09 雨はギターと涙の叫び
- 1 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:26
- 09 雨はギターと涙の叫び
- 2 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:27
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ぱちん。
手のひらに染みのように赤い点がこびり付く。元を正せば自分の血なのだけれど、何となく
汚らわしいもののように舞美の目には映っていた。
すぐに痒みが襲ってくる。痒い。ぼりぼり掻き毟る。けれどあまりやり過ぎると肌に傷跡が
残ってしまうので、患部を避けるようにして爪で肉を掻きなぞる。つかの間の解放。でも。
- 3 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:28
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ぱちん。
またしても小さな略奪者が、舞美の肌を襲った。舞美の手によってまるで押し花のように折
りたたまれるものの、しっかりと一仕事だけは終えていたようで、先ほどとは別の場所が痒
みを訴える。うだるような暑さと終わらない痒さは共に手を繋ぎ、輪を描いて舞美の体を襲
い続けていた。
梅雨は明け本格的な夏が訪れようとしていた。マンションの植え込み、などという蚊にとっ
て格好の狩りの場所に身を潜めていれば必然的にこのような目に遭うのはわかっていた。蚊
は人の汗の匂いに惹かれ寄って来ると学校で習ったことを思い出し、自らの体質を舞美はは
じめて恨めしく思った。
- 4 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:29
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「ごめん舞美、今日は一緒に帰れないんだ」
舞美の親友の梅田えりかがそんなことを言い出したのは、7月に入ってからすぐのこと。
最初は急な用事でもできたのかと思いそれほど気にも留めなかったが、今日はの積み重ねが
今日もに変わりつつある時にはじめて異変に気がついた。
目の前のえりかが舞美の知ってるえりかではなくなってしまうような感覚。ただの思い過ご
し。果たしてそうだろうか。そんなことで幾度も逡巡してるうちに、いつの間にかえりかの
後をつけるようになっていた。
- 5 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:30
- 自分らしくない。そう思ったのは他でもない舞美本人だった。どうして一緒に帰れないの?
最近付き合い悪いよね。面と向かって相手に問うことのできる自分だと思っていたし、そう
いう関係のつもりだった。けれど世の中の「のはず」「つもり」の大半が当てにならないよ
うに、彼女の考えと実際の行動は日に日に乖離していった。
後ろめたいことをしているという罪悪感と、真実を知りたいという好奇心。色の違う二つの
感情はまるでコーヒーカップのコーヒーとミルクのように、複雑なマーブルを描く。
- 6 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:30
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日が高い。
燦燦と照りつける鋭利な熱が、地表のあらゆるものに等しく降り注ぐ。アスファルトに拡散
したはずの太陽の欠片たちは照り返しによって再び舞美を痛めつける。
汗が、止まらなかった。気温が上がるたび、汗をかくたび、植えた小さな虫たちが群がって
くる。それでもこの場を離れることは出来ない。暑さは耐えればいい。汗は拭えばいい。寄
って来る蚊は、叩き潰せばいい。でも、この場を離れることで失う時間は、何をしても戻っ
て来ない。世の中には取り返しのつくこととつかないことがあることを、舞美は知っていた。
- 7 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:31
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一度だけ。
たった一度だけ。
舞美はえりかに理由を問いただしたことがあった。
どうにも我慢ができなくなって、思わず口をついて出てしまったのだ。何かわたしに隠し事
でもあるんじゃない? ストレート過ぎる言葉はえりかの表情を一瞬だけ曇らせたが、すぐ
に笑顔でこう答えた。
- 8 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:32
- 「最近ね、家庭教師に勉強教えてもらってるんだ」
訊かなければよかった。
舞美は直感的にえりかの嘘を見抜いていた。
しかしその嘘は、嘘であることを証明できない嘘。たとえ証明してみせたところで、証明す
ることで得る喜びよりもそれによって何かを失う悲しみのほうが大きいのは目に見えていた。
それに、そのような嘘が介在する関係だと自ら認めることは、彼女のプライドが許さなかっ
た。故にえりかの回答は、付け入る隙のない完璧なものになっていた。
- 9 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:32
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雲が、出始めていた。
上へ上へと伸びる雲。中心は白く燃えるような色をしていたが、その周囲はだんだんと湿り
気を帯びた黒へと変色していた。
いつの間にか暑さが、噎せ返る種類のものに変わっていることに舞美は気づく。
雨が降るかもしれない。手にこびりついた燐粉を洗い流すにはちょうどいい、それ以上の感
情は舞美には湧いてこない。雨が降ろうが、風が吹こうが、この場所でえりかが出てくるの
を待っていなければならない。時としてシンプルな目標は、何にも変えられない強力な礎と
なる。
黙って夏空を見上げる。雲の流れが速い。周りの空気が重くなってきているのは、天気が崩
れる兆候なのかそれとも気持ちの問題なのか。頭に浮かんだ疑問ですら、彼女にとっては意
味のないものに等しかった。
- 10 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:33
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舞美とえりかの関係は、普通に親友と言っていいもののはずだった。
しかし事実、舞美は二人の関係に仇なす何かに対して、激しい焦燥感を覚えている。
それは見慣れた手のひらに突如として現れた醜い腫瘍のように、舞美には感じられていた。
どうしても、目を背けることが出来ない。そして何としても、取り除きたいと願う。
取り除く。
どうやって?
強引にえりかの手を取ってどこかへ逃げてしまおうか。それは万人が認める舞美らしいやり
方のように思えた。しかしそれでは何も変わらない。何かを変えたいから、ここでえりかが
出てくるのを待っている。
- 11 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:35
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空気が今にも爆ぜそうなほど、張り詰めていた。
天上は既に黒雲に覆い尽くされ、ほんの僅かなきっかけで決壊しそうなほどに膨れ上がって
いた。雲の流れは相変わらず速く、泥水が排水溝を求めてうねりながら流れていく様に似て
いるように舞美には見えた。
えりかがマンションの玄関に現れたのは、舞美の頬に水粒が一つ、二つ落ちてきた時のこと
だった。隣には、舞美が一番見たくないものの姿が。
頭の中のナインボールが、たった一つの手球によって、綺麗に弾かれる。
我慢の、限界だった。
- 12 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:35
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狂ったように雨が降り注ぎ出すのとありったけの脚力で、舞美がえりかたちの元へと駆け出
すのはほぼ同時だった。水溜りを弾き飛ばして、目標に向かって一直線に飛んでゆく舞美。
えりかの隣の見たくないものは彼女の一撃によって、無様に逆でんぐり返しを打って泥水ま
みれになった。
驚きを隠せないえりかの頬を、渾身の力を込めて引っ叩く。
- 13 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:36
- 一発。
二発。
三発。
四発。
弱弱しい蚊を叩き潰すよりもずっと強い、力で。
よろめき倒れるえりかの上に馬なりになって、さらに平手打ちを食らわせる。彼女の瞳に映
るものは。戸惑い。恐怖。怒り。悲しみ。全てがマーブルのようだった。
滝のように降り続ける雨。留まることを知らない流れは汗も涙も洗い流していた。
「バカ! バカ! えりの嘘つき!! 嘘つき!!!!」
そんな言葉でさえ、激しい雨は跡形もなく、流し去っていく。
- 14 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:36
- お
- 15 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:36
- し
- 16 名前:09 雨はギターと涙の叫び 投稿日:2007/05/07(月) 23:37
- まいみ
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