12 Miss
- 1 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:06
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12 Miss
- 2 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:07
- 「絵里、あーし決めたわ。」
朝、楽屋に入った私を捕まえて、愛ちゃんは真剣な表情でそう言った。
なんだか鬼気迫るものがあって怖かったけど、作り慣れた笑顔で「何をですか?」と聞く。そしたら。
「標準語マスターする。」
- 3 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:07
- 「ほえー。どうしてまた?」
「……絵里#▲○◇※〒¥&$■……」
「ちょ、ちょっとストップ!」
「んー?」
「んー?じゃないです。もっとゆっくり喋ってください。」
「……こうだから、標準語マスターするんやて。あーしが普通に喋っても、だーれも聞き取れんから。」
「…なるほど。」
実際、今も聞き取れなかったし。ついでに言うと、過去にも愛ちゃんの福井弁をまともに聞き取れた記憶はないし、これから先もないに違いない。
「標準語マスターするって、みんなに宣言したんですか?」
「んーん、絵里だけやよ。」
「ええっ、みんなに言いましょうよ。」
「恋人だけ知っててくれればえーから。」
「…そりゃどーも。」
本人の決意も固そうだし、恋人として応援するとしますか。
- 4 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:08
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- 5 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:08
- 翌日はオフ。午後から愛ちゃんが家に来て、標準語のレッスンを始めた。先生はもちろん私。「亀井先生」なんて言われて悪い気はしない。
「えーと、それじゃあ標準語で自己紹介でもしてみてください。」
「うし。えー、ゴホン………たかぁしゃいです。誕生日は…」
「ス、ストップ!!」
「なんやが!?」
―――ああ、先が思いやられる……。
「『たかはしあい』が『たかぁしゃい』になってます。しかも『なんやが!?』って訛りまくりじゃないですか。『たかはしあい』ってゆっくり言ってみてください。」
「た、か、は、し、あ、い」
「はい、よくできました。じゃあもう1回自己紹介しましょう。」
「たかぁしゃいです。誕生日は9〒※◆Д♯ёθ√……」
この時はさすがに、訛りを矯正するくらい簡単だと思っていた1分前の自分を恨んだ。
- 6 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:09
- 「たかはしあい」
「たかぁしゃい」
「たかはし、あい」
「たかぁしあい」
「た、か、は、し、あ、い」
「たかはしあい……うおっ、今言えた!?」
うまく言えたと分かると自分でびっくり顔をして、それから顔をくしゃくしゃにして笑う。私はそれを見て可愛いなあ、なんて思う。
「じゃあ次、亀井絵里って言ってみてください。」
「かめいえり」
「んー……イントネーションがなんか…。」
「かめいえり?」
「まだちょっと違うような……」
30分間「亀井絵里」を繰り返し続けたけど、やっぱり標準語とは少し違っていて。
愛ちゃんは「できるまでやる」と言ったけれど、私が明日までの宿題にしましょうと言ったら渋々肯いた。
- 7 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:10
- 翌日。
楽屋に入った私が真っ先に見つけたのは、楽屋の真ん中で何やら騒いでいる吉澤さん小川さんではなく、隅っこのほうで何やらぶつぶつ呟いている愛ちゃん。
「高橋さーん、どうかしたんですか?」
「おお、絵里。ちょうど良かった。昨日の『宿題』、できてるか聞いて。」
そうか、『亀井絵里』を標準語のイントネーションで言うのを宿題にしたんだっけ。でもなんか…
「愛ちゃん、福井弁抜けてきてませんか?」
イントネーションは微妙でも、言葉自体は標準語になってる。
「昨日家帰ってからも猛特訓したんやよ……あっ」
「……気を抜くと福井弁出ちゃうんですね。」
- 8 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:10
- と、愛ちゃんが突然私にお辞儀した。訳が分からないまま私もお辞儀をしたけれど、顔を上げてもまだ愛ちゃんはお辞儀したまま。
「えーと、愛ちゃん?」
「絵里、一発頭叩いて。」
「頭叩くって…どうして?」
「1回訛る度に一発頭を叩くん…叩くの。これくらいしないとだめだよ。」
……愛ちゃんが「だめだよ」なんて言うのが新鮮でしょうがない。前は「こんぐらいせんとだめなんやざ!」だったのに。
それはともかく。
「や……絵里には叩けませんよ。」
「どうして?」
「絵里は好きな人を平気で叩くような暴力女じゃありません。」
「そ。んー…じゃあしょうがない。」
- 9 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:11
- 立ち上がって、何もない壁と向かい合う愛ちゃん。まさか……。
ガン!ガン!
嫌な予感は的中。壁に頭を打ちつけ始めた。それも、結構強く打ちつけてる。
ガツンガツンという音に気付いたメンバーが揃って愛ちゃんのほうを見て、揃ってポカーンとしている。
「1回訛る度に一発」だったはずなのに10回くらい壁に頭をぶつけて、ようやく愛ちゃんは満足したらしい。
「う、わ……ふらふらするがし……」
あ、また訛った。本人は気付いてない。……でも、指摘したらまた壁に頭を打ちつけそうだから、言わないでおいた。
- 10 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:12
- 愛ちゃんが他の人と話すのを聞いていても、意識して標準語を使うようになっていた。例えば紺野さんとの会話。
「愛ちゃん干し芋食べる?」
「食べる食べる。」
「はいどーぞ。」
「あんがと。…おおっ、この干し芋美味いやよ!」
「普通の倍の値段する高級干し芋を甘く見てもらっちゃ困るよ、愛ちゃん。」
「へぇー、倍もするんだ。そりゃ美味いわけだ。」
「あ、そういえば愛ちゃん、友達が宝塚のチケット2枚取ったんだけど、その友達も一緒に行く人も行けなくなったらしくて、私が2枚もらったんだけど。一緒に観に行かない?」
「…行く!行くに決まってるがし!」
……やっぱり、興奮すると福井弁が出るようで。意識しなくても自然に標準語話せれば完璧なんだろうなあ。
- 11 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:12
- 私以外とも標準語で会話しようとしているから、標準語マスター計画は自然とみんなに知られるようになった。
「ちょっと美貴ちゃーん、はよしねまー。」
「あ、愛ちゃん訛った。」
吉澤さんと藤本さんあたりは、愛ちゃんが訛る度に心底嬉しそうな顔をしながら頭を叩いてる。あなた達絶対ストレス解消に利用してるでしょ……。
- 12 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:13
- 「今日のゲストはモーニング娘。の皆さんでーす」
「「「よろしくお願いしまーす」」」
某歌番組の収録。トークの中で、愛ちゃんの標準語マスター計画が話題にあがった。
「何?テッテケテーが標準語話せるように練習してるの?」
「今はもうテッテケテーじゃないですよー。」
「いやいや、今のだって訛ってるよなあ。」
みんな大笑いしていたけど、後ろの愛ちゃんをちらっと振り返ると本当に悔しそうな表情をしていて。
なんだか、笑っちゃいけないような気がした。
- 13 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:14
- 帰り道。
「はぁ〜……やっぱあーしが標準語なんてムリなんやろか……。」
私の横で盛大にため息をついている愛ちゃんの口調は、今は完全に訛っている。
「絵里はどう思う?」
「ひゃいっ!?私?」
「や、驚きすぎやって…。」
「うーん……でも、前に比べればずいぶん標準語に近くなってますし。ムリなんてことはないと思いますけど…。」
「でもなー……やっぱり、こうして普通に喋ってるほうがずーっと楽なんやざ。」
「愛ちゃんが喋りたいほうで喋ればいいじゃないですか。誰も無理して標準語喋れなんて言いませんから。」
「……いや、やっぱり頑張って標準語喋れるようになる。今度福井でコンサートあるや…あるよね。福井のみんなに標準語披露してやる。」
何だかんだ言っても結局愛ちゃんは努力家で、負けず嫌い。
「頑張りますのでよろしければキスの1つでもしていただけませんかね。」
「やです。」
「……そんなキッパリ断られるとは思ってなかった。」
「今じゃなくて、標準語ちゃんと喋れるようになってから、ね?」
こうやって愛ちゃんにやる気を出させてあげる。なんて優しいんだろう、私。
- 14 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:14
- 「高橋愛、9月14日生まれ、趣味は読書です。」
「…うん、少しずつ良くなってきてると思いますよ。」
前は「たかぁしゃい9〒※◆Д#ёθ√」だったのに、今はちゃんとたかはしあい、くがつじゅうよっかうまれ…って言えてる。
鬼門はやはりイントネーション。
普通なら「たかはし」の「か」のあたりにアクセントがくるのに、愛ちゃんは何度お手本を示しても「あい」の「あ」のあたりにアクセントがきてしまう。
なかなか改善されないイントネーションに、さてどうしようかと考えていると、愛ちゃんがサラッと言い放った。
「あとはワタシ1人で頑張ることにする。」
「ほえっ?」
「あとはイントネーションだけ直せばいいんでしょ。わざわざ絵里に時間取らせるのも悪いし、1人で頑張る。」
「でも…」
「大丈夫、大丈夫。こっそり練習して、今度のコンサートで披露してびっくりさせてみせるから。」
微笑みながら自信満々な様子で言われて、私は肯くしかなかった。
- 15 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:14
- 「ちょっと絵里待ってって言ってるがしー!」
「早くしないと置いてきますよお。」
次の日から、愛ちゃんは楽屋では福井弁で話すようになった。前まではただ聞き取れないだけだった福井弁も、久しぶりに聞くとなんだかいい。
楽屋で標準語を練習する光景も一切見られなくなったけれど。みんな知っている。
愛ちゃんは、誰も見てないところで誰よりも努力する人だってこと。
- 16 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:15
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- 17 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:15
- 福井でのコンサート1週間前。今日は違う場所でのコンサートで、愛ちゃんは「今日標準語を初披露する」と言っていた。
コンサートはハプニングもなく予定通りに進行し、そしてMC。
「みんな今日は楽しんでるかあー!!!」
ワーッ、と歓声があがる。
「今日は高橋からみなさんにお知らせがありまーす!!」
吉澤さんから愛ちゃんにマイクが渡った。ざわつく客席。
愛ちゃんは心なしか緊張しているようにも見える。
「えー、ごほん。」
わざとらしい咳払いに、少し笑いそうになる。
「$▲*ω@※〒¥♂π……」
発せられた言葉は、以前と同じ、全く聞き取れない福井弁。どっと笑いが起こった。
- 18 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:16
- 「…と、こんなふうに私の福井弁は誰も聞き取れませんでした。」
今度は一転して標準語。
それも、違和感のない標準語。
「だから、標準語を話せるように猛特訓しました。」
うん、うん。
「この通り、話せるようになりましたー!!」
思わずずっこけそうになった。特訓中は辛いこともありました…みたいに続くものだと思っていたら、いきなり結論に飛ぶんですかそうですか。
でも、愛ちゃんらしい。どこがどう「愛ちゃんらしい」のかはわからないけれど、何となく愛ちゃんらしいと思う。
「高橋愛の標準語はどうですかー!?」
- 19 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:16
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大歓声。割れんばかりの拍手。
なかった。
会場の空気が一気に凍り付く。歓声も拍手も聞こえない。沈黙。
「イッテヨシ!」
沈黙を破ったのは、そんな声。
意味はよくわからなかったけれど。
そのあとに起こった大爆笑は、温かい笑いではなく明らかに嘲笑だった。
- 20 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:16
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- 21 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:17
- 「なあ絵里ー。」
「何ですかー?」
この日の公演を全て終え、今は宿泊先のホテルの部屋でゴロンと横になっている。隣のベッドで同じく横になっているのは愛ちゃん。
「あーし、どうしたらいいんやろ。福井弁で喋れば笑われて、標準語で喋っても笑われて。」
「……絵里としては、福井弁のほうがいいかなー、って思います。」
「何で?」
「なんか……標準語だと、愛ちゃんと話してる気がしないんです。福井弁のほうが逆に安心する、ていうか。」
標準語の愛ちゃんは、愛ちゃんなんだけど愛ちゃんじゃない、みたいな。うまく言えないけれど、愛ちゃんは訛ってなきゃだめだと思う。
「でもなぁ…福井弁は標準語と全然違うから、コンプレックス感じるんや。」
「…違ってていいじゃないですか。」
同じじゃなくたって、いいじゃないですか。
- 22 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:17
- 「愛ちゃんは、訛ってて空気読めなくてちょっとだけかっこいいから愛ちゃんなんです。標準語で空気読めてモテモテなくらいかっこいい愛ちゃんなんて気持ち悪いです。」
「…1褒められて5くらい貶されてるような気がするやよ。」
「やだなあ全部褒めてるんですよ。」
「……でも、どうすればいいかなんとなくわかった。あんがと。」
- 23 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:17
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- 24 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:18
- 一週間後の、福井でのコンサート。
コンサートはハプニングもなく予定通りに進行し、そしてMC。
「みんな今日は楽しんでるかあー!!!」
ワーッ、と歓声があがる。
「今日は高橋からみなさんにお知らせがありまーす!!」
吉澤さんから愛ちゃんにマイクが渡った。ざわつく客席。
愛ちゃんは心なしか緊張しているようにも見える。
「私は、標準語を話せるように猛特訓しました。」
「この通り、話せるようになりました。」
「…でもやっぱり、故郷の言葉が一番やよー!!!!」
一週間遅れで、愛ちゃんは大きな歓声を浴びた。
- 25 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:18
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- 26 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:18
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- 27 名前:12 Miss 投稿日:2006/03/06(月) 18:21
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おわり
微妙に訂正
>>7 ×「高橋さーん、どうかしたんですか?」
○「愛ちゃーん、どうかしたんですか?」
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