かみさまの卵
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:12
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『かみさまの卵』
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:13
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お前は、神様になるんや。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:13
- かみさまのことは良く知りませんが、私は大きな声で「はい」と言いました。
「がんばります」
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:15
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「かみさまって、どうすればなれるんですか?」
何日か経ってから、私はマネージャーさんに質問しました。
プロダクションの中は広くて、人がたくさん行ったり来たりしていたけれど、
隣を歩く吉澤さんは、どこにいても見つけられるような、きらきらした人です。
この人がマネージャーさんで、うれしいな。
「んー。そうだなー」
白くてきれいな肌に手をそえて、吉澤さんは言います。
「ま、簡単な話、『卵』を孵化させればいい」
「たまご?」
「そう。小春が持っている『卵』を、がんばって磨いたりあっためたりするんだ」
「小春は卵なんて持ってないですよ」
ポケットの中にもバッグの中にもないです。
そう言ったら、吉澤さんは大きな目を真ん丸くして私を見て、それから風船が
割れるみたいに笑い始めました。
「小春はいい卵を持ってる。いい神様になれるよ」
そう言う吉澤さんの顔は笑ってましたけど、ちょっと、寂しそうにも見えました。
頭を撫でてくれる手はあたたかくて、やさしかったです。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:17
- いつも散歩している道を、今日もてくてく歩きます。
他のかみさま見習いの人たちは勉強とか、レッスンとかしているみたいですが、
私はそういうのをやらなくてもいいみたいです。
私の先生はマネージャーの吉澤さんで、だけど吉澤さんはあまりそういうことを
教えてくれません。
時々吉澤さんのお仕事についていったりするくらいです。
今日は吉澤さんが他のお仕事でいないので、夕方まで私は一人で過ごします。
青いお空がとても綺麗で、いい天気です。
公園に着いたのは、お昼過ぎくらいでした。
滑り台に上ってみたり、ブランコに座ってみたり、ちっちゃい子達が砂遊びを
しているのを見たりします。
あの子達は遊ぶのに夢中みたいで、私には気付きません。
今はベンチに座って、地面にある黒い点々を、じっと見つめてます。
ぞろぞろとあっちこっち動く、黒いぽつぽつ。少しはなれたところには、動かない
黒い点もありました。
「こはーるちゃん」
じっと見ていたら、肩を叩かれました。
顔を上げると、猫みたいな目をした女の子が、「やっぴー」と笑いかけています。
この人は田中れいなさんといって、吉澤さんの仕事を手伝っている人です。
吉澤さんは「れいな」と呼んでいましたが、私は「せんぱい」と呼んでいます。
やっぴー、と返すのはまだ照れくさくて、普通に挨拶しました。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:18
- 「おはようございます」
「どうしたの? 何見とーと?」
「あのですねぇ……せんぱい、これ、何ですか?」
黒い点々を指差して、私は聞きました。
れいな先輩は私の隣に座って、私が見ているものを覗き込みます。
「なん、アリの行列やん。何でこんなん見よーと?」
「アリ。アリの行列」
せんぱいが言ったことを、繰り返します。この黒いのはアリ、らしいです。
私は指を動かして、動かないアリを指しました。
「あっちのは、何で動かないんですか?」
「あー……死んでるけん、動かんと。きっと、誰かに踏まれたんやね」
「あれは死んでるんですか」
私はぐっとからだを倒して、死んでいるアリに手を伸ばします。
「あっ、ちょっ、小春ちゃん?」
しまった、と、せんぱいは口を開けます。
指先がアリにつくのと、せんぱいが声をかけたのは、同じくらいです。
動かなかったアリは、私がさわると、静かに静かに動き出しました。
他のアリとはかたちがちょっと違うけど、また歩き出して、列に混じろうとしています。
よかったね。寂しくないよ。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:19
- 「小春ちゃん、ダメよ」
低い声で、せんぱいが唸りました。
「そういうことしたら、絶対いかん」
「え?」
「れいなにはよくわからんけど……吉澤さんは怒ると思う」
「そうなんですか……?」
「うん」
定規で真っ直ぐ引いたみたいな目で、せんぱいは私を見ています。
せんぱいが何で不機嫌なのか、よく、わかりません。
ただ、吉澤さんが怒るというのは、あんまり想像できませんでした。
せんぱいはよくわからない顔をしながら、仕事があるけん、と言って立ち上がります。
「お仕事、がんばってください」
公園を出るせんぱいの背中に、声をかけます。せんぱいはやっと笑ってくれました。
手を振って、せんぱいを見送ります。
私は上手に笑えていたんでしょうか。それが少し、心配です。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:20
- それからしばらく、ぼうっとしていました。
アリの行列はどこかに行ってしまったみたいです。
せんぱいの言っていたことをぐるぐる考えていたら、後ろから声をかけられました。
「お、小春じゃん」
「あ……」
私に声をかけてくれたのは、黒いスーツをびしっとカッコよく着こなしている女の人。
吉澤さんと同じ、マネージャーの藤本さんでした。
「おはようございます」
「おはよ。今日はよっちゃん一緒じゃないの?」
「はい。お仕事みたいです」
「お仕事かぁ」
藤本さんは、吉澤さんのことをいつも探しています。
そして吉澤さんは、藤本さんからいつも逃げています。
追いかけっこをしているみたい。でも逃げられても捕まっても、二人とも怒ったりしません。
歯を磨くみたいに、毎日の習慣になっているみたいです。
藤本さんの声は残念そうだったけど、表情はやんわりしてます。これもいつものこと。
だけど私を見ると、眉の間にしわを寄せました。
「なんかあったの?」
「はぇ?」
「なんか、変な顔してるよ」
「はぁ……」
せんぱいの事を考えていたからでしょうか。
ちょっと、ヘコんでます。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:22
- 私はゆっくりと、さっきのことを藤本さんにお話しました。
アリのことを話していたら、藤本さんは苦い顔をしていました。
あまーい砂糖をすくって舐めてみたら塩が混じっていて、ちょっとしょっぱい、って顔。
せんぱいと、おんなじ顔。
藤本さんはすぱっとしているから、教えてくれるでしょうか。
何も言わない藤本さんに、私はそっと聞きます。
「あの」
「ん?」
「かみさまは、何をすればいいんですか?」
私の質問に、藤本さんはきょとんとしています。
そして、私もきょとんとしています。
私、何か変なこと聞きましたか?
しばらくしてから、ため息を吐くような音が聞こえました。
「そんなん知らねーし」
髪をかきあげて、藤本さんは言います。
背中をとんって、そっけなく押すみたいな声。
「あんた、卵持ってんだし。自分で考えれば?」
その顔は、困っているみたいに、少しだけ笑っていました。
藤本さんが笑うと私もうれしい。
だけど私、今日も卵は持ってないんですけど。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:23
- 「何ヘラヘラしてんの」
「えー、してないです」
藤本さんだって。
言い方はきびしかったけど、ニヤニヤしてました。
「してるよ」
「そうですかぁ?」
色んな人に怖いとか近寄りにくいとか言われているみたいですが、私は
藤本さんが好きです。
大事に大事に磨かれたペーパーナイフみたいに、ぴかぴかしてると思う。
それに、しょうがないなぁ、って笑った顔は、ちっちゃな子みたいでかわいいし。
藤本さんはチラッと腕時計を見ました。
どうやらそろそろお時間のようです。
「お仕事ですか?」
「うん。まぁそんなとこ。ま、テキトーにがんばりなよ」
「はい。お仕事がんばってください!」
「はっ。あんまりがんばりたくないなぁ」
まぁ仕方がないけどって、藤本さんは笑います。
手を振って私の横を通り過ぎて行きました。
わたあめみたいな茶色い髪が、ふわふわ揺れてました。
あぁいう人になりたい、と思いました。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:25
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夕方ごろになると、吉澤さんが公園まで迎えに来てくれました。
これからプロダクションに帰って、お仕事の報告をするそうです。
歩きながら、今日はいいお天気だったとか、風が気持ちよかったとか、子供が
可愛かったこととかを話しました。
吉澤さんは笑いながら話を聞いてくれます。
せんぱいに会ったことと、藤本さんに会ったことも話しました。
アリのことを話そうとした時、せんぱいの顔を思い出します。
言っても、怒らないよね。
めったに怒らないし。
いいことしたねって、言ってくれるよね。
考えながらうつむいていたら、歩道の端っこで、何かがころんと横になっているのを
見つけます。
小さい木の影で見えにくいですが、あれは知っています。教えてもらいました。
「吉澤さん、スズメだ」
立ち止まって、夕日にそっぽを向けスズメに近づきます。
私の影が、スズメをさっと包みます。スズメは公園のアリみたいに動かなくて、
近づいても知らん振り。
そうっと、手を伸ばします。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:25
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死んでるけん、動かんと。
せんぱいの言葉が、聞こえてきます。
藤本さんの怖い顔も、浮かんできます。
でも、羽がばさばさなんです。
とかしてあげたいんです。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:25
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「小春」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:27
- 暗いところですぅっと伸びる一本の光みたいな声に、はっとします。
爪の先がスズメの羽をかすって、土を引っ掻いてしまいました。
「あ……」
スズメが、くたりと顔を起こします。
ふらつきながら立ち上がって、ひょこひょこと歩きます。
よく見たら、足が一本しかない。それにお腹のところが――。
ばさばさした羽のまま、スズメは茂みの奥へ行ってしまいました。
「小春」
吉澤さんが、こっちを向け、と言っています。
でも、向けません。
しゃがんだまま、さっきまでスズメがいたところを見ていました。
私の影が、ゆらゆら揺れています。
隣に、吉澤さんの影が並びました。
吉澤さんの腕を掴んで、そこに顔を隠します。ぎゅうっと。
せんぱいの不機嫌な顔よりも、藤本さんの厳しい声よりも。
私を呼ぶその優しい声が、怒っているんだ、って思いました。
「わかったろ、小春。二人の言いたかったこと」
顔を押し付けた腕とは反対側の手で、吉澤さんは頭を撫でてくれます。
優しくて、暖かい手。
だけど、とても重たい。
壊れた蛇口みたいにぼろぼろ泣きながら、私は何度も何度も「ごめんなさい」と
謝りました。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:30
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あたりが少し暗くなったくらいに、私は泣き止みました。
鼻をずずっと鳴らすと、吉澤さんはよしよしと、背中を軽く叩いてくれます。
「さ、帰ろう。よしざー、上の人に怒られちゃうわー」
「あ、あ、ご、ごめんなさい!」
「いや、別にいっけどさ。小春も一緒に怒られるし」
「えぇー!」
吉澤さんに怒られたのに、えらい人にまた怒られるなんてイヤ過ぎです!
吉澤さんは笑いながら歩き出しました。
慌てて走って、その隣に並びます。
吉澤さんは、なにやらぶつぶつ言っていました。
「あー、なんて言い訳しよっかな」
「えへへ、がんばってくださいね」
「何言ってんだよ、小春も一緒に考えんの」
「えぇー」
その顔は真剣そのもので、こんなに真剣な吉澤さんは初めて見たくらいです。
みんな、お仕事が大変なんだな、と思いました。
それから二人で、あぁでもないこうでもない、言い訳を考えながら帰りました。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:32
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あの涙は、卵を濡らして、少しでもあっためることが出来たでしょうか。
毎日毎日、みなさんからたくさんことを教わっています。
私のお仕事は、かみさまになることです。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:36
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- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:36
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- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/31(火) 04:38
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