09 drop
- 1 名前:名無飼育 投稿日:2007/10/30(火) 21:51
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09 drop
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:52
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アルコールの許容量は確かに越えていた。ベンチに座って途方にも暮れていた。
だって。週末の深夜だよ?もっと遅くまで電車用意しとけって言うんだよじぇいあーる!
私鉄じゃ近くまで帰れないんだよ?学生バイトでタク代使えるほどリッチじゃないんだよ!
と。仕方が無いからその先を考えていて、考えがまとまらなくってボーっとして居たんだ。
最近は散々なことばっかりで、ちょっとヤケになってたのも認める。
就職への展望も希望もなくて。授業には出てるけど、サークルでボール蹴ってる方が気が楽だったり。
バイトも変に地位がつけられて、下っ端どもを叱り飛ばして疲れてたしね。
そこに彼氏の約束反故と来たもんだから、ねぇ。なんか切れちゃったんだよね。頭の中で。
アルコールの浮遊感と、空気の肌寒さと。この先どうしよっかなぁ…って思ったのと。
こういうときに甘えたいんじゃないかバカー!っていう彼氏へのあてつけと。
夜遅くになって白くなりはじめた息の行方にも、なんか途方も無さが増してしまって。
思うよりも指先が冷えていたのに気付いて、かるく手を合わせて息を吐きかけた。
そういえば……、この辺の夜の話。何かで見た。
テレビだったっけ。ナイトスコープかなんかで、物品のヤリトリを映していた映像。
薬とか、売りさばいてる人とか、多いとか……。
もしかして、ヤバいところで脚を止めているのかしら?そう思った瞬間だった。
ジャリ。という鈍い足音がして、俯いていた視界の中にブーツの爪先が入ってきた。
見上げると、駅の照明と逆光に、細い体が立っている。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:53
- 「ちょっと、キミはこんなところで何をしてるの?
座り込んで。ひたすらボーっとしてるなんて、周囲の視線独り占めになってるよ?」
――まぁ、優しいおじさんの声を待ってるなら、放っておいてあげるけど。
女の人の声だ。どこか面白いものを見るような、ちょっと揶揄するような抑揚。
言いたいことがすぐにわかって、慌てて首を振る。
「そ、そんな。待ってるなんて」
別に自分を売りに出してるわけじゃないし。バイトだって普通にしてるし。
「まぁ。そうだろうね。見ればわかるよ」
――だから、拾ってあげようかと思ったんだけど。来る?
寝る場所くらいなら貸してあげるよ。
へ?言われたことを一度に受け止めきれずに、顔を持ち上げた。
下から見えたものを順番に挙げると。
ブーツ、刺繍あるデザイナージーンズ、長袖のラグラン。そして、ダウンジャケット。
細い面と、右からわけた前髪。柔和に見える目じりの下がった線は、どこか楽しそうに自分を見下ろしている。
「週末で人も多いし。ちょっと商売上がったりでねぇ」
やっぱ人通りが多いと、みんな警戒しちゃうからさ――。
ふにゃ。と笑うその表情。どこか、生きている感じが薄いというか、漂っている雰囲気というか。
俗世間とは一歩ラインを踏み違えている。そういう、見えない斜幕のようなものが彼女を包んでいた。
「商売?」
思わず問い返してしまうのは無理は無いだろう。
視界の端を思い返せば、彼女だってずっと駅前で立っていただけだ。
呼び込みにしては声はしなかったし。まさか…本職の商売女さんなんだろうか。
おそるおそると眉の段を違えた自分に、彼女は再度フニャリと微笑んだ。
「そう。これでもね、薬屋さんなんだよ」と。
おいで。と猫を呼ぶ程度の軽さで、彼女は言う。
その軽さはまったく怖さを感じさせなくて、彼女の持つどこか気だるい気配を隠してしまうものだった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:53
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彼女の部屋は思うよりも無機質で不思議な空間だった。
駅に近い古すぎないマンション。繁華街の喧騒が近く、電車の無い時間でも人の気配が多い。
先にあったまってくればいい。と言われ、シャワーまで借りてしまった。
着替えにもらった長袖のラグランシャツは彼女も寝巻きにしているのだろう。かなり大きい。
太ももまで隠れるくらいの丈があって、借りたボトムもはんぶんは見えなくなる。
彼女が入れ替わりに身づくろいをしに行ってしまったので、家に一応所在の無事を告げるメールなどを打った。
当然。友人の家に転がり込んだことにしている。
彼氏には文句だけ送った。ふざけんなこの野郎。今度普通の顔で会えると思わないでよ――?
知らない人の部屋で一人では、身の置き場に困るのは道理だ。
差し出されたのがジーマとコーラの二択だったので、ジーマの方を手にした。
拾ってくれるくらい物好きなのだから、酔って潰れてしまってもそうそう文句は言わないだろう。
それだって、時間はありすぎる。
興味に駆られるのも仕方が無いと自分を正当化し、不躾ながら彼女の部屋のなかをじっと観察させてもらった。
洋書に辞書。自分の手にはしないだろう、黒い背表紙に黄色文字の小さい版型のアングラ雑誌。
無数の文庫本は返品不可の古い出版社から、色とりどりの背表紙の会社まで様々。
経済系の書籍も数多い。が、なにかしらのルールがあるように納まって見えた。
机の上は思ったよりも整理されていて、ノートパソコンがちょんと鎮座している。
到底普通の薬屋さんには思えない。薬剤の書籍とかまったくない。
と。彼女が戻ってきた。この寒くなってきたというのに、五分袖のシャツにショートパンツ。
「ねぇ。薬屋さんって言ってたけど…」
「あぁ。さっきの」
そう言って、彼女はキッチンの冷蔵庫から再度コーラの缶を取り出す。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:54
- 「あれだよ。キモチイイ薬。やる時に使うと数倍キモチイイって、ふれこみのヤツね」
あとは、大音響と映像の快楽を増してくれるのとかあるけど、そっちはオススメしてないの。
こともなげに紡いで、また人懐っこい笑みを浮かべた。
プシ。とプルタブを引いた瞬間、充填されたガスが抜ける。
慌てて口をつけているところを見れば、中身がどうなっていたのか想像はたやすい。
「足がつく前に売り切って、居住地も変えて。そういうリズムの生活してる」
――キミが出てくるまでに、全部隠してしまったからね。捜しても無駄だけど。
思わず押し黙るのに、彼女はその相好を崩す。
本当に、そういう薬を売ってる人って居るんだ…。ていうか。
「本当にあるんだ?とか、思ってる?」
グ。っと息ごと言葉を飲み込んだら、「顔に出てるもの」と笑われた。
「何?試してみる気?」
た、試すって何を?!と肩を竦ませたら、やっぱり彼女は笑った。
「まぁ。こっちも冗談で言ってるから、本気にしないでいい。
商売で呼ばれたって、キミみたいな子には売らない」
ふは。世界すら違うと嘲りながら、黒い缶をくいっと煽る。
彼女の言葉が、ヤケになっていた自分の胸に引っかかる。
「それって、対象にならないってことだよね?」
ささくれた感情から、伝線する言動。
「堕落しないで済む子を、日常から踏み外させるのは本意じゃないんでね」
――これでも商売の相手は見極められるんだよ。
その言葉がトドメというわけでもないだろうけど。
迎え酒なんかするもんじゃないって、その後で思い知った。
状況的に荒れっぽかった自分は、意固地になって彼女に向かってつっかかったのだ。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:55
- 「だって。別に後引いたりしないんでしょ?そういうのって」
「たまにだって人が死ぬよ。だから法の網目に引っかかる。
好きに使って死ぬならいいけど、キミはそうじゃない」
すぐさま切り捨てられて、言葉に詰まる。しかも大変そうな響きはまったくない。
言葉の重みと口調のバランスが非常に曖昧で、その半端さも障ったのかもしれない。
ガっと瓶を床につきつけながら、勢い込んで放った言葉が言葉だった。
「別に、服用んでみたところで、女同士だったらそんな気分にならないじゃない?
それに、そんなに経験ないように見え――ッ」
自分で言って見事口を噤むのだから、相当恥ずかしい反撃だ。
睨みつけた相手が持つコーラの缶の淵で、茶色い泡がブクリと立ちあがる。
相手は一瞬銃撃を食らったように止まり、腹部を押さえるようにしてくの字に折れた。
口をぬぐい。缶を必死になってテーブルへ置き。床に伏して。
そして、とても正しい反応が返ってくる。
深夜三時に大爆笑。
近所迷惑なんか顧みずとも、マンションの周辺もうるさいので問題無いのだろう。
「経験値を持ち出す女が子供じゃなかったら、いったい何だって言うのよ」
ふわははは。指をさしてまで笑われて、顔は赤いし酔いはあるしで自分の位置取りが曖昧になる。
腹ぁ痛いわ。笑いすぎて。
そう喜び咽びながら、彼女は目じりの涙を拭った。
思わずむぅっと頬を膨らませた自分へむけ、彼女がニヤっと口角を持ち上げた。
どこかコケティッシュな魅力の笑みだ。あんまりそういう感じに見えなかったのに。
「そんなに試してみたいなら、とっておきの、あげようか?」
――副作用もでないって有名なやつ。
ピク。言葉の意味が音を追い越して脳に触れ、語句となって、肩を揺らす。
「まま。怖がらなくていいよ。笑わせてくれたお礼とでも思えばいい」
立ち上がり、机の上においてあったミントの入っているようなスライド缶を取り上げる。
薄っぺらい缶から聞こえる、カラコロとした錠剤のような音。
まさかぁ。ホントに?と思っているいつもの自分と、それもいいのかもね…と暗い笑いを浮かべる自分が居る。
せめぎあっている二人の間で、自分は軽い酔いに包まれたままで彼女の手の動きを見ていた。
「これ」と、差し出されたのは甘い匂いを放つ球体。
見た目はキャンディーみたい。効能なんか知らない。
彼女は自分の目の前にしゃがみこんで、人差し指と親指でその小さな球状の物体をくちびるにつきつけた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:55
- 思わずスンと匂いをかいでしまうのは、人間の性だと思って納得してほしい。
「はい。あーん」
甘やかす声で言われて、飛び降りる覚悟が簡単に近づいてくる。
自分を放っている彼氏がイカンのだ。あんなに前から約束してたのに。バーカ。バーカバーカ。
「それともやめる?」
傾げた表情の彼女の肘が引かれるより前に、自分は咄嗟にその手を掴んで留める。
「……」「じゃ、どうぞ?」
薄くひらいたくちびるに、赤と紫を混ぜたような色味のそれが押し付けられた。
未知の世界に踏み込むために、心臓がバクバクと血液を送り出す。血流が鼓膜にうるさいくらい…。
挟むように受け入れて、口に含んだ。途端。自分は目を見開いた。
「これ。単なるキャンディーじゃない」
この女、だました!て言うか騙された!
口の中一杯に広がるラズベリーの甘い香。わざわざ缶入れ替えて持って無いでよ!紛らわしい。
薬めいた苦味など何も感じない、純粋な合成甘味料の甘さが口を満たす。
飄々とした顔で言葉を重ねてきたうえに、再度笑い飛ばそうという魂胆らしい。
「笑いものにするのもたいがいに…ッ」
突きつけようとした声を飲み込む。
ギっと視線を持ち上げた先に居たのは、笑みの質をかえた彼女だった。
どこか飄々としていた気配はナリを潜め、シンと冬の空気に覆われるような…静謐な感覚が肌に触れる。
生まれたものは怯えだっただろうか。言葉尻をなくして、その視線に飲み込まれた。
あぁ。そうか。アルコールのまわった頭と体でも、本能的に気付いてしまった。
この人は捕食者なんだ。そして、自分は無知な獲物で。その領域に踏み込んでしまったのだ――。
表情が無くなった瞬間を、彼女は見ていたはずだ。
怯えや。諦観や。躊躇い、不可解な揺れ。
自分の躊躇と現実的な距離をやすやすと踏み越え、彼女は静かな笑みを刷いたくちびるを寄せてくる。
小さな甘いキャンディーの歯にあたる感触と、そのキャンディーを追いやる舌のぬるみ。
くちびるが触れると同時に、ラズベリー味のキャンディーは二人分の舌と口腔の熱とに融かされ始めた。
キスってこんな行為だったっけ?もっとこう、ふざけるみたいな、労わりがあるような…。
上あごの内側を削るような舌先。そのまま舐め取るように平たい肉の質感が、前歯の裏を這い回る。
自分は丸い球体をかたまりのまま飲み込まないように角度を保つのに必死で。
彼女の指先にすがり、つかまっているだけで精一杯だった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:56
- 揺れないように。堕ちないように。
引き抜かれる際にさえ、閉じかける唇を薄らと刺激されて、現実世界が遠くなりかける。
酔いのまわった頭でだってわかる。客観的に見ている心が…甘受しようとしている体を怖がってる。
ほどかれるのを――待ち望んでいる――。
キャンディーを融かした甘い唾液を嚥下する喉。コクリと鳴るたびに、触れた彼女のくちびるは笑みにかたくなった。
「ホントに、これ…、キャン…ディ?」
口付けの合間、切れ切れに言葉があふれる。
だって、こんな。何か媚薬めいたものでも入ってないなら、なんで…私、こんな。
触れるかどうかの感触。くちびるの輪郭を取るように舌先がすべり、再度深く入り込んでくる。
「オカシイねぇ。そんな感じる?砂糖と水あめでできた、単なるキャンディなんだけどな」
余裕たっぷりに自分をなぶりあげ、ゆっくりと表情を離した彼女が微笑う。
「女同士だからって、そういう気分にならない。っていうのは、ちょっと了見狭いよ」
唾液が甘さで糸を引く。
暖色の薄暗い灯りだけになっている室内で、生々しい艶を放って雫が落ちた。
彼女がこの髪をなで、うたうように、紡ぎながら誘う。
「口の中に残ってるそれ、ちょうだい?」
飴はすでに平べったくなって、一度砕けば融けてなくなるくらいになっている。
そこまで弄んでおいて、今さら選ばせるなんて。なんてひどい女なんだろう。
沢山のことを考えた。や、実際酔ってるし、考えてないかもしれない。
口付けの気持ちよさだけで、自分の中の「頑な」はどこかへ逃げ出してしまった。
飴玉を融かすように。簡単に。かつ、いやらしく。彼女は解いてしまった。
先に進みたいんじゃない。ただ…キスがあまりに気持ちよくて。だからだよ。それ以上の意味なんて無い。
「……」
表情を、持ち上げる。
視界に居る、こちらを興ありげに伺う彼女は、やっぱり余裕をまとっていて立ち位置がまったく揺らがない。
キャンディーが融けて無くなる前に、あぁ、融かしてしまえばそれで終わることなのに。
口の中でなくなりそうな欠片を押し出した。
甘い固体を舌先へ載せて、薄くくちびるを開き。おずおずと捧げる。
それは受諾。体への侵食を許可することと同意の行いに他ならない。
頬に指先が触れる。この人の手、すごい綺麗。掌の薄さとか…、指の太さと長さのバランスとか。
全身でその感覚を追う自分を嘲笑うように、舌先を吸い上げ、甘さの欠片を取り上げ、その奥歯で噛み砕いた。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:57
- 「じゃ。遠慮なく」
遠慮なく。先へ――。
その言葉の意味する場所を、声に含まれたものが愉悦であることを気付いてしまう。
床にゆっくりと押し倒され、長いシャツの裾から掌が進入してきた。
シャツの内側から張り詰めた気配を放つ胸が、彼女の手につかまる。
ふくらみをなぜ。寄せられ。暇そうに空いている手が、この髪を気だるく梳く。
シャツの内側と、外側で世界が違うように感じて目を閉じる。怖い。もっと、先を知りたくなってくる――。
「ね。ここでするの?」
「あれ?経験あるんでしょ?それなりに」
さっきのオモシロ反論を蒸し返され、言葉の行方を奪われた。
ゆっくりとシャツを引き上げ、腕を拘束するように肘で留められる。
嘘!?と思う間もなく、アンダーごと一気にボトムを引き抜かれた。
急に外気に触れた体が、ゾクりと震える。床の冷たさだけじゃない。
その視線の無機に犯されてるのがわかるから。
あらわになった胸のふくらみへ、体を覆いかぶせた彼女がむしゃぶりつく。
見た目より厚みのあるくちびる。それが肌をすべり、勃ち膨らんだ果実を含み弄る、蟲惑的で淫猥な映像。
直接的な刺激に背筋が揺れ。普段出したこともなかったような嬌声が零れ落ちた。
「やだ…。こんな声、うそ…だよ…」
甘ったるい。ねばっこい。いやらしい、艶声。
よじる体へ思い知らせるかのように、湿った感触が下肢で零れてくる。
キスだけで…なんて。何を意味してるか、言わなくても解りすぎてイヤになる。
恥ずかしさに表情が歪み、否定に振れる髪が乱れる。
そんな歪みも怖さも寄せ付けず。肌を一枚ずつ削ぐかのように、指先は身体を快楽とそれ以外に捌いていく。
残されていくのは反応する部位ばかり。
腰をなでる手が、意味ありげに太ももまでのラインをすべり落ちた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:57
- と。ぐっと体の位置を下げた彼女が、私の脚を折りたたんで肩で押し上げる。
腰を折り立てられ、膝から抱え込まれるような、隠し立てできないスタイル。
慌てて腕を伸ばすけれど、シャツが邪魔でうまく届かない。
「悪いね。あんまり目がよくないからさ、ちゃんと見ないとわかんないんだよ」
喉で笑う声。口づけるほど近づいて囁かないでほしい。吐息だけで自分が崩れてしまう。
短い爪の指先で、液体をすべらせ。かぶさった肉を指先で押し上げ、張り詰めた芯をこすりはじめた。
液体の不可思議なほど滑らかな質感と、指先の微妙な加減。それを見る、冷ややかな目。
それだけでも恥ずかしさと刺激はじゅうぶんすぎるのに、腰がうねる。
まるで、強請るように。角度を求めるみたいに。
「素直な体だねぇ」
嬉しそうな声が紡ぐ、揶揄と愉悦。反応を待たずに、下肢の間にその表情がうずもれた。
液体を舐め取るための水音がクチャクチャとこぼれてくる。
吸い上げ。挿しこみ、えぐり、押し付ける。
その間も芯を指で撫で回すことをやめない。
つまみ、液体をなすりつけ、なぶりなぶりなぶり――くちびるでは溢れる液体へディープなキスを繰り返されてる。
舌先という直接的な濡れた刺激が、下肢から背筋を這い上がって神経を冒す。
末端まで。彼女のもたらす、快楽の虜。
「ぅ…んぅ――――っ」
引き攣るような声を喉で凝らせて、必死に堪える。
たまらず一度目の悦楽に弛緩した体を、無理強いから解放してくれた。
荒い呼吸を繰り返す体は、脈打って次の快楽をさがしている。
まだ。まだ飲み込める。その欲望をまだ飲める。体はそのキャパシティを知っているのだ。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:58
-
ゆっくりと彼女が腰に馬乗りになって見下ろしてきた。
思うよりも軽い体。どうして抵抗ができなかったのだろう。今になって思うけど、もう、何もかも遅い。
「まだ余裕あるでしょ?挿れなかったし」
体の希求を読み取ったかのように愉快そうに声をあげ。
男の子のような気軽さでシャツの裾をたくしあげ、豪快な動作で脱ぎ捨てる。
骨の浮いて見えるほど細い体。小ぶりな胸。
中性的にも見えそうなラインは、どうしてかあまりに妖艶で目眩がおきる。
でも。一番目を奪われたのは、体の細さに似合わぬ範囲で刻まれたタトゥーだった。
紋様に飾られているのは、武神のようにも見える。無知なだけだろう。完全な認識はできない。
左の二の腕に居る神から、肩甲骨のあたりまである紋様。
シャツを脱ぎ去る動作の中でしか視認できなかったけど、不思議に似合って見えた。
ボトムだけは脱いで、下着姿の彼女が床に肘をつき視線を重ねてくる。
ようやく触れた肌の感触。筋肉の質の違いなんだろうか。
やわらかくて、上質の絹地を直接かけられたような肌触りがする。
一瞬だけ、彼の体を思い返して震えた。この心地よさは、怖い。
軽さとが非現実の色を濃くして、自分を惑わせる。引き返すなんて選択肢は、もう無い。
「ね…。これ、といて」
体に力が入らないのを、途切れがちにも伝える。肘から自由を奪っているシャツを、引き抜いてもらわなければ。
「あぁ。忘れてた」
まるで子供のようなものいいで、彼女はこの腕からシャツを引き抜いた。
自由を得た手で、どうするか。反抗するだろうか――?と伺っている視線が、瞠目する。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:58
- 刺青って肌に直接色を入れるって言うけど、ほんとに冷たいんだ。
指先と掌で、ゆっくりと左腕から肩を撫でさする。
「感じたりする?」
「感覚が何も無いわけじゃないよ。色の無いところは殺してないから」
ゆっくりと、肩を撫で、腕を…首へまわす。両腕で引き寄せて。
額をあわせて。睫毛すら触れるかどうかの距離を、くちびるも重ねずに見つめる。
ほんとうに薬屋さんかどうかなんて、もうどうでもよかった。
自分の恋愛対象なんて話も、今は考えたくなかった。
そう。なにもかも…
「ね…。ちゃんと、抱いて…?」
――――彼女と出会ってしまった、私がいけない――――
「ちゃんと?」
薄らと微笑んだまま、彼女が落ちてくる。
「参ったな。どんなスタイルが平均値なのか、すっかり記憶にないんだけど」
ふざけた物言いで、噛み付くようにくちびるをふさがれる。
勢いを受け止めるまま。離れないように抱き寄せ、口付けに再び溺れ死んでいく。
細胞の末端まで。体の芯の、その核まで。快楽で壊死できそうな錯覚。
彼女の技巧は床の上だろうがベッドの上だろうが関係なかった。
褥のやわらかさも決して安らぎにはならなかった。気休めにも程遠かった。
這い蹲るスタイルも、舐めあう羞恥も関係ない。
滴り落ちるシロップも余さずに、掬い上げ、啜りつくされていった。
あぁ。この細い体のなかに、どれだけの欲望があるのだろうと怖くなった。
あぁ。自分のこの体は、どこまで奪われるのかと恐ろしかった。
そしてその落下を快楽として享受する自分自身が、なによりも信じられなかった。
底がない底がない底はない果てもない。
欲望の鎖で両腕を綯いで。体を綯いで。結んで。混ぜて。交ぜて。
汗ばむ背中。まわした腕に感じる、肌の温度の違いに震える。
何もかもを投げ出して眠ってしまうまで、ひたすら溺れ続けた。
名前も知らずに。睦む言葉など無く。
そのくせお互いの体だけは知り尽くすという、曖昧で堕落に満ちた出会い。
おかげさま、現実にもどった私の世界は、すっかり色が変わってしまった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:59
-
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 21:59
-
「柴田せんぱーい。先に戻ってますね」
「あぁ、うん。事務所に帰ったら資料だけ戻しておいて?
もうちょっとだけ、ゆっくりしてく」
ランチのテーブルから続いた午後の打ち合わせ。三時休憩にもかかりそうだったので、みんな移動にも余裕があった。
会社近く。大通りに面した書店。
雑誌のコーナーで立ち止まっていた自分は、後輩へ片手をあげる。
憑きものが落ちたよう。という例えは、きっと私に使われるためにあったのだろう。
あの夜を境目に、自分は多くの正常を失った。
正常だと思っていた思考のバランスは曖昧に、都合よく言えば柔軟になった。
いかに自分が狭い世界に居たかを刻まれたように。
後日彼女に会えるかと幾度かあの駅や近隣へ出向いたが、気配すら感じられなかった。
きっともう、あの周囲には居なかったんだろう。適度に転居するって言ってたし。
彼女が存在したことすら嘘だったように、日付だけが進んでいった。
そういえば、その当時の彼氏も、失くしたものの一つになるだろうか。
これがまた何度か夜を過ごしてみても、オモシロさなど皆無で。あの後、早めに別れた。
まぁ。あの出来事がなくても別れていたとは思うけど、もっと引きずってたかもしれない。
別離は正解だった。うん。
女性と付き合う。などという選択肢は持たないが、かといって胸の躍る出会いも無い。
あとなくしたものと言えば、妙に怠惰だった自分自身の毎日。
目標無しでサークル入り浸りだった自分が巧いこと就職できたのも、きっと世界が裏返った気分になったからだろう。
あれだけの生命力が体の中に存在していたことが、結果バイタリティへ還元されたらしい。
簡単に人の世界はねじれる。たとえば出会い一つで、価値観が変わるときがある。
クルリと。それは一つの輪をねじるように、容易に。
四年程度の歳月でも、変化がおきた後と前では大違いなのだった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 22:00
- 三時休憩の終わりまで時間があるのを良いことに、久方ぶりに書籍の方へと足をむける。
最近は仕事が忙しくて本もろくに読めない。すでに見かけたことの無い本の山に、ため息すら出そうだった。
好きな女性作家の新刊も出てる。でもハードカバーで手にするのは厳しいなぁ。目眩がしそうだ。
ため息をついた平台の片隅に、真っ白な髪に文字だけの表紙の本があり、あまりの簡素さに目を落とした。
ラベンダー系の紫という刷り色の、あまり目立たないひっそりとした装丁。
しかしそこに刻まれたタイトルは、自分を揺さぶるのにじゅうぶんな文字だった。
ラズベリーキャンディーって。また。こんな――。
思わず記憶ごとひっくり返されて、要らないオモチャがドザーっと溢れてきたような思考の煩雑さに襲われる。
作者の名前は本名だろうか。村田めぐみ……と綴られている。
おそるおそると一冊を手に取ると、下の段においてあった本には帯が巻かれていた。
どうやらこの本だけ帯が取れていたらしい。
表紙文字と同じ色味の帯にはこう綴られている。
『我々の住むアンダーグラウンドは、文壇に彼女という偉大なライターを奪われてしまった。
いや、自らの世界を正常と思う者たちが彼女を迎え入れてしまったことこそ、我々には有益なのかもしれない。
常軌を逸脱せよ。現実と現状を嘲笑いながら、一歩を踏み出すといい――』
帯の最後に書かれていたのは、ちょっとばかり名のある賞作家だった。
彼も確か、サブカルの雑誌などで記事を連載したりしていた人だ。昔の彼氏の部屋にあったから憶えてる。
下段に刷り込まれた文学新人賞の文字が妙に軽い。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 22:01
- 思わず、妙な焦燥感に駆られ、手にしていた本の表紙をめくってしまう。略歴もすっ飛ばして、本文。
バラバラと散文的に脳に入ってきた語句は、監禁と、濃密な描写の匂うエロティシズムと、薬物、死を匂わせる末路。
若い合法ドラッグの売人が、たまたま拾った女子高生と、破戒を繰り返し破壊へ向かう今やありふれたタイプの物語だ。
でも。その匂いや温度が確かにわかるなら、話は別になる。
ところどころで記憶と描写が近似する場面に出会い、奥歯をかみ締めた。
体に刻まれていたモノが寄り戻してきて、背筋が凝るシーンが溢れている。
あぁ。これで吐き気がするなら、自分は壊れて居なかったと思えただろう。
でも。私の中にある予測や憶測が全て当てはまるのであれば、これ以上愉快なことはない。
そう。楽しかったのだ。そこにおどる文字が。
嬉しかったのだ。そこに刻まれた狂気が。
文中に出てくる頭の回転がゆるい学生は、現実には死にはしなかった。
そして、現実の薬屋さんも、自らの売り物に溺れたりはしなかったのだから。
それを知っているのは世界で私と、彼女だけだ。
彼女は生きている。この世界の片隅で。
私の体の箍を外し、常軌を逸脱させ。全ての現実を笑わせた、その人――。
思わず。会社の誰にも見せたことがない、暗ったい笑みが頬にのぼる。
午後昼下がりでも首都圏の書店であれば客はそれなりに多い。
本を手に取ったまま。微かにでも動けずに居る自分の横に、何か捜しモノがあるのか人が近づいてきた。
隣に立ち、手にしていた雑誌をわきへと挟んで、それからポケットをガサゴソと漁り始める。
携帯でも取り出すのだろうか。と思った瞬間、差し出される小さな紙の箱。
ソロリと親指を押し出す仕草だけで蓋を開けると、自らではなく、私にその箱を向けてきた。
怪訝に思うよりも先に、体が気付く。気付いてしまう。
溢れてくる、甘ったるいベリー系の香り。
ヨーロッパから輸入される赤いチェックの箱。
差し出す手の、指の美しさ…。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 22:01
- 「よかったら、一粒。どう?」
事も無げに紡ぐ声に、自分は眉の段を違えて本をつきつけた。
並んだまま。顔も見ずに。言葉だけをぶつける。
「よくこれだけ書けたもんね。名誉毀損で訴えられたいの?
とある女性作家の初期作品も、それで差し止めだったでしょ?」
「キミにそれができるとは思わないけどな。
コレがはんぶんは現実の出来事だとしても、被害者が実際に居るとは言えないでしょう?
ねぇ、しばた先輩?」
――人違いだったらどうしようかと思ったけど。
どうやらさっきの後輩の声と、私の返事を聞いていたらしい。
「声はそうそう変わらないしね。見かけて幻かと疑ったけど、ホントにキミだった」
自分が気付かなかっただけなのか、彼女が気付いていただけなのだろうか。
どこまでも、どこまでも……。この女。
抗うようにまだ、まだその顔は見てやらない。
「じゃ。これ、一冊買ってきて頂戴?家にあるやつは無しね」
――あと、そこにある女性作家の新刊も欲しいなぁ。
許諾条件としてはとても優しいものだろう。損害賠償の金額とは雲泥の差だ。優しいな私。
彼女は私が指をさした新刊書籍をとりあげ、「この人読むんだ…」なんて呟く。
「ま。これで済ませていただけるのなら、喜んで差し出しましょう?」
自身の著書を手にだらしなく笑い続ける村田めぐみが、ポケットへ飴をしまうより早く、私は箱を取り上げた。
そのまま店のレジへ向けて歩き出す。彼女の手持ちが幾らかは知らないが、概算四千円は下らない。
驚く彼女の顔を全て視界に納められないのは癪だったが、置き去りにすることで彼女は私を追いかけてくるだろう。
なら。全ては、それからだ。
彼女の手から悪趣味な荷物を受け取って、それから。
あぁ。あの人、ちゃんと袋分けてくれたかな。カバーかけてもらえばよかったかな。
今さら、もう、遅い。遅いね――――何もかもが。
没収した箱の中からラズベリー味のキャンディーを取り上げ、一つ、口に含む。
酔っ払いを拾った物好きな薬屋さんと、堕落しきれなかった学生の、本当の結末は、まだ誰も知らない。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 22:03
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drop 落ちること。落下。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 22:03
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drop しずく。滴り。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 22:04
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drop 砂糖に香料を加え、色などをつけていろいろの形に固めた飴(あめ)。ドロップス。
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