13 星降駅

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:07

13 星降駅
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:08
隣は海で、隣は山で、いつも無人で、2時間に1本しか電車が来ない駅。
夜に空を見上げれば今にも降ってきそうな星たちが視界に入る全てに広がっていた。
地元住人がこの駅を名づけたらしい。なるほど、とてもよく合ってる。

あたしがここに来たのはつい数時間前。
さっきまで明るいと思ってたのにいつの間にかここは闇の世界で。
でも空に敷き詰められたライトのおかげで、優しく、明るい。
彼女が教えてくれた彼女のお気に入りスポットだった。

「いつか、亜弥ちゃんと行きたいな」

その約束は叶う事もなく、あたし達は離れた。

あたしはまっすぐで、自分で言うのもなんだけど本当にまっすぐで。
あたしの先には彼女しかいなくて、彼女さえいれば良い世界で。
周りが見えなくて、そのうち彼女の事も見えなくなって、彼女を困らせた。
喧嘩も多くなったし、すれ違いも多くなって。
でも好きな気持ちは変わらなかった。そう、変わらなかったのはあたしの気持ちだけ。
彼女の心は離れてしまっていて、その目は別の子に向いていた。
あたしよりも年下の子。可愛さではあたしは負けてなかったと思う。
泣き叫んで、罵って、叩いて、殺そうともした。
あたしが首に手を回した時の彼女の顔はきっと一生忘れられそうもない。
嫌いになったり忘れたりする事は出来なかったから、あたしは同棲していた部屋を出た。
彼女は申し訳なさそうに笑って、あたしも最後はきっと笑ってたつもり。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:08
誰もいない砂浜を歩いてみた。ここではないけれど、彼女ともよく海に行った。
ふと気がついてあたしは1人で笑った。
彼女の言ってた所に来てみたり、彼女の事を思い出したり。何にも変わってなかった。
今頃何してるのかな、とか。今頃あの子の事愛してるのかな、とか。
歩くのをやめて、砂浜に座った。まだ冬の冷たい風の吹く砂浜はあたしの心みたいだった。
目を閉じて、嫌な想像をやめようとすると楽しかった日々を思い出す。
それをまた慌てて違う記憶を自分の中から引っ張りだす。
こんな作業をし続けて、ちょっと疲れてしまった。

「…何してるんですか、こんな所で」

突然話しかけられて目を開ける。
でも声の感じから男の人ではない事がわかったからそれほど驚かずに振り返る。
そこには黒い髪の女の子がいた。年はあたしと同じくらいだろうか。
顔は薄暗くて見えない。

「思い出を捨てに来ました」

あたしがそう言うと女の子は近づいてきてあたしの隣に座った。
顔がチラッと見えた。目の大きい可愛い子だった。
女の子はコートのポケットから飴を取り出してあたしに差し出した。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:09
「おいしいよ。星のキャンディ。ここの町の一応名産」

ありがとう、と手に取り袋を開けると星の形をしていた。
なるほど、この駅とこの星たちはこの町の名産か。
少しおかしくて笑うと、女の子は大人ってすぐ商売に結び付けてやだよね、と笑った。

「名前はなんて言うの?」
「…亜弥。松浦亜弥」
「亜弥ちゃんか。あたし、愛。高橋愛」

愛はここの地元の子だった。年は同じで専門学校に通ってるらしい。
地元の友達は不便な事と田舎な事が嫌でこの町にはほとんど残っていないそうだ。
自分もやはり同じ事を考えてこの町から出る事を考えたが、どうしても出られなかったらしい。

「どうして?」
「好きな人がここにいるんよ」
「あー、そうなんだ」

好きな人がいる為に離れられない愛と好きな人がいるから離れた亜弥。
2人は対照的だった。

「告白とかした?」
「うーん?」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:09
あやふやな返事をしつつも笑顔なので、きっとそれなりに上手くいってるんだろう。
少しだけ羨ましくなった。
片想いならまだ期待は持てる。
でも自分たちにはもう期待すら笑い話なのは自分でもよくわかっていたから。
暗くなってはいけないと思い、笑顔を作り話を続ける。

「家とか近かったりするの?年は?」
「家は近くないけど今一番傍にいるよ。年は、離れちゃったかな」

言ってる意味がわからなかった。
少し眉をひそめてみつめると愛はちらっとこちらを見て海を指差した。

「あたしの好きな人はあそこで死んで」

そして、空を指差す。

「今あそこにいるの」

言葉が出なかった。なんていう言葉を掛けたらいいのかわからなかった。
愛の顔も見る事ができなくなったし、自分もどんな顔したらいいかわからなかった。
ただ、横にいる愛の顔が笑顔で、妙にスッキリしていて。

「…好きな人が死んだのに…その…落ち着いてるよね」
「まぁもう何年も経っちゃったから、でもここに来るとよく思い出す。ここ、思い出が多いみたい。
 亜弥ちゃんみたいに思いで捨てに来る人とかもいるし」

にかっとまた笑った。釣られてあたしもにかっと笑った。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:10
「ここにまだいるからあたし離れる事が出来ないんだよね。
 これでも頑張ったんだよ。何度か離れようとしてさ。でも離れようとする度に足がここに来ちゃう」
「…わかる気がする」
「でっしょ」

愛の右手が砂浜に山を作ってるので亜弥も左手でその山を大きくする。
その間は沈黙で何分も経ってる様な時間の流れを感じた。
それを破ったのは愛だった。

「一回振られてるのあたし。その人恋人いたから。だから諦めたんだけど諦めきれなくて。
 その人その恋人とここに来てる時に溺れちゃって」
「…その恋人は?」
「逃げるようにこの町からでてっちゃった。あたしの友達からの話だともう恋人もいるってさ」

すぐに忘れて新しい人見つけちゃう人やいつまで経っても忘れられなくて引きずってる人や。
あたしは前者が羨ましい。あたしは後者だから。そして愛も後者。
相手がこの世にいないからさらに深いかもしれない。

「あたし達似てるかも」
「かもかも」

大きくなった山を愛がえいっと言いながら崩したので真似をして崩した。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:10
「いつかあたし達にも出来るかな、また」
「んー、どうだろう。あたしはこのままでもいいんだけどさ」

あたしって結構もてるんだよー、と愛は笑う。
あたしだって、と自分も言うとだろうね、と普通に返ってきた。

「まぁ何があったかは聞かないけどさ、またここに遊びにおいでよ。
 あ、思い出は持って帰ってね。海を汚さずに」
「失礼だなぁ」

捨てて汚い思い出ばかりじゃない。綺麗な時だってあったから。
まだ許せないけどいつか許せる日が来るのかもしれない。
またどこかで会った時に思い出話をしてみるのもいいかもしれない。
ふっきれるには早いけど少し重い荷物が軽くなった気がした。

「…またくるよ。また星の綺麗な日に。星振る駅にね」
「待ってるよ」

それだけ言ってあたしは手を振ってその場を離れた。
電車はもう出てないからどうやって帰ろうか。
星を見ながらタクシーが捕まりそうな所まで歩いてもいいかもしれないな。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:11

◇◇◇◇◇
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:11
「ありがとう、愛ちゃん」
「…あさ美ちゃんがこんな頼みをするとは思わなかったよ」

従姉妹に頼まれて一芝居うってみたけど。
会ってみたけれどそんなに悪そうな子でもなかったし。
あたしはパフェを食べているあさ美ちゃんを頬杖つきながら呆れ顔で見る。
あの日あの子に言ったのは全て嘘のお話。
この従姉妹が考えた台本だった。
所々棒読みだったり、感情こもってなかったりしたから変なとこもあっただろうし。

「だってさぁ…藤本さんの事まだ好きっぽいし…早く諦めてほしいんだもん…。
 藤本さんもたまにぼーっとしてるしさぁ」
「それはでも仕方ないんじゃない?同棲までしてた2人を引き離したんだからさ」

それで本命の相手をゲットしたんならそれくらい仕方ないんじゃないかと。
目の前のミルクティーを一口飲んでため息をつく。

「で、でも愛ちゃんが引き受けてくれるとは思わなかった」
「…暇だったからね」

興味もあった。
恋に割りと奥手だったはずのあさ美ちゃんが恋人のいる人を好きになっちゃって、
それをなおかつ獲っちゃったんだから。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:11
「愛ちゃんの演技がよかったのかね、今まで亜弥さんから連絡来てたみたいなんだけど
 もう来なくなってるみたい」
「よかったねぇ」
「もう新しい恋人でもできたのかなぁ。写真見た事あるけど可愛かったし」」

それはないね、と言おうとしたけどやめた。可愛いのは事実だけど。
まだまだあの子は藤本さんの事好きだよ。
あたしが苦笑いを浮かべるとあさ美ちゃんも気がついたのか苦笑いをした。
そしてここおごるね、と伝票をパッと取って逃げるかの様に喫茶店から出て行った。

あさ美ちゃんから写真を見せてもらったことが始まりだった。
藤本さんと亜弥ちゃんの二人で写った写真。
あたしの目には笑顔で手を繋いでる亜弥ちゃんしか目に入らなかった。
そしてこの時あさ美ちゃんに今回の計画を相談されて、今に至る。
あさ美ちゃんに協力したわけじゃない、ただ自分がしたかっただけ。
むしろ利用されるんじゃなくて利用したあたし。

「あ、もうこんな時間かぁ」

急いであたしも喫茶店を出る。
駆け出したのは駅。星降駅までの電車。
あれから毎日あそこに来るあの子に会いに。
地元の人間でもないあたしは毎日あそこへ通う。
藤本さんの事ばかり話すあの子に会ってあの子と笑う。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:12
星降駅はいろんな人が迷ってくる場所らしい。
あたしもあそこに行ったのだからあたしもきっと迷ってたんだろう。
いつかあそこから出るときは二人で離れられたらいいと思う。

星降駅につくと亜弥ちゃんがとびっきりの笑顔であたしに向かって叫んだ。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:12

「うそつきー!」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:13
end
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:13
☆ミ
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 18:14
ミ☆ ☆ミ

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