17 終わりの季節

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 03:23

17 終わりの季節
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:06
某私立中学校の昼休み。
二人の生徒が机を向かい合わせて、昼ごはんを食べていた。

「さゆさぁ、高橋愛っていう名前聞いて、どんな人を想像する?」

そんなわけのわからない質問を投げかけたのはこの物語の主人公、亀井絵里である。

「ええと、意味わかんないんだけど」

絵里の質問をよそに、必死になって弁当を頬張っているのは道重さゆみだった。
二人は、他の生徒からは大の仲良しとして知られていたのだが、実際のところ、学校の外
ではあまり遊んだことがないような微妙な関係を築いていた。なぜか、それは絵里自身に
もわからない。今まで三年間一緒に過ごしてきたが、絵里は道重と深い関係になるのをそ
れとなしに拒んできたのだ。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:08
そのことを道重はずっと昔に気づいていたのだが、絵里に何らかの事情があると思って今
まで気づかないふりをしていた。干渉しようとすれば愛想笑いをしてその場をごまかす。
他の生徒が絵里の付き合いの悪さについて、過去に何度かさりげなく聞いたことがあるが、
そのたびに絵里は愛想笑いをしてごまかしてきたのだった。

「なんかね、お母さんの友達の子ども?だったかなぁ、その高橋愛さんがね、私の家に下
 宿することになったらしいんだよね。ほら、この前言ったじゃん。お兄ちゃんが留学し
 てさ、部屋が一つ空いたって」
「そんなん言ってたっけ」

実際、絵里は道重にそのことを言っていたのか定かではなかったのだが、この際どうでも
よかった。高橋愛。写真も何もない。わかっているのは東京の大学に合格し、高校を卒業
した後、絵里の家に下宿生としてやってくるということだけだった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:09
見ず知らずの人間と不用意に一つ屋根の下で暮らさなければならない。絵里は想像するだ
けでえも言われぬ不安、焦燥感に駆られた。人付き合いは苦手じゃなかったが得意でもな
い。どちらかと言えば一人でいる時の方が楽しいし、楽だった。かと思えば知人からメー
ルが二日もこないと不安になる天邪鬼のような性格をしている。

「で、どう思う?高橋愛っていう名前」
「そんなのわかるわけないじゃん。名前だけでさぁ」

道重は絵里の話など聞き流しながら、ひたすら弁当を食べている。絵里はため息をついて
椅子に深くもたれかかった。名前を聞いただけで何かわかるはずなどないのに、なぜか衝
動的に尋ねてしまった自分に嫌気がさした。道重はものの5分で弁当を平らげると、お腹
をポンと鳴らしてこう言った。

「でも、愛って名前だったらさぁ、可愛いんじゃない?」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:11
――――


外は快晴。ぽかぽかとした陽気が気持ちいい。絵里は巻いていたマフラーを解いてカバン
の中にしまった。校門を出ると、絵里はふと振り返って校舎を見上げた。三年間律儀に通
ってきたにしては何の感慨もわいてこない。あと二日もすれば卒業式をむかえ、この学校
には特別な用事でもなければ来なくなるだろう。

あと二日で卒業。絵里はそう思うと何となく、徒歩で15分ほどしかかからない通学の道
のりを意識して歩き出した。まだまだつぼみのままひっそりしている桜並木を抜けると、
線路に突き当たる。そこを右に曲がって真っ直ぐ行けば、絵里の行きつけの古本屋があっ
た。

絵里はいつものように中に入って、文庫本コーナーでちょっとした探し物をする。昨日読
み終わったシリーズ物の続編があるか調べてみたのだが、置いていなかった。絵里にとっ
て本は友達以上に大事なものだった。本の世界にいる間は誰の機嫌も気にすることなく没
頭できる。絵里は仕方なく店外に出て、家路につく。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:12
線路沿いの道を歩いていると、携帯電話が鳴った。誰だろうとディスプレイを見てみると
見たこともないメールアドレスが表示されていた。

『亀井絵里さんはじめまして。今度の春からしばらくお世話になる高橋です。突然でびっ
 くりした?おばさんからメールアドレス教えてもらって、メールしてみたの』

突然のメールに絵里の心臓は高鳴った。メールの内容は社交辞令みたいなもので、そこか
ら高橋愛の性格をうかがい知ることはできなかった。こういう場合、なんと返せばいいの
だろうか、絵里には気のきいた文面が思い浮かばない。それよりも、勝手に自分のメール
アドレスを見ず知らずの人間に教えた母親に憤った。絵里は返信せずに携帯電話をカバン
にしまった。メールの便利なところは、都合の悪い時は見なかったことにできる点だと絵
里は思っている。

メールのせいで落ち着きがなくなった絵里は、坂道を下ったところにある児童公園のベン
チに腰を下ろした。母親の顔を見たくなくて、家に帰るのが億劫になってしまったのだ。
そして携帯電話を取り出してもう一度メールの内容を見てみた。高橋愛はきっといい人に
決まっている。お節介でもない母親が快く下宿を許可するほどなのだ。

「どうしよう・・・」
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:12
難しいことでもないのに、絵里は返信メールの文面を思いつけないで一人ごちる。道重に
相談してみようと考えたがやめた。こんなことに助言を求めるなんてバカみたいだ。顔も
わからない相手に対して、最初から親しくするような内容だときっと印象が悪い。年上な
んだし、敬語を使わないと失礼だ。でもこれから一緒に生活するのにずっと敬語を使い続
けないといけないのだろうか。絵里は携帯電話のディスプレイを見ながら悩みこんでしま
った。

『はじめまして。亀井絵里です。これからよろしくお願いします』

結局、30分ほど悩みに悩みぬいて綴った文面はこんなそっけないものになってしまった。
絵里には必要以上に人の顔色を気にしてしまう性癖がある。それは絵里がまだ幼稚園に通
っていた頃、ちょうどこの公園で起こしてしまった下らないケンカが原因だった。

「えりちゃん、それれいなのやろ!」
「ちがうよ!れいなちゃんがまちがってる」
「えりちゃんがおかしい!」
「れいなちゃんがおかしいの!」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:16
絵里が母親に買ってもらったビーズのペンダントを、幼馴染みの田中れいなが勘違いして
自分のものだと言い張った。奇しくも田中も同じペンダントを前日に買ってもらっていた
のだった。それは実際、絵里のものだったのだが、田中の勝ち気な性格もあいまって、自
分の主張を譲らない。絵里の方も自分が正しいのに、田中に謝るなんて絶対にできない。

結局その日以来、二人は仲直りすることがないまま、田中が親の都合で福岡に引っ越して
しまった。田中がいなくなると、いわれのない罪悪感が絵里の中に芽生えた。なぜなのか、
幼少の絵里にはわかるはずもなかった。

その日のことを絵里ははっきりと覚えていないし、絵里自身、他人に深く関わることを拒
むようになったのが、田中とのケンカに起因しているとも思っていない。しかしその日の
後悔は深海を彩る群青色のように、絵里の性格の一番根っこのところに深く広がって、今
も消えることがなかった。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:16
『よろしくね!私って結構ずうずうしい性格だから嫌われないか心配(笑)』

5分も経たないうちに高橋愛からメールが返ってきた。2通のメールから絵里が導いた高
橋愛の人物像は、とても明るくて人に好かれそうな人、というものだったのだが、メール
で人の何がわかるというのだろうか。実際に会ってみたら暗い人かもしれないし、寡黙な
人かもしれない。時折、絵里はメールが怖くなる。相手の顔が見えず、声が聞こえないコ
ミュニケーションは時にとんでもない誤解を生んでしまうからだ。

太陽が雲に隠れて、そこはかとなく辺りがしんと静まりかえる。冷たい風が吹いた。絵里
はカバンの中からマフラーを取って柔らかく首に巻くと、そのまま立ち上がって家路につ
いた。家に帰ったら母親に一言言ってやろうと思った。公園を出て住宅街に入るとすぐに
絵里の家は顔を出す。二階建ての瀟洒な家は、3人で暮らすにはもったいなかった。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:17
――――


翌日の昼休み。
絵里は例のごとく道重と昼ごはんを食べていた。

「そういやさ、高橋愛って人、どんな人かわかったの?」

相変わらず夢中になって弁当を食べている道重が卵焼きを頬張りつつ、絵里に話しかけた。

「わかんないけど、メールの印象だと、いい人そうかなぁ」

昨日家に帰ったあと、絵里は数回、高橋愛とメールのやりとりをした。高橋愛からのメー
ルは大体が取り留めのないもので、絵里の返したメールの内容は全て感情がないような、
平べったい無難なものだった。

「メールって、絵里からしたの?」
「ううん、高橋さんがお母さんに教えてもらったらしくて」
「だよね。絵里って自分からメールするタイプじゃないもん」

道重の何気ない一言だったが、絵里には重く響いた。

「・・・そうだね」
「はー明日で卒業かー。なんか早かったねー三年間」
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:18
道重は弁当を5分で平らげると大きく伸びをした。この三年、絵里はほとんどの昼休みを
道重とともに過ごしたのだが、この早食いは結局最後まで変わらなかったようだ。早食い
だけじゃなく、道重は何事にも前向きでリスクをいとわない快活な性格をしていた。

絵里にはそんな道重がとても魅力的に映った。絵里とは正反対の性格をしているのに、一
緒にいても気まずくなったことは一度もなかった。卒業すると、二人は別々の高校へ進学
することが決まっている。道重と昼休みにこうやって一緒に弁当を食べることはもうなく
なるのだ。

「さゆは会ったときから今まで全然変わんなかったね」
「絵里に言われたくないよ」
「お互いさま」
「そうだよ」

道重はにっこり笑って、絵里の弁当箱からウィンナーを奪い取った。絵里は、こらぁ、と
言いつつもそのまま許してしまう。どうしてそんな道重にさえ、心を開けないのか。絵里
は自分でもわからなかった。一人でいるのは好きだったが、ずっと一人だとやっていけそ
うにない。なのに、誰かとケンカするほど仲がよくなるのにはどうしても抵抗があった。

人間関係は些細なことですぐに破綻してしまう。絵里は無意識のうちにそう結論付けてい
たのだ。壊れてしまうのならば、それほど深い関係にならなければいいのだ、と。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:20
―――


その日の夜、高橋愛からまたメールが届いた。

『絵里ちゃんはいつ卒業式なの?』
『卒業式は明日です』
『そうなんだ!奇遇だね。わたしも明日卒業式なんだ〜』
『いつこっちに来る予定なんですか?』
『卒業式が終わって、卒業旅行にいって、それで帰ってきてからいろいろして・・・
 まだわかんない(笑)』

卒業旅行なんて絵里には無縁の話だった。高橋愛のメールの内容から、彼女がたくさんの
友達と楽しそうに遊んでいる姿が頭に浮かぶ。と言っても、顔もわからないのだが。メー
ルの虚しさは相手の状況が全くわからないという点からくる。このメールはもちろん自分
だけに送られてくるものだが、相手にとってはただの暇つぶしかもしれない。そんな一般
的に杞憂といっていい温度差でも絵里には抵抗があった。絵里はメールの内容をしっかり
考えて20分間隔でやっと短文を返す。一方の高橋は5分間隔で長文を送ってくる。

『楽しみに待ってます』
『うん。早く会いたいね!ねえ、そっち晴れてる?すごく月が綺麗だよ』
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:21
絵里はおもむろに部屋のカーテンを開いた。そこには綺麗な満月が夜空に大きな穴を開け
るように、ぷかぷか浮かんでいる。高橋愛も、同じ月を見上げている。たとえ顔がわから
なくて、声が聞こえなくても、たった今だけは同じ思いを共有しているんだ、と絵里は不
思議な気持ちになった。

『きれいな満月ですね』

同じ空でつながっている。それだけで高橋愛にとても親近感がわいた。そして絵里は衝動
的に道重にメールを送った。業務連絡以外で絵里が誰かにメールを送ることなど、今まで
皆無に等しかった。

『さゆ、月がきれいだよ』
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:21
―――


卒業式はたったの2時間ほどで終わった。
泣きじゃくって友達と抱き合う生徒もいれば、笑顔で友達と写真を撮っている生徒もいる。
絵里は卒業証書の入った黒い筒を後ろ手に持って、会場だった体育館から続くレンガの道
をゆっくり歩いていた。道重は絵里と親交がなかった生徒達と一緒にバカ騒ぎをしていた。

春の兆しがところどころで顔を見せ始めていた。桜のつぼみは昨日より心持ち大きくなっ
た気がする。卒業して、自分の中で何かが変わるんじゃないかと絵里はちょっと期待して
いたが、そんなことはまるでない。自分から変わろうとしなければ、いつになったって何
も変わりはしないのだろう。

一種の熱病にかかったみたいに騒ぎ合っていた生徒達もやがて落ち着き、下校する生徒が
目立ってきた。自分は変わりたいのだろうか。絵里は自問してみる。答えは出ない。ふと、
絵里はスカートのポケットに入れていた携帯電話を取り出して、道重からの返信メールを
もう一度見てみた。

『ホントだ!ちょーキレイだね!教えてくれてありがとね絵里☆』
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:22
おそらく道重にとっては特別なメールじゃない。けれど絵里にとっては掛け替えのないほ
ど嬉しい内容だった。同時に、道重と離れ離れになってしまうのが途端に現実味を帯びて
絵里に襲いかかった。喉の奥が締め付けられるように痛くなって、絵里は顔を上げた。ど
うして道重に心を開かなかったのか、どうしてもっと積極的に自分から道重とコミュニケ
ーションを取らなかったのかと今更後悔した。

「絵里」

背中から声をかけられた。道重だった。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:23
「一緒に帰ろうよ」
「うん」

二人は横に並んで歩く。普段なら絵里は道重の話の聞き役につとめるのだが、今日は自分
から積極的に声をかけようと思った。これからも。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:24
「高橋さんも、今日卒業式なんだって」
「そーなんだ。なんか春っておなか減るよね」
「意味わかんない」

絵里はくすくすと小さく笑った。愛想笑いじゃない絵里の笑顔を見るのは珍しかったので
道重は嬉しくなった。

「もう学校に来なくなるなんて、実感わかないよね」

道重とは突き当たりの線路で別れてしまう。あっという間に時間は過ぎる。絵里は言葉を
探した。けれど見つからない。瞬間、絵里は立ち止まった。

「さゆ」

絵里は勇気を出した。

「これからも、ずっと友達でいてね」
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:24
道重は真剣な表情をしている絵里に少し驚いていたが、すぐに破顔してうなずいた。

「当たり前じゃん。ていうかね、そんなこといちいち確認することじゃないよ」
「そうだよね」
「でも絵里にそう言ってもらえると嬉しいな。だって他の娘と違ってさ、絵里ってあんま
 りそういうこと言わないじゃん。だからすごい嬉しいよ」

日ごろ寡黙なぶん、絵里の言葉はそのまま歪むことなく真っ直ぐ道重に届いたようだった。

「これから、どこか遊びにいかない?」
「行こう行こう。やっと誘ってくれたかー。実はずっと待ってたんだよね。絵里から遊び
 に誘ってくれるのさ」

道重は目をそらし、はにかんでそう言った。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:25
そうやって絵里は、三年間保ち続けてきた道重との距離を嘘みたいに縮めた。しかし、ず
っと昔に形作られた絵里の性格が途端に変わったわけではない。絵里は自分の意思で変わ
ろうと思ったのだった。ただ単純に、道重と離れ離れになってしまって、一緒に昼ごはん
を食べたりすることがなくなってしまうのが嫌だった。都合よくメールが来ることもなけ
れば、一人でいるのが寂しい時にだけ誰かが相手をしてくれることもない。終わりの季節
は不意にとても大切なことを再確認させる。

「でも、どこ行こっか?」
「そうだなぁ、絵里のうちに行ってみたいな」
「散らかってるけど」
「絶対あたしの家の方が散らかってるから心配無用」

二人は言葉を紡ぎながら、並んで歩く。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:26
―――

それから一ヶ月経って、春本番も直前にまで迫ってきたころ、絵里は髪を切った。明日に
は高橋愛が家にやってくる。だから何となくの気分転換のつもりだったのだが、髪を切る
と色々なことがリセットされたような気分になった。絵里は女性が失恋して髪を切る理由
が何となくわかった気がした。

高橋愛とは毎日メールのやりとりをしていて、絵里は曲りなりにも彼女のことを説明する
ことができる。性格は明るくて優しい。ときどき見栄を張るようなことを言うけど、それ
は本人も自覚してる様子。こっちが恥ずかしくなるくらい正義感が強い。それから、自分
の意見はゆずらない。けれどちゃんと説明すれば納得してくれる。だから本来単純なのか
もしれない。なにより、どんな些細なことを相談しても親身になってくれることが絵里に
とっては嬉しかった。早く会いたくて仕方なかった。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:27
次の日、絵里は道重を誘って、一緒に駅まで高橋愛を迎えに向かった。道重は絵里の新し
い髪形を見ると笑いをこらえながら、似合ってるよ、と言った。絵里は、うるさい、と満
更でも無さそうな笑みを見せた。道重のことは、高橋愛とメールのやりとりを本格的には
じめてから今日まで、話題に出さなかったことはほとんどない。高橋愛も会いたがってい
た。

駅に着くと、人ごみを掻き分けて構内にある改札口にまで進んだ。そこで高橋愛の到着を
待つことにした。5分前に受信したメールでは、高橋愛はあと10分ほどで着くのだと言
う。

「ねえ、あたしさ、学校で言ったよね、高橋さんは可愛いって」

道重は声を弾ませてそう言った。

「言ってたね。たぶん、ていうか絶対当たってると思うよ」
「早く会いたいね」
「うん」
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:27
絵里は上手く挨拶ができるかどうか不安で仕方なかった。高橋愛は自分のことをどんな風
に思っているのだろうか。声も顔も見えないコミュニケーションは結局のところ空言のよ
うなものだと絵里は思っている。だから、早く会って本物の言葉を交わしたい。今までの
メールのやり取りを本物にしたい。もし高橋愛が自分の中の理想像と違っていたとしても、
そんなことはどうでもよかった。ただ、言葉を交わしたかった。

「あと何分くらいかな?」
「もう着くと思う」

道重は絵里よりも緊張している様子だった。それが何だかおかしくて絵里はくすくす笑う。
電車が着いたのだろうか、人の往来が途端に激しくなる。プラットホームから下ってくる
エスカレーターには人の列が隙間なく作られている。その中に一人、絵里の想像の中で出
来上がっていた高橋愛そのものを具現化したような美少女がいた。

「あの人だ」
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:29
思わずこぼれた絵里の言葉に、道重は目を凝らして人ごみを見る。絵里は目をそらさずに
その女性を見据える。メールが届いた。

『着いた!赤いジャケット着て、黒のプリーツスカートはいてるからすぐわかると思うけ
 ど・・・』

間違いなかった。絵里の心臓は途端に高鳴る。今まで一度も電話をかけたことはなかった
のだが、絵里は今初めて高橋愛の電話番号をコールした。高橋愛と思われる女性は持って
いた携帯電話を耳に当てる。

「もしもし、絵里ちゃん?」
「もしもし、あの、改札口で、さゆと二人でいます。手を振ってるのが私です」

絵里は携帯電話を耳に当てつつ、左手を大きく振った。高橋愛は最初きょろきょろとあた
りを見渡していたが、すぐに絵里を見つけたようで、二人に笑顔を見せた。電話を切る。
絵里は緊張のせいか表情が固まってしまった。道重は照れているのか、視線をうつむかせ
て、もじもじしていた。高橋愛が改札を抜けて二人の前に立った。近くで見ると、想像し
ていたよりもずっと端正で綺麗な顔立ちをしている。なにより瞳が大きくて光が溢れてい
た。絵里は、深呼吸をしてから、自然な笑顔を作った。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:30
「はじめまして。亀井絵里です。で、こっちはさゆです」
「み、道重さゆみです」

高橋愛は満面の笑みを浮かべた。

「はじめまして。高橋愛です。二人とも私が想像してた通り可愛いなぁ」

この出会いを、絵里はとても大事にしようと思った。これから出会う人全てというわけに
はいかないかもしれない。それでも絵里は、これから数え切れないほど経験するだろう、
人との出会いを、とても大事にしようと思ったのだった。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:33
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:33
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 23:33

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