甘えにくちびる

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:15

甘えにくちびる
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:18


マナミちゃんが初体験をすませたってクラスメイトが騒いでいた。
相手は隣のクラスのヨシダ君らしい。
よく知らないけど、みんなのテンションで、それは羨ましいことなんだとすぐにわかった。
このクラスでは、マナミちゃんで二人目だ。

マナミちゃんはかるーくだけど髪を染めていて、先生に目をつけられている分だけかわいい。
わたしは学校が終わるとすぐ仕事でいなくなるから直接は見たことないけど、
今年に入ってからけっこう告白とかされていたらしい。
汚い字でよくわからないことが書いてあるラブレターは読ませてもらったことがある。
マナミちゃんとヨシダ君は、この前の夏休み、
男女五人ずつくらいで海に行ったときから付き合っているらしい。
話には聞いていたけど、どこかわたしには関係ない話のような気がして、そのままになってた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:18

どんなだった?
具体的ではあるけど、現実的ではない質問攻めに、
マナミちゃんは、よく覚えてないけど普通だった、と顔を赤らめる。
優越感のにじみ出たクールを装って。

もっとリアルに、みんなが吐き気を催すくらいのことを言いたい。
しみだらけでたるんだ皮膚おじさんがぶら下げる、萎んだものの醜さと滑稽さ。
指の股までなめつくすおじさんの唇と舌が這ったあとに残る、白や黄色のうすい跡。
わたしがなにをして、なにをされているのか話したらどうなるんだろうか。

みんなは、キャーっと無駄に意味もなく盛り上がる。
このバカそのもののしあわせそうな中に、わたしも入れているのかな。
そう思いながら、わたしもキャーって笑う。
みんなと同じような幼さで。

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:19




今日は仕事が始まるのが遅くて、家に帰って着替える時間があった。
制服のまま仕事に行くのは、よくわからないけど苦手だ。
ちょっとだけウキウキした気持ちで、おはようございまーす! って元気よく挨拶しながら仕事場に入る。
その瞬間、意識するとおかしくなるような気がするからしないけど、でもどこか世界が変わるような気がする。

ボーっとしていた吉澤さんが一番に目に入った。
吉澤さんはわたしを見とめると、にやあって笑って、おう〜っすと言った。
わたしは鞄を放りだして、吉澤さんの隣にすわってよっかかる。
「今日はなんの仕事だったんですか?」
「んー? 今日はねぇ、フットサルして、で、なんか人に会っていろいろ聞かれた」
「インタビューですか?」
「どうだろ、まあ、そんなもんかも」
よくわからないけど、インタビューって言葉を使いたがらない。
最近になって恥ずかしくなってきたと言ってた。

足を投げ出して目をしょぼしょぼさせている藤本さんが、ちらちらとこっちを見てる。
新垣さんと亀井さんが入ってきて、わたしは何度目かになるおはようございますを言った。
「今日もべったりですなぁ」
そう新垣さんが、へっへっへって笑った。
前はおっさんぽかったけど、最近はびみょうに亀井さんのが移ってきてるような気がする。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:20

「ちょっとー、どきなさいよぉ!」
甘ったるく声を作った亀井さんがわたしを押しのけて、へらへら笑った。
藤本さんが反応するように言ってるんだけど、新垣さんに言ってるみたいだった。
「それは言っちゃだめえ!」
やっぱり新垣さんが大げさに反応した。
「あんたらうっさい」
藤本さんがむっとした顔で出て行ってしまった。

あーあ、と亀井さんが新垣さんを小突く。
「あんたが先でしょうがあ」
新垣さんは目を丸くさせて言うと、亀井さんは素知らぬ顔で、わたしを指差す。
「小春ちゃんが言えって顔してたんだもーん」
わたしは、えー! と文句言おうと思ったけど、その前にたえきれなくなった亀井さんが笑った。
吉澤さんは、しょうがないなって顔で、わたしの背中を軽く押しだす。
「とりあえず行っておいで」
最近のわたしの役割は、藤本さんにくっつくこと。
藤本さんは好きだし、娘。の中で役割をもらったたぶん初めての役割だから、
えーってちょっと困った風にわたしは言うけど本当はうれしい。

6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:20


どういうわけか藤本さんはわたしをご飯に誘って、道重さんもついてきた。
テーブルクロスが白くて、カチャカチャ食器の小さな音のほうが、人の話し声よりも大きな店。
自然とわたしたちの声も小さくなる。
でも、ウェイターが注文を取っていくと、それでもう話すことはなくなってしまった。
これが道重さんと二人なら、もっといっぱい話すことはあるんだろうけど。
わたしは普段、藤本さんとどんな話をしているか思い出そうしていた。

「話すこと、あんまりないですね」
道重さんがひどいことを言った。
でも、道重さんの話し方は率直だから、全然いやな風にひびかない。
「ああ、まあね」
藤本さんは、テーブルの一輪挿しの水をかきまぜている。
「あんまりないですよね、この三人でいること」
「まあ、たまにはいいんじゃない?」
「よくこういうところ、来るんですか?」
「めったに来ない」
いろいろと追求したそうな道重さんの質問を、簡単に答えてながしてく。
後悔してるのかなと思ったけど、そうでもないみたいだ。
わたし達を順に見て、恥ずかしそうに笑った。
「いや、こういう、先輩にご飯つれてってもらいましたー、みたいなエピソード、ほしいじゃん」
かわいらしく首をかしげて、軽い口調で言った。

「藤本さんとわたし、同期じゃないですか」
「いいんだよ、それは」
「でも、前はそういう話、よく聞きましたもんね。藤本さんは誰かに連れてってもらったことあるんですか?」
「美貴? たぶん、ないな」
お皿を持ったウェイターが、すーっとわたし達のテーブルを過ぎていく。
その気配に背後を振り返った藤本さんは、畳んであるナプキンをくしゃくしゃに広げた。
「小春もなんか喋んなよ」
藤本さんはそう振っておいて、震えていた携帯を開いて、画面を見つめる。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:20

前に乗り出して、道重さんが顔を明るくさせた。
「彼氏ですか?」
「いや、ちがう」
携帯を見つめたまま、そっけなく答えた。
道重さんは、ちぇっ、とでも言いそうに顔をしかめて、わたしと目を合わせた。
その表情があまりにも綺麗で大人びていて、わたしはぞっとなる。
初めて会ったときは、年も近いし、顔もかわいいから、親近感をおぼえた。
仲良くなりたいと思った。
ずっと憧れていた藤本さんよりも、吉澤さんよりも。
でも最近、道重さんはわたしよりもずっと年上で、わたしとは全然ちがうんだと思うようになってきた。

気になるでしょ? そう道重さんの口だけが動いた。
たしかに、そういう話は直接的にはしない。
ふいんきとか、流れ伝ってくる話は聞いたりするけれど、仕事場ではあまりしない話だ。
藤本さんには恋人がいるような、いないような感じで、でも松浦さんの話が多かったり、
吉澤さんにでれでれしたり、基本的に嫌いじゃなければ誰とでも仲良くしているから、つかめない。
自分のことを隠しているわけじゃないけど、あたりさわりのない話しかしたがらない。

「亜弥ちゃん」
藤本さんは携帯を閉じて、鞄に放った。
「えー? 藤本さん、本当に松浦さんしかいないんですか?」
道重さんの口調は、思いのほか挑戦的にひびいた。
藤本さんは、澄ました顔で唇をとがらせた。
「いるよ、いっぱい」
期待していた通りだろうに、道重さんは残念そうに眉をさげた。
かわりに、わたしが聞いた。
「藤本さん、もてそうですもんねー」
「うん、美貴もてるよ。処女だし」
「うっそだー」
「みんな自信過剰な奴ばっかだからね、そういうの聞くと、必死で口説いてくる」
藤本さんはわたしの追及にとりあわず、頬をつついてきた。
「気をつけたほうがいいよぉ」
そう言われて、ドキっとした。
心がじんわり苦く下がっていった。
だから、笑った。

帰り際、呼んでおいたタクシーに向かう途中、ごちそうさまでしたを言って、聞いてみた。
「藤本さんも、もう帰るんですか?」
藤本さんはにやっと笑って、わたしの頭にポンっと手をのせた。
「さゆみも連れてってくださーい」
甘えた声の道重さんが、藤本さんの腕を掴む。
藤本さんはわたしの頭の上で軽く指を弾いている。
「やだ。美貴、インターネットとか週刊誌に変なこと書かれたくないもん」
そして、わたし達を別々にタクシーに乗せ、大丈夫、美貴ももう帰るだけだから、と言った。
道重さんはどこか安心したように車に乗っていった。
なにが大丈夫なのか、わたしにはわからないけど、藤本さんがそう言うなら、大丈夫なんだろうなと思った。

8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:21




場所はいつも最上階か、それ近い階で、とにかく高くにあった。
そんな遠くまで見渡せなくてもいいんだけど、どこまでも続く景色に一番向こうはない。
最初はなんて綺麗な夜景だとうっとりしたけど、よーく目を凝らしていると、
ひとつひとつはひどく貧乏くさい気がして、その内うっとうしくなった。
喜んでいたホテル自体もどこか嫌な感じがするようになった。

落ち込んだのは最初のときだけだった。
それ以上にわたしの好奇心を満たすことばかりだったし、
おもしろそうだとわたしから言ってついてきたわけだから、
最近では落ちこんだことすら気にならなくなってきた。
どういう経緯でこうなったのか、もう覚えてない。
そろそろ10ヶ月になるというのは覚えてる。
ちょうど、きらレボの話を聞いたあたりからだ。

テレビでは、群れから離れて行動する狼が、薄い色の草むらで休息を取っている。
スドウさんはいつものように淡々と、一定のリズムで食事をしている。
なめらかな動作で、細かく刻んだ野菜がのった魚を小さく切り分け、口に運ぶ。
ホテルの変に畏まった、整えられた食事は退屈になってしまった。
「小春ちゃんは食べなくてもいいのかい?」
「はい、大丈夫です」
今日はお姉ちゃんが夕食用に作っていたハンバーグをお弁当箱に詰めてくれたものを仕事場で食べた。
それに、高橋さんが作ってきてくれたブラウニーを二つ食べて、家で食べる用に三つもらった。

スドウさんは、ちゃんと学校に行けてるのか聞いてきた。
わたしの学校での様子が知りたいようで、Berryzや℃-uteの子達ほどじゃないけど、
ちゃんと学校に行けてること、昨日は運動会だったことを話した。
その話の途中で、わたしが学校で実は人気があったってことを初めて知った、と話すと、
スドウさんはすごく意外そうな顔をした。
そして、わたしは誰からも好かれるタイプの女の子なんだと、わたしに話して聞かせた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:21

新潟にいた頃は運動会が好きだったけど、それはわたしが小学生だったからだろうと思う。
中学校での運動会は、どこか行事っぽくて、あまり楽しくはなかった。
わたしの参加する競技は四つで、他の時間は友達とずっと喋ってた。
お昼を食べてからはグランドには戻らず、校舎の影に集まった。
その中にはもちろんマナミちゃんもいて、そのとき初めてヨシダ君の顔を見た。
他の男子よりも髪型がちょっと整っている以外、特に印象はなかった。
でも、他の子達はどこか緊張してヨシダ君を観察していたように思う。

くだらない話ばかりだったけど、みんな笑ってたし、わたしも楽しかった。
そんな中で、ヨシダ君がすごく軽い調子でわたしに言った。
「こいつなんだけどさ、久住のこと好きなんだって。付き合ってやってよ」
前髪だけ妙に長いスポーツ刈りの男子が前に押し出された。
わたしは久住と呼び捨てされたことにちょっと腹が立ったけど、笑顔のままでいた。

みんな競技が始まるからとグランドに踊る途中で、マナミちゃんが謝ってきた。
気にしてないからいいよ、と首を振ると、ちょっとは気にしてあげなよ、とリエちゃんに言われた。
「じゃあ、断るんだ」
マナミちゃんが残念そうにしていた。
放課後にまた改めて、ということになったけど、わたしは仕事があるからすぐに帰らなくちゃならない。
あとで、断ってもらうようにお願いするつもりだった。
「小春ちゃんなら、もっと他に相手いるか」
「そんなことないよ」
そう返すと、リエちゃんはびっくりして、本当に知らないの? と聞いてきた。
知らないと言って、笑った。
あたしは、月島きらりだから。
よくわからないけど、そういうことなのだ。

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:22

ふわあっと体が持ち上がって、ベッドの上に寝かせられた。
スドウさんの顔は相変わらず無表情で、よくわからない。
わたしの服を脱がせ、隅々まで撫でる。
赤紫の斑点が浮いている手が汚く見えるけれど、気にならなくなってきた。
で、トウドウさんはいつも大体言う台詞を口にする。
「べつにこんなことしなくたっていいんだよ?」
その声は優しくて、でもわたしにしていることはおぞましい。
自分のしていることを正当化したいだけなんだろう。
わたしがただ笑っていると、スドウさんは全身をべろべろなめてくる。
スドウさんのおちんちんは、少しだけ大きくなって、ぶらぶら揺れている。

ぞわぞわと這う悪寒に目を閉じて、吉澤さんとか道重さんを想像する。
この舌のぬるさや、触れ合う肌のぬくもりがスドウさんのものじゃなかったら。
好奇心でただスドウさんについてきたけど、それを続ける必要なんて、本当にない。
スドウさんもそう言ってるし、それは嘘じゃないと、わたしにでもわかる。
わたしは寂しいんだと思う。
本当は吉澤さんや道重さんにお願いしたいけど、そんなこと言えるはずもない。

スドウさんは自分でおちんちんをこすりながら、わたしのあそこに先端をあてがう。
わたしは身をくねらせ、やだ、と笑う。
「このわがまま娘が」
脱力したスドウさんはわたしの隣に寝転がり、息を吐いた。
昔はこんなわがまま絶対に許さなかった、といつものように呟いて、わたしを抱きしめる。
弾力のないずるずるの皮膚がわたしを覆う。
高級そうなシャボンの奥に、朽ちたような臭いがする。

わたしは笑ってスドウさんの中で小さくなりながら、いろいろ考える。
いろんな場所に自分があって、なにがしたいのか全然わからなくて、
バラバラに引き裂かれていきそうだ。
いろいろ考えている中から睡魔を見つけ、そのまま意識を預ける。
眠りは、こんなわたしにも優しい。

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:25




楽屋で高橋さんと新垣さんが真剣な顔をして睨みあっていたので、わたしは外で出番待ちをしていた。
大人の人たちがざわざわとしてない場所をさがして、隅のソファ座る。
外は晴れていて、でもここは都会だから汚れていて気持ちよさそうではないけれど、
どこか場所を選べばきっと気持ちいいんだろうな、と思って外を見ていた。
急に膝に乗っかられて、思わず飛びのいた。
めぐが笑っていた。

「あー! 今日収録あったのー?」
「ハロモニ。だから。ちゃんと台本見なよ」
めぐは紙コップにそっと口をつけて、傾けた。
淡いピンクを差した唇がぷるんと濡れている。
「そういえば、けっこう久しぶりじゃない?」
めぐの声と一緒に、微かなコーヒーの匂いがした。
「文化祭のときからだっけ」
「じゃあ、そんなんでもないか」
それでも、もう一ヶ月くらいは経ってる。

「なんか変わりあった?」
「べつになにも。みんなと連絡取ったりはしてるの?」
「あんまり。梨沙子ちゃんからはメールきたりするけど」
「小春、あんまメール返してこないもんね」
いたずらっぽく、咎めるように言った。
ここ何ヶ月かで、めぐの笑顔はすごくやわらかくなった。
「ちゃんと返そうとはしてるよー」
「そういえばこの前さ、すっごくいいショップ見つけちゃった」
「ほんと!? 行きたい!」
「宮益坂のほう。最近できたんだって」
「めずらしいねぇ」
「でしょ? 今度時間あえば行こう?」
めぐはまたちょっとだけカップに口をつけて、外を眺めた。
年内に休みが合えばいいけど、ちょっと現実的じゃない。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:25

たのしそうな歌声が遠くから聞こえてきた。
人の興味を強引に惹きつけるような強い声が、だんだん近づいてくる。
「松浦さんの声かな」
めぐが呟いた。
振り返ると、廊下のまんなかで松浦さんが花束をふりまわして歌っていた。
英語っ、数学! 国語っ、化学! 熟語っ、漢文! 古典っ、漢文!
松浦さんは色とりどりの花びらを舞わせ、くるくる回りながら通り過ぎていった。
むせるくらいの花の匂いを残して、本当にたのしそうに笑って。

向こうから来た田中さんと亀井さんが、気まずそうに顔を背けて道を譲った。
スタッフの人の反応も似たようなもので、驚きのあまり唖然と動きを止めるか、
完全に無視するか、どちらかだ。
知っているか、知らないかの差だろう。
「歌おうよー!」
松浦さんはよく通る声で、田中さんと亀井さんに声をかけた。
田中さんは曖昧に笑って首をふり、亀井さんも同じように笑って田中さんの背中に自分の肩を隠した。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26

「すごいねぇ」
吉澤さんがわたしの隣に滑りこんできた。
ソファの隠れるようにして、松浦さんの背中を見守る。
松浦さんは藤本さんに抱きつこうとして、両手で押しのけられている。
「いやあ、小春もああならなくちゃダメだぞ」
小鼻をふくらませた吉澤さんが、わたしの頭に手をのせる。
「なんでですか」
「村上ちゃんだってあややみたいになりたいよなあ?」
急に話をふられためぐは困ったように、ええ、まあ、と頷いた。
「ほらー」
吉澤さんは得意気にわたしを見て、同意をうながそうとする。
「あれくらい頭の中おかしくなくちゃ、大物にはなれないんだよ?」
「最初から松浦さんはあんな感じだったんですか?」
わたしを挟んで、めぐが聞いた。

「いや、最初はかわいかったよ。あややがデビューして、MUSIXかな、に出たとき、
わたしとごっちんと二人でさ、なんだよその口調ってちょっと強めにつっこんだら、
ごめんなさあい! って、あの頃はかわいかったなあ」
「だめじゃないですか」
目を細めている吉澤さんに言うと、思いのほか真剣な顔でわたしの目を見る。
「負い目っていうのかな、遊べるときに遊べなかったって思いがあるからさ、
私たちって気にしなきゃいいだけの話なんだけど、やっちゃいけないこととかけっこう多いし、
みんなと違うってどっか卑屈になって変なことばっかり考えちゃうんだろうな」
なんでそんな話をするのかな、と吉澤さんの表情を注意して見たけど、よくわからない。
「ちょっとでも学校行ってりゃ、思ってるほどじゃないってわかるんだろうけどさ、
私たちの時くらいは本当に時間なくて、学校に行くなんて考えなかったから」
ハッと吉澤さんが、あ、べつにこれ説教じゃないからね、と笑った。
めぐが暗い顔をしている。
わたしはどんな顔をしているんだろうか。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26

折り返してきたのか、松浦さんの歌が戻ってくる。
舞美ちゃんがめぐを迎えにきて、吉澤さんに軽く挨拶していった。
「ん? どうした小春? 吉澤さんが急に難しい話するからびっくりしちゃった?」
泣きそうな顔の吉澤さんが両手でわたしの頬をはさんで揉みくちゃにする。
「地元から離れちゃうとさ、やっぱさみしいのかな」
わたしは笑顔を作ろうと頬の筋肉を緊張させようとしたけど、
いつも以上に吉澤さんの手に力がこもっていて、ほとんど意味がなかった。

小春のお願い聞いてくださいと言いたかった。
じゃないと、たぶんわたしもどっか変になる。


15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26

武道館はあまり好きじゃない。
思い出深い場所だけど、雑然としていて、どこかみすぼらしい。
わたしはステージから一番遠い席から、ぽーんと浮いたようなステージを眺めている。
天井のほうから、かびの匂いがしてくる。
昔、モーニング娘。に入る前に、今と同じような瞬間があったような気がする。
目を閉じて思い出そうとしても、とっかかりさえ掴めない。

「小春ちゃん?」
うかがうような、遠慮がちな声がした。
「道重さん?」
反射的に聞いていた。
目を開けて道重さんだとわかるのと、声を出したのはほとんど同時だったと思う。
「うん、そうだけど」
道重さんは隣に座って、ステージちっちゃー、と息を吐いた。
「こんな遠くて、なにが見えるんだろうね」
「でも音は聞こえますよね」
「音だけ聞こえてもなー」
館内の照明が届いてないここは妙に青暗くて、道重さんが刺刺しいくらい綺麗に見える。
「そういえば、どうしたんですか?」
「ん?」
「こんなところまで、普通来ないじゃないですか」
「さっき小春ちゃん見かけて、変な方向に行ったなあ、と思って」
「ついてきたんですか?」
「人聞きの悪い……」
そうわたしに向けてつっこむフリだけして、道重さんはしずしずと笑った。
「心配になっただけだよ」
「わたしがですか?」
「死にそうだったから」
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26

さっきからスーツを着たバイトの人が何人か行ったり来たりしている。
みんな同じような間抜けた顔をしている。
「小春、死にそうでした?」
「けっこう」
「ウソだー」
わたしは道重さんと目を合わせた。
道重さんの黒目がゆるゆると動いた。
「ほんとだよ?」
「うそ」
「ホントだってば」
「いーや、うそ」
道重さんは口を曲げて意地っ張りになっていたけど、わたしの視線に負けたようだ。
ふんっ、ってそっぽ向いた。
暗がりで消えていた女の子っぽい部分が出てきた。

きっと亀井さんと田中さんが恋の話をしていて、入れなくてわたしのところに来たんだろう。
わたしは道重さんの腕にべたーとくっついて、ほっぺにちゅーした。
「なーにー」
道重さんは変に甘い声で、さしだした口にしてきた。
そして、にたあっと笑った。
やっぱり、わたしに近いんだと思う。

「この前、無理してたでしょ?」
わたしは体をあずけてささやくと、道重さんは目を丸くさせた。
すぐに思い当たったようだけど、しらなーい、ととぼけた。
ちょっとは関係変わるかな。
道重さんとなら、わたしは変になってもいいと思った。




17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26
 
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26
 
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26
 
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:41


サッカーパンツだけ身に着けて眠るよっすぃを起こさないように
ベッドから抜け出し、紅茶を飲みながらメールをチェックした。

柴ちゃんからと、会社の人からと、ガキさんからで、
会社の人とガキさんからのメールは、今日はよっすぃは来れそうかというものだった。
私は紅茶から立ち上る渋い香りと湯気を飲み込み、それから少しまよってため息を吐いた。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:41
もう仕事しないからとよっすぃが言って、一年になる。
彼女の見極めと踏み込みは異常なくらいに正確で大胆で、
当時、みんなは、よっすぃがこんなにしたたかだったのかと驚かされた。

私は、よっすぃはもうどうでもよくなったんだと、勝手に思ってる。投げやりな気持ちと、責任感が絶妙に作用しただけだ。

わけのわからない精神疾患を診断されて休みがちになったよっすぃはなぜか、
これまで以上に必要とされた。外からというよりも、内から。

よっすぃは体調が回復してからも休みがちで、
それでも会社から切られないような間で仕事に顔を出し、
私の部屋に転がり込んできた。

もう途切れた、とさみしそうに笑って。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:41
仕事に行く前になにか食べようと冷蔵庫の中を漁っていると、よっすぃが起き上がる気配がした。
寝室からアルコールの湿った臭気が流れこんでくるような気がした。
「なに石川、仕事?」
「今日はハロモニ。よっすぃも行く?」
「ああ、どうしようかな」

よっすぃは立ち上がり、すっげーふつかよいだ、とまたベッドにしずみこんでしまった。
水ちょうだい、と毎朝紅茶しか飲まない私に懇願した。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:41
「ねえ、たまには行こうよ。せっかく起きたんだし」
中途半端な体勢でよっすぃを揺すったので、
腰に巻きついてきた腕にあっさりからめとられ、
抱きしめられるようにベッドに落ちてしまった。
「梨華ちゃんも今日はゆっくりしてようよ」

よっすぃは、ハロモニ。は出られるときだけ、ということになっている。
リリースとコンサートだけが強制で、取材とか細かな仕事は一切なし。
ハロモニ。とガッタスは気の向いたときだけ。
ガッタスは頼まれないでも勝手に来るけど。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:42
もう追い出してやる。
甘えた声で首筋にくちびるを押し当ててくるよっすぃを
跳ね除けられない自分の弱さに、うんざりしてくる。

よっすぃは、なにもかもわかっていて、こうしてくるのだ。

よっすぃにとって一番籠絡しやすいのが私で、
こんなにからだが合うというのは意外だったけど、
もうすぐ八年になるこれまでを消そうとしたくても、そんなことできるはずもない。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:42

今年は秋などなかったかのように冬が来た。
タクシーをおりると木枯らしがすっと過ぎていき、熱のこもった股間を意識させられた。

一本目の収録がいつも通りに終わり、なんとなく娘。の楽屋に顔を出した。
「なにしにきたんだよ、いしかわぁ」
美貴ちゃんは退屈そうに雑誌をめくっている。
「ちゃんとよっちゃん連れてこいよ」
「じゃあ、今度は美貴ちゃんがわたしの家に帰ってよ」

思いのほか言葉がつめたく響き、美貴ちゃんの笑顔が消えた。そして、鼻で笑う。
「やだ。めーんどくさーい」
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:42
リーダーのいないモーニング娘。で、
先頭にいるのが美貴ちゃんで、それを支えているのがガキさんだ。
美貴ちゃんもいろいろと複雑な思いを抱えているのだろうが、
きっとよっすぃが一番複雑なのだろう。

よっすぃがいなくても、モーニング娘。はなんら変わることなく活動している。
いなくてはいけない存在なのではない。
いなくなっちゃいけない存在なのだ。

モーニング娘。にとって、よっすぃとは。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:42
「あー、石川さん、どうしたんですかー?」
「いちゃダメ?」
小春ちゃんはふるふると首をふり、
よせばいいのに美貴ちゃんと同じ椅子にすわろうとからだをねじりこませる。

邪魔、とそっけなく呟かれても無視で、
そのまますわっていると、それ以上美貴ちゃんはなにも言わなかった。

楽屋を見わたすと、さゆが一生懸命愛ちゃんになにか伝えようとしているだけだ。
新メンバーの子は、別コーナーの収録が入っているのを思い出した。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:42
小春ちゃんに肩を叩かれた。
「石川さん、今日遊びに行っていいですか?」
「なんで?」
反射的に聞き返してしまった。小春ちゃんは笑顔のまま首をかしげる。

よっちゃんに会いたいんだよ、無理な体勢で雑誌をめくる美貴ちゃんが言った。
「そうです、吉澤さんに会いたいんです」
「せめてさー、石川さんの家がどんななのかなー、とか言えない?」
「それももちろんそうです。石川さんの家が見たいんです」
小春ちゃんが美貴ちゃんの膝ではねる。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:42
「毎週ライブで会ってんじゃん。つーか重い、シゲさんとこ行けよオマエ」
「でも先週はコンサートなかったから、けっこう会ってないですよぉ」
家でのよっすぃを見せてもいいものなのかどうか少し迷った。
「今日の仕事これだけ? なら、終わったら迎えにくるよ」

美貴ちゃんが、べつにいいんじゃないみたいな顔をしていたから、小春ちゃんを誘った。
たまに外で会ったりするようになったらしい。くわしいことは知らない。

私はどこか他人事なのだ。なにもかも、自分のことも。

30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:43

帰りの道すがら、小春ちゃんはクサクサしている私が申し訳なくなるくらい、
純粋な思いからだろう、よっすぃの今のことを聞いてきた。

私としては、答えられることはほとんどない。
食べることと、寝ること。それ以外よっすぃとはなにも共有していないような気がするし、
普段なにしてるかなんてほとんど知らない。
むしろ、少なくはなってるけど一緒に仕事をしている小春ちゃんのほうが、
ずっとよっすぃのことを知ってるのではないか。

聞かれたことにてきとうに答えていると、全身がじっとり濡れたような気がした。
今朝の首筋を這うよっすぃのくちびるの感触が生々しく蘇ってきて。
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:43

別れちゃえばいいじゃん、この前飯田さんにそう言われた。
それはもう完全に冗談の部類だったったけれど、笑い飛ばせなかった。

私とよっすぃは恋人同士じゃない。同期なだけだ。
ただそれだけの関係が、これほどまでに私を圧迫している。

ののは、最近になって言い出した。
あいぼんが帰ってくるまでもう少しだから、もっと頑張らないと、と。

最近になったから言えることなんだろう。
加護が二十歳を過ぎた現実がどうなるのか、怖くて私には聞けないけど、
どっちにしてもののは不幸になりそうな気がする。

かといって、私ができることは、見当たらない。
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:43

家に帰ると、よっすぃがお鍋の準備をして待っていた。
一ヶ月に一度あるかないか、だ。
私の不機嫌を敏感に察して、よっすぃはヒモみたいなことをする。
きっとお風呂もピカピカになって、沸いているんだろう。

小春ちゃんがわーって叫んでよっすぃに飛びついた。
「すごーい。小春のために準備してくれたんですか?」
「当たり前だろ。小春が来るってわかってなきゃ、こんな準備しないって」
他愛のないやりとりだというのはわかってるけど、感情がそれを許さない。

「こうやってプライベートで会うと、前とあんま変わんないな」
「そうですか?」
「仕事で会うと、もうちょっと、なんだろうな、まあいいや」
「小春、この一年ですっごく変わりましたよ?」
そう言って、べたぁっとからだをすり寄せた。
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:44
 
私はリビングまで行かず、浴室にこもった。

よっすぃの嬉しそうな顔を久しぶりに見た気がする。
私がつまらない顔ばかりしていたからなのだろうか。

私が出がけに渡した一万円がお鍋の材料になったのに。
よっすぃはまだ家にお金を入れてるから、しょうがないとわかって渡したのに。

この一年間と考えると、そう気が重くなったりはしない。
もうすぐ八年になる関係の今でもない。私が生きてきた集大成の、今だ。
それはどんどん変化して、これからも続いていくんだろう。

悔しいと思うなら泣けばいいのに、と自分でも思うけど、
きっと悔しいんじゃなくてみじめだと思ってるから泣けないんだとシャワーを顔に当てた。

いつまで続いていくんだろう。
そして、私は、どんなタイミングで浴室を出て行くのだろうか。
よっすぃが出てくるまでのような気がしているけれど、そうじゃないと思いたい。



34 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:44
 
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:44
 
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:44
 
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/10(金) 02:44
 

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