03 怪盗ピーチッチ対名探偵アイリーン

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:54
 発見されたことさえ、奇跡に等しい。そう称される宝石がある。

 日光の下ではあざやかな光沢を放つ緑色に見えて、月光の
下では輝きを閉ざし灰褐色の石に見える。
 何千もの甲虫が一億年かけてじわじわ押し潰されて出来たとも
夜光虫と石灰岩が一億年かけて交じり合って出来たとも言われる。

 太陽の出ている時間だけ輝きを放つその宝石の名は、誰が
名付けたか『21時までのシンデレラ』。
 そして。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:55
 
 今夜12時、
 『21時までのシンデレラ』を戴きに参ります。

 怪盗ピーチッチ
 
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:55
 
 怪盗ピーチッチ対名探偵アイリーン
 
 
 第二話 「略奪された七人のシンデレラ」
 
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:56
「来ると思ってました」
 鈴木愛理の言葉に携帯電話の向こうから「何が?」とくぐもった声がする。

「ピーチッチからの予告状と、石川さんからの電話です」
 電話先の石川警視には解るまい。この鈴木愛理こと人呼んで
美少女探偵アイリーンが今どれだけ嬉しさを抑えた表情をしているか。

 新聞でこの『21時までのシンデレラ』が日本に来ることを読んだとき、
愛理はぜったいピーチッチも動くと踏んでいた。そして読み通り、予告状が
届いたという訳である。
 まだ中学生でありながら警察から対怪盗ピーチッチの特別顧問として
捜査の全権限を与えられた天才少女の、愛理はぐっとこぶしに力を込めた。

――VERY BEAUTYの恨み、はらしちゃうんだから!
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:56
「で、いつなの? ピーチッチが予告してきたのは」
「今日の真夜中。十二時よ」
 翌朝登校中。あくびをしながら訊いてくる矢島舞美に鈴木愛理が視線を
前に向けたまま答える。

「夜なんだ」
 そう呟くのはもうひとりの同級生、嗣永桃子。その言葉に舞美がきょとんと
しているのをよそに愛理が話し始めた。
「そこが不思議なのよ。夜は石ころにしか見えないってのに」
「あぁなるほど。なぜ輝いている昼間にしなかったのか、ね」
 唇に指をあてて考える愛理。答えを待つように覗き込む桃子。だが口を
開いたのは舞美だった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:56
「明日から世間はゴールデンウィークだってのに、大変だね愛理は」
「違うよ舞美ちゃん。むしろ予告状が届いて嬉しいくらい」

 天にこぶしを突き上げる愛理の後ろで舞美がひそひそ訊くと、
桃子もひそひそ答える。
「…愛理なんであんな燃えてんの?…」
「…ほら今愛理のパパってツアー中じゃん…お母さんも一緒に…」
「…そっか…あの豪邸に独りで居るのが嫌だからか…」
「…愛理見た通り淋しがり屋だから…」
「…意地張らずに泊まりに来てって言えばまたあたしとエリで行くのに…」

「もう! そんなんじゃなぁーい!!」
 愛理の突然の大声に周りの生徒達まで振り返る。気づいて顔を
真っ赤にした愛理は、桃子と舞美の手首を掴み学校へと走り出した。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:56
 場所は代わって大使館の並ぶ高級オフィス街。その大使館の中の
ひとつで、愛理を見降ろすその顔はやや曇り気味だ。愛理は安心感を
与えるためその手を包み込む。
「アイリーンちゃん、私怖い。本当に大丈夫かしら?」
「友理奈さん。大丈夫ですよ。私も石川警視もついてます」
「明日からは? 明日からはどうなるの?」
 割と背の高い愛理ですら見上げてしまう程の身長をした友理奈は、
親善大使としてゴールデンウィーク明けに『21時までのシンデレラ』を
身に着けてロシアへの飛行機に搭乗することになっている。
 つまり今夜守り通しても明日以降も狙われる可能性がある。
 ちなみに予告状が届いたとき石川は金庫での警備を進言したが
一蹴された。愛でるべきものを金庫に入れるのではなく、愛でられる
ままに警備を行ないたまえ、と。
「もちろん、つきっきりでお守りしますよ。……石川警視が」
「え、あたしだけ? 愛理ちゃんもじゃないの?」
「でも私ピーチッチに関して以外は権限ないから」
「じゃああたし偽の予告状出しとく! ピーチッチ騙って」
 現場に笑い声が響いた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:56
――石川さん、おっかしぃ!

 その会話を盗聴していた桃子も声を殺して笑っていた。くすくすと
笑いながら全身を黒ずくめの服で固め、ぎゅっと手袋をはめ最後に、
おでこに暗視スコープを乗せた。

――あ、ちなみにアイリーン。朝の質問の答えだけど。

 普通の中学生、嗣永桃子は怪盗ピーチッチへと変身をとげると
白のスプリングコートとベレー帽をかぶって外へ出た。

――明日の朝から家族で旅行いくんだよね。だから今夜しかないの。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:57
「で、どういう作戦なの?」
「まぁベタな手ですけど」
 愛理はポケットからごろんごろんと、灰褐色のオーバル型の石ころを
取り出した。その数六つ。友理奈は自分の首にかかっていた宝石と
愛理が出したダミーを持ち上げて見比べてみる。
「あ、そっくり。重さも同じくらい」
「石ころなんで用意は楽でした。これらを目立つところに置きます」
「もっといっぱい用意して色んな人に持たせれば良いのに」
 愛理がじと目になって、石川警視はちょっとひるむ。
「昔その手で宝石『白いTOKYO』あっさり盗まれましたよね」
 石川が言葉に詰まる。多くダミーを増やしてながら結局本物の警備を
一番厚くしたために盗まれたことがあった。
「あれは、ほら……えっと……そうね。ダミーは六つがベストかもね」
 口元を抑えて愛理はくすくすっと笑った。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:57
「ちょっと失礼します」
「えっ?」
 言うなり愛理は友理奈の首から宝石を外し、ダミーの
六つの中に混ぜた。石川と友理奈は呆然とする。ぱっと見
どれが本物でどれが偽者かさっぱり解らない。
「まず一つ目は石川さんの首に、二つ目はこの剥製の口の中に」
「ちょ、ちょっと」
 石川の言葉を無視して愛理は続ける。
「三つ目は友理奈さんの髪留めに、四つ目は私の手首に」
「あ、はい」
「五つ目はマネキンの首に、六つ目は机の引き出しに、七つ目はここ」
 と言って愛理は熱帯魚の水槽に落とした。ドボンと音が響く。
「愛理ちゃん、あの……」
「ご心配なく。私にはどれが本物か解ってますから」
「どれ? 私もう解んないんだけど」
「見分け方は秘密です。私しか知らないほうが安全でしょ?」
「そりゃそうだけど」
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:57
――そりゃそうだけど。

 ピーチッチの呟きと石川警視の言葉がきれいに重なる。イヤホンから
流れる会話に眉をひそめながら桃子は自然な速さで現場へ向かっている。
七つのだいたいの場所は解った。
 でも。

――これはちょっとなりふり構ってられないな。

 予定時間通りに現場に着くと桃子は二つ隣のオフィスビルへ入った。
コートを脱ぎ捨て音を立てないように階段を屋上まで上がると送電線を
利用して目的の大使館へと移った。
 そして万能バッグから取り出したニッパーで送電線を。

 切った。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:57
 大使館内が停電になる。
「きゃあ!」
「落ち着いて! 発電機使ってください!」
 叫びながら愛理は眉をひそめる。

――まだ十一時半。予定より三十分も早い?

 周りを見ても何も解らない。発電機が予備電灯を回すのと目が慣れるのと
どっちが先かを待つ余裕はない。

「友理奈さん慌てないで!」
 石川が闇に向かって叫ぶ。さすがにプロだけあって突然の危機への
態度に余裕が伺える。愛理は叫びたい気持ちをぐっとこらえる。本物を
守るように伝えてはいけない。

――ここで叫んで本物と偽者を見抜かれたら元も子もない。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:58
 記憶していた宝石の場所からひとつずつ奪いながら、ピーチッチは耳を
すます。けれどもアイリーンの声はしない。どれが本物か見極められない。
 
――やるね愛理。しょうがない。ごめんね!
 
 ピーチッチはまた万能バッグへ手を伸ばすと、温かな何かを取り出した。 
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:58
 愛理も宝石を手首ごとつかむ。周りからはガラスの割れる音や水の
こぼれる音、何かの倒れる音がして騒然としている。

――もうちょっとで電気がつくはず。もうすぐ。もうすぐ!

 そう思って待っていた愛理の耳元で「ゲコッ」と声がした。同時に首筋に
走るぬめっとした感触。これは……。

「きゃあああああああああああああああああ!」

 先ほどの友理奈の数倍の声を出して愛理は、気を失なった。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:58
 愛理が警備の人に頬を叩かれて目を覚ましたとき、ちょうど時計が
十二時を告げた。部屋は散々な様で剥製は倒れ水槽は割れガラスの
破片が飛び散ってる。
 愛理ははっ、となり自分の手首に手をやるが宝石はない。

――やられた。

 ゲコッの声を思い出して一度ぶるっと震えた後で。
「石川さんと友理奈さんは!」
 友理奈はぎゅっと瞳を閉じたまま壁によりかかり何やら念仏のような
ものを唱えている。石川はまだ気絶していてその側ではヒヨコが一匹
ピヨピヨ鳴いていた。
 もうどこにもピーチッチの影は見られなかった。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:58
 確認の結果残された宝石は友理奈の髪止めについていたたった
ひとつだけで、愛理は大きく息を吐き出す。

「悔しいいいいいいいいいいいい!」

 その愛理の叫びに石川の顔色が地黒から真っ青へ変わる。始末書、
左遷、減棒、美勇伝なんて文字が浮かぶ。
「…ってピーチッチは言うでしょうね。本物を置いてくなんて」
「えっ?」
「友理奈さんの頭の上のが本物よ。だってそこなら」
 愛理は勝利の笑いをこらえきれない。
「少女の怪盗さんじゃきっと背が届かないと思ったから置いたの」
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:59
――悔しいいいいいいいいいいいい!

 すべてを風のような速さで終わらせた筈の帰り道、盗聴音源を
訊きながら桃子は声を出さず口だけをパクパクさせる。まさに愛理の
言う通りの理由で取るのを断念した宝石が本物だったなんて。素人の
子に持たせてたのが本物だったなんて。

 ポケットの中から灰褐色の石ころを六つ取り出すと桃子は帰りがけ、
河原に向かってそれを投げ捨てた。肩を落とす。やるだけのことはした。
あとはもう予定通り家族旅行を楽しむとしよう。

――ただもう絶対! 明日は新聞見ないんだから!
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:59
「やったじゃん!」

 ゴールデンウィークが明けて最初の登校の日。真っ黒に日焼けした
舞美が愛理の背中をばしんと叩いた。
 もう片方の手の新聞に大きく『お手柄!美少女探偵』の文字があると
いう事は五日前のをわざわざ持ってきたようだ。
「舞美ちゃん、痛い」
 そう口を尖らせる愛理の声も、心なしか弾んでる。ただその様子を
見つめる桃子の口があひるのよう。
「どうしたの桃?」
「べっつにぃ。ほら遅刻するよ」
 桃子が速歩きを始めた。その背中を追うように二人も小走りになる。
「え、まだ全然余裕あんじゃん」
「じゃあ一番先に学校着いた人が勝ちってことで」
 言うなり桃子が走り出した。

「あっ桃ずるーい!」
 同時に叫んだ舞美と愛理が駆け出して、またいつも通りの日常が
始まって行く。一瞬で壊れる脆さを裏に秘めながら。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:59
おわり
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:59
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 12:59

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