2 Signal on the submarine
- 1 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/05(日) 00:17
- 2 Signal on the submarine
- 2 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/05(日) 00:26
- わたしの潜水艦。ずっと深い深い海の底に沈んだまま。
だから、こんなにも誰とも言葉が通じないんだ。
- 3 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/05(日) 01:53
- 「SOSって何の略だっけ?」
あさ美ちゃんが、よそ事を考えているような心ここにあらずの顔つきでロッカーを閉めながら言った。
たまたま楽屋じゅうが静かなときだったもんだから、思いのほかあさ美ちゃんの声はよく通った。
「れいなそれ知ってる。ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ!」
田中ちゃんがバンザイするように衣装を頭から被りながら、勢いよく言った。自信満々。
横にいる亀井ちゃんが、しらけたように溜息を吐いた。
「それってどういう意味?」
「えっと… ショートケーキの上のイチゴ?」
「どうしてそれが助けてって意味になるの?」
「そんなん知らん。ガイジンさんに聞いてよ」
亀井ちゃんは嘲笑としか取れないような微妙な表情で肩をすくめた。
田中ちゃんはカッとしたように亀井ちゃんを見て、何か言いたげにしたけど、口では負けると思ったのか悔しげに口を閉じた。
「助けてって意味だからフツーに考えたらSaveなんとかなんじゃないの?」
そんな二人の諍いを気にするでもなく麻琴がサラリとあさ美ちゃんに答えた。
あさ美ちゃんは首を傾げた。
「最初のSはそれでいいんだろうけど、じゃあ次のOってなんだろう?」
「んー…、Of……とか、Onとか、それ系で続くんじゃないのかな…」
「で、最後のSは?」
「Sねぇ…、S……、SomebodyとかSomeoneとか?」
「あー、なるほど。そっかー」
「え、いや、ごめん、知ったかしました。違ってたらごめん責任とれない」
「いいのいいの。ちょっと気になっただけだから。ありがとー」
Save on somebody/Save of some one……どっちも変だろ。
SOSっていうのは単なる……
「つーかフツーに考えたらSave our ship、だろ?」
吉澤さんが麻琴を小突いた。てっ、と麻琴は結構痛そうに、でもちょっと嬉しそうに後頭部を押さえた。マゾめ。
- 4 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/05(日) 02:38
- 「何読んでんの、愛ちゃん?」
ガキさんがひょいと本を覗き込んだ。
正確には読んでない。目は紙面をなぞってはいたけれども、ちっとも話の内容に没頭できていなかった。
隠すようなことでもないので、わたしは本を立てた。
「IT? ライブドアか何かの話?」
「ちょっと違うかな……終わったら貸してあげようか?」
ガキさんはITをアイ・ティと発音した。多分これはイットと読むんだと思うけど。
わたしが読んでいたのはアメリカの片田舎でウルトラQばりの不可解な事件が起こる全4巻のホラーだった。
謎がそれなりに明らかになってきた最終巻になった途端にとてもつまらなくなっていて、実際読むのはとても苦痛だった。
「面白い?」
「3巻まではね」
「ジャンルは?」
「怖い話」
「じゃ、やめとく」
ガキさんはひらひらと手を振って離れていった。何しに来たんだ。
入れ替わるようにして、さっさと着替え終わって手持ち無沙汰にしていたっぽいもっさんがパイプ椅子と一緒にやってきた。
もっさんは何をするにしても行動が早い。そして適当だ。今日も寝癖っぽい耳の上の髪のハネが取れきってない。
「なに愛ちゃん怖い話読んでんの? 美貴怖い話好き。次貸してよ」
「いいですよ。でも、いいんですか?」
「なにが?」
「ハンパなく怖いですよ?」
「う」
「夜寝れなくなりますよ?」
「じゃあお返しに美貴の怖い漫画貸したげるからそれでおあいこね」
「おあいこて」
「夜寝れなくなった方が負け」
「負けって…」
どうでもいいことで勝負をしたがるのも、もっさんの悪い癖かもしれない。
そして無駄に張り切るのだ。
さっぱりした気性に見えて、熱くなりすぎると暴力を振るってまでも勝とうとするのは体育祭やフットサルで体験済みだ。
「そんなんより宝塚貸しますよ。いいの沢山あるんですよ。ベルバラとかもう必見」
「あー、いや、それはまた今度でいいよ」
もっさんは一気にテンション下がったっぽく椅子の背に背骨を無くしたかのようにダラシなくもたれた。
それを狙っていたとは言え、ちょっと凹んだ。
面白いんだけどな。宝塚。とくにベルバラは榛名さんが最高なのだ。オスカルを演らせてもアンドレを演らせても素晴らしかった。
- 5 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/05(日) 19:43
- 「いやでも結構面白いスよタカラヅカ。ウチけっこうハマりましたもん」
麻琴が藤本さんにのしかかるようにして会話に加わった。
「重いって」
「うわっ、ひどっ」
もっさんが心の底からウザそうに麻琴を振り払うと、麻琴が大げさにショックを受けたような仕草をした。
それを見てもっさんが表情を緩めた。
「ベルバラはマジお勧めッスよ。なにがいいってオスカル涼風真世とアンドレ天海祐希がいいっていうか」
「アマミユウキ? 女王の教室の? マジっすか」
「そそそ。マジっすよ。あれはお勧めっす」
「ふーん。じゃあ今度それのDVDとか貸してよ」
「いや、アタシは持ってないんですけどね」
「持ってないのかよ」
「てっ」
もっさんが麻琴の眉間にチョップを入れる。麻琴はやっぱりどこか嬉しそうだ。懲りろ。
そして期待に満ちた目でわたしを見た。全身でしっぽを振って餌を待つ子犬みたい。
「じゃ、今度持ってきます」
麻琴はにっこりVサイン。もっさんは何故か、しまったという表情をして、それから笑顔っぽいものを作った。
「見終わったら感想きかせてくださいね♪」
これがとどめの一撃だったのか、もっさんの笑顔はひきつった。
まぁ、もっさんのことだから律儀にしっかりハマッてくれるだろう。
なんだかんだいって6期のみんなもハマッたんだし。
- 6 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/06(月) 23:03
- 「あ、それ! 美貴もやるー」
もっさんがパイプ椅子を引きずりながら、よその会話のシマへと移る。
亀井ちゃんとガキさんが化粧台の上にトランプを広げている真っ最中で、田中ちゃんも参戦体勢だった。
部屋を見渡すと、なるほど吉澤さんがいない。
「美貴ちゃんもさみしがり屋さんだねぇ」
ねっ、て同意を求めるように麻琴がわたしを見た。
おじいさんが孫娘を愛でるように言われても、即座には同意しづらい。
というよりも、そういう見方があること自体、一種の衝撃でリアクションに困る。
さみしがり屋。
そっか。唐突で気まぐれみたいに思えるもっさんの言動にもそういう裏が。
そう考えると色々腑に落ちることもないではない。
ってなことを言ってもいいのかどうかあうあうしていると、麻琴は何もかもわかってるというふうに頷きながら、場所を移動した
ちょっと待って、みたいなことをいう隙もない。
どうやら、わたしは致命的に会話が下手らしい。
喋り始めると相手がどんどん無口になっていくし、誰かが喋りだすとどんどんみんなが会話に加わってくるから、いつの間にか口を挟む隙もなくなって、ぽーんと、こう、空間の隙間に落ち込んだようになる。
ま、そういうときに本を持ってるとすごく便利なんだけどね。
溜息を吐いて、わたしはまた文庫本に視線を戻した。
- 7 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/07(火) 00:24
- それにしてもこの本は本当につまらない。読み終わる気がしない。
さっきから主人公たちは地下の下水道のなかで手を繋ぎっぱなしだ。
わたしがこのまま頁をめくらなかったら、いつまでも永久に手を繋いでいるんだろう。
わたしの意識は本から離れて、楽屋を漂った。
最初から意識がそれていたせいで、楽屋中にさざめく囁き声やくすくす笑いはほとんど日本語には聞こえない。
どこか遠い国の言葉のようで、それを聞くのはわたしはけっこう好きだった。
会話の息遣いはどこか、水槽のなかのブクブクに似てる。
小学校のクラスの後ろのほうにあった、メダカや金魚を飼っていた水槽の、あの空気を出す装置。
水泳でプールのなかに潜ったときに遠く隔てて聞こえる地上の歪んだ音。
盗み聞きしているように明瞭に聞こえる会話よりも、こうやって意味がとれずに漂ってくる会話のほうが、どこか落ち着く。
トン、トン、トン
会話とはまた違うトーンで、トランプが小気味よくテーブルに打ち付けられる。
シャッ、シャッ、シャーッ
それからカードが裏返しになってテーブルの上に広げられる。
もごもごした会話の音とは違う、シャープな音だった。
トン、トン、トン
またカードが揃えられて小気味よく揃えられる。今度のゲームのディーラーは随分手際がいい。
三短音、三長音、三短音。
音を反芻してドキッとした。
SOS。
視線をあげると、トランプに興じてるグループを通り越して、部屋のすみっこのほうで静かに干し芋をかじっていたあさ美ちゃんと目があった。
あさ美ちゃんが、ほわーと笑いかけてきたので、わたしもてへっと笑顔らしき表情で応えた。
笑顔。会話の次に苦手っぽいものだった。
会話も笑顔も、意識しなけりゃ普通に出来る、と思うんだけどな…。
- 8 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/07(火) 01:15
- あさ美ちゃんがぱくぱくと口を動かして、干し芋を指差した。
たぶん、食べる?、と勧めているのだろう。
あたしは首を振って断った。
代わりに、あさ美ちゃんを手招きしてみた。
あさ美ちゃんは首を傾げて、席を立った。
実を言うと、わたしはあさ美ちゃんのことがちょっとだけ苦手だ。
多分、あさ美ちゃんもわたしのことが苦手なんだと思う。
わたしたちは二人とも、自分の興味あることにしか関心がない。
そしてお互いのことにあまり関心がない。
確かに同期だし、好きか嫌いかの二択で言えば好きなんだけれども。そういう究極な選択でしかダメなのかっていえば、いやそんな極端な話では決してないんだけれども。
だから、あさ美ちゃんが不思議そうな表情でわたしのところに来るのも、もっともな話だった。
「なに?」
「や、あんまたいした用やないんやけど、あんなモールス信号、わかる?」
「あ、うん。少し」
分かるわけないと思っているところに、さらっと答えるのがあさ美ちゃんの怖いところだ。
「昔ちょっとガールスカウトとかやってたから」
それから言い訳するように早口に一気に言った。照れてんのかな。
「そいじゃ、これ分かるよね?」
指で、ゆっくり壁を叩く。あさ美ちゃんは唇に曲げた人差し指を持っていってちょっと考え込んだ。
「ラ…、レ…、ラ?」
「や、イロハの方じゃなくて…」
「えっと……、S、O、S?」
「それ!」
「へー、すごいね愛ちゃん。モールス信号打てるんだ」
「コレだけしか打てないんだけど」
- 9 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/07(火) 02:16
- 「それだけでもすごいって」
お世辞でもなさそうに、あさ美ちゃんが言う。
「いやすごくないって……分かるあさ美ちゃんの方がすごいよ」
「すごくない! すごくないよ。だって聞かなきゃ思い出さないもん」
「それだって充分すごいって」
わたしたちはしばらく、どちらがどれだけスゴいのかとヨイショしあった。
最初は気持ちよかったけど、三往復も賛辞を交し合うとさすがに疲れたので、わたしは種バラシをすることにした。
「それにこれ歌だもん」
「歌?」
「モールス信号から始まんの。知らん?」
かなり古い二人組アイドルの歌を口ずさむと、あさ美ちゃんの目がパッと輝いた。
「あぁ〜! 知ってる!」
あさ美ちゃんがサビのメロディを歌う。
どうしてここで半音ズラすことが出来るのか謎なんだけど(そっちのほうが普通に歌うより難しいと思うんだけど)、そこは指摘はしないで、わたしも声を重ねた。
メロディはいい感じにハモッてちょっと気持ちよかった。
あ、そうか。
音を外してたんじゃなくて、ハモりのパートを出してたのか。
それにしては低音担当のわたしが主旋律なのが謎だけど、細かいことはどうでもいっか。
あさ美ちゃんは、さすがに二番三番にはついてこれなかった。
雑学博士ならついて来いと言いたい。声を大にして言いたい。
いや、言わなかったけどね。
- 10 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/08(水) 00:49
- 「愛ちゃんも紺ちゃんもさぁ、よくそんなレトロな曲知ってるねぇ…」
呆れたように、もっさんがパイプ椅子の背に頬杖をついて、身体をねじるようにしてふりかえっていた。
「そんなレトロじゃないですよ。さゆも歌えますもん」
それまでトランプにも加わらず鏡の前で究極のナチュラルメイクに没頭していたシゲさんが、なぜかちょっと怒ったような調子で言った。
それから歌った。
うわ。あさ美ちゃんより更に音程狂ってる。
「れいなも歌えるー」
「エリもエリもー」
二人は張り合うようにして歌い始めた。
さゆが二人に負けじと声を張り上げる。
三人の声が合わさると、絶妙なコーラス、にはならず、とにかくたいへんな不協和音になった。
そりゃあもう、歌を商売としていくにはいかがなものかってなぐらいの。
人として耳をふさぐべきか、先輩として最後まで聞いてあげるべきか判断に迷っていたら、ガキさんが「だぁっもー、うるっさい。黙れ」と散らした。
「うるさくないですよ。キレイじゃないですか」
「いやキレイじゃないから。その音程は人として間違ってるから」
「えー、そんなことないですよ絶対。ねぇ愛ちゃん」
ムキになってガキさんに食ってかかっていたシゲさんが、突然くるっとこっちを向いた。
シゲさんの動きにつられて楽屋じゅうのメンバーの視線がわたしに集中した。
こういうとき良識のある先輩なら何かもうちょっと優しげなことを答えられるんだろうけど。
後からいつも思い出して、どうしてこういう答えになっちゃうんだろうっていつも思うんだけど。
「や… そんなことあった…」
ガキさんの言葉を短く肯定しただけなのに、楽屋が騒然となってしまった。
美貴ちゃんがどうやらトドメっぽい一言を発し、田中ちゃんと亀井ちゃんが憤然とそれに反論し、麻琴はみんなのうしろで「まーまーまーまー」とかどうでもいいようなことを言い、ガキさんはガキさんであーあとでもいうふうに天を仰いでる。
さっきまでわたしに集中していた場の空気が、拡散して楽屋中に散った。
- 11 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/08(水) 01:09
- 「愛ちゃんってアクティブソナーだよね」
すっかり場の空気から取り残されてポツンとしていたわたしの横で、あさ美ちゃんがボソッと呟いた。
意味がわからなかったので、あさ美ちゃんを見上げた。
「そうなん?」
「うん」
「アクティブソナーってなに?」
「潜水艦に付いてる、レーダーの音版」
「音レーダー?」
「うんまぁ、そんなカンジなのかな…」
「へえ」
それはちょっと面白い喩えだったので気に入った。
あさ美ちゃんはあまり悪意のあることを言わない人だし、今の態度にも厭なところはなかったので、素直に誉め言葉だと受け取ることにした。
いや、本当にそうとっていいのかな。
「誉め言葉だよね?」
「うーん… どうかな…」
あさ美ちゃんは複雑な表情で笑った。
- 12 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/08(水) 01:12
- わたしたちは潜水艦。どこかの海に沈んでいる潜水艦。
打電される思いたちはいつかどこかに届くのでしょうか…
- 13 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/08(水) 01:13
- Save
- 14 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/08(水) 01:13
- Our
- 15 名前:2 Signal on the submarine 投稿日:2006/03/08(水) 01:13
- Souls
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