっぽくえりが笑う。でもその目の奥でかすかな期待の色が浮かんでいるのに、私は気づいていた。
曖昧な笑みを返してパラソルの日陰に入ると、目の前に広がる光景を眺める。
風の音と波の音。それ以外には何ひとつ聞こえてこない。
私たちに残されているのは、ほんのわずかな白い砂浜。あとはすべて、青があるだけ。
ここは文字通りの、“世界の果て”だった。
私たちは肩を並べて、時が流れるのをただ感じていた。
言葉を交わすことはなかった。ちょっとしたことで崩れそうな、微妙なバランスを保っていたから。
少しでも刺激を与えれば、こらえているものがあふれ出してしまう。
- 8 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:13
- 「うち、ここに人を連れてきたの、舞美が初めてだよ」
均衡は突然、破られた。その言葉を合図に、私は勢いよく立ち上がる。
「やっぱり、脱いじゃおっかな」
ずいぶんと長い時間をおいたけど、私はさっきの問いかけに答えた。
もうワンピースはすっかり乾いていた。それをパラソルの根元に脱ぎ捨てた。
知っている。もうぜんぶわかっている。だから私は誘いに乗ったんだ。
私は、あなたのことをもっとよく見たい。この目で確かめたい。だから今度は、私が誘う。
下着も脱いだ。私のすべてが露わになる。
パラソルの日陰から出ると、もぎたての太陽の光が私の全身を包む。
光が、風が、そして青が、私の中を駆け抜けていく。南の海に体が溶け込んだ錯覚をおぼえた。
「舞美」
声がして、振り返る。彼女は立ち上がっていた。ゆっくり私に近づき、シャツをおもむろに脱ぎ出す。
身に着けていたものをすべて取り去ると、彼女は顔を赤らめて、でも何ひとつ隠さず、私と向きあう。
私はあらためて、えりの抜群のスタイルに見入った。
小さい顔、細く長い手足。彼女の髪は風に揺れて、まつげにかかる前髪がとても色っぽかった。
胸は私よりも少し大きい。その先端は彼女の唇と同じ、かわいらしい薄いピンクで彩られている。
くびれきっていない腰を見て、私は少しだけ安心をする。意外にもけっこう腹筋がたくましかった。
おへその下は見るからに柔らかそうな、まろやかなカーブを描いていた。
そして彼女のいちばん大切なところは、とても慎ましやかに隠されていた。
大きな公園に置いてある銅像なんかのヌードとは、比べ物にならないほどえりは美しかった。
今この一瞬を、永遠に覚えていたいと願った。
私が目にしているこの女の子よりも美しいものは、もうこの先見ることがないんじゃないか、そう思えた。
えりもえりで、私のことをじっと見つめていた。
彼女の口元からははっきりと笑みがこぼれていた。それが素直にうれしかった。
「舞美、すごくきれい」
「えりもだよ」
そう言って私は右手を伸ばす。えりも伸ばす。手のひらが触れあって、ぎゅっと結ばれる。
私たちは手をつないだまま海へと走り出す。そのまま、波で揺れる浅瀬に倒れ込む。
えりがふざけて水をかけてくる。同じようにやり返す。
二人きりの世界の果ては、まばゆいばかりにきらめいている。
- 9 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:13
- さんざん走り回って疲れたので、砂浜に並んで寝転がって休んだ。
手はつないだままだ。荒かった呼吸もおさまり、全身のしずくが乾いていく。
「えり」
「なに?」
「好き」
「ふふ、うちも」
自分でも驚くほどあっさりと言葉が出た。そして返ってきたのは想像どおりの答えだった。
「もぉ〜、舞美ったら、なんで裸で告白してんの? 順序が逆じゃん、おかしいよ」
えりが笑う。確かにそうだ。私、何してんだろ。つられて笑いがこみ上げてくる。
つい昨日会ったばかりだというのに、気がつけば、こんなことになっている。
私、自分でも信じられないくらい、大胆になってる。
「キス、してい?」
「いいよ」
そう答えたら、えりが急に抱きついてきた。柔らかい素肌が触れあって、思わず体がすくんだ。
紛れ込んだ砂が気持ちいい感触の中に痛みを与えて、それが妙な現実感を帯びていた。
えりが切ない表情をして、まっすぐに私のことを見つめている。
どうして? 少し怖かった。大好きなはずなのに、えりのことは大好きなはずなのに、なんで?
おそるおそる、ふたつの唇が触れる。その瞬間、私もえりもびっくりしてのけぞった。
でも二人ともひるまなかった。唇をくっつけあったまま、目を閉じて息を殺してやり過ごした。
やがて唇が、生あたたかいものに包まれた。ぬるり、ぬるり。それは初めての感触。
急にまわりの色が変わって見えた。息がまた、荒くなっていた。二人の唇の間から、ため息が漏れる。
「んんっ」
のどの奥から声が出る。自分の気持ちとは関係なく、声が出てしまう。
私を取り巻いているもののスピードが、速まっているのがわかった。
ドキドキしすぎてついていけない頭とは反対に、体は私の言うことを聞かないで一人歩きをしている。
“怖い”――その言葉が、さっきよりもはっきりと浮かび上がってきた。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「え、どうして?」
首を傾げてえりが言う。確かに私たち二人はお互いに好きなんだから、逃げる理由なんてない。
でも、私はものすごいスピードの何かに巻き込まれている気がして、怖くなったのだ。
えりは私に近寄ると、もう一度抱き締めてきた。その長い両腕が、私の肩に巻きつく。
荒い呼吸が聞こえる。彼女の髪の香りが優しく漂う。
「えり」
私の呼びかけに答えるふうもなく、えりは私の唇にもう一度触れてきた。
- 10 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:14
- キスって、こんなに簡単なことだったんだ。
えりのことを受け止めながら、私はそんなことを考えていた。
私はどうしてえりのこと、好きになったの?
失恋したばかりだから? 空っぽになった心を、都合よくえりで埋めようとしているの?
えりはどうして私のこと、好きになったの?
遠い場所から来たから? この狭い島の暮らしに飽きているから私のことを求めてきたの?
恐怖心が、黒い感情をかき立てる。
一度浮かんでしまった疑問は、どんどん心の中を広がって、私の体の外に出ようとする。
必死でこらえるけど、その勢いに負けてしまいそうになる。
すると急に、すべての動きが止まった。唇と唇が離れ、声がした。
「舞美、泣いてる?」
目を開けると、心配そうにえりが私の顔をのぞき込んでいた。
そっと指で頬に触れたら、濡れてる感触がした。私、泣いてたんだ。
「ごめんね、うちが…」
「ちがうのっ!」
謝るえりをさえぎって叫んでいた。悪くないよ、えりはなんにも悪くないんだよ。
「悪いのは私のほうなの。えりのこと、自分のこと、信じることができなくて。
私、いやじゃないよ。えりのこと、いやじゃないよ。ちょっとだけ怖かったけど、もう大丈夫だから」
突然私がまくし立てたので、えりはぽかんとしていた。
でもすぐににっこりと笑ってみせて、大きくうなずいて、私のことを抱き締めてくれた。
そして耳元で照れくさそうに小さくつぶやいた。
「ごめん、うちも怖かったんだ。それでムリしてた。ホントごめん」
それを聞いて私は驚いた。でもすぐに、安心の気持ちへと変わった。
私たちは、一緒だったんだ。お互いのことを好きになって、でも怖くて、それでムリして。
本当のことがわかって、私はなんだかとてもおかしく思えてきた。大声で笑いたくなった。
「私たち、ホントに両想いなんだね」
そう言うと、えりの耳にそっとキスした。えりの耳は真っ赤に染まっていて、とても熱かった。
私たちは体を離すと、もう一度お互いのことをじっと見つめあう。
裸のまま太陽の光を目一杯浴びて、澄みきった青を背景に立つ私とえりは、
もう何ひとつ隠しているもののない、ありのままの存在だった。
私はえりのことぜんぶが欲しくてたまらなかったし、えりは私のことぜんぶが欲しくてたまらなかった。
だから当たり前のように、体と心をひとつにまじりあわせた。
- 11 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:14
- 私はえりの胸に顔をうずめる。柔らかい感触が包み込む。
えりの肌はすごくなめらかで、いつまでも触っていたくなるほど気持ちがいい。
おそるおそる、その先っぽにあるピンク色にキスをする。
えりが「ん…」って声を漏らして、すごく色っぽい。そのまま口に含む。
「うわ、しょっぱい!」
「あーそういえばさっきまで海に入ってたもんね、しょうがないよ」
二人で笑いあう。
もう一度えりのちくびを口に含むと、吸いつくように舐める。潮の味が消えて、えりの味になる。
だんだんえりの先っぽがかたくなってくる。心地よい弾力があり、私の唇も快感に包まれる。
ちゅっ、ちゅっ、とわざと音を立てて吸い、舌先でもてあそぶ。
「もう、舞美ばっかりずるいよう」
今度はえりが私を求める番だ。
背も高いし大人びているその姿とは対照的に、えりはとことん甘えてくる。
抱きついて、「舞美がかわいいよぉ、まいみぃ」なんてうなり声をあげながら、優しく胸をもむ。
正直、私の胸は大きくないけど、いっぱいいっぱい、指先でさすって、気持ちよくしてくれる。
いとおしくていとおしくて、私はたまらずえりの首筋にたっぷりとキスをする。
お互いにべったり体をくっつけて、全身をさすりあい舐めあった。
えりの体からは甘い匂いがした。それをもっと味わいたくて、むしゃぶりつくように唇を這わせる。
茶色いえりの髪があちこちに触れて、くすぐったい。えりの髪が触れるたび、肌が敏感になっていく。
私もえりも、ただ欲望のおもむくままに、お互いの体を確かめあう。
そのうちにだんだん気持ちのいいところがわかってきて、鼻にかかった変な声が漏れ出す。
でもぜんぜんイヤじゃない。もっと欲しい。もっと私のこと、気持ちよくしてほしい。
えりの細い指が、私のいちばん恥ずかしい部分に触れた。
濡れているのを知って、えりの指に力が入った。指の腹で、私のことをこすってくる。
負けじと私もえりを指でこする。そこはもうぬるぬるしたものであふれてて、とめどなく流れ出している。
息が荒くなる。気持ちのいい秘密の場所を夢中でいじめあう。
無意識のうちに腰が動き出す。もっと気持ちよくしてほしくって、指がうまく当たるように動かす。
- 12 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:14
- もうガマンができない。えりの体で気持ちよくなることしかもう考えられない。
指をえりのあそこから離すと、その体を抱き寄せる。
何も考えられない状態のまま、ただ本能にしたがって、お互いの足を組み合わせる。
私はえりの長い足にしがみつくように、えりも私の足にしがみつくようにして、
私のいちばんいやらしい部分と、えりのいちばんいやらしい部分をこすりあわせる。
すっかり赤みを帯びているふたつの濡れた唇が、いま、美しいキスを交わしている。
二人のため息に、くちゅり、くちゅりと激しい音が重なる。興奮が止まらない。もっと激しく、腰を動かす。
こういうことなんて初めてで、今まで想像したことすらろくすっぽなかったのに、えりと一緒だと、
何ひとつ迷うことなくできた。こうやって愛しあうことが、はるか昔から決められているように思えた。
それくらい、私たちはカンペキだった。カンペキに、ひとつになることができた。
「まいみ、まいみぃ」
えりが声をあげて、私のことを求める。その目には、私のことしか映っていなかった。
私がえりの体を抱き締めると、えりはすっかりエッチにとろけた部分を私のふとももにこすりつけてくる。
同じように私もえりのふとももに体の真ん中をこすりつけた。
大きく激しく腰が動いて、その速度はどんどん上がっていく。
「まいみ、まいみぃ、まいみぃ」
「えりぃ、あぁん、えりぃ」
悲痛な叫び声が意識と一緒に高いところへとのぼりつめていく。
青一色の世界から、まぶしすぎて何も見えない光に包まれた世界へ。
私とえりは、その頂点までたどり着いた。
- 13 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:15
- 気がついたら、青だけの世界に戻っていた。
ふと横を見ると、私と同じように寝転がったまま、虚ろな目でこっちを見ているえりがいた。
えりは私が起きたのに気づいて、優しく笑みを浮かべた。私も笑みを返してみせた。
まだ体がほわほわしている。心地よい疲れが全身を包んだまま、離れようとしない。
無言のまま起き上がると、えりもそうした。私たちはまだ、つながっていた。
声を出したくなかった。言葉のある場所に戻ってきたことを、私は確かめたくなかった。
風の音と波の音だけを聞きながら、二人肩を寄せ合って過ごした。
パラソルの陰は最初ここに来たときからずいぶん移動していた。それだけが時間の存在を知らせていた。
私の心の中は、空っぽだった。そのかわりに、隣にえりがいた。
満たされていた。この青だけの世界に、欠けているものなど何ひとつなかった。
だけどその一方で、わかってもいた。満ち足りた世界なんて、そもそも最初から存在していないことを。
私もえりも、カンペキな世界を求めた。だからひとつになった。その瞬間を味わった。
でも時間は延々と続いていく。
だから私もえりも、もう一度カンペキを味わうために、動き出さなくちゃいけなかった。
「私、行くね」
体育座りで海を見つめたまま、言った。
私の肩に頬を乗せて同じように海を眺めていたえりは、「うん」と短く返事をした。
やがてえりはゆっくり立ち上がると、無言で下着とシャツとパンツを身に着けて、パラソルを片付けた。
私もこの島に来たときと同じ恰好に戻る。白いワンピースを着ると、軽くジャンプして砂を払った。
潮が少し満ちてきていたので、ボートの位置が岸よりちょっと遠くなっていた。
えりは泳いでボートに乗ると、岸まで近づける。私はやっぱり浅瀬を歩いて、腰まで濡らして乗り込む。
そしてどっちも無言のまま、ボートは水面を走っていき、港へと戻った。
- 14 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:15
- えりの家族にていねいにお礼を言って、バスに乗り込んだ。えりも一緒についてきた。
バスの座席には並んで座ったけど、やっぱり一言もしゃべらなかった。
っていうか、しゃべれなかった。終わりに向けて、まとめの言葉を発することをしたくなくて、しゃべれなかった。
空港で手続きを済ませると、出発時刻までロビーの椅子に並んで過ごした。
カウントダウンが聞こえてきた気がした。あと何分かで、私たちはまったく違う場所へと別れる。
奇跡のように一瞬だけ重なった私とえりの時間が、終わろうとしている。
「今度は、うちが東京へ行くね」
まっすぐ前を見つめたまま、えりが言った。
「がんばってお金貯めて、東京行くから。そしたら舞美、うちのこともてなして」
「いいよ。部屋じゅう花とかで飾っておくから。期待しててよ」
えりの手に、私の手を重ねた。えりの大きな手は、とてもあたたかかった。
「ぜったいに来てよ。モタモタしてたら、私がもう一度こっちに来ちゃうかも」
「それもいいんだけど、でもうちやっぱ東京で舞美に会いたい」
「わかった。うん、楽しみにしてるね」
今の私は、えりをこの小さな島から連れて帰るにはあまりに無力だ。
だから約束することしかできない。約束を守るだけの力を、これからつけないといけない。
「大阪の梅田にもいつかぜったい行こうね」
「うん、行きたい行きたい」
「北海道でエリカの花も見たいな。どんな花なのか、この目で一緒に確かめたい」
「なんかうちら、行きたいとこだらけだね」
「そうだね」
離れていても心は一緒だなんて、そんなのウソ。
私はえりと、いろんなものを見に行きたい。
えりと二人で、いろんなところで、忘れられない思い出をいっぱいつくりたい。
そうして、次また会えるときまでのエネルギーをいっぱい充電したい。
ロビーにアナウンスが流れた。羽田行きの便に乗る人は早くしてください、という内容だった。
立ち上がると、えりに笑いかけて軽く手を振る。彼女も笑みを返した。
「それじゃえり、待ってるから」
「うん、できるだけすぐ行くよ」
まるで放課後、一緒に学校から帰る約束を交わしたかのような言葉を残して、私たちは別れた。
- 15 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:16
- ずいぶん長いあいだ滑走路をあちこち動き回って、飛行機はやっと離陸した。
飛行機全体がななめ上を向いて、どんどん高くに昇っていく。信じられないスピードで空港から遠ざかる。
窓の外を眺めていたら、真っ青な海の中に小さな島がいくつも浮かんでいるのが見えた。
あの中に、私とえりが一緒にいた島もあるのかもしれない。
二人だけの島。二人だけの秘密。そして、二人だけの絆。
南の海だけがもっている特別な青色に、えりのいろんな表情が重なって見えた。
東京に着いたら、すぐにケータイの電源を入れよう。
家族からの着信やメールの中に混じって、きっとえりからのメールがあるはずだ。
そしたらすぐに返信しよう。私たちがつながっていることを、お互いに確かめあおう。
目を閉じる。心地よい疲れに襲われて、すぐに眠くなってくる。
次に目を開けたとき、私が目にする都会の風景は、きっと昨日までとは違って見えるだろう。
にやけてしまう口元をそのままに、私は座席を深く倒して大きく息を吐いた。
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- 16 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:16
- 从#・ゥ・从<やじ
- 17 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:16
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- 18 名前:11 南の海のエリカ 投稿日:2007/11/02(金) 01:16
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