決して交わることのない、二つの船
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 21:57
- 決して交わることのない、二つの船
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 21:57
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「じゃあ次の問題。船を、壜ごと海に流しました。船はどこへ行くでしょう」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 21:58
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扉を開くと、そこはカラオケボックスだった。
「待ってたよ」
その人はあたしを見て、そんなことを言った。どこかで見たことがある人だったけれど、記憶の
門に鍵がかけられているかのように、思い出すことができない。
それ以前に。どうしてわたしがこのカラオケボックスに来たのかすら思い出せない。ドアノブに
手をかける以前の出来事がまるで切り取られてしまったかのように、わたしの中から消されてい
た。目の前のお姉さんはそんな状況を知ってか知らずか、くすくすと笑っている。
「何がおかしいんですか」
「いや、別に」
何だか自分が置かれてる状況が急に怖くなって後ろ手にドアノブを回そうとしたけれど、ガチャ
ガチャと耳障りな金属音がするだけで扉は開く気配がない。
「開かないよ」
「えっ?」
「ここは、誰も入れない。あんたとあたし以外は、ね」
目の前のお姉さんがふざけてるとも思えなかった。彼女の目はまるで夜空に浮かぶ白い月のよう
に冷たかった。けれども、嘘をつくような目にも見えなかった。
「まずはそこに座りなよ」
お姉さんはわたしをカラオケボックスのソファへと促す。言われるがままに、柔らかなクッショ
ンに腰を落とした。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 21:59
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頭の上を、ミラーボールがくるくると派手な光を撒き散らしながら回っている。ここはカラオケ
ボックス。でも、何となくそんな気がしなかった。
そんな不思議な空間で、お姉さんとわたしは向き合っている。
「名前は、何て言うの?」
「くすみ…久住、小春です」
「へえ。かわいい名前じゃん」
お姉さんはそう言いながら、わたしの顔をまじまじと見た。
「それに、顔もかわいいね。デビュー直後のあたしを思い出すよ。あんた、いくつ?」
「14歳です」
「驚いた。あたしがデビューしたのと同じ年じゃん。あんたがあたしの『次』に選ばれたのも
わかるような気がするわ」
お姉さんの言ってることは理解できなかったけれど、この部屋に入ってすぐに襲ってきた恐怖感
はすっかり和らいでいた。
「モーニング娘。は、どう?」
「はいっ。すっかり慣れました。吉澤さんや藤本さんも優しくしてくれますし」
「…吉澤がねえ」
まるで昔のことを懐かしむように、お姉さんは楽しげに自分の言葉を口の中でころころと転がす。
このお姉さん、吉澤さんと知り合いなんだろうか。そうだ、そう言えばわたしは彼女の名前すら
聞いていない。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:00
- 「お姉さんの名前は、何て言うんですか?」
目の前の凛々しい表情が、少しだけ曇ったような気がした。聞いてはいけないことだったんだろ
うか。でもお姉さんはすぐに顔色を戻してこう言った。
「名前なんてもう覚えちゃいないさ。ここに、閉じ込められてから大分経つしね」
閉じ込められた? 彼女の言葉が上手く飲み込めない。
「不思議そうな顔してるね。あたしの言ってること、おかしいかい?」
ぶんぶん首を振るのとは裏腹に、やっぱりおかしいなと思った。閉じ込められているんだったら、
わたしが入ってきた時に咄嗟に逃げ出せばよかったのに。
「わかりやすいね。でもしょうがないか。じゃあちょっと気分を変えて面白い話、してあげるよ」
「面白い話、ですか」
鸚鵡返しのようなわたしに、お姉さんは目を細めて頷いた。
「ある男がおもちゃの船をつくりました。その船を、海に流そうと思って浜辺までやって来たと
ころで、ぱたっと歩みが止まってしまいます。このまま流しては、すぐにばらばらになって海の
藻屑と消えてしまいます。さて問題。綺麗なままで海に流すには、どうしたらいい?」
話が突然、質問形式に変わった。急に謎かけされたわたしはただ首を傾げるだけだった。
「答えは簡単。その船よりでっかい壜の中で組み立て直して、壜の口を閉じて流せばいい」
「ああ、なるほど」
咄嗟に頭の中に絵が浮かぶ。大きな壜の中で組み立てられた、立派な船。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:01
- 「じゃあ次の問題。船を、壜ごと海に流しました。船はどこへ行くでしょう」
「えっ…」
答えが出ない。どこへ行く、なんてあまりにも漠然とし過ぎている。
「わかりません…」
「だね。この答えは簡単じゃないか。答えは…」
お姉さんは視線をはるか遠くへやってから、
「どこへも行けない」
と言った。
「どこへも…ですか?」
「そう。なぜならその海は、その男の中の記憶の海だから」
そこでやっとわたしは、お姉さんがたとえ話をしていることに気がついた。
「男はあたしを、ここへ閉じ込めた。理由は船を壜に閉じ込めるのと同じさ。あの時はどうだっ
たっけ、あたしの後輩の姿をしてたかな。とにかく、ドアは『閉じられて』、壜は海に流された」
お姉さんの視線が、わたしのところへと戻る。
「でもそのことについて恨みに思ったり、責めたりはしないよ。あたしはそうされてしかるべき
存在だし、あたしだけじゃなくて、裕ちゃんも、なっちも、かおりも、矢口も、圭ちゃんだって
いつかは壜に詰められて誰かの海に流されるんだ。けど」
そこまで言ってから、お姉さんはかぶりを振る。言いかけた何かが、霧のように散っていくのが
感じられた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:01
- 「まあいいさ。あんたはまだこれからの人間だ。照らされる道は未来への道。あたしが何かを言
うことすらおこがましいのかもね」
照れたように笑うその表情は、どことなく吉澤さんを思い出させた。
「さあ行きな。ここはまだあんたの来るところじゃない。あんたに伝えたいことがあったからあ
たしが呼んだんだけど、道連れにする気なんて毛頭ないから」
「伝えたいこと?」
「ああ。もしあんたがあたしの言う男に会ったら、こう伝えてよ」
『ボトルシップは、一隻だけでいい』
「…わかった?」
「はい、わかりました」
本当はよくわからなかったけれど、そう返事しておいた。言葉の意味はわからなかったけれど、
お姉さんの男の人を想う気持ちは伝わったような気がしたから。
ソファから離れ、開かずの扉の前に立つ。先ほどの頑なさが嘘のように、ドアのノブがくるりと
輪を描いた。扉の先からは真っ白な光が漏れ、わたしを包み込んでいった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:02
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目を覚ます。
頬にひんやりとした感触。
いつの間にか眠っていたみたいだった。
「小春、もう起きた?」
道重さんが笑いながらそんなことを言った。
辺りを見回して、そこがわたしたちの楽屋であることに気づく。
「久住ちゃん寝ぼけてる? それともさっきの青汁で気分悪くなった?」
亀井さんがいたずらっぽく笑う。そうか。あれは夢だったんだ。
「にしてもそれ、よっぽど好きっちゃね」
田中さんがわたしの抱えているそれを指差した。
大きな壜に入った、おもちゃの船。
そうだ。さっきまで収録していた番組のインテリアに使われていた。何故だか急に気になって、
ずっと見ていたらスタッフさんがもう使わないからってわたしにくれたのだ。
「まだ寝ぼけてるの? もうそろそろここ出ないと、次の収録に間に合わないよ」
そんなことを言いながら、慌てて楽屋を出てゆく先輩たち。三人に続いて楽屋の扉に向かおうと
したけどあることを思い出して、足を止めた。息を、ゆっくりと、大きく吸い込む。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:03
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「ぼとるしっぷはああああ、いっせきだけでいいーーーーー!!!!!」
お姉さんが言っていた男の人には、聞こえただろうか?
わたしは思い直して、壜を床に転がす。壜のころころと転がりながら立てる音は、楽屋の扉を閉め
る音に遮られて、すぐに聞こえなくなった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:04
- こ
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:04
- は
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 22:04
- る
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