04 only one secret
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:16
- 04 only one secret
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:17
- 去年と変わらず今年もこの季節がやってきた。春になる前のまだまだ、
時折肌寒いようなこの時期、関東をはじめに全国行脚の旅が始まる。
今日から地方のホテルに泊まりで、明日は公演をこなして東京にもどることになる。
フットサルも色々と忙しいこの時期、美貴としてはなるべく東京にとどまっておきたかったけど、
どうやらそうもいかないようだ。
「おっす」
ホテルに着いてそれぞれが部屋にちらばり、ようやく長い移動から一息つこうかとしていたとき、
あたしの部屋に来客があった。濃い茶色の髪をおろしたままジャージに着替えた愛ちゃんは、
あたしへの挨拶もそこそこに部屋にあがりこむ。おいおい、あたしは無視かよ。とりあえず
オートロックの扉を閉めて、あたしも愛ちゃんの後ろに続いた。部屋はベッドと冷蔵庫があるばかりの
簡素な作りで、あとはクローゼットとユニットバスがあるだけだ。愛ちゃんはあたしを振り向きもせずに
真っ直ぐベッドに向かうと、ぼすん、と仰向けに倒れた。
あたしはその意図がつかめなくて、なにか愛ちゃんが話し始めるのかと待ってみたけど、
どうやらそういうことでもないらしく、半ば、色々と諦めた感じで窓の外に目を遣った。
東北の三月はまだ冬で、かといって雪が降るわけでもなく、ただ寒いだけで、あたしに
とってはそれだけで悪だった。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:17
- 「美貴ちゃん、寒い?」
「いや、そこまで」
あたしも上下のジャージに着替えていて、十分に暖かさは確保していた。暖房も最初の
設定温度より五度上げて、部屋あっためてるし。
外は暗くなり始めていて、がぁーとカラスの鳴き声が聞こえた。不気味だったからカーテン
を閉めようと思ってあたしはぼうっと突っ立っている状態からようやく身体を動かした。
窓に近づきカーテンを引っ張る。じゃ、と音を立ててカーテンを閉めた。振り向いて愛ちゃん
を見たけど、動かず、じっと天井の一点を見るようにしていた。天井になにかあるのかと
あたしも見上げてみたけどそこにはなにもなくて、ただ白い天井だった。
「なんか美貴に用があってきたの? それとも暇つぶし?」
「んー」
あたしたちは普段、ホテルに泊まっても自分の部屋に閉じこもってばっかりでメンバーの
部屋に行ったりすることはない。もしや気まぐれといえども、たくさんメンバーがいる中であたしの
部屋を選んできたんだから、なにかしら意味があるものと期待しても間違いではないだろう。
でも愛ちゃんはなにをするでもなくただ横になっているだけで、あたしは立っているだけで、
時計ホントに動いてる? と思わず時計を確認してしまうほどに時間に動きがない。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:18
- 「ねえ、愛ちゃん」
「なーに」
「部屋、戻れば?」
「いいじゃん」
足はだらんと下げ、仰向けにベッドに横たわったまま、愛ちゃんは応えた。あたしは見つからな
いようにため息をつき、部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開けた。ミネラルウォーターを一本取り出し、
ひとくち、口をつける。ベッドまでだらだらと歩き、仰向けの愛ちゃんの顔の上にペットボトルを突き出す。
「飲む?」
「いんや、いらない」
「こぼすよ」
「やめてよ」
くはは、愛ちゃんが身体を丸めてベッドに寝転んで笑う。あたしはペットボトルの
キャップを外して、もう一度口をつける。水を舐めて、愛ちゃんを見る。
きちんとベッドメイクされた掛け布団の上で横向きに丸まっている。笑いの振動でぱたん、
とスリッパがその足から落ちた。長いジャージで隠されているけど、きっときれいな足をして
いるんだろうな、とぼんやりと思う。まあ、アイドルだし。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:18
- 「ねえ美貴ちゃん」
ようやく愛ちゃんがしゃべった。
「なんですか、お嬢さん」
手の中でペットボトルを弄びつつ、あたしは愛ちゃんのあばらあたりに視線を遣った。
相変わらず震えていて、なにがそんなに笑いのツボを刺激したかな、と人よりも
笑いの沸点が低いあたしですら思った。「こぼすよ」「やめてよ」。心中で反芻する。
「あたしキックベースのキャプテンやるんだってさ」
「頑張って」
「愛がないなあ」
笑いながらかすかに震え続けていた動きが止まった。ふうん、あたしは呟いて、
愛ちゃんの背中側、ベッドの空いたところに腰掛けた。
そのことが言いたくてわざわざ部屋まで来たのだろうか? まさか。あたしは直感的に
その考えを否定する。たぶん、今思いつきで口にしただけだ。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:18
- 「ねえ、なんか言いたいことあるんでしょ?」
愛ちゃんに覆いかぶさるようにベッドに両手をついた。愛ちゃんの横顔には表情がなくて
冷たく凍ってるみたいだった。ねえ。耳元で囁く。言いたいことあるんでしょ?
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:18
- 「いいよ。言ったら嫌われる」
「嫌わないから言って」
「ヤだ」
手が疲れてきた。でもあたしは姿勢をくずさない。愛ちゃんが身じろぎして仰向きになおった。
覆いかぶさってるあたしと目が合う。愛ちゃんがそっと両手を伸ばしてあたしの両頬を包むよう
に触れた。手はひんやりと冷たくて、思わず身体が動きそうになるのを意思の力でとめた。
愛ちゃんが口を開いた。音をださずに唇を動かす。あ、い。
「うえお」
「…………」
「いたた、痛いって」
頬を思い切りつねられる。痛い、かなり痛い。あたしは身体をひねってアクロバティックに
その攻撃をかわした。頬をさするとあたしの手も冷たかった。愛ちゃんががばりと身体を起こした。
「帰る」
「そ」
冷たすぎただろうか、愛ちゃんがちょっと傷ついたような顔をしてあたしの方を見た。
えへへ、ととりあえず笑ってみて、やっぱりちょっとひどかったかもしれないとさっきの
一音を後悔する。後悔先立たず。後から悔いるから後悔というのだ。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:19
- 「ごめん」
「別にいーよ」
ぷい、と愛ちゃんはベッドに腰掛けたままそっぽを向いた。帰るんじゃなかったの、
そう言いかけたけどまた後悔するぐらいなら言わないほうがマシってもんだ。
あたしはもう一度ゆっくり愛ちゃんの隣に腰を下ろした。
「ごめんね」
「いいってば」
耳元でいうと、息がこそばゆかったのか、また愛ちゃんが震えた。
あたしは現状を打破するだけの手立てを知らない。愛ちゃんが本当に伝えたいことを言うか、
この部屋から出て行くかしか解決法はないように思った。
「愛ちゃん、美貴のこと好き?」
「……好きだよ」
「じゃあ困らせないで」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:19
- ズルイ。あたしは自分のことながらあくどいな、と思った。でも一度口からこぼれてしまった
言葉は引っ込めようがないし、あたしの本音だ。困らせないで。それだけだ。
愛ちゃんはあたしの顔を見て、不満そうな顔をしたけどすぐにちょっとだけ笑った。
「そうだね」
愛ちゃんは立ち上がった。目線で顔を追う。
「じゃあ、美貴ちゃんはあたしのこと好き?」
「まあ、普通に」
あたしがそう言うと愛ちゃんはあたしにデコピンをした。痛いな、そうぼやいて上目遣いに愛ちゃんを
睨んだけど、愛ちゃんはにっこりと、この部屋に来てからほとんど初めてあたしに笑い顔を見せた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:19
- 終
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:19
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- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 03:19
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