12 ある一日のこと

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:53

12 ある一日のこと
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:53

休みに入る前に舞美とケンカをした。

理由なんてくだらなさすぎて覚えていない。今となっては後悔ばかりだ。
もしかすると、こんなに楽しくないゴールデンウィークなんて初めてかもしれない。
ごろりとベッドに寝そべったまま寝返りを打つ。

メールで謝ろうかと思ったけれど、
確か舞美はこのゴールデンウィークに合宿があると言っていた。多分今メールしても迷惑だろう。
中学校までやっていた陸上部をやめてフットサル部に入ることにしたと言っていて、
このゴールデンウィーク中にある合宿をそれはもうとてもとても楽しみにしていた。
どうせ、舞美のことだから私とケンカしたことなんて忘れて今頃笑っているだろう。

あーあ、面白くないなあ。
どうせ舞美のことだから休みが明けたら
少し日に焼けた笑顔で「えりおはよう!」なんて言ってくるんだろうな。
ああいやだ、分かりやすいくらいにハッキリと目に浮かぶ。
結局、いつも気にしているのは私だけなのだ。

ちらっと携帯電話に目をやると愛理からメールが着ていた。
それはまだ舞美ちゃんとケンカしてるの?といった内容のもの。
愛理は心配性で、少しおせっかいだ。

はあ、とため息をつくとベッドから起き上がる。
休みにずっと家でゴロゴロしていても仕方ないし、近所のデパートにでも行こう。
いつも友達みんなでワイワイと行くデパートだけれど、たまには一人で行くのもいいかもしれない。

適当に服を選んで、最低限の荷物を持つと玄関先で靴を履く。
出るときにお母さんに舞美ちゃんと遊びに行くの?なんて聞かれた。
そうだったらいいけど、残念なことに今日は一人ぼっちだ。
舞美は合宿だよ、と言うとじゃあアンタ誰と遊ぶの、なんてひどい一言。
まるで私が舞美以外に友達が居ないみたいじゃないか。
まあ、よく話に出すのは舞美のことばかりなんだけれど。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:54

デパートに入ってまず向かう先は本屋さん。こう見えて結構読書家なのだ。
一度読み始めると熱中してしまって周りが見えなくなってしまう私と違って
舞美は夏休みの読書感想文の指定図書でさえこういうのはガーッと読んじゃえばいいんだよ!とか言うような子だけれど。
えり、これでいいと思う?なんて感想文を見せてもらったけれど、それは本当に勢いだけで
書いたようなまっすぐな感想で、舞美らしくて思わず少し笑っちゃったっけ。


「…………。」

やっぱりどうしても舞美のことを考えてしまう。
ああ、悔しい。なんだかよく分からないけど悔しい。
きっときっと舞美は私のことなんて気にしていないのに。
性格の違いだと言ってしまえば結局そんなものなんだけど…。

はあっと無機質な白い天井に向かって、
本日二度目のため息を吐いたあとに棚の中にある本を物色する。
やっぱりゴールデンウィーク中は人が多い。
狭い通路は少し通りにくいところもあったけれど、なんとか目的地にたどり着く。

この間まではミステリーにハマっていたけれど、最近はファンタジーものも面白いと思うようになった。
確か、最近発売された本の中にチェックを入れていた本があったはずだ。
新書コーナーを少し回るとそれはすぐ見つけられた。
さっきまで沈んでいた気持ちが少し浮上する。

その話は世界の終わりに立ち会うことになった少年の話で、割と評判もよかった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:54

* * * * * * * * *
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:55

どれくらいその本を読んでいただろう。
やっぱりこうやって一度本を読み始めると夢中になってしまう。悪い癖だ。
だから、周囲の様子がおかしいのに気づいたのはふうっと一息ついて首をぐるりと回した時だった。

「…あれ」
おかしいな、ともう一度ちゃんと周囲を確認する。
それでもやっぱり目に入る光景に変化はなかった。

「…………」
私が何か違うのか周りが異常なのか。
今度はちゃんと本を置いてレジの方を覗き込んだ。それでもやっぱり同じだった。
何のことはない。人が居ないのだ。さっきまでは普通に通路を通るのもままならないくらいに
ごったがえしていた人の波がそのままそっくり消えていた。

少し冷静になって事情を飲み込むと、今度はさあっと血の気が引くのが自分でもわかった。

何があったのかはよく分からないけど、さっき読んだ本のとおりに
私はこの世界に一人ぼっちで置き去りにされてしまったのだ。
血の気が引いた後は言いようのない不安の渦。泣き出してしまいそうだった。


ああ、こんなことなら舞美とケンカなんてしなければ良かった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:55

* * * * *

現実は、『ひとりぼっち』ではなかった。
見ず知らずの、今まさに出会ったばかりのこの人。
こんな不可解な状況の中に落とされてもにこにこ笑っている。
とりあえず、と手を引かれて二人並んで腰掛けたデパート内のベンチはどこか冷たく感じた。

「いやあ、何か参ったね」
ぽりぽりと白い頬を掻く白い指。
大きなひとみが印象的な、綺麗な顔をした人だった。

その人は特に参ってもいないような顔をしながらそんな事を言うから、
どう返事をしていいのか分からずに口を途中まで開いたままでいると、
向こうの方から話題を持ってきてくれた。

「名前、なんていうの? 聞いてもいい?」
別に怪しいモノじゃないから、なんて冗談交じりに。
その笑顔につられてついこっちも笑顔になってしまった。

「梅田えりか、です」
「ウメダさん? オッケー、じゃあ梅さんね」
「えっ?」
「いやウメダさんじゃ呼びにくいかなって」

別にそんなこともないと思うのだけれど、当たり前のような顔をしながら言われてしまうと
ホントにそうなんじゃないかと思ってしまう。変に説得力のある雰囲気だった。

「えっと、そっちは…」
呼び名に関してはもう諦めるとして、相手の名前を聞こうとしたのだけど、
こういう時どういう風に言えば失礼に当たらないのか分からなくて言いよどんでしまう。
するとなんとなくそれを悟ったのか相手はにっこりと笑顔を作って自分を指差すと口を開いた。

「ウチ…あたしは、藤本美貴っていうんだ、よろしくね」
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:56
フジモトミキ。
なんだかどこかひっかかる名前だった。
もしかしたらどこかで聞いたことのある名前だったかもしれない。
どこかで会いました?と聞こうとしてやめた。
過去に一度でもこんなに綺麗な人に会ったというなら忘れるはずはない。
だから、きっと気のせいだろうと気にしないことにした。


「それにしても人がいるとは思わなかったな」
「え?」

その言葉に顔を上げる。
ぼんやりと考えごとをしていたから、もしかしたらその前後を聞き逃していたかもしれない。
その言葉の意味が理解できなくて聞き返すとフジモトさんは困ったように笑った。
なんだか、さっきからずっと笑顔ばかり見ているような気がする。

「梅さんは何でここにいるの?」
「えっ…えっと、」

先ほどの事をありのままにフジモトさんに話すと、フジモトさんはとても驚いた顔をしていた。

「えー、そんな事もあるんだね」

なんて言って。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:56

それからいろんな話をした。たわいもない話だ。
舞美とケンカをしたことやお母さんが最近厳しいとかさっき読んでいた本の内容とか。
最近入学したばかりの学校の話をするとフジモトさんは大げさに驚いて見せた。


「えっ、梅さんこないだまで中三だったの? うっわ見えねー!高校生だと思ってた!」

確かに私は年相応に見られることがあまりない。
友人からは大人っぽくていいじゃんと言われるが、私自身としてはとても複雑だ。
フジモトさんはポカンと綺麗な顔を崩してすげーすげーと連呼している。

「よく言われます」
「そりゃ、だって見えねーもん、大人っぽいっつか」
「それもよく言われます…」
「綺麗な顔してるもんねー、何かハーフっぽい感じだな」
「えっ」

そう言ったフジモトさんこそハーフみたいな綺麗な顔をしている。
さらりと落とされたその言葉にはお世辞っぽい響きは含まれていなくて思わず赤面した。

そういうことを自然に言える人なのだろう。
自分だってとても綺麗なのに。いや、だからこそなのだろうか。
どっちにしろ、とても嬉しかった。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:57
「梅さん顔赤いよ」
誰のせいだと思っているのだろう。
こっちの気も知らないフジモトさんは青春盛りっていいなー、と
屈託なく笑って私の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。どこか嬉しそうに。
多分フジモトさんは私よりもずっと大人なのだろうけど、その笑顔は凄く可愛いと思った。

「フジモトさんは、青春してましたか」
そう聞き返すとフジモトさんは自分で青春盛りだとか言ったくせにきょとんとした顔をした。
そして少し考えるようにして視線を天井に向ける。つられて見上げた天井は真っ白だった。
青春ね、うん、すっごく青春してたよ。フジモトさんはそう言うと視線を下に向けた。


しまった。
「してた」というのは失礼だったかもしれない。
恐らくフジモトさんは20代前半だろうし、まだ青春してるうちに入るんじゃないだろうか。
年齢の話は微妙なことになるからあまり好きじゃなかったのに、失敗してしまった。
だけどそういうことを気にするような人には見えない。なら、どうしたのだろう。

思わず黙り込んでしまうと、フジモトさんはそれに気づいたのか顔をあげて私を見た。
それから少し考えるような顔をしてゆっくり口を開いた。

「梅さん、喉渇かない?」
「えっ?」
「喉、渇いちゃったんだよねー、飲み物探してこようよ」

そう言うとフジモトさんは立ち上がって歩きはじめる。
えっ、えっ、と急な話題の転換にイマイチついていけていない私の手を握って。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:57
「なあ梅さん」
「ハイ?」
「やっぱりさー、その子と仲直りした方がいいよ」
「…う…」

ペットボトルの飲み口に口をつけたまま、
フジモトさんはそう言った。

その子とはさっき話した舞美のことだろう。
それはちゃんと頭では分かっていることだった。
だけどやっぱり悔しくて。ホントに、ケンカの内容なんて覚えてないんだ。
ただ舞美にもう少し私の事を気にしてほしかったのかもしれない。
何も気にしてない顔で笑いかけられるのが少し寂しかったんだ。


「…ウチにもさー、仲のいい子が三人居たんだ、いつもずっと一緒で」
「仲のいい子?」

出会ったときの柔らかい笑顔を思い出した。
あれは、人を安心させることのできる笑顔だった。
多分この人は友達の多い人なんだろう。そしてきっと誰に対しても同じ態度を取れるんだと思う。
そんな人が仲のいい子、と言った人たちは多分この人にとって大切な存在なのかもしれない。

「そう、でもみんな遠くに行っちゃったんだよね」
「え?」
「みんなスケールのでかさはそれぞれ違ったけど夢があって、それを叶えちゃった」

どんなに仲が良くてもずっと一緒に居られるってわけじゃないんだね。
寂しそうに笑ったフジモトさんにどこか舞美のからっとした笑顔がよぎって、
少し胸がずきんとした。


「あたしさ、これから海外行くんだよねー」
「えっ、海外ですか?」

少し気まずくなったと感じたのか、フジモトさんがそんな事を呟いた。
突然の話題にフジモトさんの顔を見ると、フジモトさんはニッと笑った。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:57

「梅さんも来る?」
「ええええっ?」
「いやじょーだんだけど」

どうやらからかわれたようだ。
ちょっと一瞬、本気にしてしまっただけにちょっと悲しい。
それからフジモトさんは話を続けた。

「で、さあ、日本にはもう帰らないかも」
「そうなんですか…」

その言葉にガッカリしてしまったことで
また会えるかもしれないと期待していた自分に気づく。

「でも最後に梅さんに会えて良かった、話聞いてくれてありがとう」

私の頭をくしゃりと撫でると、フジモトさんはよっこらせと腰を上げる。
言葉が見つからないまま、フジモトさんを見上げるとフジモトさんは最初に会ったときの顔で笑った。


「多分、表、騒がしい事になってるから裏口から出たほうがいいよ」
「…えっ?」
「あっちの廊下をまっすぐに突き当たって、そこの右手のほうにボロいドアがあるからあそこから階段下りて出ていった方がいい」
「あっ、えっ? その…」
「いーから、早くいきなよ」

そう言うとフジモトさんは有無を言わせない笑顔で私の腕を引っ張って立たせるとトン、と軽く背中を押してきた。
何がなんだかよく分からないけど、とりあえず言うとおりにしたほうがよさそうだ。



「じゃあな、梅さん」



にっこり笑顔で振られた手に、きっともう会う事はないと確信した。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:58

ゴールデンウィークが終わった。
結局あのあと、帰ったあとは特に何もなくて、普通にお母さんにおかえりを言われた。
あの変な状況は一体なんだったんだろう。まるで魔法でもかけられたみたいだ。
いくら考えても答えは出ないままだったけど。

それにしても、久々に顔を合わせる友人たちはどんな顔をしているだろうか。
少し長い休みの間に何かある人はあるだろうし何もない人は何もないだろう。
それはたいてい休み明けのクラスメイトの顔つきで分かる。
早くその顔を見てみたいものだ。


「まぁ…舞美にはすぐ会うか…」

舞美はもともと昔からの幼馴染で同じ高校の同じクラスだからいつも一緒に学校に行く。
それが何だか憂鬱に感じたのは今日がはじめてだけど、でも何とかなるだろう。

パンにジャムを塗りながらテレビをつける。
朝のニュースは流しながら見るだけだ。実際に見たいのは占いのところだけだし。
すると無機質なアナウンサーの声が流れてくる。占いはまだはじまらないみたいだ。


このジャムは私のお気に入りで、
お母さんがいつも同じパン屋さんで買ってきてくれる。
小さいパン屋さんだけどそこの店長さんはスタイルがよくてすごく綺麗な人で、
それこそモデルにでもなれるんじゃないかってくらいに。
顔は何処か魚介類のそれを連想させるけど、やっぱり綺麗な顔をしている。密かに憧れの人だ。

私は四角の形をしたパンにいかに余すことなくまんべんなくジャムを塗れるかに全神経を注ぐ。

『……で……立てこもりが事件があり、……して……犯人は未だ逃走中で……』

ところどころ聞こえるニュースを綺麗な顔を崩さずに読むアナウンサーは
他人事のように淡々とした声をしているなあと思った。まあ実際他人事なわけだけど。
毎日事件のニュースを読んでたらいちいちそれに感情移入もしていられないか。
実際私だってあんまり覚えてないしあんまり知らない。
その少し色黒のアナウンサーの顔だけは毎朝見るから覚えているけれど。

パンをかじると、サクッとした感触が口の中に広がった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:58
あれから帰って気づいたこと。
どこかで聞いたことのある気がしたフジモトミキという名前は、聞いたことがあるわけだった。

どうしてあの時気づかなかったんだろう。
フジモトミキといえば藤本美貴で、アイドルじゃないか。
音楽番組を見ながらそれに気づいたとき、思わずテレビ前に食いついてしまった。
だけどブラウン管の中の藤本美貴は確かに綺麗な顔をしていたが、あの人ではなかった。

結局、名前さえも謎のままだったわけだ。
あの人は本当に居たんだろうか。まるで夢でも見ていたような感覚。
だけど、あれは確かに夢じゃない。だってあの人の手のひらの冷たさはやけにリアルだった。


あの時さびしそうな目をしていたあの人は、いまもまだ同じ目をしているんだろうか。
きっともう二度と会うことは無いと思うけど、今この瞬間にあの人が笑ってればいいなと思った。


多分、あのヘンな一日はもう二度と来ないだろうけど一生忘れられないだろう。



ふと気づくと手元にあったパンはいつのまにか全部食べてしまっていた。
考え事をしながら何かを食べるのはよくないって言われたことがあったっけ。
確かに何だか食べた気がしない。これから気をつけよう。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:59

学校へ行く支度をすっかり終えて、時計を見る。
いつもならもうとっくに舞美が来てるはずの時間なんだけど。
おかしいなあとリビングのソファに座ったまま首を傾げる。
そんなこんなで五分が過ぎて、結局インターフォンが鳴らされることはなかった。
舞美どうしたんだろう。少し心配になったけど、このままでいても遅刻してしまいそうだから何かあった?といった内容のメールを打つ。
送信ボタンを押すとすぐに送信完了の表示が出た、と同時に玄関先からゴンッっと鈍い音が聞こえた。
それに驚いて慌てて家の扉をあけると、予想通り日に焼けた笑顔の舞美が立っていた。ただ、その笑顔は少しぎこちない

「…何してるの?」
「えっ、えっと、おはよう、えり」

頭に手をやりながら少し気まずそうにしている舞美の顔を見て、全てを悟る。
それが何だか少しおかしくて思わず吹き出すと舞美は困ったような不思議そうな顔をして私を見た。

え、えっと、この前はごめんね、と少し早口で言う舞美に、何だか少し嬉しくなって、ああ、ここが現実なんだなと安心した。


確かに刺激はあったし凄く魅力的な世界だったけど、あそこは私の居るべき場所ではない。


「いってきまーす!」
舞美の手を捕まえるように握って、
すう、とひとつ深呼吸をするとリビングに居るお母さんに
聞こえるように大きな声を出して玄関を出た。

いつもと同じ朝日が、少し眩しく見えた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:59
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:59
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:59

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