26 Red Towel Story

1 名前:26 Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:28
26 Red Towel Story
2 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:29
愛ちゃんに影響されて、あたしまで赤いタオルなしでは眠れなくなってしまった。

これは非常に由々しき問題で、だけど誰にもわかってもらうことはできない。ジレンマだ。
はじめあたしは、何事も一人ではつまらないから、どうにかして誰かとこの感覚を
分かち合えないものかと考えた。
変人だと思われちゃマズいから、何か間接的にいい方法はないものかと。
けれど今はもう、諦めることにした。そんな本末転倒にはさようならなのだ。

大事なのは、共感よりもむしろ末永く楽しむこと。
あたしと同じ道を、あたしよりも早くたどった愛ちゃんもかつて、そう考えたんだと思う。
だから具体的なことを誰にも言わなかった。
みんな存在は知っているけど、見たことのないタオル。
手にした時にはすごく驚いた。とてもキレイで、眠りを誘うような、見事な手触りだったから。

あたしがそれを知ることができたのは偶然で、彼女の誘いがきっかけだった。
オフ前日の仕事終わり、愛ちゃんはあたしに声をかけてきた。
「絵里、明日時間あったら、一緒に買い物行かん?」
3 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:30



4 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:31
真実を言わないことは、嘘を言うのと同じことである。
かつてその言葉を残した人は誰だっただろう。
知らない。だから思い出せるわけもないのに、あたしはついついそんなことに頭を巡らせていた。
「あ、あの、愛ちゃん?」
「んー?」
あたしにそんなことを思わせた当の本人は、まるでこっちに顔を向けない。
向けないまま真剣に、一つ一つ手に取り、品定めをしていた。まるで某番組の骨董品の鑑定士みたいに。
少なくとも本人はそれくらい本気で、目的のものを探しているようだった。

「買い物……って言ったよね?」
「うん、買いもーん」
「そう言われたら普通、洋服とかバッグとか、そういうのを想像すると思うんだけど……」
そう? と相変わらず彼女はあたしを見向きもしない。
「でも楽しいやろ?」
「楽しい……か、どうかは置いといて」
「置いとかんでも、楽しいやろ?」
「まあ、何ていうか、こんなところがあるんだって、驚きはしました……けどぉ」
5 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:33
タオル専門店とも呼べそうな空間だった。実際にはタオルだけではなく、カーテン、
枕カバー、着物に風呂敷まで、ありとあらゆる布製品を扱っているお店で、何と三階
のワンフロア、丸々を使って展示と販売がなされていた。
店員もキチッとした制服にスーツ。身のこなしといい笑顔といい、ものすごく洗練されてる。
そんな本格的な雰囲気にもビックリしたけど、それなりに人が入っていることには、もっと驚いた。
やっぱり世の中には色んな人がいる。
だってたとえば、隣の先輩なんか、陶酔した様子で商品を選んでるんだから。
まあ、そんな人は他には見当たらないけど、需要という点ではかなりあるらしい。

「ああ、これなんか結構ええかも」
その先輩は、お客さんとしてのモラルがあまりないようだ。
手触りをパスすると、続いては肌触りに移った。
つまりは頭なんかを乗せてみたりして、首に巻いてみたりする。
油断したら、涎を垂らしてみたりしそうな勢い。
そして様子から察するに、そこからがまた関門みたいだった。
確かめるのに五秒くらい、頬に当てたまま目をつむって身動きを止めるのだけれど、
どれもこれもお気に召さないらしく、目を見開くと同時に戻されてしまうのだ。
首を捻りながら、いけない点を、時には文句でも言うようにして。
そんな時、あたしは店員さんの視線が怖くてたまらない。
6 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:33
例のタオルの話は、何度も聞いたことがあった。
愛ちゃんの話題にヴァリエーションは乏しいのだ。
そして、しゃべるのもあまり得意じゃないせいか、要領を得ない場合が度々あった。
そういうふうに行きつ戻りつ、明らかになった全容は、こんな感じだった。

それは、おばあちゃんに貰った赤いタオルであること。
それは、生まれ故郷の福井を出る時に持ってきて、今ではそれなしでは眠れないこと。
それは、匂いが大事であること。
匂いが大事ではあるけど、性格上洗濯はきちんとして、同時に触り心地や「それであること」が大切であること。

ここまで思い出して、あたしはちょっとだけおかしいな、と思った。
「ねえ、あの、寝る時に使うタオルを探してるんですよね?」
「まあね」
「それって、おばあちゃんの?」
質問が意味不明になってしまったけど、なってしまったせいか、愛ちゃんはようやく
あたしを見た。きょとんとしたような顔だった。
「そう、使ってたね、おばあの」
「おばあ」
7 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:34
響きが面白くて笑うと、彼女も一緒になって笑い始める。
おばあおばあ。まるで赤ちゃんが泣くみたいにくり返して、それから、「あれ、おば
あってなまってる?」なんて言う。
別になまってはないですけど。答えようにも笑いすぎて涙が出てきて、声がつまった
のと言葉につまったのでもう何だかわからなくなって、どうにもならなくなって、ど
うでもよくなって、あたしたちはとにかく笑った。
店員さんの視線や、新たに投入された咳払いは怖くてたまらなかったけど、気に留め
てられない状況っていうのもあるのだ。
「使いすぎて、洗濯しすぎてもーた」
だから愛ちゃんが答えた時、あたしはすでに、質問が何だったかを思い出すのに時間がかかる有様だった。
「そんなにボロボロになったんですか」
「うん、あっちこっち破れてきたし、色も褪せてきちゃったし」
「えでも、おばあちゃん、じゃなくて、うふ、おばあのじゃなくてもいいんですか?」
「もう無理やから。だからここはスッパリ、新しく代わりを見つけることにした。
それに、実はタオル自体は何でもええんやよ」
「色も?」
「まあね。ああ、でも、本当は赤じゃないとダメなんやけど……」
8 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:35
どっちつかずのその言葉は本当だったらしく、愛ちゃんは最終的に、白いタオルを選
んでレジに持っていった。前のは赤だったらしいから、見た目に共通なところはなさそうだ。
やっぱりあれだけ大事に調べていた肌触りが重要らしくて、触らしてもらったらなる
ほどその理由がわかるような気がした。
あたしは心のうちで、今度布製品が入り用になったならば、ここで買おうと決めていたのだった。

もっともその時には、愛ちゃんのように何時間もかけたりはしないだろうけれども。
9 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:37



10 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:38
外に出たらすっかり夕方で、「家、ここから近いから」と歩かされて一時間。
愛ちゃんの自宅マンションに着く頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。

芸能人には二パターンいる。顔がバレても構わないという人と、頑ななまでにそれを嫌う人。
愛ちゃんが極端な後者だと知ったのは、そこでのことだった。
特に住んでいる場所周辺では念入りになった。
話したらバレるから、と会話が禁止になり、かぶっていた帽子は、あたしまで目深にさせられた。
マンションは裏口から入り、非常階段を使う気の行き届き方。
ようやく彼女に部屋に入った時には、精神的にも肉体的にもクタクタになってしまった。
「もー、足パンッパン」
「あれっ、でもそれ、元からやろ?」
彼女は、一番言われたくないことを、一番言われたくないタイミングで言う。
冗談のつもりだとわかっていても、すねてもたくもなるのだ。
「違うもん。こうなったのも愛ちゃんのせいだもん」
「そーやって人のせいにするー」
言いながら、子供にするみたいに頭をクシャクシャにされた。
「まるであたしが散々絵里を連れまわしたみたいやろぉ、それじゃあ」
「えへへ。だってそうじゃん」
11 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:39
それからおわびに夜ごはん作ってあげるから、という申し出に飛びついたあたしは、お
わびが冷凍食品だったことを知る。
不平は漏らしながらも、あたしも料理できないので、あまり強く言えない。
二人で並んで電子レンジが暖めたものを平らげ、二人で並んで後片づけをした。
愛ちゃんが洗い、あたしがすすぐ。
何だか昼間の「おばあ」みたいなくだらないことを言い合い、笑い続けていた気がする。
その頃にはあたしは勝手に泊まっていく気になっていて、愛ちゃんも誘ってくれた。
今の時代、何処にだってコンビニはある。
だから必要なものはいつでも買い揃えることができるのだ。
12 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:39
一息ついて、二人でテレビを見ていた時だった。
「あっ、そろそろコンビニ行こうかな」
あたしが言うと、愛ちゃんは驚いた顔をした。
「何で」
「だって、泊まるなら色々買わないと」
「色々って何」
「歯ブラシとか……」
「それだったらうちに新品あるから、それ使えばええよ」
引き止める口調が案外強かったので、あたしは彼女を見つめた。彼女もあたしを見つめていた。
次に何がくるのか、身構えているような視線だった。
「でも、ほら、お菓子とかジュースとかあったほうがいいじゃないですかぁ」
しばらくそのままで、テレビの中で誰かが大声で笑い出した時、ようやく愛ちゃんは
肩をすくめるようにして息を吐いた。
「まあ、そこまで言うんやったら止めんけど」
顔はテレビのほうへ戻り、今度は画面上の誰かと一緒になって笑った。
彼女がおかしなのはいつものことである。
だから特別気に留めるのはやめにして、サイフを確認して立ち上がった。
13 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:40
「あ、そうだ絵里」
「何? ついでに買うものでもあるぅ?」
「そうやなくて」
彼女もソファから腰を上げて、テレビは誰もいない空間にしゃべり続ける。
「あ、一緒に行く?」
尋ねてみたけど、愛ちゃんは首を横に振って、寝室に向かった。
手招きをされたので追いかけると、そこには大きめのベッドがあって、他には何もない部屋だった。
ただ何故か、ピンクを基調とした色鮮やかな花瓶が隅に置いてあって、ベッドカバー
も枕も壁も白一色の部屋の中で、それは浮き上がっているように見えた。
「どうして、タオル買うのに絵里を誘ったかわかる?」
彼女がベッドに大の字になったので、あたしもそれに倣う。天井まで白だ。
「ええっとぉ、絵里がキャワいいから?」
「ぶっぶー。全然違いまーす。大間違いー」
「ひっどーい!」
14 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:41
あたしをからかうのに満足したのか、愛ちゃんはシーツに背中を引きづったまま、枕と
は逆の、足を向ける側へと移動してきた。
それは、あたしのいるほうだった。少しずつ距離が近くなり、目の位置が同じところまで来る。
そしておもむろに、あたしは頭を胸に押しつけるようにして抱きしめられたのだった。
「えっ、ちょ、ちょっと愛ちゃん?」
「なーに」
「いや、あの、なーにじゃなくて……」
「こうしてちゃダメ?」
「え、ええーっと、別にいいですけど、え、どうなってるんだろう」
あたしの慌てぶりを笑っているような身体の揺れを感じた。
あたしのシドロモドロは続き、落ち着きかけた頃、抱きしめられたままで顔も見えない愛ちゃんは言う。
「最近……あんまり寝れんのよ、実は」
「ええ、でも、はい」
「おかしく感じる?」

どこが変だったのかわからずに、あたしは「はい、何か」と答えた。
それもそうやろね。彼女の声がして、続いた言葉は「絵里はバスで見てるから」というものだった。
15 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:42
あたしは思い当たる。少し前、長距離移動のバスの中で、愛ちゃんと隣の席になったのだ。
それは偶然だったけど、偶然はあたしたちにちょっとした親近感をもたらした。
というのは、お互いにもたれるようにして眠ったからかもしれない。
バスが動き出してすぐ、愛ちゃんの頭があたしの身体にもたれかかり、すぐにあたしも
睡眠の世界へと落ちていった。
それはとても心地のいい時間だった。
彼女にしても、もしかしたらそうだったのかもしれないなと、何となく思う。
あれから愛ちゃんは何かにつけてあたしの傍に来るようになって、あたしももちろん、それが嫌じゃない。

「やっぱり絵里の匂い、眠くなるわぁ」
何となく嬉しかったけど、こういう妙な褒め言葉には文句を言わなくちゃいけない気がした。
きっと現代っ子のルールだ。
「人をお香みたいに言わないでください」
「絵里は線香の匂いがするー」
「するはずないじゃないですかぁ。それに、愛ちゃんからだって、お線香の匂いするもん」
彼女の腕がするりと解かれる。
「それって……?」
「絵里も、愛ちゃんの匂いを嗅いでると、眠くなるってことです」
共感にも驚きにも似た目つきが、あたしをなぞる。悲しそうでもあった。
それが通り過ぎると、ねえ、絵里。愛ちゃんは言った。
「おばあのタオル、見てみたくない?」
「そういえば。あるんですか?」
「もちろん。いくら使えなくなったからって、捨てたりはできんやろ」
16 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:42
そこまできちんとした意味をもって発したわけじゃない。
妙なところに生真面目なのもいつものことだった。
いつも。いつもっていうのはいったい、どこを基準としていつもなんだろう。
初対面の時? そうだとしたらいつも通り。
それよりも前から考えなくちゃいけないとしたら、あたしには窺い知るすべはない。

愛ちゃんは立ち上がり、クローゼットを指差した。壁に埋め込まれたクローゼット。
今まで気がつかなかったけど、そこだけ白い中に、換気の横線が引かれていた。
いったん手前に引き、左右に押して開けるタイプのドアだ。
「そこの、一番下にあるから」
促されるままにドアを開き、目をやると、中に小さなタンスのようなものが置かれていた。
吊るさった衣服の裾との間隔は、こすりそうな程度しかない。
「これ?」
タンスを指差すと、愛ちゃんがうなずく。
「うん、一番下の段」
「何だか、楽しみだなぁ。何が出るかな、何が出るかな」
軽口を利きながら引くと、はたしてそこにタオルはあった。
愛ちゃんが言っていた通り、ボロボロで、あっちこっちに穴が開いてしまっているのが見て取れた。
だけどどうにか丁寧に畳まれているのが、やっぱり込められた思いの深さを感じさせる。
17 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:43
手に取った瞬間、あたしは硬さが気になった。
疑問を浮かべたまま引っ張り出し、明るいところで見てみると、今度は色が気になった。
これは赤というより、黒に近い。
「それがおばあ。実は東京に出てくるの不安でさ、おばあも一緒に連れて行きたいと思ったんよ。
おばあの匂い嗅いでると安心するし、その色見てると傍にいるんだって実感できるし」
そうだ。これはまるで血の色だ。
こんなに浸り切ったようなものは見たことがないけど、血のついたハンカチなんかが、
どんなふうに変色するかは目にしたことがある。
だいぶ時間が経っているようだけど、これはそうに違いなかった。
「最近、眠れんのよ。だからおばあの時みたいに」
その言葉に振り返る。愛ちゃんは、浮き上がった色をした花瓶を振りかぶっていた。
「……タオル、赤くせんと」
18 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:44



19 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:45
我にかえった時には、愛ちゃんは動かなくなっていた。
そして、あたしの手には奪い取った花瓶が、取っ手だけになってあった。

それからのあたしの行動は迅速だった。
愛ちゃんが買ったタオルを使い、返り血や指紋を拭い、証拠になりそうなものを全部ふき取った。
その作業を終える頃には、白かったタオルは愛ちゃんのおばあのやつが昔、そうだった
であろう赤に染まっていて、愛ちゃんがタオルをおばあと呼んだみたいに、タオルは愛
ちゃんになっていた。
だからあたしは、それをその場に捨ててくることが、どうしてもできなかった。
人に見られないように注意しながら、カバンに詰め込んだまま家に帰った。
20 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:45
あたしは結局、愛ちゃんに助けられたのだ。
あんなことがあっても愛ちゃんは先輩で、それはいつまでも変わらない。ずっと、変わらない。
彼女が細心の注意を払って、あたしと一緒にいるところを見られないようにしたから、
あたしは疑われることがなかった。
事件は鉢合わせた物取りの仕業になり、ストーカーの仕業になり、謎の教団やUFOの仕業になった。

直後はショックで眠れなくなってしまったあたしも、愛ちゃんが傍にいてくれた
おかげで、何とか乗り越えることができた。
匂いはもちろん、愛ちゃんはとてもキレイで、眠りを誘うような、見事な手触りだったから。
21 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:46
だけど今、愛ちゃんのタオルもまた、ボロボロになってきている。
どうしようかと悩み、最後には我慢できないことを、あたしは知っていた。
ちょうど、メンバーの中に見つけたこともあった。
あたしを眠りに誘う、優しい匂いのした娘を、偶然にも。
色々と不安はあるけど、きっと大丈夫だと思えた。手本を見たことがあった。
あたしは目を閉じ、親愛なる先輩である彼女に思いを馳せる。

やり方なら愛ちゃんに、教えてもらったから。
22 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:47



23 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:47



24 名前:Red Towel Story 投稿日:2006/03/10(金) 06:49




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