32 くじら
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:41
- 32 くじら
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:42
- 「くじらってさー。」
「は?」
いつも愛ちゃんは唐突に話し始める。
それは愛ちゃんの頭の中では考えていることに繋がりがあるのかも知れないけれど、かなり唐突に脈絡のないことが多い。
あたしは、暇じゃない時はいつも聞き流すことにしてる。
でも、今は中途半端にあいた待ち時間だったから話を聞くことにした。
とりあえず、隣に座っている愛ちゃんの顔を見た。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:42
- 「くじら?」
「そう、くじらやー。」
反応があったのがうれしいのか、愛ちゃんの目がキラリとした。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:43
- 「なぁ。くじらって、死ぬ時溺れ死ぬのかな。」
「へ?」
考えたこともないことを聞かれて思わず絶句した。
もちろんそんなあたしにかまわず、愛ちゃんは話を続ける。
「くじらって哺乳類なんよー。」
「うん。それで?」
「魚じゃないから、水の中で呼吸はできん。」
「うん。」
「くじらって、たいてい海の真ん中にいるから、浮かぶ体力がないと息ができなくなる・・・。」
「・・・」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:43
- なんかくじらの最後を思って、暗い気持ちになってきた・・・。
海の真ん中で溺れ死ぬくじら・・・。
陸は届かないほど遠く・・・。
陸に着いたとしてもくじらは陸では生きていかれないよね・・・。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:44
- でも愛ちゃんは何が楽しいのか、目をキラキラさせている。
口には微笑が。
そして嬉々として言い放つ。
「きっと最後は溺れ死ぬんや!」
「・・・」
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:44
- なんか、少し愛ちゃんに腹がたってきた。
人を暗くさせといて、なんかうれしそうだよね。
くじらって、歌でコミュニケーションを取るとも言われてるんだよ。
それってなんかある意味あたしらみたいなもんだよ。
なのにきっと最後は溺れ死ぬなんて。
溺れ死ぬなんて、息できないから相当苦しいじゃん。
もう。そんなこと考えさせないで欲しいよ。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:45
- まったくこっちの暗い気持ちを感じていないような愛ちゃんに、
それって明るい話じゃないよねって言う意味を込めて話した。
「ねぇ愛ちゃん。」
「んん?」
「くじらって、歌でコミュニケーション取るんだって。」
「・・・。」
「なんかさー。あたしらみたいじゃない?
みんなに歌を聞かせてお客さんと コミュニケーションをとる、あたしらとね。
ねぇ・・・。似てるを思わない?」
「・・・。」
「溺れ死ぬってなんか可哀想だよ。」
「・・・。」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:46
- 黙っているから横をそっと盗み見ると愛ちゃんは目を伏せてた。
お、わかってくれたのかな。
なんか少し考えてるみたい。
ふと周りがざわざわし始めたのを感じて見回した途端、吉澤さんが言った。
「もうすぐだってー。みんな行くよー。」
ドアを見るともっさんがすでに出て行くところだった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:46
- いかなきゃーと愛ちゃんの方を見ると、
立ち上がりかけててちょうど横顔を見上げる形になった。
見間違いかとも思ったけど、あたしと反対側に向いていく愛ちゃんの唇ははっきりと笑みの形になっていて・・・。
「・・・きさんなら・・・・・と・・・・・・・とった。」
なんかボソッとつぶやいた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:47
- え?
聞き返したかったけど、すでに愛ちゃんはあたしからは離れていた。
聞き間違いじゃないよね・・・。
「がきさんならわかるとおもっとった」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:47
- 愛ちゃん。本当は全部分かっていて、くじらの話をしたの?
歌でコミュニケーションをとるくじら。
あたしたちに似てる。
徐々に窒息していくようなこの状況。
もしかしていつか歌も歌えなくなるんじゃないかとそんな危惧もあったりして。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:47
- ねぇ愛ちゃん、くじらが溺れ死ぬことに思い至ったのは、
あたしたちをくじらになぞらえたからじゃないの?
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:47
- すでに忘れたように重さんときゃーきゃー言っている愛ちゃんを見て思う。
いつも、突拍子もないことを言い出す愛ちゃん。
わかっているんだかいないんだか、賢いんだかばかなんだか。
でも周りの空気が読めないこの人のなんだか鋭く思われるところは、
あたしの愛ちゃんが好きな理由のひとつだ。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:48
- 愛ちゃん。
まあとりあえず一緒に歌っていこーよ。
いつかくじらのように歌えなくなって溺れ死ぬとしても。
それまでは一緒だからさー。
不安に思ってるのかいないのかよくわかんないけどさ。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:48
- そんなことを思いながら、「でーい」と声を出して重さんと愛ちゃんの間に割り込んだ。
重さんはあんまり顔に出さないけど、ちょっと不満そうだ。
愛ちゃんは鼻にしわを寄せて満面の笑み。
二人と腕を組んで引っ張っていく。
「もー遊んでないでいくよー。」
「はいはい。」
「愛ちゃん、はいは一回でいいから。」
「はい。」
なぜか重さんが答えた。
なんだかそれがおかしくて笑い出すと、二人ともつられて笑い出した。
「そこ。急いでー。」
吉澤さんが呼びに来た。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:49
- 愛ちゃんがいて、みんながいて。
変わらない日常がそこにあった。
大切にしていきたい日常がそこにあった。
いつまで続くか分からない。
だけど。
でも。
だからこそ。
忘れられない自分の一部になるくらいめいっぱい楽しんでいこう。
そう思えた。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:52
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- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:52
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- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:52
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- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 23:53
- 終
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