21 天文学

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:50
21 天文学
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:51
愛ちゃんは寝返りをうち、もぞもぞしてはまた寝返りをうちました。
明日も仕事だし早く寝よう、早く寝ないと明日起きれなくなっちまう、
そう思って寝よう寝ようとするのですが、意識すればするほど、
なんだか頭がはっきりくっきりしてくるようです。
ふいに亜弥ちゃんのニャハハ笑いが頭をよぎったりするのです。
愛ちゃんはため息を一つつくとベッドから半身を起こし、
枕元の明かりをつけて時計を見ました。
時計の針はとうに午前2時を回り、間も無く3時になろうとしています。
耳をすますと台所に置いてある冷蔵庫がウーンと唸る音が耳障りです。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:51
愛ちゃんは小声で「もういいや」と呟くとベッドから下り、
台所で熱いコーヒーを入れてからベッドに腰掛けました。
それからこの朝までの持て余した時間をどうしようか考えました。
やっぱり少しでも寝といた方がいいんやろか、でも寝坊するのは困るし、
なんてことを考えているともう時計の針は3時を回っています。
折角入れた熱いコーヒーも、まだあまり口を付けないのにぬるくなってしまいました。
愛ちゃんはそのコーヒーを不味そうに啜りながら、少しでも寝るべきか、
それとも寝坊を防ぐためにこのまま起きているかということをまだ考えています。
その二つの選択はどちらも大きなメリットとデメリットを抱えているので、
愛ちゃんはどうしても、どちらを選び取るかの決心がつかないのです。

こんな夜は、愛ちゃんにとって別に初めてのことでも何でもありません。
以前にも何度かこのように眠れない夜があり、愛ちゃんはその度に、
何としても寝るべきかそのまま起きているべきかということを悩みましたが、
ええいもう寝坊でもどうにでもなれという気持ちで寝てしまうのが通例なのでした。
そして悩んだ割にはあっさりと、寝坊することなく目覚めるのも、これまた通例なのでした。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:52
しかし、今夜の愛ちゃんは殊更悩みます。何故なのでしょうか?
それは愛ちゃん自身もよくわかりませんでした。
明日の仕事がこれまでと違って特別な仕事であるということはありませんし、
それゆえに緊張して眠れないということもありません。
ただ昨日の亜弥ちゃんとの会話が愛ちゃんの頭の隅っこの方でひっかかって、
それが激しく自己主張しているのが、自分の安らかな睡眠を妨げているとは、
愛ちゃん自身はまるで思いもよりません。
だから愛ちゃんはいつまでも、ぬるいコーヒーを啜っては薄暗闇に目を凝らして、
眠ろうかなそれともこのまま朝まで起きていようかななんて考え込んでいるのです。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:52
昨日、亜弥ちゃんは鼻の穴をピクピクさせて「愛ちゃんはさあ、自分の名前の由来知ってる?」
と愛ちゃんに尋ねました。その鼻の穴のピクピク加減が少し誇らしそうだったので、
愛ちゃんはなんだかちょっと嫌な気持ちがしました。

「知らない」
「えー、知らないのー?ホントにー?」
「うん知らない」
「私の名前の由来はね」
「うん」
「当て字、なんだよ」

亜弥ちゃんはまた鼻をピクピクとさせました。
愛ちゃんはよく意味が分からなかったので「あてじ?」と訊き返します。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:53
「うんそう当て字、私の名前に、意味はねえ、無いの」

亜弥ちゃんが眉毛を少しハの字にするのを見て、
愛ちゃんはさっき自分が亜弥ちゃんに対して嫌な気持ちを抱いたことが
なんだか酷く申し訳無いような気持ちがしました。
亜弥ちゃんの鼻のピクピクは別に誇らしいからピクピクしていたのではなくて、
単に呼吸の必要性と外形上の特質から、そうピクピクしていただけだったのです。

愛ちゃんは場を取り繕うように「なんで?」と尻下がりに尋ねました。

「なんでって言っても、無いものは無いんだよ、私自分で調べたんだから、漢和辞典で、
 亜とか弥なんて字には、別にこれっぽっちも意味なんて無いんだよ、当て字なの、私の名前」

亜弥ちゃんはいつものニャハハ笑いではなく、ンフフと鼻で笑いました。そして続けます。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:53
「愛ちゃんはさあいいよね、『愛』ってね、これ以上無い名前だよね」

ここに来て愛ちゃんは先ほどの亜弥ちゃんの鼻のピクピクについて、
更なる解釈の変更を迫られました。極端に言うと「嫉妬」穏当に言うと「憧れ」
そのような解釈がしっくりくるような感じがしました。

愛ちゃんは「そんなことないよ」とさらっと亜弥ちゃんの感情を受け流すと、
亜弥ちゃんが身に着けていた腕時計を誉めました。亜弥ちゃんは少し不満気でしたが、
愛ちゃんがとぼけた事ばかり言うので、終いにはいつものようにニャハハと笑いました。
愛ちゃんもニャハハに合わせてアハハと笑いましたが、なんだかその時の亜弥ちゃんの顔が、
妙に頭の中、海馬のでっぱりに引っかかって、しかもそれが強靭に絡まっていたのです。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:53
そしてまたお話は現在の愛ちゃんに戻ります。
愛ちゃんが冷め切ったコーヒーを流しに捨てた時、丁度時計の針は4時を回るところでした。
コーヒーを捨てながら、愛ちゃんは通例に反して、今日はもうこのまま起きておこうと決心したのです。
流しに流れて行く黒々としたコーヒーの運命に何か感じ入るところがあったのかも知れません。
誰からも知覚されず認識されない存在に、一抹の寂しさを感じたのかも知れません。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:54
愛ちゃんは毛布に包まってベランダに出ました。
午前4時のベランダから見える光景と冷たい空気は、
左右から均等な力で引っ張られた一本の髪の毛のようです。
愛ちゃんの見上げる先には無数の星がありました。
本当に星の数ほど星があるのです。
愛ちゃんはぼんやりと、首が痛くなるほどそれを見上げていました。
じっと見つめているとそれぞれの星にそれぞれの表情があることに気がつきます。
視界の真ん中で小さいながらも若々しく輝いている星は、
なんだか生まれ立ての星のような気がしました。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:54
愛ちゃんはその若々しい星に、衝動的に「小春」という名前を付けました。
その星の隣でちょっと威張り散らすように輝いている星に「美貴」と名前を付けました。
そのようにして名前をつけて行くと、星空が一つの社会となり、星と星とが関係し合い、
お互いにへらず口を叩き合ったり、喧嘩していたり、仲睦まじげであったり、
するような気がしてくるから不思議です。愛ちゃんはどんどん面白くなって来て、
首が痛いのも気にせずに星に名前を付けることを止めませんでした。
終いには、少し青白く不健康そうに光っている星に「愛」と名前を付けて、
隣のオレンジがかった「里沙」との空中散歩を楽しみ始める始末です。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:55
そうこうしている内に夜が明けて行きます。
白々と明けて行く夜空に、愛ちゃんは眠気よりもまず寂しさを感じざるを得ませんでした。
愛ちゃんは名残惜しそうに、「小春」や「美貴」や「ひとみ」や「里沙」や「愛」の消えて行く
様子をじっと眺めていましたが、徐々に光を弱めて行く星の中で、一際爛々と輝く星があることに
気がつきました。そしてその星に、愛ちゃんはまだ名前を付けていませんでしたから、
その星をしっかりと見据えると、どの星よりも力強く「亜弥」と名前を付けました。

それからしばらく「亜弥」の行く末を眺めていた愛ちゃんでしたが、
ますます光を強める「亜弥」になんだか目がチカチカして痛くなってきたので、
目を瞑ってよろよろとベッドに戻ると、そのまま倒れ込んですやすやと寝入ってしまいました。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:55
もちろんその日、愛ちゃんは寝坊しました。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:57
おしまい
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:57
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:57
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/09(木) 05:57

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