28 はだかの王様の逡巡

1 名前:28 はだかの王様の逡巡 投稿日:2006/03/12(日) 01:53
28 はだかの王様の逡巡
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 01:54
みんなより遅れて楽屋に入るとサルがいた。
少し小柄な華奢なやつで、毛並みが恐ろしく良い。
テーブルの上にしゃがみこんで、差し入れのバナナをおいしそうにほおばっている。
私はわけがわからなくて他のメンバーに目を遣るも、みんなちらりと私の方を見ただけですぐに下を向いてしまった。
楽屋をよくよく見渡してみると愛ちゃんがいないことに気づく。まさか、と私はもう一度メンバーの様子を窺うが、みんな絶対に目を上げようとしない。
触れてはいけないことなのかもしれない。私は手近の椅子に腰掛けると、何も言わずに携帯の画面に目を落とした。


どこからどう見てもサルだ。
あまりにも気になるので、ちらちらとテーブルの上のあれを盗み見るのだが、やはり私にはサルにしか見えない。
しかし、この変な沈黙を破る勇気もなく、私はただ黙々と観察を続けるだけだった。

静かに雑誌をめくっていたかと思うと、いきなり外の景色に興味を持ち、そして脈絡もなく奇声を上げる。

その行動に私の確信は次第に揺らいでゆく。
どこからどう見てもサルなのに、困ったことにさも愛ちゃんのように振舞うのだ。私はいよいよわからなくなった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 01:55
「ちょっと、こんこん」

ひとりで悶々としていると、隣に座っていた麻琴が私の肩を突つき小さな声で話し掛けてきた。

「今日の愛ちゃんさ、なんか、こう……変じゃない?」

変も何もと思ったが、私はとりあえず無言で頷いた。
とうとう核心に触れた会話に他のみんなもそれとなく私たちの周りに集まってくる。

「やっぱ変だよね」
「私もずっと思ってたんだけど」
「来た時からあの調子で」
「全然喋らないし」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 01:56
みんな口々に喋り出すが、肝心のところは避けて通るので話はなかなか前に進まない。
わかったことといえば、私以外のみんながあれをどちらかと言うと愛ちゃんとして認識しているということくらいだ。
サルに見えるのは、私だけなんだろうか。テーブルの上を跳ね回るその姿をまじまじと見つめる。
そう言われると、目つきなんかが愛ちゃんに似てる気がしないでもない。
それにみんながあれを愛ちゃんだと言うんだから―――いや。私は首を振った。
私は自分の意見や感情をつい呑み込んでしまう傾向がある。自分の意見が言えない。それはこの世界では致命的だ。
吉澤さんに指摘されて以来、機会があれば直そう直そうと努めている。今こそそのときなのかもしれない。
散々考えあぐねた末、私は思い切って口を開いた。

「あれ、サルだよね」

みんなが「あ」という顔で一斉にこちらを見る。
探り合うような空気が漂う中、私はひとりひとりの顔を順番に見回してゆく。
そのまま言葉を継ごうとした瞬間、突然上がった「ウキー!」という絶叫に私の言葉はかき消されてしまった。
全員の視線が声の主に注がれる。
見ると、あのサルがテーブルの上で地団太を踏んでいる。その衝撃でお菓子やら紙コップやらがそこらじゅうに散乱する。
楽屋は騒然となった。

「…怒ったんじゃない?」
「こんちゃんの声、聞こえたんだよ」
「よく自分で似てるって言うのに」
「ほら、やっぱ人に言われるとさ」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 01:57
あれよあれよという間に私はすっかり悪者になってしまった。
私の話はもう誰も聞いてはくれなくて、自分の意見にだんだんと自信がなくなってゆく。
迅速な話し合いの結果、私はきちんと愛ちゃんに謝るべきだ、という結論に達してしまった。
全員の顔がまた一斉にこちらを向く。みんなの笑顔が異常に優しい。

「大丈夫。上手く仲直りできなくても、ちゃんと後でフォローしてあげるから」

吉澤さんはそう言って、私の背中を力強く押す。私はもうされるがままで、ふらふらとテーブルの前まで歩み寄った。
彼女はさっきよりは随分落ち着いた様子で、テーブルの上に散らばったお菓子に興味深々だ。
ああ、だめだ。どう見てもなんか、けものっぽい。
不安になって振り返ると、吉澤さんが最高に爽やかな笑顔で「がんばれ」と言う。
やっぱり私、だまされてるんじゃないだろうか。
ぼりぼりとお尻を掻く愛ちゃんに頭を下げながら、私はつくづくそう思った。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 01:57
 
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 01:57
 
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 01:58
 

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